水城正太郎の道楽生活

だらだらと文章を書いて暮らしている水城正太郎の日記

2018-08-12 日記ではないけれど

[] 間が空くのもなんなので、さくっとエッセイ的に。

 

 個人的に昨今の困りごとは「わかってしまう」ことなのだと思っていて、それはどういうことかというと、例えば『どうぶつしょうぎ』というゲームがあるわけですが、これをプレイするより前に「完全解があるよ!」という情報に行き当たってしまう、というようなことです(なお後手必勝)。

 これは煎じ詰めれば、二マス上下「歩」のみの将棋が先手必勝で、三マス上下「歩」のみが後手必勝とでもいうようなもので、まぁ、うまく言えませんが、そういう「わかってしまう」が世の中には、ある。オセロは終盤近くの二手くらいのみ判明しておらず、チェスも遠からず完全解が……とか、「判明したとて、将棋盤を拡大すればよい」と将棋の羽生さんが言ったとか、まぁ余談はあるわけですが、ともかく、そのような。

 

 これがネットの普及のせいであるとか、そういう分析は別として、問題と思っているのは「最前線以外は価値がないと感じられてしまう」ことです。まぁ自分の内面だけの問題ならいいんですが、『どうぶつしょうぎ』なら、「真剣にどうぶつしょうぎプレイしています!」というブログって成立します? ってな感じです(実際『どうぶつしょうぎ』はコマが増えていきます)。

 

 この感じをどうすればいいのか? そしてそれがゲーム以外の分野にも適応できることなのか? そして、自分の興味の範囲である小説にも「最前線以外に価値がない感覚」が響いてはいないか? あたりが現在の悩みどころです。そこから主語を大きくして政治問題やなろう小説のゲーム性うんぬんについて話を持っていくこともできますが、陳腐なのでやめておきましょう(こういう態度も「わかってしまう」感じなのですが)。

2018-08-01 センチュリー:イースタンワンダーズ

[] 『センチュリー:イースタンワンダーズ』をプレイしましたよ!

センチュリー:イースタンワンダーズ 完全日本語版

センチュリー:イースタンワンダーズ 完全日本語版

 

 これは大航海時代のスパイス交易をテーマにしたゲーム! とはいえ、それはフレイバーであってゲームシステムとは意外と無関係。それでもリソースの変換と能力の獲得にRPG感があり、気分が盛り上がる一作となっています!

 

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 タイルを組み合わせて海を作り、そこをプレイヤーの船が行くのです。タイルにはスパイスの変換が描かれており、これに従ってスパイスである木製のキューブを獲得するのだ!

 

 スパイスの変換には取引所の開設が必要! 取引所は自分専用で、他人と同じ場所に建てるとスパイス一個分のコストがかかる。この「スパイス一個」がポイントで、価値にかかわらず一個なのだ! スパイスの価値が安いターメリックでなんとかしたいが、そうもいかんときもあり悩ましいのです。

 

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 開設した取引所の数で船の能力をパワーアップできるのだけど、この標準的タイル配置だと「収穫」アクション時に唐辛子を追加できるオプションが強力!紹介でなく、考察を書いていく本ブログとしては、そのあたりを少し掘り下げてみましょう。

 

 本作では最速で四枚の得点タイルを獲得したプレイヤーが勝利に最も近づきます。同着の場合のみ能力タイルのボーナス点数が機能すると考えてほぼ間違いないです。

 

 つまり無駄な行動がロスに繋がるわけですね。本作では移動と収穫があるため、無駄な行動は見えにくくなっています。移動して収穫してしまえば行動をしなかったことにはならないし、当座のタイル獲得まで近づいているわけですから。しかし! これと得点タイル獲得時に船倉が空になりがちなことが「あれ? 無駄な行動していないのに一ターン遅れてるような気がする……」という悩みを産みがちです。

 

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 どうやらスパイスを変換するより、獲得した方が早い局面があることを見極めないといけないのです。ついつい自分好みの航路を作りがちですが、配置によっては収穫の方が港への移動分得をする可能性もあります。船倉やアップグレード能力に至っては、特殊な形状に海タイルを配置しないと効力を発揮しない様子。標準の組み合わせでしかプレイしないのであれば、どうやら獲得する必要はなさそうです。

 

 前作(というか連結して遊べる)『センチュリー:スパイスロード』はスタートプレイヤーが勝つのが一般的で、そこに運による逆転がある、というゲーム性でしたが、こちらは行動の最適化がポイントになっています! 重そうに見えて一回のプレイ時間は短いので、海の配置をガンガン変えて遊んで、いろいろな局面を楽しみましょう!

2018-07-31 可愛げのあるおじさんを目指せ!

[] 『可愛げ資本』などとぶち上げましたが、それは、なんとなくの造語。ですから、その言葉の説明に入る前に、前回書いた状況をさらに追認してみることが必要でしょう。

 

 我々(おそらくはネット上の発表を営業としている全員)は、もはや、なんであれ「何かあったときに守ってくれる集団」に所属することはできないだろう、と私は考えています。もちろん家族や友人がおり、彼らの愛を疑ってはいない方も多いでしょうが、もし炎上が起こったならば、「俺はお前の友人だが、お前が黙らないと守ってはやれない」とか「苦しいだろうが、今は黙って嵐が過ぎるのを混て」という親身ではあるものの「黙れ」という代償を要求しているのだと感じられる言葉が出てくることは想像に難くありません。まぁ無償の愛を要求するな、といえばそれまでなのですが、かつての会社、あるいはギョーカイというのは、それらを許容していた、というか表に出さないものとして処理していた、ということです。今は個人の情報発信が簡単になったからどうにもならん、というわけです。

 

 現在の炎上は「ポリコレ的に問題」な発言をきっかけに起こることが増えていると感じられます。個人の発言にポリコレが過剰に求められることについての良し悪しの判断は保留するとしても、現実の事例を数え上げることも簡単である以上、現実と受け止める他はなさそうです。炎上について書くのは本題ではないので、軽く流して次の機会に譲るとして、ここで重要なのは、ポリコレが進化した結果、炎上しない人はいなくなっていく、ということでしょう。誰もが過去の冗談を抜き出されてしまっては炎上不可避! というだけでなく、自虐だけしていようが自分が弱者だろうが、誰もが怒られる側であり、怒る側にもなり得る、わけです。気を使っていても誰かを攻撃してしまうし、誰かから攻撃もされてしまう。

 

 そんな時代を否定するでもなく、楽しんで発言していくにはどうしたらいいか? そこで私が提唱するのが「可愛げ」でネット世界を満たせ! ということ!

 

 「なんか可愛げある」という人物、あなたのまわりにもいるはず。この「可愛げ」は性別はおろか、美醜とも無関係。性格、自分が持って生まれた属性や、ハマっている趣味やスタイルとも無関係です。言っている内容とは無関係に「なんかカワイイ」それが可愛げです。

 

 「可愛げ」はポジティブなことを言っている時に多く発せられます。好きなものについて語っていたり、好きなことをしていたり。それらを積み重ねることであなたの『可愛げ資本』は積み上がっていきます。

 

 さらにその資本は他人に分け与えられたり、共有することができます。誰かとキャッキャウフフすることにより、それは減ることなく増え続けます。友人であれ、通りすがりの人であれ、キャッキャすべきということです。そうしていれば当人たちでなく、やり取りを見た人が「資本を感じる」わけです。

 

 ネット上の人格が可愛げを増していくにつれ、それは自分業界を維持する力になってくれることでしょう。それは炎上を避けることには繋がらないものの、炎上後の再起を願う際には力になってくれるものと思います。

 

 「そりゃコミュ力が大事だって言ってるだけじゃね?」いや、それはそうなんですが、コミュ力は明確に暴力的なパワーとして扱われるケースが多数かと思います。飲み会の強制とか、場の空気の押し付けとかですね。可愛げは、文字コミュニケーションであるネット上でだけ通用する概念として提唱しています。ネット上だけの人格を作るのは維持が難しいですが、自分の性格から可愛げのある部分を発見していく、という感覚ですね。

 

 我々はもはや誰もが差別される可能性のある要素を抱えており、誰も傷つけずに発言することは不可能なネット世界に生きています。だからこそ、我々は何度でも再起しなければならないのです。賢く、強くあることを目指すより、可愛げのある存在であることを目指せば、現状ではより再起しやすいことでしょう。いずれは、この可愛げ資本ですら権力とみなされ攻撃される時代も来るでしょうが、それまでは……。

 

 要するに「みんなで人気者になるべし」「バーチャルな肉体を活用すべし」と言い換えれば、普通のことを言っているだけですね。おじさんたちがカワイイというムーブメントが起きている今、誰であれ「可愛げ」によってイケる土壌ができています。

 

 おじ、おば、よ、可愛げのある人であれ!

2018-07-30 ライトノベル業界と『可愛げ資本』

[] 最近「ギョーカイ」の存在が怪しくなってきています。

 

 いや、そもそも「ギョーカイ」ってここでは何を指しているんだ? って話になりますが、私の関心があるところですから「出版業界」「アナログ&デジタルゲーム業界」ということになります。

 

 私は割と昔の人間なので、若い頃はそれらの「ギョーカイ」があると思って活動していたわけです。出版社で本を出し、パーティに参加し、そしてみんなにチヤホヤされてですね! みずきちゃんカワイイ〜! カッコイイ〜! って! 言われちゃうんです!! いや〜困っちゃいますね〜。などと考えていたわけです。いやまぁ、昔は誰もが(ここは誇張)そう思ってたんですよ。

 

 とはいえ当時も「作家カッコイイ!」へのカウンターとして「作家やゲームデザイナーも数ある仕事のひとつに過ぎない」なるクールな意見はあったわけですが、その真意は「業界に金をもたらすことが重要」であったり「シーン全体を考えてみんなが得するようにしなくちゃいかん」だったりしたんです。いずれにせよ「ギョーカイ」が存在することが前提だったんですな。

 

 カタカナの「ギョーカイ」なのは、当時でもそれが幻だったからそう書いているわけですが、私が強烈にギョーカイにあこがれていた頃は、幻想としてのそれは存在したと言い切ってしまっても良いでしょう。まぁ主観ですが、SFやシミュレーションゲーム雑誌、ライトノベル誌、週刊でなく月刊の漫画雑誌を読んでいた&作っていた人々の間には「これからこのギョーカイは広がっていくぞ」という感覚が共有されていたと言えるでしょう。

 

 それが現実になって現在がある……のですが、ここでカタカナのギョーカイが変化してしまった、と個人的に感じています。ギョーカイは拡散し、一般的になってきました。それにつれ、漠然とした連帯感は消えていきます。それぞれのジャンルは完全に共存してはいますが、コミケに参加しているから仲間、とは誰も思っていないでしょう。

 

 いまさらオタクの浸透と拡散の話か? というと、それが主題ではありません。漢字の「業界」つまり、現在、オタク系コンテンツを出版している会社は確実に存在している。だが、ギョーカイが無くなった今、業界が外部からは意識されなくなっているんじゃないか、というのが今回この記事を記述している意図となります。

 

 その業種を運営している会社は確かに存在するが、そこに連帯感を抱くような要素がない、と言い換えてもいいでしょう。会社は法人という組織であるので、中にいる社員が入れ替わろうと存在します。そして、その売り物が変化しても法人には変化はないわけです。どんな出版社もかつてのギョーカイっぽいもの(まぁオタクコンテンツということです)を営業の一部にしてよいわけですし、そこに参加する人も専門家でなくとも問題ないわけです。

 

 ギョーカイの拡散のため、作家間での技術の共有や全体で流行しているテーマは失われました。なろう系と呼ばれるものはライトノベルに含まれるものと考えられていますが、その流行に相互作用はありません。ライト文芸はまさに内部の流行以外はライトノベルとの違いはほぼないのにもかかわらず、ライトノベルではないと思われています。SF、ミステリなどはさらに遠いものと思われているでしょう。このように、読者には共通の話題となる作品がなく、作家には連帯すべき部分が見えにくいことになりました。例えばSFにオマージュを捧げて執筆された作品でも、SFを好む読者に届く確率は、既存流通では限りなく低いといえるでしょう。

 

 その現状は「ネットで発表して販売もできるのだから編集者はいらない」という意見として顕在しています。確かにそれは一面から見た事実でしょう。どこかの会社が出してくれないなら、ネットで人気を集めることで他の会社への宣伝活動とすればいいのだし、なんなら個人で出版社も兼任してしまえばいい。その視点からすれば「業界すらない」わけです。

 

 しかし、業界が無くなったわけではありません。ネット発であろうと、エージェントや出版社を経て書籍化するのです(そのメンバーが流動的であることはすでに書きました)。ギョーカイも狭くなっただけで、無くなったわけではないのかもしれません。もし作品単体のファン同士の連帯をそう呼んで良いなら、作者も読者もギョーカイを大きくする(この場合は作品のファンを増やす)ことを目指しているわけです。作家が自分で電子書籍を出す場合でも、多くの人に読んでもらいたいと思っての行為です。

 

 つまり作家は「自分業界(ギョーカイ)」を自分を中心に作り出さねばならない。そういう時代になっていると考えるべきでしょう。

 

 これまでは「作家は業界(ギョーカイ)に認めてもらってデビュー(執筆)する」というスタイルでした(今もそう信じている人はいるでしょう)。これからは「作家が業界(ギョーカイ)にお願いして執筆させてもらう」ということです。

 

 業界には編集者だけでなく読者をも含むと意味を拡大しないといけないでしょう。ネットで人気になるには読者が不可欠です。人気になって出版に至るとしても、それは見かけと違って「出版しても良いと認められた」のでなく「出版したいのでお願いした」との意味に変化しているのです。

 

 そうなると、いわゆる「炎上」により作家が切られる意味も見えてきます。作家が中核になって作品というプロジェクトを動かし、それが狭いギョーカイを作り出しているのですから、作家が大多数から嫌われるような言動をした場合、プロジェクト自体が消えてしまうのです。出版社が作品を守らないのではなく、作者が作品を守るべき、ということなのでしょう(もちろん炎上内容が正当か不当かは別問題です)。

 

 ギョーカイの存在が見えにくい、という話から現状が見えてきました。となると、我々はどうしたらいいのか? 私が個人的に思うのは、「ついに『可愛げ資本』の時代がやってきたか!」ということ。

 

 『可愛げ資本』という謎の造語とは? あたりは次回に語ってみようかと思います。

2018-07-28 ボードゲームとしての麻雀その2

[] 麻雀の話の続きです。

 

 前回は、麻雀をボードゲームとして見ると欠陥だらけだし、現行のルールで勝つならデジタル打ちしかないのでは? というところまででした。

 

 デジタル打ちが正しい、まではいいのですが、それだけでは麻雀の魅力がわかりません。「トップとの点数差」「上がり役の点数」「リーチと鳴きの有無」「残りの局数」の四要素を考え、降りるか攻めるか意思決定するという数字のゲームになりますから。

 

 現行の麻雀ルールで特徴的なのは、実は勝敗の決定です。ボードゲーム的に考えれば、「長期的に良い順位を保つ(順位の平均値を2.5以上にもっていく)」が勝利条件です。現行ルールに「ウマがある」からです。ゲーム内の点数差をくつがえすだけのボーナスが設定されていますからね。おっと、勝利条件は「トータルでプラス」じゃないのかって? もちろん同じ意味のことを別の言い方にしているだけですが、麻雀が場合によっては少額の商品がかかっている場合がある(穏当な表現)ため、プラスを重視してしまう気持ちの現れですね。私も当初はそう考えていました。

 

 さて、ゲーム的に考えれば、長期的に良い順位になるためには、実は自分があがるのでなく「トップを全員で協力して蹴落とす」のが正解となります。安くしか上がれないならトップ者のツモは鳴きで飛ばし、最下位に積極的に振り込んでいくのが確率的には正解です。できる限り全体の点数差を詰めるプレイでなければ安定からは遠くなります。

 これは現状では、局面的には存在すれど、そこまで強固なセオリーとして扱われていませんよね。もちろん点数差をつけて勝つのが商品的に(再び穏当な表現)おいしいからです。

 

 これはプレイや勝利に対する価値観がゲームの本質から遊離した楽しみ方を出現させてしまった、といえるでしょう。ある程度、麻雀が好きな人からすれば「一位を蹴落とすって個人の価値観で絶対のことじゃないでしょ?」と思ってしまうはずです。しかし、ゲーム的に考えれば絶対なのです。

 

 ここで前々回お話しした「他人が間違ったプレイをしてしまったとき」の話になります。あれは結局、価値観の話でした。麻雀においてはそれがより明確になりますね。そうです、「麻雀はギャンブル的価値観に特化してルールが付け加えられてきた」のです。

 

 これでデジタルとオカルトが存在する理由もわかってきました。麻雀はゲームとギャンブルの中間に位置します。そのせいで「麻雀は大半の人が本当の意味で勝ちたくならない」という不思議なゲームといってもいいでしょう。

 

 もちろん、これを書いている私も、麻雀は現状でギャンブル寄りの方が楽しい、と思っています。つまりボードゲームとしての整合性をとる方が無粋なのでしょう。

 

 結局、「同じ価値観をプレイヤーが共有しているか?」そして「そのゲームのルールは価値観を明示しているか?」が大事なのです。見知らぬ人とプレイするなら、そりゃあギャンブル寄りになりますよね!

 

 個人的な結論として、麻雀ではオカルトを信じるのが楽しいと言いたいと思います。「運の流れはある!」「自分には特有の牌の偏りがある!」「俺は鳴きが強い!」などと確信していきましょう。それを受け止めてくれる土台が麻雀にはあります。意外と他のボードゲームでは感じられないんですよね。そこが非常に良いゲームだと思います。

 

 話もどってMリーグ。もちろんリーグ戦は長期の順位のみ重視になりますので、ゲームとギャンブルに引き裂かれ、どこまで下位者が協調できるか、という見どころがおわかりいただけたかと思います。楽しみに麻雀を打ちながら待ちましょう!

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