果たして今回も「原油100ドル超え」はあるか?(後編)

(中編から続く)

さて、そうなると原油市場はいったいどこへ向かうのだろうか。ここまで見て来た状況を考えると、今後、価格が大きく上ぶれする可能性は否定できない。現状を過去の原油高騰時になぞらえて、危ぶむ向きもある。
しかし、「原油価格が100ドルを大きく超えた時代と現在とでは、状況が違う」と、大越エコノミストは指摘する。以前の高騰は、新興国の旺盛な需要や世界的な金融緩和の中で、投機マネーの市場への流入を主因として起きた異常なケースだった。それに対して現在の市場は、おおむね現実的な需給を反映しながら推移している。緩んだ市場がOPECの協調減産などによって引き締まる過程で、突発的に発生したイラン・ベネズエラ問題という不確定要素が価格を押し上げているのだ。そうなると今後の需給は、短期要因と中期要因の2段階で考えるほうがわかりやすい。
まずは、不確定要素が演出する短期的な需給動向だが、先行きはトランプ大統領の出方にかかっていると言えよう。
トランプはこの10月と11月に、約1100万バレルの戦略石油備蓄(SPR)を取り崩し、市場へ放出すると表明した。原油に連動して上昇を続けるガソリン価格は、消費が鈍ると言われる1ガロンあたり3ドルに達する勢いだ。11月の中間選挙を控え、国民の反発で支持基盤を弱めたくないトランプの思惑が見える。しかし、やはり支持基盤の一部を占める石油企業への配慮もあって、手始めに放出するのは日量で18万バレル程度の予定。一時的な鎮静効果はあっても、イランやベネズエラで見込まれる水準の減産が起きれば到底追いつかず、さらなる放出を迫られるだろう。
また、危機感を募らせたトランプは、9月下旬、OPEC産油国に対して原油増産による価格の引き下げを求めたが、これを拒否されている。それを受け、原油価格は一時80ドル台まで急伸してしまった。

まさに待ったなしの状況なのだが、こうなると予測できないのが「トランプ流」。強硬路線から融和路線へと転換し、2度目の首脳会談を目論む北朝鮮との「ディール外交」で見せたように、実利をとってイランへの制裁を緩和する可能性もある。前出の石油元売り企業の関係者は、「同業者の間でもそのような見方は少なくない」と語る。そうなれば、原油需給は一転して緩み始めるだろう。
むろん、選挙が終わってしまえば原油市場への興味を失い、自ら「原油の独占組織」と批難するOPECに責任をなすりつけ、放り出すというリスクもあるが――。果たしてどうなるだろうか。

次に、中期にわたる需給動向だ。需要面で見ると、13年以降、世界の実質経済成長率とそれに連動する原油価格は、比較的安定して推移している。IEA(国際エネルギー機関)や野村證券の見通しによると、成長率の伸び率は毎年1%程度で、原油需要は13年以降の平均で毎年日量150万バレル程度伸びていく。このペースだと、今後も需給は引き締まり気味で推移しそうだという。
EV(電気自動車)やスマートエネルギーへのシフトはまだ道半ばであり、原油需要が伸び続けるトレンドはしばらく変わらないだろう。そこで、もしもインドなどの新興国需要が急激に立ち上がるようなことがあれば、価格は上ブレしそうだ。「大幅な省原油化が進むか、世界経済が大きく落ち込まない限り、原油の需要は増え続ける」(大越エコノミスト)。

一方で供給面を見ると、最も増産を期待できる米国シェール勢が、パイプラインの整備や生産効率の改善を経て、これから原油供給を本格的に増やしてくるはずだ。原油価格の高止まりは、彼らに加えて、カナダのサンドオイルや海底油田の開発も後押しする。それは将来の供給増へとつながり、結果的に原油需給を今より緩和させる効果がある。
このように考えると、折からの価格高騰は、供給サイドの新たなプレーヤーが目覚める前のアクシデントよってもたらされたとも言える。言うなれば、ボトルネックと一時的なリスク要因が複合的に顕在化した状態だろうか。ならば、これから一過性の価格高騰はあったとしても、相場水準が大きく切り上がることは考えづらいかもしれない。先行きは依然として不透明だが、目先の価格上昇が一旦どこで落ち着くのかを、冷静に見守りたい。
ガソリンや灯油が値上がりして生活が苦しくなる――。我々が日々感じているリスクは、こうした想像もつかないほど巨大なグローバル市場の思惑によってもたらされているのだ。

果たして今回も「原油100ドル超え」はあるか?(中編)

(前編から続く)

原油価格は08年前半に150ドル近くまで高騰した。「当時、OPEC産油国の余剰生産能力が世界の石油需要に占める割合は2.6-2.7%程度だったが、このまま余剰生産能力が減っていくと、当時の水準に近づいていく」(野神エコノミスト)。需給の逼迫度は想像していたよりも強いと言える。
こうした事態を、当初、市場関係者はいくぶん楽観視していた。OPECによる減産緩和への合意や、トランプ大統領が中国やカナダに仕掛けた貿易戦争で世界経済が減速するという見通しから、市場では一時、需給の逼迫感が緩んでいた。その反動もあり、足もとでイランやベネズエラ原油輸出がいよいよ減り始めると、逼迫感が一気に高まったのだ。
隘路にはまった既存プレーヤーたちに替わり、供給サイドの新たなリーダーになれる存在は他にいないのか。いるとすれば、それは米国シェールオイル勢(以下、シェール勢)だろう。
振り返れば、ここ数年の原油市場は、価格を支配するOPECと新興シェール勢との攻防の舞台でもあった。「両者を取り巻く環境は2013年前後で大きく変わった」(野神エコノミスト)。12年頃まで、原油市場の主なドライバーは需要だった。非OPEC勢の生産がなかなか立ち上がらないなか、リーマンショック後の景気刺激策で大きく伸びた中国需要の穴埋め役をOPECが一手に担い、高値安定が続く見通しが醸成されていた。
ところが13年以降に状況は一変、供給が市場のドライバーとなる。中国経済の減速に加え、大きかったのが非OPEC勢の台頭だ。彼らの生産は伸びないだろうという見通しが崩れ、シェール勢の大増産が始まった。市場には「OPECの価格決定権が弱まる」という見通しが広まり、需給に緩みが生じて原油価格は下落。前述のように、OPECは17年初頭から「シェール潰し」を目的に協調減産を始めたものの、原油価格は17年半ばまで40-50ドル台と上値が重い展開が続いたのである。

実はこのシェール勢も、足もとで増産を活発化させていない。そのことは市場において、「先高観」の要因の1つにもなっている。
17年12月に米ダラス連銀がシェール企業に対して行った調査によると、「彼らは増産に動ける原油価格帯を60-70ドル台と見ている」(大越エコノミスト)ことがわかった。つまり、彼らにとって損益分岐点となる価格は現在の原油価格と同水準で、さらに価格が上向かないとリグ(油田の掘削装置)の稼働数を増やすことは難しいと見られる。実際、米国エネルギー省の統計によると、シェールの中心地であるテキサス州西部のパーミヤンをはじめ、主要7地区で生産は鈍化している。
これまでも言われてきたように、シェール企業の生産効率は上がり続けている。既存の油井(原油を採掘するための井戸)を長く掘り進めてシェール回収率を増やす技術革新に加え、大きいのは探索能力の向上だ。同じ採掘法でも、原油の含有率がより高いシェールの岩石層を見つけて集中的に掘り、1バレル当たりの生産コストを安く抑えることができるようになった。
一方、生産した原油を輸送するパイプラインの能力には限界がある。たとえば、パーミヤンで開発される原油は日量約350万バレルで、これはパイプラインで運べる量とほぼ同じ。たとえ増産が可能でもこれ以上の市場供給は難しいことがわかる。タンクローリーや鉄道などの代替手段で運ぶこともできるが、コストが高くつく。こうした採算性の問題により、足もとのシェール勢には増産を見合わせるトレンドが強い。主要なパイプラインの増強が行われるにしても、早くて来年半ば以降の見込みという。それから増産が始まるとしたら、原油市場でのインパクトは向こう1年ほどは小さいだろう。

(後編へ続く)

果たして今回も「原油100ドル超え」はあるか?(前編)

国内のガソリン小売価格は1リットルあたり150円を超え、4年ぶりの高値水準となった。
石油製品が値上がりしている背景には、原料となる原油の価格が世界的な上昇トレンドに入ったことがある。原油取引の代表的な指数であるWTI、北海ブレント、中東ドバイ価格は、17年半ばの1バレルあたり40-50ドル台を底値とし、今年前半にかけて堅調に上昇。足もとでは70ドル台を推移している。
原油の需要国である日本にとって、価格の上昇は経済のマイナス要因となることが多い。輸送コストや原材料費の上昇により、航空・物流・化学業界などで企業収益の悪化が懸念されている。家計圧迫への不安も広がるなか、個人消費の減退も気がかりだ。原油高がジワジワと「痛手」になりつつある。
このままいけば、100ドルの大台を突破するのではないか――。投資家からはそんな声も聞こえて来る。多くの商品がそうであるように、原油相場は需要と供給のバランスで動く。独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構の野神隆之・首席エコノミストは、「原油の供給が減り需給が逼迫するという見通しにより、価格が下がりにくい状態が続いている」と解説する。

需給逼迫で「先高観」がどうにも消えない背景には、何があるのか。最大の懸念材料は、突発的とも言える地政学リスクだ。米トランプ大統領が制裁を行おうとしているイラン、政情不安と経済崩壊で混乱が続くベネズエラの2大産油国で、原油生産が大きく減る見通しとなっている。「これまで考えていたより状況は深刻」と指摘する専門家は少なくない。
トランプ大統領は選挙時の公約に従い、5月にイラン核合意から離脱。核合意に基づき経済制裁が解除されていた同国に対して、最大級の経済制裁を再発動すると表明した。それに伴い、米国の同盟国にもイランへの制裁強化を要請している。
エネルギーに関する制裁の猶予期限は11月4日。それ以降、イランから世界への原油輸出は大きく落ち込む見通しだ。原油天然ガス生産において世界有数の資源エネルギー大国であるイランの原油が市場に出回らなくなる影響は大きい。野村證券経済調査部の大越龍文シニアエコノミストは、「当初、『今回は米国単独だから影響は限定的だろう』と見られてきた制裁だが、足もとではすでに影響が出始めている」と語る。
米国の大手情報サービス企業・ブルームバーグによると、イラン制裁の表明から8月までの間に、米国の同盟国によるイラン産原油の輸入制限が顕著になっているという。はじめは制裁に反対していた各国も、「米国内で事業を続ける自国企業が、トランプ政権によって不利益を被るリスクを避けたい」と考えているようだ。
たとえば、EUの輸入は日量50万バレルから20万バレルまで低下しており、11月の制裁発動でさらに10万バレル程度落ち込む見通しだ。イランから安く原油を買っていたインドも、同40-50万バレルから20万バレルまで急減する見通し。韓国と日本は同10万バレルがゼロへ。イランの友好国で輸入を継続する見通しの中国を除いても、主要取引先だけで原油輸入は70-80万バレルも減る見通しだ。
過去、オバマ政権による制裁時にイランの原油生産量は約25%、日量100万バレル減少して280万バレルとなったが、こうした状況のなか、今回の制裁では前回に匹敵するか、それを上回る減り方になる可能性がある。8月のイランの原油生産量は、OPEC総会で定められた日量約380万バレルの生産上限枠を、すでに30万バレル程度下回っている。

一方、実質的な国家破綻を迎え、生産の落ち込みに歯止めがからないベネズエラの状況も予断を許さない。ブルームバーグによると、日量約197万バレルの生産枠に対して8月の生産は133万バレルと、落ち込みが激しい。長引く米国の経済制裁の影響もあり、当局のアナウンスによれば、年末までに100万バレル近くまで落ち込みそうだ。
そんななか注目が集まるのが、盟主サウジアラビアをはじめとするOPEC(石油輸出国機構)加盟国、非OPECの大国ロシアが、イランやベネズエラの減産分を穴埋めできるかどうかである。それができないと、世界の原油供給はおぼつかないだろう。
原油価格の上昇を受け、OPEC産油国は今年6月の総会で、2017年初頭から続けてきた協調減産の緩和を決めた。実施中の減産措置につき、今年7月から年末まで、これまで150%程度だった減産順守率を100%へ引き下げるという「事実上の増産」に合意したのだ。とはいえ、石油収入確保のため原油の値崩れを嫌う加盟国の足取りは重く、増産目標は市場予想より小幅となった。

加えて、OPECの生産能力には不安がある。ブルームバーグによると、イラン制裁が本格化していない8月時点でも、加盟国全体の生産量は日量約3241万バレルと、生産上限枠約3273万バレルを達成できていない。また、OPECには日量300万バレル強の余剰生産能力があると言われるが、実は不透明要因が多い。増産の本丸はサウジアラビアで余剰生産能力が日量200万バレル強あるものの、減産に参加していないリビアとナイジェリアがそれぞれ持つ30万強の余剰御生産能力は、インフラの制約や内乱による政情不安によって見込めない状況だ。
ロシアは17年からOPECの協調減産に参加する直前、駆け込みで生産を増やしているが、当時の水準を考慮すると、余剰生産能力は日量20-30万バレル。現在は西側諸国から経済制裁を受けており、原油生産のための資金・資材を調達できないため、当時と比べて能力は上がっていないはずだ。
つまり現状では、サウジとロシアを合わせても余剰生産能力は日量200万バレル台半ばが限界。イランとベネズエラで予想通りかそれ以上に生産が減ると、「余力」はいくらもないことになる。

(中編へ続く)

一帯一路の「債務ドミノ」で次に倒れる国はどこか

中国のシルクロード経済圏構想「一帯一路」で、次に「債務ドミノ」が倒れるのは太平洋諸島の可能性がある。
中国からの債務返済に四苦八苦するトンガのポヒバ首相は、中国が国家資産を差し押さえる可能性について警戒している。それは極端な話のようだが、この地域が抱える中国向け債務13億ドルを巡る再交渉が始まっている。
ポヒバ首相は8月、太平洋島しょ国が共同で中国に債務の帳消しを巡り協議している、とロイターに語っている。対中債務額が1億1500万ドルに上るトンガのような国々は、スリランカのように資産を明け渡すことを余儀なくされるかもしれないと、同首相は示唆した。

スリランカは昨年12月、中国との債務救済取引の一環として、自国の戦略港湾の長期運営権を中国に譲渡している。中国企業が資金提供し建設されたバヌアツのルーガンビル港埠頭を巡って、オーストラリアのメディアも同様の懸念について報じている。
ポヒバ首相はその後、発言を撤回した。だが同首相の発言からは、中国の習近平国家主席が世界的に推進するインフラ構築の真の狙いについて懸念が高まっていることを浮き彫りにしている。

オーストラリアとニュージーランド、そして米国は、中国の影響力に対抗すべく、太平洋諸島地域への支援を強化する計画だと、ロイターは報じた。だが、それにはさほど労力は必要としないだろう。豪シンクタンク、ローウィー研究所の試算によると、同地域が11-16年に受けた対外支援のうち、中国が占める割合はわずか8%。一方、オーストラリアとニュージーランドは半分以上を占めている。
また、中国の対トンガ融資は主に、都市部の復興のようなプロジェクトに充てられている。中国が資産をどのように差し押さえるのか、あるいはなぜそのようなことをするのかは定かではないと、同研究所の太平洋諸島プログラムのディレクター、ジョナサン・プライク氏は言う。
トンガ財政は実際に圧迫されている。ロイターの集計によると、同国の対中債務は国内総生産(GDP)の3分の1に上る。元金返済は予算の4%を占める。3日開幕した太平洋諸島フォーラムで債務帳消しの要請が正式に行われるとは限らないが、11月に開催されるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で習主席にこの話題を切り出す可能性はある。

諸外国は中国が支援するプロジェクトに警戒感を募らせ、「債務トラップ」に対する警鐘も聞こえてくる。マレーシアでも中国の一帯一路計画は激しい反発に直面している。
太平洋諸国は、中国に安くイメージ回復ができる機会を提供している。世界第2位の経済大国である中国にとって、13億ドルは「丸め誤差」にすぎない。それでもトンガは感謝するだろう。

バフェット氏も投資先がない?

流行を追わず、価値あるものをかぎ分ける自らの鋭い嗅覚で、投資会社バークシャー・ハサウェイ時価総額4700億ドル(約53兆円)の巨人へと育て上げた米著名投資家ウォーレン・バフェット氏。だが、このたび、自社株買いの社内規定を緩和したことで、バフェット氏が、急にその他大勢に同調し始めたようにも見うけられる。
発表を受けて、バークシャー株は18日に4%上昇したが、この方針変更は、同社に積み上がった手元資金1090億ドルについて、投資先のアイデアに枯渇しているという、懸念すべき事態を示しているともいえる。

この伝説的投資家は、基本的には自社株買いを容認している。米飲料大手コカ・コーラとクレジットカード大手アメリカン・エキスプレスが15年に行った自社株買いについて、バークシャーが1銭も払うことなく、自らの株主利益や、両社の利益に占めるシェアを高めることができたと、バフェット氏は歓迎した。
だが、それと同時にバフェット氏は、株価が本質的価値を下回る場合に限り、経営陣が自社株買いを承認すべきだとの立場を明確にしている。そのような方針を明確にしている企業は少ない。
バークシャーは11年9月、1株当たり純資産の1.1倍以下の水準で自社株を買い戻すと発表。その日の株価は8%上昇し、実施できた自社株買いは6700万ドル程度にとどまった。その翌年、バークシャーは上限を1.2倍に引き上げ、12億ドル相当の自社株を買い戻した。

そしてバフェット氏は今回、この上限を撤廃した。株式市場が上昇を続け、M&A(合併・買収)件数が増加したことで、バフェット氏が言うところの「理にかなった」株価で取引されている大企業が少なくなり、その結果としてバークシャーのポケットには山のようなキャッシュが積みあがっている。
バフェット氏は、自身が「買い入れ熱」と呼ぶ行動に参入することは拒否しており、一貫性と自制心も見せている。自社株買いは、同社にとって最善の選択肢なのだろう。
とはいえ、バフェット氏は過去に、バークシャーの株式パフォーマンスが良好な理由の1つとして、明確な自社株買い基準を持つことの発信効果もあると分析していた。
この明確な基準が今回、「バークシャーの本来的価値を下回っていると保守的に判断」される価格で自社株を買い戻すとの約束に替わった。要するに、バフェット氏は投資家に「私を信頼せよ」と告げているのだ。

トムソン・ロイターによると、18日に株価が上昇する前の時点で、バークシャー株はすでに、この先12カ月で予想される1株あたり純資産の1.22倍で取引されており、バークシャーだけが、こうした動きに出ている訳ではない。
S&Pダウ・ジョーンズ・インダイシーズによれば、減税の恩恵や好調な経済で潤った米国企業による第1四半期の自社株買いは、4割近く増加し、過去最大の1890億ドルに達した。
だが株主たちは、独特なアプローチを打ち出しているという理由で、バフェット氏に投資する傾向にある。今や彼は、そして彼らも、ただ流れに追随しているにすぎない。

現金至上主義の日本にもついに

日本のキャッシュレス決済比率は18%(15年現在)。政府はこの比率を25年までに、40%まで引き上げようとしている。現金志向が根強く残る日本で、果たして実現できるのか。キャッシュレス決済の普及に向けた課題と、新しい取り組みを紹介する。

JR総武線馬喰町駅の近くに、外食大手ロイヤルホールディングスが昨秋開いた、「現金お断り」の実験店がある。
レストランに近づくと「CASHLESS」と書かれたボードが目に入る。実際に店舗で現金は使えず、支払いはクレジットカードや電子マネーなどに限っている。会計はスタッフを呼び出して、テーブルで決済するので、混雑時でもレジで待たずに済む。
店舗にとってもメリットは大きい。閉店後に毎日行っていた精算や、釣り銭の準備といった作業がなくなる。「現金を扱う仕事は手間がかかるうえ、精神的な負担も大きかった」(ロイヤルHDの中西喜丈氏)という。人手不足が深刻な外食業界ではキャッシュレス化が、従業員の負担軽減にも直結する。

今春、社員食堂の支払いに「LINEPay」を導入したのは、ソフトウエア開発のテラスカイ(東京・中央)だ。
ランチタイムには2種類のQRコードを印刷した紙が置かれる。1つはカレーライス(400円)、もう1つはランチビュッフェ(500円)だ。どちらかを選び、自分のスマートフォン(スマホ)で決済する。利用者は「財布を持たず、スマホ一つでランチを食べられるのは気軽でいい」と話す。
QRコードを使うスマホ決済は、専用の読み取り端末がいらず、導入コストが少なくて済む。このため個人商店や屋台など、これまで現金しか使えなかった場所にも広がる可能性がある。

さらに手数料の引き下げ競争も激しくなりそうだ。LINEは8月から、中小事業者にかかる決済手数料をゼロにする。そしてヤフーも、10月から手数料を無料にする予定だ。
店舗にクレジットカードを導入すると、3%ほどの手数料を店側が負担する必要がある。この手数料が、キャッシュレス化が進まない要因になっていた。LINEの出沢剛社長は、手数料を無料にすることで「ラインペイが使える店舗を圧倒的に増やし、決済革命を起こす」と語る。

もっとも日本のキャッシュレス決済比率(18%)は、韓国(89%)や中国(60%)はもちろん、インド(38%)にも及ばない。根強い「現金志向」が、キャッシュレス決済の普及を阻んでいる。
実際のところ、キャッシュレスはどこまで浸透しているのだろうか。
そこで全長約800mのアーケードがあり、都内有数の商店街として知られる武蔵小山商店街で、普段の買い物でよく使う決済手段について50人の買い物客に聞いてみた結果、50人のうち「現金派」が31人と、「キャッシュレス派」の19人を上回った。「現金派」の理由で多かったのは、「お金の管理しやすさ」だった。クレジットカードだと「いくら使ったのか、分かりにくい」「使いすぎが怖い」といった感想も多かった。
一方、「キャッシュレス派」の最大の理由はその「便利さ」だ。子ども連れで買い物中の女性は「簡単に支払いができるので、電子マネーが使える店ばかり行っている」と話す。また「ポイントが目当て。現金だと何もつかないからもったいない」と、ポイント重視派もいた。
日本で現金社会が続いているのは、現金に対する高い信頼の裏返しでもある。さらにATMは全国の隅々に設置されている。日本のどこにいても、簡単に現金を引き出すことができる。

ただ、こうしたインフラを維持するコストも莫大だ。ボストン・コンサルティング・グループの推計によると、ATMの管理や現金輸送にかかるコストは年2兆円にのぼる。マイナス金利下で収益悪化に苦しむ銀行にとって、こうした負担は次第に無視できなくなっている。
そこで銀行の中には、手数料を引き上げる動きも広がってきた。新生銀行は10月7日から、これまで無料だったコンビニなど提携ATMでの引き出し手数料を有料化し、1回あたり108円とする。「ATM無料」を売りに支持を集めてきたが、収益環境が悪化し有料化に追い込まれた。
ゆうちょ銀行でも、現在は月3回までATMからの送金手数料を無料としているが、10月以降は月1回までとし、2回目以降は123円とする。来年4月にはネット通販などの代金振り込みに使う「通常払い込み」の手数料を現在の80~340円から150~410円に引き上げる。みずほ銀行三菱UFJ銀行でも、今年から窓口での両替手数料を引き上げている。

個人にとっては、ATMで現金を引き出すためにかかる時間も損失だ。25日の給料日、昼休みに東京・神田のATMコーナーに並ぶと、現金を引き出すまでに6分50秒かかった。ATMにわざわざ立ち寄るのも手間で、仕事や家事に追われる人ほどキャッシュレス化の恩恵は大きいといえる。
個人経営の飲食店などでは、キャッシュレスに対応していない店舗がまだまだ多い。インフラが整っていなければ、キャッシュレス決済も浸透しない。LINEとヤフーが主導する手数料の引き下げ競争が、現金社会ニッポンをどこまで変えるのか注目される。

またも日銀に敗れたヘッジファンド勢

日本の国債市場が機能不全に陥り、ニューヨークのヘッジファンドは代替として米国債市場で日銀金融政策に関する思惑売買を繰り広げていた。「日銀の出口近し」との判断から、米国10年債は記録的な空売りポジションが積み上がっており、その規模はCFTC(米国商品先物取引委員会)が毎週末発表する先物売買データで検証できる。7月24日発表のデータではロングが約53万件、ショートが約103万件、ネットで約50万件とされる(1件あたり10万ドル)。
その結果、日本10年国債の利回りが0.1%を突破した時点で、米国10年債利回りが2.99%と3%近くまで急騰する局面もあった。当時の相場記事を読み返すと「ウォール街は日銀金融政策決定待ちで、米10年債利回りはこの1カ月で最高水準の2.99%をつけ、3%台に迫っている」などと書かれていた。
しかし、ヘッジファンドの苦々しげな言い回しを引用すれば、日銀会合での結果が「長期金利をいじるだけの微調整」に終わり、彼らのもくろみは外れた。
米国10年債利回りも30日(現地時間)の取引終了時点の2.98%近くから急落、31日は2.96%で引けた。ヘッジファンドの当惑ぶりがうかがえる。

ヘッジファンドには日本国債空売りを仕掛けて失敗を繰り返した苦い経験がある。日本国債トレードは、その事故率の高さから「ウィドウ・メーカートレード(Widow Maker Trade)」などと呼ばれたものだ。「もう日本国債にはこりごり」と今回大損したヘッジファンドの関係者はぼやく。教訓として「日銀には逆らうな」が合言葉になりそうだ。

一方、米国の株式市場では、長期金利変動幅が拡大しても日銀の緩和継続を歓迎する姿勢だ。
パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長はタカ派的との見方も根強く、「パウエル・プット」は期待できそうにない。FRB量的緩和(QE)から量的引き締め(QT)への転換は意図せざる経済ショックの可能性をはらむ。そこで、FRBが市場から引きあげる流動性を、日銀が補ってくれる、との期待感が漂う。ミスタークロダのおかげで流動性相場も持続できそう、との期待が感じられる。

黒田総裁が記者会見で19年10月の消費増税をリスク要因の具体例として挙げたので、日銀緩和は20年まで続くか、との質問もあった。FRB欧州中央銀行(ECB)が量的緩和終了・縮小に動くなかで、日本が過剰流動性の輸出国になっていることを改めて実感した。
外為市場では円安が進んでいる。ドル・ユーロは大きく動かず、対円でのドル高が突出している。今回ばかりはほぼ同時開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)は影が薄く、日銀効果でドル高・円安が進行中だ。