星の旅

2011-06-18

ちょっとだけ書いてみる

 ハイクでもちょこっと書いた福島のじいちゃんたちの話。

 うちのじいちゃんちは農家さんで、毎年すごい美味しいお米をもらってた。

 で、3月に地震があって、何週間かして、私の実家へじいちゃんばあちゃんひいばあちゃん従兄弟姉妹たちみんな避難して、一時期十何人で合宿みたいな生活してた。

 4月頃になって従兄弟姉妹たちは大学やら福島県外の受け入れてもらった高校やらにいくために、出て行って、まあ色々あって、実家も元の生活に戻ったみたい。

 

 私の実家には、近くの農家さんが年取って作らなくなってどーすっぺーってなった畑の一部を借りて家庭菜園やってるのだ。毎年、雑草ぼーぼーだけど、ぱぱんもままんも楽しそうにミニトマトとか大根とか簡単な野菜植えて、形は変だけどおいしいね! って食べて満足する感じ。

 それが、今年は本職が力入れまくって、本格的な畑になってた。もうすごいの。支柱とか真っすぐなの。毎年、雑草の山にエクスカリバーの如く棒がささってて、その聖剣をトマトさんたちがみんなで必死に支えてたそれが支柱だったのに…。

 大根とかも売り物そっくりで、いつもは、ニンジンサイズのほっそくてかわいい大根さんだったのだ…。キャベツもちゃんと巻いてあった! なにこれサトイモ! 植わってるの初めて見た! みたいな… アキバにきた外国人の如く、わんだほー連発してた。

 

 電話で話するたんびに会って話すたびに、みんなで、畑があってよかったねー って話してた。ばあちゃんたちの話を聞くと、避難した先で畑作れなくてさびしいって人も結構いるみたい。

 田んぼとかもな、日本中で高齢化進んでお米作れないおうちとかも多いと思うのだー。そこで作ってもらえばいいのになー って思う。一方で、でも場所が変わると作り方も全然違うんだろうなと想像する。あと、人間関係も結構大変だと思う…。そんなにいっぱい受け入れられる場所なんてないだろうから、周り地元の人ばっかり避難してきた人もいるけど知らない人ばっかりになっちゃうだろうし。

 それでも仕事があるってだけで、多分将来の不安とかもちょっとだけ和らぐというのもありそうなのに…。

 今、ググってみたら、被災した農家さん受け入れやってるところは結構あるみたいね。来年以降は、そういう選択肢も広まるかな。

 

 学校の受け入れの対応はすごく早くてびっくりするくらいだったよね。お仕事に関してもそのくらいのスピード欲しかったよな…。生活に関わることなのだもの。あとブログの婿入りさんのみたいな避難してないけど農業できない人達の対応もして欲しいな…。

 

 って、願い事は尽きることなくいっぱい出てくる。多分、一番大変なのは現場に住んでたりお仕事してたりする人達で、その人たちが、一番、最も望んでることは、元通りに実害も風評被害も全部全部なかったことになることなんだろうなと想像する…。でも、その願いがかなうのは結構時間がかかるだろうから、せめてそれに近い最大限の補償してあげてほしいと、私はついつい願ってしまう…。

 ただ願うばっかりで、私自身が何ができるって訳でもないから、自分勝手なことは承知してる…。

 それでも、身近な人達の幸せを願わずにはいられない…。