メモ帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

9999-12-31

[]このブログについて

  • このブログは、主に、Twitterでツイートしたもののうち、複数ツイートに分割せざるを得なかったものなど、140文字で収まらなかったものをまとめ直して投稿しています。
    ※それ以外のものも投稿することがあります。
  • コメントは承認制です。管理者が承認するまでコメントは表示されません。
  • たまに過激なことを言うことがあります。閲覧時はご注意下さい。
  • ブログや個別の記事に対するリンクはご自由に行って頂いて構いませんが、リンク以外の形でブログの内容を使用したい場合は、一言で構いませんのでご連絡をお願いいたします。

  • 関連リンク

2012-01-05

[]ネタメモ:射命丸の入浴シーンを激写せよ!(仮題

魔理沙「ちくしょう、風呂に入ってるところを文に盗撮された……仕返ししてやらないと気が済まないから、私でも使える写真機作ってくれ!」
にとり「他でもない盟友の頼みとあっては断れないね!1週間待ってくれればお望みの物を作ってみせるよ!」
魔理沙「頼んだぜ!」

一週間後

にとり「撮影したい物にレンズを向けて、あとはこのボタンを押すだけで、あとはカメラが全部やってくれるし、写真もその場で出てくるようにしてみたよ!*1
魔理沙「さすがは天才のにとりだな!!これなら私でも簡単に扱えるぜ」
にとり「いやあ、そこまで言われると照れるな」
魔理沙「じゃ、善は急げだ。早速仕返しに行ってくるぜ!」
にとり「頑張ってね!!!」

-------------------

魔理沙「さて……射命丸の家までにやってきた訳だが……ここが風呂場か。こそこそ隠れて動くのには慣れてるからな。こういう時は役に立つぜ」
射命丸「〜♪」
魔理沙「お!何というタイミングだ!文がちょうど風呂に入るところだなんて、ラッキーにもほどがあるぜ!」
射命丸「(ガラッ)……(ザバー)」
魔理沙「(ガラッ)射命丸文!!!神妙にしろ!!!!この前の仕返しだ!!!!!(パシャパシャパシャッ!)……ん?……あ、あれ?……風呂場に文がいない……?そんな馬鹿な……っ!!!」
(パシャッ)
魔理沙「!!!!!!?????」
射命丸「霧雨魔理沙、乙女の入浴の盗撮を企てる、と……いやー、また新しいネタが手に入りました♪身を挺して新ネタを提供してくださった魔理沙さんには感謝しないといけませんね〜♪」
魔理沙「あ、文……ど、どうして……?」
射命丸「ふっふっふ……"烏の行水"って言葉、ご存じですか?」
魔理沙「知ってるが……それにしても早すぎるだろ!!!!」
射命丸「私は幻想郷最速の射命丸文。そう!!!入浴速度も幻想郷最速なのですよ(にやにやにやにや)」
魔理沙「くっ……」

-------------------

にとり「おかえり……あれ?表情が冴えないね。まさか……カメラがうまく動かなかったのかい?」
魔理沙「いや、カメラはちゃんと動いたんだが……何というのかな……」
にとり「?」
魔理沙「あ…ありのまま、さっき起こった事を話すぜ!私は文の入浴する様を撮影していると思ったら、いつの間にか私が撮影されていた……」
にとり「へ?」
魔理沙「な、何を言ってるのか分からねーと思うが、私も何をされたのか分からなかった……」
にとり「……」
魔理沙「烏の行水だとか、幻想郷最速だとか、そんなちゃちなもんじゃあ断じてない……もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ……」
にとり「………とりあえずお茶でも飲んで落ち着いたら?」
魔理沙「ん、そうさせてもらう……」

*1:要はインスタントカメラ

2011-10-10

[]東方新作妄想

冬がなかなか終わらないのは妖々夢でやった。春(と言うか春にやるはずだった宴会)がなかなか終わらないのは萃夢想でやった。
となると次は「夏がなかなか終わらない」ではないだろうか?と言う思いつきで新作を妄想してみた。
これを元にあれこれ膨らませるのは構いませんが、あくまでも1ファンによる妄想なので、その点だけはご注意を。

……そう言えば、エンドレスエイトなんてのもあったなあ。

  • 夏→ひまわり、の連想で、1ボスに幽香が復活、なんて流れがあると凄く俺得。
    幽香のポジションとしては神霊廟の幽々子と同様。主人公たちにヒントを与えるだけの役割。
    弾幕勝負は完全に形式的で、互いに「お遊び」と割り切った物として、1ボスのボロ絵は無し。
  • 夏が続くと当然暑さがいつまでも続く訳で、そうなるとチルノが誰よりも先にバテることになりそう。
    そんなチルノを見かねた大妖精が自機として出撃(当然、正式な名前・スペカ・台詞が付与される)、なんてのがあっても面白い。
    妖精なのでショットは弱めだけど、その分当たり判定が霊夢よりもさらに小さい、とか、道中の雑魚妖精からの攻撃が少なめ、とか、ボスキャラが途中まで手加減してくれる、とか、エクステンドするための残機の欠片の数やボムの欠片が他のキャラより少なくても良い、とか、そう言う特性が付与されそう。
  • ラスボスは天照大神をモチーフとしたキャラで、豊聡耳神子が密かに幻想郷に呼び寄せたもの。天照大神の力により、多くの妖怪が苦手とする太陽の力を強めることで妖怪たちの力を削ぎ、それによって、妖怪たちからの信仰を集める命蓮寺の力を削ぐことで、幻想郷内での自分(神子)たちの居場所を確保することが目的。
    余談ながら、天照大神は「独りで食事をするのは寂しい」と豊穣の神を招いた(要は「ぼっち飯は嫌だ」ってことか)、と言うエピソードがあるので、穣子(とついでに静葉も)が天照大神の隠れ家に食事の相手として招待され、そのまま幽閉されることで、それがまた夏が続く理由の一つになっていた、と言う展開もあり得ると思う。
    エンディングかエクストラストーリーにおいて、豊聡耳神子が「そう言うことをするならまず相談しなさい!」と霊夢に怒られる、なんて展開はありそう。
  • エクストラボスは須佐之男命をモチーフとしたキャラクターが適当か。姉が幻想入りしたと聞いて興味を持ってこっそりついてきたものの、退屈さに耐えかねて暴れそうになったところを霊夢たちに懲らしめられる、と同時に、弾幕ごっこ、と言う「暇つぶし」があることを学び、以後、平和に暮らすことを約束する、と言うような展開に。
    弾幕としては 征伐「八岐大蛇退治」などがありそう。キャラがキャラだけに最初は萃香とかとは仲が悪そうではあるが、害がないと分かればたぶん互いに酒飲み友達になりそうではある。
  • ラスボスが天照大神をモチーフとしたものであれば、途中面で、アメノウズメ(儚月抄にも出てた)あたりをモチーフとしたキャラが出てくる可能性はありそう。
  • ふと思ったが、天照大神がラスボスで、大妖精が自機として出撃した場合、「だいようせい」を「たいようせい(太陽精)」と読むことで、こじつけにせよ、名前の繋がりを持たせることができそうではある。
    まあ、太陽の妖精、としてはサニーがいるから、無理矢理こじつけることもないとは思うが。

さて、この設定で行くとしたら、東方○○○の○○○部分はどんな物がいいかな……内容的に「照」か「夏」は入れたい。

https://twitter.com/#!/SekiyaHiroshi/status/123400960151257088

2011-09-23

[]原作と二次創作の関係

コンテンツにおける、原作と二次創作というものの関係は、川の上流(正確には水源か)と下流のようなものだと思う。原作が水源で二次創作が下流側。
水源の管理者が「この水源の水は他の連中には使わせない!」と、水源に蓋をしてしまったら、当然、下流ではその川の水資源を利用することはできない。
実際、そこまで厳しいところは少なくて、「お前ら勝手に使うなよ」という注意書きはされていても、川自体は普通に流れていることが多い。
中には太っ腹な水源管理者もいて、「この川の水は一定の条件下でご自由にお使いください」と言うのもある(商業作品では旧エヴァ、FLCL、同人では東方Projectなど)。
で、「ご自由にどうぞ」という場合はもちろん、「勝手に使うな」と書いてあっても、たいていの場合、そこで水遊びをする程度のことなら、水源の管理者たちもあまり目くじらを立てることはせず、黙認してくれていることも多い(一般的なファンアートがこれに該当する)。
ただ、水源所有者に無断でその川の水を汲んでボトルに詰めて大々的に商売を始めたり、川の水を利用して大々的に農耕を始めたりすると、「ちょっと待て、勝手に使うなと注意書きがあるだろ!」とストップが掛る(無許可での商用利用や規模が大きすぎる同人活動などがこれに該当する)。
商売をするのでなくとも、川の水に変な色や臭いをつけて「これが○○川の水だ!」などとやり始めるのも、やはり水源としては迷惑な話なので「そう言うことはやるな」と言うことになる(子供向け作品でエグい18禁同人とかを出すのがこれに該当する)。
逆に、下流で何かがあったとしても、水源側にそれが影響することは少ない。ただ、全くない訳ではなくて、鮭の遡上のような現象経由で、下流の現象が上流側に影響を与えることもある(キン肉マンでの、読者が考えた超人などがそれ)。
このように言うと、中には「川なんか元々みんなのものじゃないか」って人もいそうだが、そう言う概念は水が充分にある地域で利水技術や農耕技術が発達したからこそ確立したもので、そう言うのが不十分な地域や不十分な時代では、水利権を巡ってのゴタゴタはしょっちゅう起きている(国内では香川県など)。河川に関しては、水源側が大きな水利権を持っていることも珍しくないのだ。そう言う意味でも、水源と下流側との関係は、原作と二次創作の関係と類似している、と言えると思う(パブリックドメイン扱いのものは「川はみんなのもの」と言う概念と同じと考えてもいいかも知れない)。

いずれにせよ、下流側である二次創作は、水源である原作を、水源管理者の好意で「使わせて貰っているだけ」と言うことを忘れてはいけないと思う。
二次創作者たるもの、常に原作には敬意を払い、謙虚な姿勢でいるべきであろう。

https://twitter.com/#!/SekiyaHiroshi/status/117050453883232257
https://twitter.com/#!/SekiyaHiroshi/status/117051546809802752
https://twitter.com/#!/SekiyaHiroshi/status/117054387116965888

2011-09-20

[]機長アナウンス

客船モードの聖輦船で、ムラサ船長が「出航前にご搭乗の皆様へ船長の村紗水蜜よりご挨拶申し上げます。本日は聖輦船をご利用頂きありがとうございます。これより本船は魔界へ向けて出港いたします。途中、気流の乱れや妖精の悪戯などにより多少船が揺れる場合がございますが、航行には支障ございませんのでご安心くださいませ。ただいま入りました情報によりますと、目的地の魔界の天候は良好とのことです。それでは皆様、目的地到着までの間、快適なご旅行をお楽しみください」なんてアナウンスをやってたら萌える。

村紗「まあ、聖輦船は自動操縦だから、出港したら船長としてはやることなくなっちゃうんだけどね」

2011-09-19

[]今こそ先人の知恵に学ぶ時

ここ最近(と言っても数年スパンだが)のいろいろな情勢を見ていてふと思い出した言葉がある。それは、"巧言令色、鮮なし仁"。言うまでもないが、論語の言葉である。
最近の日本は、どうも、巧言令色に流される人が多いのではないか、と感じる。

要は、「自分の主義主張や権益に合う情報」や「センセーショナルな情報」と言うような、「都合のいい情報」「派手な情報」に引っかかる人が増えているように思う(かく言う自分も何度か引っかかったことがあるが)。特にTwitterではその傾向が強いように感じる。その情報が真実であれば良いが、情報が間違っていたり、虚偽のものであった場合は、そう言った情報に引っかかってしまった人々の方が周囲から侮蔑の目で見られることもある(いわゆる"情弱"と言うような呼び方がその典型例であろう)。それらの情報が特に害のないものであればまだしも、特定の個人・団体・企業などを貶めるようなものだった場合、その情報の発信者はもちろん、真偽を確認せずに騒いだ連中にも名誉毀損、風説の流布、業務妨害、信用毀損、侮辱、などに関する刑事罰が科せられたり、賠償責任などが生じる可能性があるのではないか、と思う。現状、日本ではTwitterでの発言などが元で賠償請求をされた、と言うような例は覚えがないが、今のような「真偽も分からないのにやたらと情報が拡散される」という状態が改善されない限り、そのような事態がいつ発生してもおかしくないのではないか、と思う。そうでなくとも、誤った情報に振り回される、と言うことは判断ミスを招く行為であり、非常に危険である。

そのような事態を避ける手段は一つ。「流れてきた情報を鵜呑みにしない」と言うことだと思う。たとえば、Twitterの場合「こういう情報があった!大変だ!拡散希望!」と言うようなツイートの場合、酷い場合は情報源がなかったり、情報源があったとしても、個人ブログの記事や誰かからの伝聞、と言うような、非常に信頼性の乏しい情報源しか提示されていないことも少なくない。もちろん、そう言った情報が全て虚偽や間違いであるとは言わないが、情報源としての価値は低いと言わざるを得ない。なぜなら、世の中には、筆者の願望や推測が、あたかも事実であるかのように書かれているケースも少なくないからである。「○○は××なのである」と、一見事実が記述されているように思えても、実際は単に「そうであったらいいなあ」と言う願望や「こうに違いない」と言う推測でしかないこともあるため、その情報が客観的な事実に基づくものであるかどうかの確認は重要である(そうでなくとも、勘違いや思い込み、と言うことは誰にでも容易に発生しうることである。また、このブログの記事も、個人で記述している以上、ここで述べたようなことから逃れることはできない。このブログの記事を見るときは、話半分程度で受け取って頂くのが安全だと思われる)。
また、仮に客観的な事実であっても、意見誘導のために、わざと誤解を招くような書き方がされていることもある(このパターンで一番有名な例はDHMOの事例であろう)し、証拠となる情報が発信者の都合が良いように編集されていることもあるため、証拠となる情報があるから、と言って、そのまま信じてしまうことも非常に危険である。

ここで出てくるのが、最初に言った「巧言令色、鮮なし仁」と言う論語の言葉である。都合のいい情報や派手な情報ほど、実際は中身がなかったり、全くの虚偽情報だったり、と言うことは少なくないし、むしろ有害であることすらある。
そのような情報に引っかからないように、「巧言令色、鮮なし仁」と言う言葉に学び、都合の良い情報や派手な情報ほど疑って掛かることと、それ以外の情報も含め、情報発信者が何を考えてこのような形で情報を発信しているのか、と言うことを考える癖を付けないと、いずれ取り返しの付かない大損害を被ることになる可能性もあることを肝に銘じておくべきだと思う。

そして、忘れてならないのは、情報を鵜呑みにした結果損害を被った場合、その責任は他でもない「情報を鵜呑みにした自分自身」にあることを忘れてはいけない。もちろん、最初から他者に損害を与える目的で誤った情報を発信している人もいるが、何らかの誤解から全くの善意で誤った情報を拡散してしまう、と言うことも少なくない。そして、その情報を受け入れ、行動に移したのは他でもない、自分自身の判断なのだ。誰から強制された訳でもなく、自らの判断で行動を起こした場合、その責任の所在は自分自身に帰する。「○○が言ってたから……」「○○がRTしてたから……」と言うことは言い訳にしかならないことは、他者から見たら「○○」に自分自身が入ることでも明らかである。自分の判断が甘かったことを認めるというのは確かに嫌なことかも知れないが、だからと言って「○○に騙された!私は悪くない!」と主張することは非常にみっともないし、そのように主張すればするほど「この人は情報の真偽も確認しないで拡散するくせに、そのことを反省しようともしない人なんだな。今後この人の言うことは信じないようにしよう」と周囲からは思われてしまう。判断して行動したのは間違いなく自分自身なのだから、そのことをまず認め、自分の責任を自覚すべきである。その上で、情報発信者に明確な悪意があるのであればそれを糾弾すればよいのだ。間違っても糾弾が先ではない。そこを誤るとさらに大きな損害を、自分の手で発生させてしまうことになる。

[]「報道」に対する雑感

誤解を招きかねない表現手法に関しては、ネットではマスメディアが良く槍玉に挙がるが、個人的にはある程度監査システムなどが整っている分、マスメディアの方がまだマシだと思う。また、公共性を認識して書かれている、と言う理由で、企業のプレスリリースも、個人ブログなどの情報よりは信頼できると考えている。むしろ、そう言った監査システムが整備されていない(変に整備されても困るが)個人ブログなどの方が、仮に全く間違った情報を書いていたとしても、それを監査する人を経ずに情報が発信されてしまうため、間違った情報が拡散される可能性が高いように思う(しかも個人ブログの場合、公共性に対する意識が低く、無責任な記事が書かれることが多いように思える。個人的には、個人ブログだとしても、新聞社などの記事同様、基本的に全世界に発信されているものなので、公共性に関してはほとんど差がないと考えている)。にも関わらず、ネットには、マスメディアは信用しないのに、どこの誰が書いたかも分からないような個人ブログなどの内容は鵜呑みにしてしまう、と言うような人がいるのが滑稽でならない。マスメディアを疑うのは結構なことなのだが、「正しく疑う」と言うことこそが重要だと思う。疑問を持つことと全否定することは似て非なるものである。

マスメディアは恣意的に情報を取捨選択して報道しているから信用できない、と言うような人もいるようだが、マスメディアに限らず、人が他者に情報を伝達しようとする時、恣意的な情報の取捨選択を行っていない人はいないのではないだろうか。また、一口に「マスメディア」と言っても、それを構成しているのは数多くの報道機関である。仮に1つ2つの報道機関が伝えない事実があったとしても、他の報道機関が報道することは充分にあり得る。「そうは言っても、こういう事実があるのにマスメディアによって全然報道されない。都合の悪いことを隠蔽しようとしているのではないか?」と言う意見もあろうが、そのような場合、いくつかの理由が考えられると思う。
まず1つめ。「こういう事実がある」と言うのが全くの誤解で、実際にはそのようなことがなかった場合。これはマスメディアによって報道されないのが当然である。
2つめ。確かにそう言うことはあったのだが、情報としての重要度が低いと判断された場合。この場合の判断基準にはいろいろと疑問が生じるものもない訳ではないが、メディアも使える枠に限界がある以上、重要度が低い(と判断した)情報は切り捨てざるを得ない。ただ、メディアや報道機関によって判断基準は異なるため、この段階でかなりの情報が表に出てくることになると思う。
3つめ。当事者の安全を守るために外部機関からの依頼や協定などによって報道が差し止められている場合。誘拐事件などの情報や、軍などの機密情報がこれに当たる。これらの情報は、報道することにより、当事者や軍に対して不必要な危険を招く可能性があるため、当然の措置とも言える。
4つめ。外部から圧力を掛けられて、報道できなくなっている場合。外部、と言うのは企業や国家(海外も含む)である。かつて中共が中共に対して不利な情報を報道しようとする報道機関の入国を認めず、結果的に中共に都合の良い情報しか報道できないようにしていたことがあったと言うが、そのような事例がこれに当たる。しかしながら、このようなやり方は報道機関のみならず、様々なところからの反発を招き、結果的に情報は圧力の壁をぶち破って世界へと拡散されることが多い。
5つめ。報道するにはあまりにも内容がショッキングである場合。凄惨な殺人現場や大量の死体など、見る人にとってあまりにもショッキングなものを報道してしまうと、場合によってはパニックなどが発生することもある。そのようなことを防ぐためにあえて報道しない、と言うこともあるだろう。
6つめ。マスメディアにとって都合が悪いので情報を握りつぶしている場合。「マスメディアなんか信用できない」と言う人が真っ先に上げるのがこのパターンだと思われるが、実際にこのような事例は少ないのではないか、と思う。一口にマスメディアと言っても、先に述べたとおり報道機関はたくさんあるし、メディアの種類もテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ネットなど、様々なものがあるため、仮に一つの報道機関、あるいはメディアにとって都合が悪い情報があったとしても、他の報道機関やメディアを通じて情報が出てくる可能性は高い。これほどメディアが多様化した現代において、一つの報道機関や、一つのメディアにとって都合が悪いから、と言うだけの理由で、情報が全く出てこなくなる、と言うことは考えにくいと思う。
結局のところ、メディアが報じない情報、の大半は、1の「実際にはそのようなことが起きていなかった」か2の「こちらが思っているよりは重要度が低かった」のいずれかのパターンではないかと思う(もちろん、3、4、5、6に当てはまるものがない、とは言い切れないが)。

そもそも、人が、自分が持っている情報を他者へ伝達しようとした場合、そこに自分の意志を紛れ込ませないようにすることはもちろん、その情報を完全に他者へ伝達することは非常に難しいと思う。たとえば、伝言ゲームのような単純な遊びですら、最初と最後で情報が全然違うものに変質してしまっていた、と言うのは誰しも経験があると思う。そして、現実は、伝言ゲームよりもはるかに複雑に情報ネットワークが絡み合っていることの方が多い。また、そこで伝達される情報も、伝言ゲームで伝達されるような他愛ないものではなく、個人の思想や権益などに関わって来るものであることも少なくない。さらに、その情報ネットワークを流れる情報量も、伝言ゲームなどよりはるかに多い。
つまり、実際の情報伝達ルートでは、情報が伝達される過程において、「情報発信者の意志」がどこかで入り込む可能性が非常に高い、と言うよりも、情報発信者の意志を完全に排除することは事実上不可能だと思う。なぜなら、情報発信者が、あまりにも膨大な情報を全て伝えきることは不可能だからである。当然、伝達可能な量に減るまで情報の取捨選択が行われる訳だが、その過程での情報の重要度を判断する、と言う行為がすでに「情報発信者の意志によるもの」であることは疑いようがない。

すなわち、現代社会において飛び交う情報は、いかに中立的な情報に見えても、全て「情報発信者の意志」が込められていると考えた方が妥当である、と言うことである(Wikipediaのように、可能な限りそれを排除しようという試みもあるが)。つまり、情報の受け手として行うべきことは、「情報発信者が何を考えてこの情報を発信したか」を考えることと、可能であればその意志を見抜くこと、であると思う。