旅人の手記 二冊目 - 蝉海夏人のブログ -

2014-03-23

奈須きのこの『空の境界』と三島由紀夫(一)



先日、奈須きのこさんの商業デビュー作である空の境界を再読しました。
そこで少し気になった表現や設定がありました。

ひとつは「魔的」という言葉。

「ふん――たしかに、こいつは魔的だ」

奈須きのこ空の境界(上)』講談社 P.36


このセリフは主人公の両儀式が、
白いワンピース姿をした女性の霊体の集団と遭遇した場面で、口走ったものです。
この「魔的」という言葉。
辞書を引いても見つからず、作者の造語と考えられます。
意味は文脈から考えて「この世に在らざるもの」「忌まわしいもの」
といったところでしょう。

ただし、この造語は奈須さんのオリジナルではなく、
ずっと昔の小説で使われた例があるのです。
それは、1957年に発表された三島由紀夫女方という小説においてです。

佐野川屋の舞臺には、たしかに魔的な瞬間があつた。

明るい大舞臺と、きらびやかな金殿の大道具と、美しい衣裳と、これを見守る數千の觀客との上を、一瞬、魔的な影がよぎる。

女方』―「日本ペンクラブ電子文藝館」内
http://bungeikan.org/domestic/detail/712/


この作品は、
増山という男子大学生が佐野川万菊という女方歌舞伎役者
恋をするという内容で、
上述の文章はいずれも佐野川の容姿と芸の美しさに惹かれる、
増山の心情をつづったものです。
この場合、魔的は「中性的な美貌」「女性美に宿る異界性」
といった風な意味合いで使われています。



さて。私はこの魔的という言葉の使用例を、
この二つ以外では寡聞にして知りません。
小説家森博嗣詩集のタイトルでも使われていますが
これが発表されたのは2007年であり、
先に引用した『空の境界』の一エピソード俯瞰風景」
が公表された1999年よりはるかに後であるため、
数に入れないものとします。

この造語だけなら、奈須きのこ三島由紀夫という
まるで無関係の二人の作家をつなげて考えるのは、当然無理があります。
ここまでなら偶然の一致と考えるべきですが、
二者を繋ぐ糸はこれだけはないのです。
実は二人とも、仏教思想である「阿頼耶識」及び「唯識論」を、
作品の題材にしているのです。

では、今日はもう遅いので、このことはまた次の記事で取り上げたいと思います。

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