旅人の手記 二冊目 - 蝉海夏人のブログ -

2015-03-22

河鍋暁斎記念美術館では暁斎の貴重な下絵が観られる

こんばんは、蝉海です。
はてなプロフィールの更新やっていたら遅くなってしまったので、
今回は近況だけです。すみません。

一昨日ですが、蕨の河鍋暁斎記念美術館に行ってきました。
暁斎といえば幕末から明治の前半にかけて活躍した絵師で、
いまや世界中で評価されている説明不要の偉人といえます。
この美術館では、暁斎の曾孫にあたる河鍋楠美さんが理事長・館長を務めていて、
子孫が経営するからこそ所蔵されている展示物なども観ることが出来ます。
例えば本館には「わいわい天王」という版画の下絵が展示されているのですが、
本来木版画の下絵というのは
版木に張っつけて彫ってしまうので(版下といいます)、
その前の段階の下絵というのは普通は残らないものなのです。
しかし、ここではそれが現存していて観ることができます。
下絵からは暁斎の力強い筆捌きをありありと窺うことができ、
ベンヤミンのいうところのアウラを存分に感じ取れる一品でした。
貴重な体験に導いてくれた、美術の神に感謝しなければならないと思いました。

5月からは「幽霊・妖怪絵」の企画展がやるそうなので、また行くつもりです。
それでは、また来週。

「河鍋暁斎記念美術館ホームページ」

2014-04-13

春の散策

こんばんは、蝉海夏人です。
今日は軽い近況だけです。

このところ空いた時間を使って、
大学時代あるいは派遣やアルバイトなどで行ったことのある街を、
散策してみようかなと考えています。
この間早速訪れたのは、見沼の南部
東浦和から東川口まで、ず〜っと歩いてみました。
下の写真は、指定文化財である見沼通船掘です。

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先週の半ばは少し体調を崩してしまったので、
あんまり行くことができませんでしたが、
今後も暇を見て、こうした散歩をしてみたいなと考えています。

それでは、今日はこの辺で。


(BGM:Lost Witness『7 colors』)

2013-08-19

蕨市立図書館でアニメ映画『虹色ほたる 〜永遠の夏休み〜』を鑑賞

昨日ですが、蕨市立図書館で夏休み特別企画として
アニメ映画『虹色ほたる 〜永遠の夏休み〜』の上映会がありました。
入場は無料であり蕨市民でなくても参加できるとのことで、鑑賞してきました。



予告ポスターが数週間前から張り出されていて、
それを見る限りではケレン味のないジュブナイルのような感じでした。
(観てみると、実際そうだったのですが)
なので、「これは子どもの客は来ないんじゃないかな」とか思っていたのですが、
意外にも客の大半が小学生の子どもでした。
子どもたちだけで来ているグループもあれば、
親子や家族連れで来ている人たちも多かったです。
大人が一人で来ているなんて、私ぐらいじゃないかというくらい、
子どもやファミリー層が多かったですね。
まあ、これがこの手の映画が本来対象としている客層なのだから、
よくよく考えれば別に不思議でもなんでもないですね。
それとお客さん自体も結構多かったですね。
ごく普通の大部屋で上映し、
三十席くらいの椅子とやわらかいパルプの床敷きが用意されていたのですが、
それらの半分以上が埋まっていました。
無料というのに、引かれた人(特にこづかいが少ない子どもたち)も多そうです。

それで肝心の映画ですが、ポスターで受けた印象と違わぬ内容で、
ノスタルジックな雰囲気いっぱいのオーソドックスなジュブナイルSFでした。
こうした作風が好みの私としては、それなりに楽しめる内容でしたね。
1977年のとある村にタイムスリップしてしまった現代の小学生の男の子が、
現地の人々や美しい自然との出逢いを通じて「生きていくことの大切さ」
を知るというストーリーであり、まあ王道ですね。

原作はオンライン小説です。

「虹色ほたる 〜永遠の夏休み〜 TOP」
(作者公式サイト「@エンヂェルのプライベートビーチ」内)

ネット小説というとどうしても、
玄人好みのRPGパロディや最強主人公系、
またはケータイ小説にあるような恋愛物や生き残りゲーム系とか、
そうしたケレン味があるか過激な内容の作風の作品が目立ちがちであります。
けれども、そうした潮流の中でこうした朴訥な世界観をした作品も、
しっかりと存在し評価されているということ、
そうした事実を改めて知らされました。



映画の話に戻ります。
作画や演出ですが、
とにかく全体通じてノスタルジーを描きたてられる様な描写が多く、
鄙びた田舎町や美しい自然の情景は極上でした。
木漏れ日溢れる山の中、はじける川の水、強い日差し、静謐な暗闇で光る蛍の群れ、
背景描写は誰もが美しいと感じるようなクォリティと言い切れます。
ただ問題なのは、キャラクターデザイン。
筆ペンで描いたような強弱が激しい描線を基調としており、
これは極めて独特に感ぜられました。
この手の一般層向けアニメ(ジブリや、細田守作品、原恵一作品など)
でもほとんど見受けられない技法であります。
このアニメに使われている全てのカットは、一切CGを使わず手描きでかかれていて、
本作がロードショーされた時にはそれを売りの一つとしていたようです。
そうした「手製」感を醸し出したくてこういう表現にしたのかと思いますが、
人を選ぶ画風であることは違いないでしょう。
私としては、変にリアルに描かれているよりも、
ずっとデフォルメが効いていていいかなと思いました。

またこの作品、キャストやスタッフがとても豪華。
メインキャラクターである子どもたちは、
基本的に子役の役者さんたちで固められているのですが、
大人のキャラクターを担当するのは非常に著名なベテラン声優ばかりです。
櫻井孝宏さん、能登麻美子さん、中井和哉さん、大塚周夫さん、
石田太郎さん、堀内賢雄さん、岡村明美さんと、
アニメにそこまで深く知らなくても名前を聞いたことあるような人たちばかりです。
それと何より、音楽プロデューサーの松任谷正隆さんと
シンガーソングライターの松任谷由美さんの松任谷夫妻による音楽は、
さすがに素晴らしかったです。
松任谷正隆さんの作曲した劇中音楽は、全て生音を使用しているんですね。
これが、CGを一切使わないやわらかな作画、作品の世界観によく合っている。

このように作画・役者・音楽と、
映画を構成するそれぞれの諸要素が全編に渡りクォリティを引き上げてくれて、
演出面ではクライマックスの一部(後述)を除き、
文句なしの出来栄えだったといえるでしょう。

ここから、ネタバレありの感想です。


さすがにストーリー自体には、これといった矛盾点や破綻したところもなく、
精緻に紡がれた優良なプロットであったと思います。
ストーリー展開にも一ひねりが加えられていて、見ごたえがありました。
タイムスリップして最初に出会い、1977年の子だと思っていたさえ子が、
実はユウタと同じく現代から来た子だったという事実が明かされた時は、
さすがに驚きました。
ユウタが蛍じいの手によって
「この時代に溶け込めるよう人間関係を操作された」のと同様、
さえ子も同じような処置を施されていたという展開は、上手いなと。
こういう別の世界に主人公が言ってしまう場合、
やっぱりヒロインって大抵は別の世界の人間であり、
その世界とマレビトである自分の仲介役であるものですからね。
当初はさえ子もそうした役回りとして描かれるのですが、
不自然にならないレベルで徐々にその綻びが見え始め、
さえ子というキャラクターの正体が明かされていくプロット。
この構成には、なかなか舌を巻くものがありました。

そして現代に戻り、
互いの記憶と1977年でのできごとに関する記憶を失ったのにも関わらず、
「ホタル狩り」を催していた村で偶然また再会する終盤。
そして、村に伝わる伝説の「虹色ほたる」が一斉に飛び回るラスト。
お約束な展開ではあるけれど、やっぱり引き込まれましたね。
このシーンを観て鳥肌が軽く立った時、本作を観て良かったと思いました。

ただ、クライマックスでのユウタがさえ子の手を引っ張って、
灯篭の道を走り抜けるシーン。
画風が劇画調へと変わる演出は、いらなかったのではないかと思います。
こういう表現方法も前例がないわけではないのですが、
やはりそれまでの絵柄で楽しみたかったかな、と。

2010-03-24

見沼を自転車でキコキコ

先週の金曜日に、さいたま市の緑地開発地帯である見沼に訪れました。

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開発地帯の田んぼ

SKIPシティを越えて、東浦和駅を越えて、大体20kmぐらい自転車で走ったかな?
昨年の夏にも、彩湖(荒川貯水湖)まで行ってきたのですが、
多分それよりも長い距離を走ったと思います。
見沼田圃は、田園風景や桜並木(まだ開化してなかったorz)などの
豊富な自然に囲まれていますが、
史跡・名所がたくさん所在しているところとしても著名です。
見沼通船掘や氷川女軆神社などが特に有名でありますが、
浦和博物館に行けば、そのような現地の歴史を詳細に知ることができます。

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氷川女軆神社前

東浦和からさいたま市北区まで届く見沼田圃は、
1260ヘクタール(12.6平方キロメートル)もの大湿原・耕作地帯です。
現在でも特別緑地地帯に指定されていますね。
この辺りは古代から中世にかけて、大きな沼地でした。
灌漑用水路として使われるようになったのは、
江戸時代に入ってからであると伝えられています。

見沼における大きな開発としては、
まず関東郡代の伊奈忠治(伊奈半十郎忠治)が1629年(寛永6年)に、
附島と木曽呂の間に長さ八丁(約870m)の堤防を築いたことがあげられます。
これは見沼溜井と呼ばれ、堤の下流域の村々の田圃が潤うことになりました。
しかし雨が振ると、しばしば上流の村では水没することがありました。

それから100年程経って、徳川吉宗の時代になった頃、
井澤弥惣兵衛(井澤弥惣兵衛為永)という治水家によって、
見沼は大きく様相を変えることになります。
まず堤を切り、沼地を開拓して田圃に変えたのです。
必要な水は、新しく作った代用水路で利根川から引いてきました。
これが1728年(享保13年)のことです。

それから3年後の、1731年(享保16年)。
再び井澤弥惣兵衛が、新たな事業に立ち上がります。
それは、現行の水路に沿って点在する村々と江戸とを、新しい水路で結ぶ計画でした。
そして、東西の見沼代用水路とその中央を流れる芝川を結ぶ運河が、
八丁堀の近くに築かれたのです。

これが音に聞く、「見沼通船堀」ですね。
この運河は、米を江戸まで運搬するのに昭和初期まで使われていました。
用水路は現在でも農業用として使われています。
なお見沼通船堀は、国指定史跡に指定(1982年)されていますね。

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浦和博物館正面入り口

浦和博物館で展示のメインに据えているのは、
やはりこの江戸時代以降の見沼開発の史実に関するものですね。
(見沼通船堀の模型、ジオラマ、開発に携わった人物の説明など)
その他にも、寺内萬次郎の『少年と鳩』など
浦和や見沼に縁のある画家の作品や、
縄文時代における見沼での人々の暮らしぶりが分かる出土物、
またそれを模した生活用具、
他、近代における浦和・見沼の変遷が分かる写真などが展示されていました。

結局日中を潰してしまったのですが、
こうした遠出は大きな休暇中にしかなかなかできないものですので、
思い切ってやってみるのも良いな、と思いました。

2009-12-24

蕨市立歴史民族資料館に行ってきました

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私が今住んでいるところは蕨市が目と鼻の先であり、
しょっちゅう足を運んでいます。
それで今日も買い物へ言ってきた口ですが、
先週はいつもの買い物や図書館通いとは、
ちょっと色が違うところに言ってきました。

国道17号と旧中山道沿いに、
「蕨市立歴史民族資料館」という建物があるんですね。
蕨宿(後述)という商店街の一角にあるんですが、なかなかに楽しめました。
(写真は正面から撮ったものです)

切欠は蕨市立図書館でここのビラを貰ったからですね。
「今ならミゼット(オート三輪のブランド)の展示をしている」
とのことで「面白そうだな」と思い、ちょっと観に行きたくなったんです。

今やっている主な展示は、
蕨でかつて主力産業だった織物や、宿場町時代の蕨宿に関する資料、
そして昭和30年代の蕨と大衆文化。

……ここで少し、蕨市の歴史を振り返ってみましょう。
中山道(中仙道)にある宿場町のひとつ蕨宿は、
街道の整理が行われた江戸時代にとても栄えました。
江戸の終わりには、
輸入されたイギリス製の紡績糸を使う織物が産業として発展し始め、
明治以降は蕨宿と南西にある塚越村との合併も(北足立郡蕨町)あり、
宿場町から織物業の町へと移り変わります。

しかし昭和に入ると、産業は徐々に衰退していきます。
特に日中戦争が始まってからは、生産に制限もかけられたので、
工場や労働者はさらに少なくなりました。
戦後の高度経済成長期に入ると、
国内における産業の潮流が重工業に移り、
織物業を続けていくには難しい状況になりました。
蕨町から蕨宿へ市制施行されたのはこの頃、
昭和34年(1959)年のことでした。
――そうして現在の蕨へと至るのです。

ちなみに現在蕨市では、
「機(はた)まつり」という祭りが毎年行われていますが、
これは織物を中心とした商工業の発展を願った行事として、
昭和26年(1951)から施行されているものです。

――話を展示のほうに戻します。

現在オート三輪が目玉展示とされているだけあって、
昭和30年代の街並み・流行・風俗に関するものが、
特にフィーチャーされていました。
あの時話題だった有名人や彼らが出演した映画のポスター……、
その人たちを模した人形もありました。
他、当時の人たちの暮らしぶりや街並みを撮影した写真など、
過ぎ去った時代の雰囲気を感じさせてくれるものが、
多数展示されていましたよ。

蕨宿時代の街並みを模したジオラマも細部まで凝っていて、
なかなかの出来栄えでした。
史料展示も豊富であり、宗門帳(今でいう戸籍)など
江戸時代に書かれた古文書も、
沢山陳列されていましたね。

――ここから私の意見。
私が考えるに、こうした記念館や資料館などといった文化的施設を訪ねて、
自分の住んでいる、あるいは程近い町の歴史を知ることは、
大いに意義があると思うのです。

昨今若者に流行の伝奇作品などでは、
文化人類学や人文地理学といったモティーフがよく使われるようですが、
そうしたことに少しでも関心があるならば、
まず自分が置かれた環境のルーツを知ろうとしてもよいのではないですか。
そこから文化観・社会観を養うことで自身のアイデンティティを育み、
自分の周りあるいは地域の人々へと目を向ける切欠へ。
そう上手くはいかないかもしれませんが、
そのような姿勢を持つ人が増えることを、私は願い求めます。

さて。そんな訳で「蕨市立歴史民族資料館」ですが、
個人的には非常に面白かったですね。
お近くにお住まいの方は、是非一度足を運んでみることをお勧めします。

「蕨市歴史民族資料館−蕨市公式ホームページ」