映画と本とゲームで日記

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2012-05-14 ふるいほんですが

もう何年ぶりかわかんないくらいぶりにPC買いました。Core-i5のWindows7が4万円。安くなったなー。とはいえ、いまはモノが安いことに素直に喜べない時代ではあるけども。

[]思想地図β2 思想地図β2を含むブックマーク

いただきものを読了。譲っていただいたYさん、ありがとーございます。

でさっそくですが、けっこう残念な本だった。

震災後の希望を描く!みたいな大上段なテーマなのだが、とにかく編集長、東浩紀の慌てぶりばかりが目に付き、少なくとも自分が期待していたような、「震災以後」の日本とどう付き合うか、という深い議論とは違っていた。

これまでの自分の東浩紀の評価は「現状分析には深く同意するが、そこから導かれる世界観や提言にはまったく同意できない」というものだった。しかし本書では「現状認識に同意できない」ところまで後退した。

政府や東電に対する紋切り型の批判や、「対策をまったくしていなかった」、「いまも放射性物質を大量に大気にまき散らし」などの事実の取材を欠いた発言が連呼され、それをベースにした自説へと紙面は続く。正直、その説自体の価値を読み取る気力も出ない。

巻頭ページは特にひどく、「自分の観た現実」が共感されないことについての、批評家らしからぬヒステリックな反応が残念すぎる。感情にかられてか、あまりにも自己を特権化しすぎているように見えた。

そしてそれに続く東北改造論。

この並びも最悪だった。いつもの論壇批判の後に来るそれは、「気に入らない日常が壊れて欲しい」というどす黒い感情が震災によってやっすい決断主義=「グレートリセット」願望として表面化したかのような印象を与える。これは編集の問題でもあるだろう。

収穫もあった。

津田大介鈴木謙介瀬名秀明猪瀬直樹などは、感情を一般化することを避け、自分のフィールド外についての価値判断を留保しているように見えた。それが逆に、フィールド内での説得力に繋がってる。東浩紀や竹熊健太郎の見境いない昂揚っぷりとは好対照。

チーム中川インタビューなど「科学」寄りの記事もあるものの、全体としては、震災や津波原発事故はこれほどまでに「不安」を日本の言論界に与えたのだ、と可視化する以上の役割を、この本には見出せなかった。

[]メイキング・オブ・カウボーイビバップ レックレス・プレイヤーズ メイキング・オブ・カウボーイビバップ レックレス・プレイヤーズを含むブックマーク

往年のアニメ『カウボーイビバップ』のメイキング本。

本編の脚本にも参加している佐藤・「キャシャーン」・大*1がインタビュアーとなり、各スタッフに話を聞く、という構成が面白い。

特に興味深かったのは、シリーズ構成信本敬子との対話。

各話参加の脚本家と売れっ子のシリーズ構成、というヒエラルキーが生み出したのか、師弟関係のような、姉弟関係のような会話がほほえましい。

台詞と演技で作品の空気感を醸成したい信本と、設定にも参加し作品世界を規定したつもりだった佐藤とのややかみ合わない会話は、なるほど、カウボーイビバップという、一見SFチックなんだけど実はものすごいクラシックな人間ドラマ、というパッケージングと正しく呼応していて、作品の秘密の一端に触れた感がある。

あと、カルト的な怪人としてスタッフに何度も言及される河森正治の異様な存在感*2とか、その河森含め、今掛勇、佐山善則と、名うてのメカデザイナー山根公利以外に3人も、このまったくメカに脚光の当たらない作品に参加しているのが興味深い。

この本の出版後に制作された映画が微妙な反響だったこと、この2012年になっても渡辺監督のビバップ後の監督作がやっと3本目なこと等々を含めて、あの当時、まさに彗星のように現れた『カウボーイビバップ』という作品のナマのライブ感を堪能できる本だった。

あと余談。

佐山善則がエニックスの『ザース』製作者の一人だった、というのは意外だった。そしてFFザムービーの話、それをインタビューしてる佐藤大も『パルスマン』や『エースコンバット3』でゲーム制作に参加してる、というあたり、で、2000年前後のアニメとゲームの接近具合とその後の断絶を感じたりもした。

*1:ちなみにこの本が出たのはキャシャーン制作のはるか前

*2:スタッフ編成的には佐藤の同僚でもあるはずの河森インタビューがないのは残念

2012-03-18 もうすぐはるですねぇ

ろくろ回してみませんか。(2012年3月18日に流行っていたモノの記録)

[]パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の戦い パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の戦いを含むブックマーク

また伝記。

自分は『明治新聞王奇譚』(http://hw001.wh.qit.ne.jp/tzk00/)の企画を練っていた頃に堺利彦を知った。「萬朝報」看板記者の一人で、小説家、翻訳家、エッセイストとして優れた才能を持っていた堺は、「萬朝報」社長・黒岩涙香の興した「理想団」にも参加し、同僚の幸徳秋水とともに、急速に日本の初期社会主義運動の中心的存在となっていく。

日露戦争前夜の「萬朝報」の転向で社を辞した堺と幸徳は「平民新聞」を発行、非戦と社会主義を訴えたが相次ぐ発禁で「平民社」は消滅、彼らの思想的リーダーだった幸徳を含む多くの社会主義者は大逆事件の陰謀により刑台の露と消えたのだった…。

…と、いうところまでが本書のイントロ。

本書の主題は、大逆事件を生き延びた堺が興した「売文社」についてだ。

売文社は堺がパン(生活)のために文(あらゆる文章)を売る、という決意を持ってつけた社名で、多様な文才を持った堺が、彼を慕う若き社会主義者たちとともに、社会主義「冬の時代」を生き抜くための手段だった。

同世代人の日記からヨコジュンまで凄まじい量の「参考文献」に裏打ちされ、売文社について多彩なエピソードが語られるが、特に興味を惹かれたのは社会主義者たちの内部分裂についての部分。マルキストを自称した堺と、洋行後に急速にアナキスト化した幸徳秋水、幸徳と同じくカリスマ化したアナキスト、大杉栄との葛藤、断絶は、のちの連合赤軍を思わせる。または、イデオロギーに関係なく、世間から隔絶されカルト化したコミュニティ共通の悲劇なのだろう、とも感じた。

また、実質的に「売文社」にとどめを刺した高畠素之との軋轢は、高畠が国家社会主義としての理想をロシア革命*1に見いだした*2ために起きたもので、なるほど、「20世紀の怪物」と呼ばれた共産主義と日本は、思った以上に密接で、複雑な関係だったのだ、と認識を改めさせられた。

前回の自作ゲームの関係から手に取った本書だが、次企画のテーマである資本主義についても、歴史的な視点が得られる本だった。売文社のシンボルマークでもある「パンとペン」は社会主義を主張しつつも資本主義に生きざるを得ない堺の自虐的ユーモアを図案化したもので、いまの自分にとって、とても身近なものに思える。

著者の黒岩比佐子氏は本書の執筆中に膵臓ガンを宣告され、本書出版直後に亡くなられている。そのせいか、特に大逆事件直後の社会主義者たちの生き様の描写には力がある。死を目前にした彼らの焦り、自暴自棄、そして(『殉死』*3と同様の)自らの死を前提としたテロリズム。死を手元に携えた者だけが持つヒリヒリするような「行動」への憧憬は、スティーブ・ジョブズを例に出すまでもなく、人が神に肉薄する瞬間なのかもしれないと思った。合掌。

*1:もちろんロシア革命の遠因は日露戦争の敗北にある

*2:のちにスターリンによって完成されたソヴィエト連邦を考えれば、高畠の国家社会主義論は歴史的に間違いとも言い難いが、キリスト者の内村鑑三に私淑していた人道主義者の堺には到底受け入れられなかっただろう

*3http://d.hatena.ne.jp/SiFi-TZK/20120119#p1

2012-01-19 坂の上というより車輪の下的な

[]殉死 殉死を含むブックマーク

司馬遼太郎坂の上の雲』を原作としたNHKドラマを観た。

非常に見応えのあるドラマだったが、これを観て、いくつかの疑問が湧いた。大きいのは以下の二つ。

    • これほど合理的な戦争*1ができていた日本政府が、なぜ太平洋戦争という、必敗の戦争を最後まで遂行しようとしたのか
    • ドラマで徹底して無能な指揮官として描かれる乃木希典は、なぜ現代であれほど人気があるのか

後者の疑問は、乃木希典の殉死に至る人生を洞察した本書によって解けた。そして意外なことに、前者についても本書において、作者はある程度、答えを提示している。

乃木希典は、長州藩の出だった。維新により上京した乃木家が住処と定めたのが、長府毛利家の元藩邸であり、ここは、あの赤穂浪士の一部が監禁され、処刑された場でもある。

「忠臣」蔵として有名なこの物語は、本書において、「忠臣」乃木の人生を一貫して脅かす、異常な通底音として彼を「殉死」へと導く役割を担っている。

作者が描く乃木希典像は、軍指揮官としての無能に加え、徹底して自己の世界にハマりきったナルシスティックな小心者だ。乃木は山鹿素行(山鹿流軍学の始祖)の陽明学に深く帰依し、その結果、ひたすら体面を重んじ、「帝を信仰」する古武士となった。それは開化期において日本で初めて花開いた科学的な合理主義、「国に所属」する職業軍人のあり方とに、まるで逆行する思想だった。

山鹿流軍学は江戸時代、諸藩で広く受け入れられた。乃木家の出自である長州藩もそうだし、「忠臣蔵」の赤穂藩もそうだ*2。そして陽明学は軍学とともに彼らの精神的支柱となり、「結果ではなく、多くはその死によって完成する動機の純粋さ」を尊ぶ、日本人好みの物語を生んだ。

司馬遼太郎はある意味、忠臣・乃木の殉死を、忠臣蔵の二番煎じである、と喝破したのだ。

そして乃木の死は思惑通り、大衆向けのエンターテイメントとなった。忠臣は死して軍神となり国民の規範となった。論理と合理主義の時代は明治末期にして早くも過ぎ去り、苔むした精神主義へと時代は逆行した。本書が最初の疑問「なぜ勝ち目のない戦争を遂行したのか」に答えている、というのはこのことだ。

そして今も、この精神主義は生きている。これを書いている自分にすら、乃木的なストイシズムと、その裏にあるリリシズム、ナルシシズムが存在することに軽いショックを覚える。

個人の評伝というより、昭和期の日本人論としてとても希有な本だと思う。司馬遼太郎らしい鮮やかな読後感とは無縁だが、作者の誠実と鬱屈*3をリアルに感じさせる「重たい」一冊。その割りにページ数がかなり少なく、一気に読める本なので、ドラマ版『坂の上の雲』を観た皆様も是非に。

*1日露戦争は(太平洋戦争と同じく)、長期化したら日本が必ず負ける戦いだった。個々の戦闘でロシアを圧したところで第三国に評定させ有利に講和する、という外交戦術としての戦争だったのだ

*2:ちなみに、忠臣蔵大石内蔵助が使う「山鹿流陣太鼓」というものは実在せず、後世の創作らしい

*3:なにしろ太平洋戦争時に司馬の配属された陸軍こそ、乃木神話の総本山だったわけで

2012-01-12 しまったりあけたり このエントリーを含むブックマーク

なんともう12日ですがあけましておめでとうございます。

あいかわらずのプーですが在宅のお仕事をいただいたりしてなんとか食いつないでおります。

去年は久しぶりに企画からプログラムまで、自力でゲームを作り、公開できました。

明治新聞王奇譚

http://hw001.wh.qit.ne.jp/tzk00/

また、DiGRA JAPANのゲームデザイン部会で、これまで色々こねまわしていたゲーム論のエッセンスを講演しました。

http://hw001.wh.qit.ne.jp/tzk00/20111202_Web.pdf

あまり反響はありませんでしたが、ネタはどんどん貯まっているので機会を見てそれも随時公開していきたいと考えております。

あとは、1年ほど放置されてるボードゲームをどうにか公開したいなぁ、とか、『明治新聞王奇譚』の次のゲームのテーマをグローバリゼーションにしたいなぁ、とか相変わらずとりとめのないことを考えてます*1

ということで今年の目標。

定職に就く

去年は本当にいろいろありました。今年は皆さんにも良い年でありますよう。

*1:「一つの仕事をやり遂げずに、新しいものに飛びつく」のはINTP型の悪癖らしい…→http://page.freett.com/ubook/type12.htm

2011-11-24 みんなびんぼがわるいんや

[]ルポ 貧困大国アメリカ/II ルポ 貧困大国アメリカ/IIを含むブックマーク

基本的に同じテーマで、重複するところも多いので2冊まとめて。

いやー、実にうんざりさせる本だと思う。

日本、特に「改革」を掲げてアメリカ同様の「小さな政府」を推進し新自由主義に突き進んだ竹中平蔵と小泉内閣、その目指した理想がかくもグロテスクなものだった、と明らかにされるのは、当時有権者だった誰も*1が、後悔と諦念を含んだ微妙な気持ちになるんではないかと思う。

この2冊の本で取り上げられる「新自由主義先進国アメリカ」の暗部は、大きく分けて以下の7つ。

  • 民営化された学校給食によって、肥満化が進む貧困児童
  • 災害対策の民営化のため、事実上の棄民とされた災害難民
  • 民営化がすすむ医療保険のため、簡単に病気で破産する中間層
  • 民営化された学資保険によって、ワーキングプア化する学生
  • 借金まみれの学生の希望として教育現場に浸透する、軍のリクルート
  • 民間軍事会社による、貧困層をターゲットとした戦争派遣ビジネス
  • 民営化され、貧困層の拡大を後押しし肥大化する刑務所ビジネス

一見して分かる通り、「民営化」による弊害、貧困層の拡大と、その貧困層から搾取することで肥大化するビジネスの台頭による「貧困スパイラル」が、ショッキングな数字と、ルポによる当事者の語りとであぶり出されてくる構成。

なにがうんざりさせられるかってぇと、この2冊の本であいだに起きたブッシュオバマ政権交代も、この貧困スパイラルの歯止めになっていない、という事実だ。このため息は、小泉内閣後の民主党政権に対する本邦の失望と、まさに軌を一にする。いちど最適化された経済システムは、それほどまでに強力なのだ。

逆に言えば、やはり貧困ビジネスであるサブプライムローン問題だけがこれほどまでにクローズアップされたのは、それが単に貧困スパイラルを助長するのみならず、搾取する側であったハズのウォール街にも手痛いしっぺ返しを食らわせたから、とも言える。

本書には、「数字」と「具体例」をつなぐ部分が少なく、同じテーマにまとめるための我田引水な論調も見え隠れするが、日本で起きている格差問題TPP参加問題などについて、重要な視座を与えてくれる。

経済によるグローバリゼーションという怪物が、自己の所属する社会や生活にどう影響するか考えたい、すべての人に。

*1:自分のように小泉内閣を支持しなかった人間でも

2011-11-15 あめりけん

順調にカネが減ってる以外は特に変化のない日常。

[]ラーメンと愛国 ラーメンと愛国を含むブックマーク

世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」から最近流行りの「作務衣系ラーメン屋」までを縦軸に、戦後日本の価値観の変遷を明らかにしようとする、例によってタイトルからちょっと想像しえない大胆な研究本。

中国由来の「中華そば」*1が、アメリカの小麦政策の後押しを経て、「和」の押し売りのような筆文字びっしりの「麺屋」の食べ物に変貌する。その不思議さを、片岡義男の描いたナポリタンから、PDCAで有名なデミングの生産管理術、藤子マンガに登場するラーメン大好き小池さんなど、一見バラバラな分野を動員して明らかにする帰納的なアプローチは、先日読んだ『銃・病原菌・鉄』とも似て刺激的だ。また、アメリカの小麦政策に対して、「パンじゃなくラーメンで」対抗しようとする安藤百福の反骨は、同じくアメリカのグローバリゼーションに反旗を翻す、「フォークランドの敵をサッカーで討った」マラドーナを彷彿とさせる。*2

ラーメン屋の「作務衣化」は同著者の『自分探しが止まらない』でも「ラーメン屋が作務衣を着るのはなぜ?」(第3章)でも取り上げられているが、『自分探し〜』ではやや好意的な取り上げ方をされていた作務衣文化は、こちらでは「ラーメン偽史」の象徴としてバッサリやられている。相田みつを以来の筆文字ポエムといい、こうした即席=インスタントなナショナリズム*3を暴く著者の筆は痛快だが、「しかし、とはいえ我々にはその偽史しかないのだ」という諦念というかある種の開き直りも、幻の最終章には記されている。

個人的にちょっと物足りなかったのは、本作でアップデートされた「男ヤンキーポエム」文化に対する、「女ヤンキーポエム」文化が今回の本にはなかったこと。著者、速水氏の前作『ケータイ小説的。』のテーマだった、自省的で内向的な女ヤンキー文化がその後どこへ向かったのか、「ソトコト」的な山ガールとなってスピリチュアルに統合されてしまったのか。このへん、異色のスローフード系ラーメン屋『太陽のトマト麺』あたりをとっかかりにしたやつを読みたかったなー。

まぁそれは無茶な注文として、今回も、ラーメンというより、日本人の価値観の変遷を紐解く読み物としてオススメ。「ラーメン二郎」ブームを「ポケモンスタンプラリー」と絡めて論じてみたいゲーム屋もどーぞ。

[]キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャーを含むブックマーク

別の映画を観るはずだったのに急遽途中入場。そのため最初の10分を観てないので、トンチンカンなこと言っててもご容赦のほどを。

で。

シマシマハラマキのおっさんことキャプテン・アメリカも再映画化。

ビックリするほどツイストのないストーリーだが、このウェルメイド感はキャプテン・アメリカ自体のパーソナリティ=高潔で面白みのない正義のヒーロー(DCでいうスーパーマンと同じ)と合致してて、映画としての印象は意外と悪くない。

個人向け戦時国債キャンペーンのシンボルキャラ(!)として「キャプテン・アメリカ」が初めて登場するシーンや、その衣装のまま敵の秘密基地に潜入するあたりとか、あきらかに「この話オカシイ!」と思える分かりやすいツッコミどころを要所要所に配し、このキャラで実写映画をやる際に付きまとう「アメリカ万歳」的な臭みをうまく散らしているのが上手い。この「アメリカ的だけと右翼的じゃない」微妙なバランスは、世界配給映画を作るに当たってのお手本のよう。

また、キャプテン・アメリカ特有の武器である「盾」についても、「この盾でしか防げない敵の超兵器」を登場させ、その独自性・特権性を生かすよう苦心の跡が見え、なるほど、特殊能力を持たないこーゆー地味なヒーローをヒーローとして成立させるノウハウ*4はかなり勉強になった。

残念なのは、やっぱラストシーン。

これのせいで単体の作品じゃなく、2時間の予告編を見せられた気分になった。ただでさえウェルメイド感溢れる映画なんだから、そんなオチを持ってこられたら、元から薄い作品の印象が飛んじゃうよ。

あ、あとぜんぜん関係ないけど、軍服+巨乳のコンボがまぶしいヒロイン(あんま美人じゃない)がメッチャ喧嘩っ早く、『スカイキャプテン』とか『ブラックブック』とか、あーゆーオテンバ映画が好きな人は是非。もちろんツンデレありです。

*1:ちなみにこないだ作ったSLG『明治新聞王奇譚』http://hw001.wh.qit.ne.jp/tzk00/ でも、横浜港などから中国など外国の食文化が日本に浸透する過程を取り上げてる

*2:映画『マラドーナ』の感想 http://d.hatena.ne.jp/SiFi-TZK/20100207#p1

*3:そういえば「なぜ作務衣なのか」はあったが、「なぜ店内BGMがジャズなのか」は女性客を狙って、としか書かれていなかったように思う。ただこれも、YOSAKOIなどと同様「テーマは和風だが材料は手持ちのジャンクから」ということなのだろう

*4:これはたとえば、スパイダーマンなら移動のスピード感、バットマンなら「夜」と一体化させるビジュアル、などのように本来キャラクターごとに異なってくるハズ。

2011-10-19 SFファンも読むべし!

[]銃・病原菌・鉄 銃・病原菌・鉄を含むブックマーク

これはすごい。目から鱗の連続。

生物学者の著者が、ニューギニアの政治家の発した疑問「なぜ欧米人は様々なものをニューギニアに持ち込んだのに、我々が欧米に出せるものがないのか?」から、「世界の富の不均衡」の答えを求め、生物学、遺伝学、疫学、言語学などを縦横に駆使し、その究極の原因を「ユーラシアは東西に広い大陸で、他の大陸はそうではなかったから」と結論するまでを解説した大著。

文献からたどる歴史本と違い、人類史を科学として扱う、本書独特の面白さは新鮮でかつとても刺激的。理系の人間が楽しく読める歴史書だと思う。

もともとは、日本人の価値観の源流は日本の地理的な環境にあるのでは? という疑問からこの本を手に取ったのだが、その点についてもかなり納得がいった。

本書によれば、戦国時代に質・量ともに世界一まで上り詰めた日本の銃生産技術は、江戸時代で急速に後退・衰退してしまった。武士を頂点にいただく階層社会が武士の象徴である「刀」を称揚した一方、銃を蔑み日陰に追いやったのだ。徳川幕府統一後の鎖国時代、戦争の技術を向上させる動機が薄かったことも、その衰退を後押しした。

そして、日本人には銃を蔑み、刀を賛美する価値観が残った。これは日本にながらく銃をメインにしたヒーローが登場しなかった*1理由でもあるだろうし、現代のゲームにすら影響を与え、「正義の味方ごっこ」をするのに際して銃が「正義」と馴染まない、という齟齬を生んでいるのではないかと思う。逆に、ガンシューFPSがアメリカで人気があるのも、基本的に「銃を正しく(技術的にも倫理的にも)使える者がヒーローになる」という価値観による部分が大きいのではないだろうか。

こういった、遠大な演繹的手続きを歴史に密着させるミステリ的な醍醐味に加え、惑星としての地球を大陸単位で捉え、一万数千年を扱うタイムスケールの大きさのパースペクティブがSF的な興奮をも与えてくれる。そして、複数の科学分野の知見を縦横に引用する作者ダイアモンドの手際は、まさに『宇宙船ビーグル号』に登場するネクシャリズム(総合科学)を彷彿とさせる。

SF的な興味のなかでも、南北アメリカ大陸のアステカ、インカ帝国に言及した箇所は別格だ。彼らを負かしたのはスペイン人の武力だが、民族を滅亡に追いやったのは征服者の持ち込んだ病原菌だった。そして逆に、アフリカなどの熱帯地域においてはヨーロッパ人はマラリアなどの土着の風土病に冒され、ついにその地に定着することはなかった。

『明治新聞王奇譚』(http://hw001.wh.qit.ne.jp/tzk00/)の制作中、日清戦争末期、日本が英国のみと裏で交渉してたのがバレて三国干渉を招いた事実を知った。英国が中国の覇権を目指していたまさにその時代、日清講和の3年後に、H.G.ウェルズは圧倒的なテクノロジーと暴力を持つ侵略者を描く、『宇宙戦争』を発表している。

もうすっかり周知の通り、『宇宙戦争』のラストはその科学と暴力の化身である侵略者が土着の病原菌で死滅することで決着する。このオチは皮肉でもギャグでもなく、人類史に何度もあり、まさに、大英帝国(ウェルズはイギリス人)が世界において直面した問題そのものでもあったのだ。

『宇宙戦争』の書かれた当時(19世紀末)のイギリスの時代背景を考えると、ウェルズのその露骨ともいえる痛烈な批判精神には恐れ入る。

…かように、人類史を科学者の手つきで扱うこの本はSF的な面白さを提供してくれる。病原菌の立場で淘汰と進化を解説する章など、そのまま宇宙生命体の進化論として即応用可能だろう。

図書館で借りた本だが、これは買って手元に欲しいと強く思わされた。「世界を見る目」が変わる、恐るべき書物だと思う。超おすすめ!

*1:日本オリジナルの拳銃ヒーローで最初にメジャーになったのはやはりルパンだろう。ルパンは007の影響が強く、その洋風の価値観が当時新鮮だったのだと思う。

2011-09-11 ろぼえいが

この3ヶ月ほど、慣れないActionScriptでこーゆーゲームを作っておったのです。(音が出るので注意)

メディアSLG『明治新聞王奇譚』

http://hw001.wh.qit.ne.jp/tzk00/

最近何かと話題の「マスメディア」の黎明期を題材に、自分がここ10年ほど追っかけてる「個人が自分の世界観(=現実世界を観る目)を獲得するゲーム」の最初のプロトタイプです。10年でやっと一本かよ。

粗い作りですが、プレイされた方はtwitter等で感想などいただけるとうれしいです。あと仕事欲しいです。

[]ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破を含むブックマーク

TV放映してたので。

「序」のヒットの結果か、前作と違って予算潤沢らしく作画がゴージャス。そしてそこで描かれるバイオレンスな「殺し」(「アクション」ではなくて「殺し」と言いたい)のねっとりした描写に圧倒された。なんというか、ナショナルジオグラフィックとかで見られる野生動物の補食の瞬間を彷彿とさせる、有無を言わさぬ「殺るか殺られるか」のドラマの説得力。

反面、お話にはあまり見るべきところはなかった。精神的にずいぶんしっかりしたシンジは主人公としてきちんと「挫折と再生」を演じて見せ、力を「正しく」使ってヒロインを救出しストーリーを淀ませない。その「淀み」こそが旧作最大のオリジナリティだったにも関わらず、だ。

で。

そーゆー目で本作のラストシーンを見ると、お話がちゃんと「映像が語るテーマ=ひたすらエスカレートする破壊の力」に収束していくように見える。純粋な力それ自体が、人を越え善悪を超え神となる。まるで石川賢のような世界だが、もしそれをやり切れば、旧作とは違った意味で、新劇場版シリーズも「振り切った傑作」になりえるかも、と思った。

ちなみに、前作「序」で思った(http://d.hatena.ne.jp/SiFi-TZK/20090222#p2)都市のディティール描写は本作では後退し、それこそ押井的都市論などとは無縁だったので、自分のエヴァ観はどーも見当違いであることが多いと思われます。南無。

[]トランスフォーマー/リベンジ トランスフォーマー/リベンジを含むブックマーク

TV放映してたので。

こちらも前作のヒットの恩恵で、予算UPでCGどっかんアクションがさらにパワーアップ。こちらはロボ同士のアクションがすでに飽和してるからロケーションでの差別化に入っており、「どこをぶっ壊したらより画的に栄えるか」という、純粋に見栄えの都合でストーリーが進行する割り切りっぷりが潔い。

そのワリを食ってるのが主人公と、実質主人公のコンボイ司令官で、主人公ははっきり言って、なにがしたいどんな人かよくわからない…というか、まったく印象に残らない。コンボイ司令官もカッコイイセリフは言うのものの、基本的に受け身で無策なので司令官としては無能に見えてしまう。このコンビで世界を救い続けるのは本当に大変そうだ。まぁ、悪役含め登場人物すべてがあんま頭良くない、観客が余裕を持って鑑賞できる世界、ってのが安心のマイケル・ベイ印と言えるかも。

しかし『アイアンマン』とか本作とか、アメリカのロボ映画はアクションがエスカレートしても話のスケールが大きくならないのはある意味すごいなぁ、となんか別の意味で感心してしまう2本だった。

2011-08-20 ろとうにまよいちゅう

働かんと。マジで。しかし日記は遊びに行った話。

[]サンリオ ピューロランド サンリオ ピューロランドを含むブックマーク

テーマパークというよりは、宝塚とかのショー/レビューのサンリオ版、といった趣。辻信太郎(サンリオ創業者)の趣味…というか世界観がよく分かる。ある意味、本当に日本のウォルト・ディズニーを目指してたっぽい。

驚いたのはショープログラムの豊富さ。いかにもなちびっ子向け着ぐるみショーから、本格ミュージカルあり、中国雑伎団あり、お父さん向けかと思うようなラインダンスあり、しかもそれらがけっこう混在してる。ある意味、いまいち全体のコンセプトが分かりづらいディズニーランドよりよほどしっかりしてる。反面、ライドがひとつ(しかもイッツ・ア・スモールワールドのパクリ)しかない、ってのは遊園地気分の子供にはツライかも。全体的に女性、女の子向けな感じで、小学生以上の男の子は近寄らないが吉。

[]ディズニー・オン・アイス ディズニー・オン・アイスを含むブックマーク

なんとディズニーランドと同じチケット料金(S席)、しかも実質1時間半くらいなので、ちょっとどういう層がターゲットかよく分からない。にもかかわらず、しかも豪雨なのにたくさんの観客が詰めかけてた。ディズニー恐るべし。

内容は、スケートでやる、歌メインのミュージカル。一応はストーリー仕立てになっており、「スーパーディズニー大戦」を作る人の苦心が垣間見える内容はある意味クリエイター必見。元々脈絡ってものが存在しない『不思議の国のアリス』、悪事をしなくても悪者を集合できる『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の使い方は定番化しそう。展開も、キャラの性格を観客が知っている前提なので、ディズニーランド以上に完全にファン向け。『プリンセスと魔法のキス』とか新しいのはちょっと分からなかったが「それはパンフレット(2500円)を買ってください」という商魂はライブ商法の基本を観る思い。

スケートなので人間型じゃないキャラクター(モンスターズインクの田中とか)はほとんど出れないのがちょっと残念。マジキチ映画の『ダンボ』とか、いい素材だと思うんだけども。

2011-07-18 あんなヘルメットを欲しがるエリックはどうかしている

時間が経つのが早いなー。2ヶ月近くも放置してたとは信じられん。なんもしてないけど生きてますよー。

[]X-MEN : ファーストジェネレーション X-MEN : ファーストジェネレーションを含むブックマーク

初ブルグ13。1000円デーでもトンカツ屋でビールがもらえるサービスがあってお得。

自分はブライアン・シンガー版の一作目、二作目がけっこう気に入ってて三作目を見てない程度のシリーズファンだが、今回はかなり面白かった。娯楽としてもレベル高いし、内容面でも「ちゃんと60年代・冷戦時のヒーロー」を描こうとして、しかもかなりの部分で成功しており*1、シリーズ最高傑作といって過言ではないと思う。

なんだかんだで今回も、「マグニートー・ビギンズ」ではあるんだけど、この手の「ビギンズ」系ではシリーズの生みの親であるシンガーが脚本・プロデュースのせいか、ちゃんと世界に連続性があるのがよかった。開幕早々、マグニートー少年時代のシーン(初代のイントロ)が再現されてるのは当時いたく感心したシーンだけに、巧いツカミだと思う。 また、監督がプロデューサーにサービスしたのかどうか(?)、役者が若返ったせいか妙にやおいくさいチャールズとエリックの関係は、ビギンズものらしくものすごい尻切れで終わっていて、これも例えば初代ラストの監獄でのチェスしながらの対話シーンなどをもう一回観たくなる構造。これも、本作の作中で二人が頻繁にチェスをしてるのがこの連続性に繋がってる。巧い。

盛り沢山な内容だが、全体に脚本がよくできており、また、時代背景、特にドイツの描写や、登場人物が「ちゃんとその国の言葉で喋る」のが徹底されているのも、リアリティ向上に寄与してる。このへん、シンガーの前作『ワルキューレ』の経験が生かされているように思う*2

あと『キック・アス』は見てないので推測になるが、監督マシュー・ヴォーンのテイストもうまく発揮され、作品の魅力に昇華されていると思う。たとえば60年代(後半)スパイ映画を彷彿とさせるファッションとロケーションと分割スクリーン。女性キャラは肉感があってエロく、感情表現にも説得力があった。これはシンガーには求め得ない資質。

あと、若きチャールズ(プロフェッサーX)がけっこう女ったらしだとか、チャールズ・エリック組のミュータントがみんな学生サークル気分でとても敵と戦う心構えじゃないとか、このへんの青春ドラマ風味も監督の味だと思う。

TVゲームも冷戦時代ブームだが、冷戦時代の時代背景を踏まえたフィクション構築手法という点で、今回のX-MENはかなりいい線行っていると思う。また、人種や性的マイノリティといったリアルな被差別民の影を何重にも塗り込めたミュータント黎明期の迫害と抵抗のリアリズムは、やはりミュータントの黎明を描いたガンダム/ガンダムUCが獲得できなかった部分*3なので、日本のエンタメとの違いを考える手がかりとしても興味深い。かなりいいよ!

*1:映画版『ウォッチメン』が派手にしくじっただけに、真っ向からこれに挑んだのは意外でもあった

*2:あと、やたら出てくる当時の軍服は、ゲイのシンガーが「男を格好良く見せる」軍服を偏愛してる(ゴールデンボーイとかね)のがバレバレで苦笑させられる

*3:例えば『地球へ…』のような同和問題のアナロジーでもない