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再起、道中 RSSフィード Twitter

2017-01-22

1月21日の呟き

二度寝…いや、三度寝から目覚めた昼。
このところ休日出勤ばかりだったから、一昨日と今日(シフト上)の休みをとった。
カップ麺をすすり昆布茶を愉しんでいる時、カミサンからメール。
子どもがインフルを患ったと。予防接種を受けていても罹患するときゃするのだ。
そうして半日が過ぎ去った。

私は、フォローさん達のRT表示をしない設定にしている。
それは言葉をフォローしているからで、思想や好みを反映したRTを見たい訳じゃ無い。何よりタイムラインをスッキリさせたいという思いを優先している。
だから時折、RTに対する言葉が意味するものを考えるけれど、それはそれで面白い。

空白の時間が思考の螺子巻きを緩め、緊迫した時間が螺子を締める。
そんな気がした。

一絡げにして良いのか迷うがいい歳?したオヤジ連中が、若い娘を手籠めにしたいという感覚は、アレか?自己の人生の中で決して!達成出来ない征服感を、抵抗できない(であろう)者達に押し付けているだけじゃないのか?

アカウントさんにフォローされることがあるけれど、その人の言葉を見ないことには何ともしがたいので、ほぼリフォローしない。
ごめんなさいね。

青白い光の向こうに広がる電脳世界に、自己増殖する言葉達の羅列。
いしつか言葉が纏まって、意識を持ち始めるような気がしてならないのは、単なる妄想か?それとも漠然とした危機感からか?

自信は虚像なのだろう。
縋りついてはダメダメさ。

誰か「おすすめのツイート」を消す機能を知らないか?
何処が「おすすめ」なのか、感覚的にも伝わってこない。

顔文字くらいは使ってしまうが、アスキーアートが苦手なのは、記号の中の世界感に違和感を覚えるからかも知れないな。

煌びやかな?言葉を駆使して他人を励ましているツイを、おすすめユーザーに表示されるがゆえに覗いてしまうけれど、鍍金の臭いが鼻についてしまうのは、受け手である心が金属の塊だからだろうか?

ふと思ったのだけど。
子宮のイメージって、蛍光灯が放つ紫外線とエコー検査の超音波が強いのは、観察者としての視線か?或いは対象物としての目線ゆえ?

全ての魂に守護者が居るのなら、あの人の所へ行って、その者を蹴とばしてやりたい!と思う瞬間がある。
見守るだけが仕事?じゃかなろう。怠惰にも程があるのだ。

カミサンと何気ない会話がしたいのだが、今は、テクノロジーの塊を用いなくてはならないのが苦痛。
物理的距離は、日常から遠ざけてしまうものなのか…。

感覚って、どれくらい共有化出来るのだろうね。

夕飯を食している間に、一番風呂を逃してしまった。
先に入るべきだったか!ちぃ…。

日常の中に潜む非日常って、身近過ぎるゆえに気づかない。
まるでファインダーを通さないと映らない、幽体?の様に。

明日も早いから、早々に睡眠剤を投下した。
あとは眠気を待つだけ。。。

インフルの子を見守る事さえできないのが、距離なんだね。

若かりし頃は崖っぷちの危うさを好き好のみ歩いていたけれど、今は到底無理だな。これが時の重みか。
守るべきものがある、故の脆弱さ。

惰眠剤が回り始めた…。愉しいツイの時間もそろそろ御仕舞…かな?
パキシル副作用で、物が二重に見え続けた事がある。
二面性の世界、あれが実体に見え続けていたのは、なかなか興味深い。

おやすみ刹那の繋がり。


〜〜1月21日の呟きより


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