六月の雪

緋色は雪の涙なり

Learn as if you will live forever, Live as if you will die tomorrow.
 
 
  

あなたの人生の物語

「ハードSF」と呼ばれる名作であっても,実のところSFっぽい想像上の未知の世界を舞台としているだけであって,本当に「サイエンス」を基盤としている作品は非常に少ないと思っているが,この作品は著者本人によるサイエンス理論の展開がなされた希に見る本物のハードSFだと思った。全体を通じて非常に難解で,短編ばかりであるにもかかわらず読破には時間がかかる。しかし,きちんとサイエンスとしての落ちが準備されており,文章運びも難しいが研ぎ澄まされており,爽快。名作だと思う。

あなたの人生の物語

あなたの人生の物語

  • バビロンの塔 "Tower of Babylon"(1990 ネビュラ賞_中編小説部門受賞)

 聖書のバビルの塔の物語に世界観を与えたもの。作品群の中では「すこしふしぎ」に近い物語かも。

  • 理解 "Understand"(1991)

 収録作品の中で一番昔に書かれたものらしい。もし目に映る物全てに意味と秩序を見いだすとしたらどうなるか?からヒントを得た物語で,強化された超知覚の可能性を描く。私は終始『アルジャーノンに花束を』(2018-08-19)を思い浮かべながら読んだ。野崎まど『know』(2014-02-14)もこれに似ているのではないか。

  • ゼロで割る "Division by Zero"(1991)

 数学的素養のない私には非常に難解だったが,興味深くはあった。内部矛盾を含む数学の美しさは幻影であり,最悪だということ。

 物事が起こって結果が生じるという思考方法で生きてきた地球人と,結果に向かって物事を遂行する異星人の交わりを言語学者が語る。『輪るピングドラム』の荻野目桃果の日記のことを思い出した。

  • 七十二文字 "Seventy-Two Letters"(2000)

 名辞を与えられて動くオートマトン(自動人形)。言語が持つ創造的力について考察する。

  • 人類科学の進化 "The Evolustion of Human Science"(2000)

 「さまざまな未来」といういテーマで1年に渡って『ネイチャー』で連載された企画で執筆された大変短い物語。

 自然現象として天使を描く。幼い頃からキリスト教と関わりながら生きてきた私には非常に興味深い物語だった。
 ニール・フィスクは天使降臨により妻セイラを失い,天国へ召されるためにできうる限りの努力をしたのちライトシーカーとなって降臨に居合わせ死んで地獄へ落ち,ジャニスとイーサンという2人の人物と重要な場面で人生を交差させる。公正ではなく優しくもなく慈悲深くもない神を愛する方法とは。この物語については私は終始旧約聖書の『ヨブ記』を思い出しつつ読んでいたのだが,巻末で著者がヨブ記について触れていた。著者は「信念を貫く勇気に欠けているように思える」と言う。「もしこの話の作者が美徳は必ずしも報われるものではないという考えを本気で主張しようとするなら、話の結末でヨブはすべてを奪われた状態のままでいるべきではないだろうか?」と言うのだが,私には実に腑に落ちる。

人間界の全ての物のなかに神の存在があり,地獄にある全ての物に神は不在である。無条件の愛は何の理由もなく地獄へ落とされたとしても変わることがない。「神に意識されることもなく、長い年月地獄に暮らしてきたいまも、ニールは依然として神を愛している。それが真の信仰の姿なのである。

  • 顔の美醜について : ドキュメンタリー "Liking What You See: A Documentary"(2002)

 美醜失認処置(カリーアグノシア)をつけて,麻薬である美貌の呪縛から解放されたらどうなるか? ある心理学者が実験によって,人間は見かけに大きく左右されており,実際に顔を合わせることが決してない状態であっても顔の良い人間を好むという結果を得ているそうだが,これを掘り下げた物語。ドキュメンタリー風に様々な立場の人の意見が出てくるのだが,たいへん興味深かった。