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2004-07-12 ポピュリズム、無法、閉塞

民主が大幅躍進、自公で絶対安定多数は確保

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20040711it15.htm


なんかこう、3か月前に書いても使えるような見出しだし、中身もそんな感じだった。

そうして、そうであればあるほど、いやぁ「パシフィストからポピュリズムへ」は効いてくるなぁとしみじみ。

そして、つまるところ「渾身の錯誤」は続くといってもいいのかもしれないなど思う。なぜ錯誤とポピュリズムを同列に考えるのかといえば、両方とも考えるという行為をすっとばしている、前者は結果、後者は状況だと思うからだ。


しかも、両方ともそれで悪いともおそらく思っていない人たちによってなされているだろう。個々の人の主体的な意識としては、自分で決めた、自分がその方がいいと思っている、それ以上でもなんでもない、と。


一方、錯誤を錯誤だと考え得るのは、自分の主体的な判断と、状況から考えた自分の行為がもたらし得るものの差異に気が向くからだ。ポピュリズムもまた同様の仕組みで、今自分的にはこれがとってもいいわぁと思えるその瞬間で意識が止まり、全体から考えたら自分の行為が何をもたらすかを考えるようなまねはしないのがポピュリズムのポピュリズムたる由縁だろう。


つまり両者が成立する要件は絶対的な主観主義だと言えるし、意味論なき日本語環境がそれに輪をかけているのだろう。やだわ、とは思うけどしょーがない、そうなんだからと私は自分に言う。

で、この大きな例は、「パシフィストからポピュリズムへ」と変更しているのにもかかわらず、The Economistの表現を借りるなら、「法的、デモクラシー的に重要なimplication(意味、示唆、影響、徴候)」を形成しているのにもかかわらず、そこに争点を見いだせない人がどうやら多いらしいということだろう。「なし崩し」に弱い。


「なし崩し」状況というのは、この言語が持つ穏やかそうな外見とは関係なく、法秩序の崩壊だ。仮説的にせよ打ち立てたcriterion、standard、principleなんでもいいけどそれら概算で法と呼ぶべきものを、否定にせよ肯定にせよ依りどころにできないという意味で、無法だ。

さてしかし、だからといってでは日本が無法地帯になっているかというと、そういうものでもない・・・。

が、本当にそうなのか。


従来、ここで、そうだ本当だとは誰もいわない、つまり日本といえば治安がよくよく整理された国でと誰でも言うがために、無法だとは叫ばれはしなかった。また、集団主義的だとさえ言われるわけだから、個人の主観主義的行動が爆発していると考える契機はさらに失われる。実際、身体的には安全な気はする。


しかしながら、そうなんだろうか。それはただタブーを侵さないがために誰も危険な目には合わないということじゃないのか。だとしたら、それは無法でないのでなく、リスク回避の結果にすぎないのかもしれない。多分ここ10年ほど「閉塞感」という文字を見ない時はないほどの状況が出来しているのは偶然ではないだろう。


[補足:やけにうっとうしい書き方をしているので補足。この頃何も言えないなともし思うことがないのだったら、それはとても幸福な生き方をしているのに違いないと私は皮肉を込めて言う、と、どう書いてもやっかいだったかしら?]

 その他選挙雑感 08:34  その他選挙雑感を含むブックマーク

中村敦夫氏はどうして単品で出なかったんだろう? 東京で取れそうもないからかなぁ。そうだろうな、きっと。でも女性党ができたところで「みどり」的にはダメージだとわかっていただろうに、いやしかし、東京ぐらいしか取れそうもないものなぁ。もったいない。


いやいやしかし、自民党というのはもうヨレヨレもいいところなんだなぁとしみじみ。

スキー選手にプロレスラー野球監督って、あんたら何ものだと言いたくもなるけど、要するに名前を書いてもらいたいからそういう人を登用しているだけだろうが、個人的に気になるのは、この場合あきらかに「名前貸し」になった人々にはそれなりの対価が行くんですよね、きっと。どのぐらい「おいしい」ものなんだろう、この凋落の自民で・・・。どのぐらいでもいいけど、古葉時代カープが好きだっただけに、けったくそ悪い。そのうち山本浩二も行くんだろうかな。でもその頃自民ないかもしれないからなぁ。


ただ、そうはいっても、ではどうしてこの凋落でもここまで善戦できているのかといえば、誰でも知っている通りの創価学会様様状態が一方にあり、他方には、隠れたアジェンダたる「日本」問題があるからだろう。まったく気づかず「従来通り」の人が基礎票だとしても。つまり、この前小沢氏が苦衷を表明していたような永住権保持者の地方参政権に象徴されるような、というか、ぶっちゃけ朝鮮問題というべきだろう問題によって、いいやオレはこっちを選択するという人が古層と新層に渡って存在する。しかし、だとしたらこれって結構スパイラルだと思う。

他方、民主はといえば、小泉的手法+半分創価学会じゃんか、で、もうこんな自民は間違いだ、となって流れた地方票によって成立している部分と、従来からの都市部反自民票で成立している。つまりここは実は、アンチの吹きだまり。そして伸びない理由は、上のぶっちゃけ問題が底流にあってより都市民的なところで人が離れているってことだろう。そして、実はこっちもスパイラル的。


要するに、とてもへんな形でこの二つの党がメジャーになっている。両者にとってあきらかに問題であろうポチ問題を忘却した形で。

そしてこの不安定状態はしばらく続きもするだろうと私は考える。相互に錯誤しあいながら。なぜなら、「この国を想う この国を創る」(自民党)、「国民とともに、新しい政治、新たな日本を創る」(民主党)と、考えようによっては相当に不可思議な(だって、既にそうとうできあがっている国だ)日本国想創造合戦になっていることの意味を開こうという大マスコミはなく、かつ、分析型の人間がメジャーになることもなさそうだからだ。したがって今後も言論環境は主観主義的な、正邪論争がメジャーであり、その周辺にあたかも叩かれるがために存在するような分析的知見が遍在するという形になりそうだ。


なんつーかこー、分断統治でしょうかとまた思うんだが、一回マインド設定が宗教 的(考えさせない、全称命題的、正邪論法的、そしてバチが当たる等懲罰的)になると脱出はとても難儀だ。だからこそ分断統治は宗教的なものの復活を含めた創始が現出されることになるのだろう。逆ではない。

 そして現実 08:58  そして現実を含むブックマーク

へーちゃんが当選した意味が確実にもたらされるらしい。ちゃんちゃんとしてる。

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首相は「これからの2年間、実績を積むように努力していきたい」と語り、自民党総裁の任期が切れる2006年9月までの政権維持に強い意欲を示した。比例選で当選した竹中平蔵経済財政・金融相を、9月の内閣改造で郵政担当相に起用することを検討している。

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http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20040711i123.htm

 鬱になったらこれを読め 15:07  鬱になったらこれを読めを含むブックマーク

この間、欠陥車隠しをすれば車は燃えるという因果律を成立させている頭について苦情を言ったが(http://d.hatena.ne.jp/Soreda/20040706#1089097913)それどころではない。

巨人が優勝できなかったら、関東大震災が来る、とオーナーは言っているんだそうだ。

http://d.hatena.ne.jp/fuuki1972/20040709#p1


およそいっそここまで来ると、これはこれでいいんじゃないかという気になるから不思議だ。語録集を作ってくださった方に感謝したい。明日への励みになる:なんでもありだ、と。

munagurumamunaguruma 2004/07/13 13:59 私のブログに川上さんの「選挙雑感」についてのコメントを書きました。ご笑覧ください。http://munaguruma.blogs.com/jp/2004/07/post_4.html

SoredaSoreda 2004/07/13 14:46 こんにちは。読んでいただいてありがとうございます。おっしゃる通りmunagurumaさん言うところの「「外交・安全保障政策の共通了解」と重なるものは多いだろうと概算では同じだし同じ心配をしているだろうと思います。しかし詰めて考えれば「日本問題」はその前の話しで、むしろ憲法をどうするのか、constitution、この国の構成をどうしましょうか、により近接しているだろうと考えます。他方安全保障は長期的であっても政策です。しかし「日本問題」は、問題立ち上げはいつでも政策だとしても、政策レベルでいったり来たりしてもらっても困るものだと思うんです。私たちは何ものかにかかわることなんですから。▼で、民主党が私にはどうしても納得できなかったのは、それらについてちゃんとした説明なりビジョンなりを「提示」して、どうだろうかと問うという姿勢があるように見えず、それにもかかわらず、地方参政権の問題を言ってみたり、現在のマジョリティに対してマイノリティである人々を候補者にしていたりする。別にどんな人が候補になっても候補者個人の資格等が満たされているわけだから本当はここは問題はない。が、合わせ技になった時、この人たちは何をしているんだろう?と見えてしまうのは全く仕方がないと私は考えます。これまでと確かに乖離があるのですから。で今後これを、国際化とかなんとかいろんな理由で「なし崩し」的に国家規定というかコンセンサスをぶっちぎるようなことをする気なのじゃないのか、と疑っがた人は多いでしょう。そう、ここもまた「なし崩し」的。▼ぶっちゃけていえば、私はどんな策でもいい、なんでも言え、ただ、合理的な説明と、それを人々に了解させ否定させ討論させることを省略するようなことだけは断固反対という立場です。

SoredaSoreda 2004/07/13 14:46 長くてすんません(^.^;;

marutamarumarutamaru 2004/07/13 14:52 日本の政治は、なし崩しと、アンタッチャブルで、できているようですね。ナベツネのことも、なし崩しの良い例かも。ブッシュもそうですね。金持ちけんかせずではありませんが、なんだかんだいっても、平和な国だからこそ成り立つことなのかもしれませんね。

munagurumamunaguruma 2004/07/13 21:44 こんにちは。よく読ませてもらっています。同じ海外在住ということで、川上さんが書いておられることと関心領域が重なることが多いです。これからもよろしくお願いします。 ▼丁寧なコメントありがとうございました。今回の比例の候補を見ると、民主党は何かをやろうとしているという雰囲気はありありと出ているけれど、確かにそのことに対してきちんと説明していないので、何か怪しい雰囲気を感じてしまう、ということなのでしょう。 ▼川上さんの言われる「日本問題」は、われわれのアイデンティティの根本に関わる問題なのですね。私も、これはきちんと議論して、合理的にも理解できるものにしなければいけないというのは賛成。ただ、ナショナル・アイデンティティとかの問題は、感覚的、感情的な部分も考えなければならないと思います。将来の日本が、伝統的な日本と感情的につながっているものであることを恥じる必要はないし、むしろその継続をどのように未来に織り込んでいくかが大事だと私は思っています。(この辺は川上さんと意見が異なるかも。)一方、その経過で今の問題にも対応しないと。特にいろんな価値観や人種の人々とともに生きていくことも必要だと思うし。感覚的なアイデンティティが排他的感情に直結しないようにする必要はある。ともあれ、この手の議論は意見が違っても対話のチャンネルを常に開いておくことは大事だし、きちんと言葉にして論じていかなければならないでしょう。これからの3年間、このあたりの問題領域をしっかり洗い出して、徹底的に議論するのにはちょうどいい時期だと思います。