2010-12-15
ヌルい漫画好きによる女の子を描くのが本当にウマイ漫画家10選+α
●「真の漫画好き」精鋭20人による、『女の子を描くのが本当にウマイ漫画家ベスト10』が発表!!:【2ch】ニュー速VIPブログ(`・ω・´)
▼元ネタは↑こちら。かなり偏った意見なので、異論は当然認めます。最近の自分の観測範囲も狭さもまた認める。あと表紙画像はアフィ付きですのでご了承の程を。順位はまぁ参考程度に。文中敬称略。
番外:北道正幸
- 単純に画力だけならトップクラスに位置すると思われるのだけれど、ご本人が「まっとうな美(少)女」を描く方向をあまり向いておられないようなのでこの位置に。とりあえず『プーねこ』は猫ギャグマンガとして面白いので女性キャラ云々とは関係なくオススメ。
次点:やまむらはじめ
- どうしても10人の中には入れられなかったものの、個人的な趣味で。一枚絵で強烈な印象を残すタイプの作家ではないものの、元気印の少女からしっとりお姉さんまで、「人」をしっかり描けるという意味での描写力は高く評価できると思う。
10位:あずまきよひこ
- いきなりメジャーすぎてどうかというチョイスながら、「かわいさ」という線ではもちろん大方の同意は得られるのではないかと。あと、ある程度リアルなタッチで、例えばボディラインを強調した風香を描写している時なんかは、きっちり色気も表現されていたりするのはさすがと言おうか。
9位:結城心一
- 描くキャラはこんなにかわいいのに……。しかしまあ、「虫愛ずる姫君」への萌え心というのは、歴史的に見てもある意味正統、のかもしれない。「漫画家」というくくりでなければ、ナウシカを世に送り出した宮崎駿は当然ランクインして然るべきだっただろうし。ってそういう問題でもないか……。
8位:小梅けいと
- ホロかわいいよホロ。特に他の意見はありません。
7位:植芝理一
- 描き分けが微妙な点では江口寿史が指摘していたあだち充に通じる面もあろうかとは思うものの、とにかく「女の子を描写する」という一点に対する目的意識の強さと緊密さにおいては、凡百の作家に追随を許さない。画力というよりは、一貫してブレないそういう方向性を評価してのランクイン。その筋で行けば西川魯介という選択肢もあるかもしれないけれど、そちらはさすがにニッチすぎるという判断。
6位:森山大輔
- ネーネさんの愛らしさには誰しもノックアウト……という簡単な話だけではなく、彼女に限らずこの作家が描く女性キャラは、総じて傷とか影とか闇とか抗えない宿命とか、そうした負の要素を背負っていることが多く、それがもたらす陰影が、表面上の印象を越えた深みをもたらしている気がする。
5位:久保帯人
- この表紙の乱菊は叶姉妹(の姉)みたいになっちゃっていたりするものの、単に巨乳キャラの使い方があざといというだけではなく、やちる・ウルルのような幼女系や、ルキア・雛森のような細身系まで、女性キャラ全般の造形力に関しては、やはり卓越していると認めざるをえない感じ。あだち充でなくとも、これぐらいは描き分けてくれたら……と思わされる作家は数多いだけに、余計そう思う。
4位:木尾士目
- ガチガチドロドロの恋愛モノで世に出た作家でありながら、『げんしけん』(あるいは『くじびきアンバランス』)で見せたようにキャッチーな人物造形の能力を併せ持っているあたりが稀有。どちらが計算でどちらが素なのか(あるいはどちらも計算なのか)は分からないけれど、その両輪が上手く噛み合ってスイングしたのが荻上千佳というキャラクターだったのではないか、と把握している。
3位:萩原一至
- 「画力&エロス」という枠で個人的に大暮維人との二択をして、最終的にこちらをチョイス。単純に安定感を採るなら大暮維人だと思うけれど、キャラクターそのものの魅力まで含めた評価で。私的「(肌の色が)カラード女性キャラ」の1位は、今でもアーシェス・ネイです(2位はナディア、3位はウルド)。
2位:吉崎観音
1位:ばらスィー
- これはもう仕方がない。「かわいいは正義」なんだから。
殿堂入り:森薫
- とにかく「かわいい女の子大好き! 素敵なお姉さん大好き!」という作者の愛情(と、もしかしたらリビドー)が作品・画面全体から溢れ出していて圧倒されんばかり。もちろんそれだけで魅力的な女性キャラが描けるはずもないのだけれど、この作家さんは女流ならではの編み物を編む時のような精緻さ、そして温かみによって、その形のない欲望を見事に昇華させている。他にも冬目景とか志村貴子とか、ある程度複眼的に(有り体に言えば男目線も踏まえて)魅力的な女性キャラを描ける女流作家は数多いと思うけれど、傾向としてはやはり所謂「少女マンガ」的な繊細さが勝っているのは否めない。その点森薫の筆致は、「女性」の魅力を外面的な「美しさ/愛らしさ」と内面的な「力強い生命力(つまりは母性、ということになるか)」の絶妙なバランス上で描写しきっていて、時に胸がつまりそうになるぐらいだ。
裏殿堂入り:広江礼威
- 前述した女性の持つ「力強い生命力」を、森薫が母性(あるいはその予感を孕んだ少女性)で表現したとするなら、広江はそれを(過剰なまでにデフォルメされた)暴力性を通じて描いている。森キャラの柔らかい笑顔も、広江キャラの禍々しい凶相も、表裏ではあるものの実は一体であり、通底しているものだ、というのが僕の見解です。聖邪問わず、その美しさと強さは讃うべきかな。
神様:鳥山明/高橋留美子/あだち充
- この辺はもう評価の俎上に載せるのもおこがましいレベル、というのが個人的な評価。鳥山明は画力的に、高橋留美子はラムちゃん(あるいは響子さん)を、あだち充は南ちゃんを世に送り出したという一点だけで、既になにもかもを超越している、としか言えない。そう思いませんか?
▼ちなみに蛇足ながら江口寿史は、もし「イラストレーター」というくくりでランク付けするのであれば、かなり上位に来るんじゃないかな、とか。これは個人的には貞本義行や小畑健についても同様で、何冊も単著を出している漫画家さんには失礼な話ながら、まぁ私的な基準では、ということでひとつ。
▼例の条例の件もあって、このタイミングでこういう企画に乗っかってみるのは意味があるかな、と思ってざっと挙げてみました。非実在女性キャラに身も世もなく萌え(燃え)続けられる世であってほしいものだ、と切に願います。
2010-02-28
馬好きにもオススメの『乙嫁語り』(森薫)
▼『シャーリー』『エマ』で本朝最高峰メイド作家としての地位(単独峰という説もあり)を絶対不動のものとした森薫の新作は、中央アジアを舞台とした嫁マンガでした。エゲレス趣味の次をなんとか探し出してきたのかと思いきや、彼女のシルクロード文化萌えは中高生時代がルーツだそうで(1巻あとがき参照)、その引き出しの多さと深さに驚かされます。
ページを開くと画面の隅々まで(あるいは装丁全体を見ても)神経が行き届いており、持ち味の詳細かつ丁寧で、なおかつ繊細すぎずダイナミズムを失わない描き込み力は健在。むしろモチーフが英国物に比べてプリミティブあるいはエキゾチックな分、より読み手の心を惹きつけるようにも思えます。神は細部に宿る、とはよく言ったもので、単なる画力というレベルではなく、ペンを通じて対象物に込められた情念みたいなものが画面から立ち上ってくるかのようです。
ストーリー自体は、まだ導入部ということもあってか大きな動きはひとつしかありませんが、単なる日常描写……例えば家事・狩り・工芸作業・兄弟げんか・お使い・看病……だけでも鑑賞に耐えうる(どころかどんな大作と比べても読み応えに遜色ない)ものに仕上がっているあたり、妥協の無い描き込みが創り出す世界観の確かさが裏打ちしているんだろうな、と感心します。
そうした筆力に支えられたこの作品、とにかく登場する人・動物・モノ全てがチャーミング。特に「乙嫁」アミルの萌えキャラぶりは特筆もので、言動の端々にニヤニヤさせられっぱなしです。しっかりもので活動的な姉さん女房なのに、弁えていて乙女で献身的で、その上天然だなんて詰め込みすぎですよ森先生! だが、それがいい……というかキャラとしての統一感が保たれているのが単純に凄い。これだけ「説得力」のある作家というのもなかなかいないと思います。*1文句なくおすすめできる1冊。自分は男なのでアレですが、衣装や装飾品の素敵さ加減が尋常ではないので、女性が読むと更に色々楽しめるかもしれません。ショタ趣味があれば尚更。
<関連>
この世界観を支える描き込みの実際がこちらで見られます。本当に、気の遠くなるような作業の果てに出来上がってくるんだなぁと、改めて脱帽。
▼余談ですが、競馬者としては、騎乗シーンの描写が多いのもまた魅力的。
──なるほどー。一方、馬は写真や解剖図を見て描かれてましたね。
森 馬はまだ(資料を)見ないとダメですね。昔からずっと好きなんですけど、描いても下手だから嫌になっちゃった時期もありました。今回は念願叶ってとうとう馬だらけのマンガなので、気合い入れて練習しましたよ(笑)。
コミックナタリー - [Power Push] 森薫「乙嫁語り」 (2/4)
なんていう発言がありますし、森先生のブログの
あたりを見ても、馬に対して一方ならぬ関心がうかがえますが、それはこの作品世界にも十分反映されています。
わたしの馬は
金の馬
おまえに乗せよう
こがねの鞍を
おまえにかけるは
銀のはみ
鳥が空をとぶように
青い草野を駆けめぐる
作品内(第3話『騎行』)でアミルが歌った曲の一節。うーん、良い。
ちなみにアミルが騎射でウサギやキツネを仕留めているシーンがありますが、(一応)元アーチャーとして尊敬します。動物型の的なんてものも射ったことがあるんですが、動かなくても2〜30m離れたら結構当てるの難しいですから……。いや、正確に言うと、アーチェリー用のしっかりした現代弓だと照準もついてますしサイト合わせのために何本か射てばあとは比較的簡単なんですが、照準もスタビライザーも何もついてないベアボウでやれとなると……しかも動く的となると……。まぁ、どっちにしろ僕は下手っぴいだったのでアレですが、それでも久々にちょっと射ちたくなりました。気軽に射てるものではないのが残念ですが……。
▼さらに余談ですが、最近出された東京都青少年保護条例改正案が話題になってますね。
二 年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交類似行為に係る非実在青少年の姿態を資格(ママ)により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
番外その22:東京都青少年保護条例改正案全文の転載: 無名の一知財政策ウォッチャーの独言
例えばの話ですが、この作品では20歳の嫁さんが12歳の旦那さんと接吻&全裸で同衾するシーンがあったりします。もちろんこの話は現代日本を舞台にしているわけではなくちゃんとした歴史的・文化的な背景がありますし、内容を見ても“みだりに性的対象として肯定的に描写”しているわけでないのは明らかなんですが、その「明らか」というのも考えてみたら主観なわけで、そういう意味ではちょっと怖いな、と。
「行き過ぎた表現」というものが存在しないとは言いませんが、それを取り締まるために恣意的な運用が許容されかねない規則を設定することは、過剰反応と言われようがやはり危惧を覚えます。特定実在個人・団体の権利を侵害するような内容を除いて、創作物は基本的にその表現自体を妨げるべきではなく、また流通過程における制限については、年齢によるゾーニング・フィルタリング以外は拘束力を持たせるべきではない、というのが個人的な考えです……と、最後にちょっと脱線。
2010-02-26
『天体観測』アンサーソングとしての、『君の知らない物語』(supercell)。
▼まず、自分がニコニコ動画文化にもボーカロイド文化にもほとんどコミットしておらず、その方面からのアプローチはできないことを前提として。
▼アニメ『化物語』のエンディングテーマにして、オリコンの2009年間ランキングで72位とロングヒットしたこの曲そのものに対する感想は、おおむね
で書いた通りです。アニメはおろか原作もろくすっぽ読んでいないので、作品の世界観と楽曲のそれがどの程度マッチしているのか(あるいはしていないのか)は全然わかりません。ただ、曲単体として見ても非常に完成度の高い、そして胸に迫る作品だとは思います。
では、このエントリで改めて強調したいことはなにか。それは、
簡単に<女の子版『天体観測』>などと例えてしまうと語弊がありそうですが
Amazon.co.jp: 君の知らない物語のeurekaさんのレビュー
の部分です。これに関する見方は様々かと思いますが、少なくとも
みたいなものができてしまう程度には、このふたつの曲同士、リンクする要素は多いと言えるでしょう。
といっても、別にこれをもって「パクりだ!」などと言いたいわけではありません。むしろ個人的には、擁護でも皮肉でもなく、この『君の知らない物語』という曲は『天体観測』と比較対照してこそより味わい深くなる、と考えています。
▼実際に、両曲の歌詞を並べてみましょう。(歌詞の順番は一部入れ替えてあります。)
二分後に君が来た 大袈裟な荷物しょって来た
始めようか 天体観測 ほうき星を探して
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
いつもどおりのある日の事
君は突然立ち上がり言った
「今夜星を見に行こう」
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑「始めようか、天体観測」。
深い闇に飲まれないように 精一杯だった
君の震える手を 握ろうとした あの日は
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
明かりもない道を
バカみたいにはしゃいで歩いた
押しつぶされないように
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑「闇」への抵抗。
静寂を切り裂いて いくつも声が生まれたよ
明日が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった
「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけていた
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
いつからだろう 君の事を
追いかける私がいた
どうかお願い
驚かないで聞いてよ
私のこの想いを
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑星を追いかける「君」、君を追いかける「私」。
(ほうき星を追いかけていたのは、本当に「二人」だったのだろうか?)
気が付けばいつだって ひたすら何か探している
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
やっと見つけた織姫様
だけどどこだろう彦星様
これじゃひとりぼっち
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑夜空になにかを「探す」。
今まで見つけたモノは 全部覚えている
君の震える手を 握れなかった痛みも
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
楽しげなひとつ隣の君
私は何も言えなくて
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑握れなかった「手」、掛けられなかった「声」。
背が伸びるにつれて 伝えたい事も増えてった
宛名の無い手紙も 崩れる程 重なった
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
本当はずっと君の事を
どこかでわかっていた
見つかったって
届きはしない
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑「届かない」想い。
予報外れの雨に打たれて 泣きだしそうな
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
だめだよ 泣かないで
そう言い聞かせた
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑「涙」をこらえて。
僕は元気でいるよ 心配事も少ないよ
ただひとつ 今も思い出すよ
(一行略)
君の震える手を 握れなかった あの日を
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
強がる私は臆病で
興味がないようなふりをしてた
だけど
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑「素直」になれないまま、
知らないモノを知ろうとして 望遠鏡を覗き込んだ
暗闇を照らす様な 微かな光 探したよ
そうして知った痛みを 未だに僕は覚えている
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
胸を刺す痛みは増してく
ああそうか 好きになるって
こういう事なんだね
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑「痛み」を知る。
見えてるモノを 見落として 望遠鏡をまた担いで
静寂と暗闇の帰り道を 駆け抜けた
そうして知った痛みが 未だに僕を支えている
「イマ」という ほうき星 今も一人追いかけている
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
大好きでした
おかしいよね
わかってたのに
君の知らない
私だけの秘密
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑「見えていたのに」、「わかってたのに」。
もう一度君に会おうとして 望遠鏡をまた担いで
前と同じ 午前二時 フミキリまで駆けてくよ
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
二度と戻れない
あの夏の日
きらめく星
今でも思い出せるよ
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑「もう一度」、でも「もう二度と」。
始めようか 天体観測 二分後に君が来なくとも
「イマ」という ほうき星 君と二人追いかけている
天体観測 BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽
夜を越えて
遠い思い出の君が
指をさす
無邪気な声で
君の知らない物語 supercell 歌詞情報 - goo 音楽
↑僕の(私の)「遠い思い出」の中に、「君」が……。
▼さて、いかがでしょうか。この符合をどう見るかはそれぞれの自由でしょう(もちろん「符合なんてしていない」と捉えるのも同じく)。ただ僕は、これをエピゴーネンではなく、「アンサー」と解釈したい、と考えています。 なぜなら、もしそう把握するのであれば、男女の視点を入れ替えたこの2曲をセットとすることで、「握れなかった僕」と「言えなかった私」の、「二人の」ストーリーが新たに浮かび上がってくる(ように見える)からです。
純粋で、臆病で、そして未熟なゆえに、お互いの想いがすれ違ってしまった……そんな少年と少女の、切ない「ひとつの」物語。
以前から僕は、『天体観測』の「僕」の語りに対して、漠然とした違和感がありました。その根拠を明確に言語化するのは難しかったんですが、『君の知らない物語』の「私」の心理描写を援用することで、なんとなく説明がつくような気がしたのです。つまり、“ほうき星を追いかけていた”のは実は「僕」だけで、「君」は「星を追いかける僕」を追いかけていただけだったのではないか、と。だとすれば、その「手を握れなかった僕」は、最後までそのことを理解できなかった、あるいは知っても「星を追いかけること」を取った……という解釈ができるのではないか、と。
もしそのような一種の叙述トリックが成立するのだとすれば、それは非難するような点ではなく、むしろこの曲の価値をより高めるのではないか、という気がしています。なぜなら、そうした視野の狭さ、あるいは自意識の強さこそが、アドレセンスというもののひとつの本質だからです。そしてそう捉える自分としては、作者が意図的だったかどうかは最早関係なく、この曲は「青春」のエッセンスを凝縮したような名作だ、と評価しています。
▼ちなみにsupercellの先月に出た新曲『さよならメモリーズ』は、“前作「君の知らない物語」の続編的世界観を奏でる”ものだそうですが、歌詞を読み、サビを試聴したところではいまひとつピンと来ませんでした。「アンサーソング」という関係性で結ぶのであれば、(これも作者の意図するしないに関わらず)やはり『天体観測』との方がしっくりくる……というのが、ごく勝手な私的感想です。繰り返しになりますが、見方は人それぞれ、異論は認める、ということでひとつ。













































「君の知らない物語」は超えられなかったです・・・