馬の気持ちはわからない(一口馬主遺産)

『馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)』(http://d.hatena.ne.jp/Southend/)の移転先にして遺跡です

あれに関して弁明するには安田弁護士並みのストーリーが必要

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▼ということで、これへのメタブクマコメントで「書くかも」と言った『親水上派のための弁明』については、マトモにやっても擁護しようがないのを変にトリッキーに擁護しても、単なるネタにしかならないか、でなければ泥沼だと思ってやめました(えー)。
 ただ、要するに水上氏は「ウェブでの立ち回りが単にへたくそ」なんだろう、というのは某氏とチャットしてて指摘されて、まぁそうなんだろうなぁと。件のエントリ(人のふり見て | 白線の内がわ)についても、なんというか、紙媒体で書いた記事に対して自分の耳に届いた批判への感想を、やっぱり紙媒体のコラムや後記欄で呟いてるような印象で、「ブログで書いている」という自覚全くなしに、あくまで既存メディアの競馬ライターとしての立場を崩さずに書いてるように思いますし。敢えてやってるのか天然なのかはわかりませんけど、「ブログで書いている時点で自分もブロガーである」という点を棚上げしてるというか、「ブロガー」という固定的な属性がある(そしてそれは競馬ライターという属性とは重複しない)ものと思い込もうとしてるらしいあたりは、むしろ憐憫の情すら湧いてきます。そんなこと言ったら、非難してるブロガーたちだってブロガーである以前に競馬ファンであって、ファンを見下す水上きんもー☆ってなもんでしょうに。その辺のしがらみから離れて、言説同士のフラットなカチ合わせができるのが醍醐味なのになぁ、と。
 ちなみに山野長老なんかは、かなり昔からwebに親しんでいただけあって、その辺の空気感にかなりコミットしてる印象はあり。といっても、発信側としては完全に旧体制側なのは同じで、どちらかというとチャンネルの開き方とか叩き耐性(笑)とか、そういった方向性での自覚がある、という意味ですけど。
 話が逸れましたが、とにかく“ブロガー風情”とレッテル貼られた側としては、「ブログの文法と言うか特性を理解してないまま無自覚に使っては叩かれる哀れなオールドタイプ」というレッテルを貼り返しておけばそれでいいんじゃないかな、とは思いました。それで更に叩くか“やさしくしてあげ”るかはそれぞれの立ち位置次第でしょうけど。


▼まぁ個人的には、河村氏にはちょっと含むところがあるので(一口界隈の住人として)、その辺との絡みでやらかしたことについてはチクチク突きたくもなるんですけどね。ただ、これまで自分が水上氏について言及した、あるいはブクマでコメントした部分を拾ってみると、

他にも水上学さんのブログでもちらっと言及があったりして、ああ、やっぱり重賞で人気を背負うようなシチュエーションは違うんだなぁと痛感することしきり。

今週の出走馬(5+2頭)。 - 馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)

ああ、この人はモノが言えるってだけで思考回路は単なる競馬ファンのオヤジなんだな、というのが率直な感想。

急がば回れと言いますが。 - 馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)

ダイワメジャーアンバージャックへの票は誰しも突っ込みたくなる部分だと思うので水上学氏のエントリを紹介するにとどめます。

必要悪としてのJRA賞。 - 馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)

水上氏のご意見。まっとうな線なんじゃないかと思います。前に取り上げた時も思いましたが、この方パッと見のスタンスほどラジカルなこと考えてるわけじゃないですよね。なんか親近感が湧く、というか、もっと言えば僕は十数年後こういう競馬オヤジになりそうだ、という予感すらしたり。

JRA賞、各方面反応の個人的まとめ。 - 馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)

あと、河村氏の記事を受けて起こされた水上学氏のエントリが、追記や修正を加えられるでもなくあっさり全削除されているのもなんだかなぁ、という印象。競馬ジャーナリズム界隈のリテラシの低さが痛感されます。ネットリテラシという意味はもちろん、もっとプライマリな意味も含めて。

「これはひどい」タグの新設を検討しようかという勢い - 馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)

というわけで、先日の水上学氏の記事削除については、彼の背景(ライター)を考えると、いくらネット上のこととはいえ非難されてしかるべきかなぁ、とは思います。個人的には、別に「削除しやがって!」とかは全然思いませんが。ああ、この人はこういう人なんだなぁと納得しただけで。
(中略)
今回の顛末にはひどくがっかりさせられた(つまりまだある程度信用していた)次第。今後彼らの言うこと・書くことについては、一定の枷を嵌めて受け止める必要性を、少なくとも僕は感じている(後略)

Ambient Dependability - 馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)

河村氏にしろ水上氏にしろ、コメントもトラバも受け付けていないブログでの発言である以上、元々議論になるはずもなく、僕としても傍観罪で終身刑 - 島国根性の陰謀論者については河村氏との議論を企図して起こしたようなエントリではありませんでした。

語り語られ釣り釣られ(或いはなぜ自分は競馬語りをやめないか) - 馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)

河村氏の一口税制問題エントリを引いて、これ以上ないほどの後乗せ批評をした挙句、元記事がイイカゲンなものだと分かったとたん黙ってエントリ丸ごと削除した「東大卒」の人が何か言ってます。

これは是々非々で言うんじゃなくて素朴な感想なんですが、一連の言説と併せて考えると、もう新しいムーヴメントを受容する(知識としてではなく、感性として)器官が摩滅してきてるのかなぁ、という印象は受けます。

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・・・・・・というわけで、以前から別に水上氏の言説全体に対して「全体的に」悪い印象を受けてるわけではないんですよね(一口問題の記事の件では、かなり引きましたけど)。「いや、結構ひどい言及の仕方もしてるじゃないか」という向きもあろうかとは思いますが、個人的には否定的に捉えるにしても、なるべく悪しざまにならないよう気をつけてコメントする対象として扱ってるつもりなんですよ、これでも。
 なので、今でも氏のブログはアンテナからも外してません。また、基本的には記事・言説単体での是々非々を評価するのが先決だと思ってますので、今後も引き続き読ませてもらうだろうとは思います。
 まぁ、「競馬で食ってるわりにこの程度のことしか書けないのか」とか思うことは正直ありますけど、著書(『口アングリー』という感じのタイトルの)については個人的には結構面白く読めましたし、それは実は河村氏の著書(『JRAディープインサイド』など)についても同じだったりします。
 だもんで、言説(それもブログ上だけ)の一部を取り上げて、書き手の立ち位置そのものまでも偉そうに批評対象にして見下すのは、個人的にはどうかと思います。水上氏が怒っていたのもその点が一番大きそうですし・・・・・・。まぁ、水上氏が一体誰の記事を見て怒ってたのかは、想像するしかないんですけど。きっとあのエントリのことだろうなぁ・・・・・・(ほのめかしメソッド)。


▼あ、でもラフィアンに取り込まれた上にコミック原作の方に血道をあげてるように見える河村氏に関しては、ジャーナリストとしてはもう死んじゃったのかなぁ、と本気で残念に思わなくもないですけど。また以前のように骨太なルポを書いてくれることを切に願います。