Stiffmuscleの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-07-17

[]どくしょのじかん 2


 私はハーバード、コロンビア両大学で学び、プリンストン大学で教えた経験がある。レポートを書いて採点されたこともあれば、採点したこともあった。採点する時は、まず末尾の脚注(フットノート)を点検するの慣例だろう。引用文献の数、参照した文献の質、必須文献で洩れたものはないか、本当に読んだのか疑わしいときは抜き取ってチェックする、といった手順を踏む。

 その段階で重大な手落ちが見つかれば、内容を読む前にE(落第点)をつける教授もいよう。


秦郁彦 『慰安婦と戦場の性』、1999年 新潮選書、265ページ 


さすが秦先生だ。途中、理解不明な部分もあるが、概ね同意する。学問の道は厳しいのだ。というわけで、わたしも『慰安婦と戦場の性』を読むために、まず引用文献に当っている。しかし、少し気になることが・・・


ビルマ戦線で有名なのは、雲南省の拉孟(ルビ、らもう)、騰越の玉砕戦に巻き込まれた慰安婦だが、捕虜になって生き残ったわずかな兵士の証言と米軍の尋問記録しか手がかりがないため、実情ははっきりしない。

(略)

玉砕後にビルマの兵士たちの間に、さまざまな噂が広がり、半ば伝説化したエピソードが語りつがれることになる。「日本人慰安婦は、朝鮮人慰安婦へあなたたちは何も義理立てすることないのよ、と説いて投降させたのち全員自決した(2)とか、「拉孟では手榴弾や毒薬で慰安婦たちを殺した(3)」というたぐいである。

だが、実際には彼女たちの大半は捕虜となって生き残ったようである。(本段落以下略)

(略)

つまり四十数人の慰安婦のうち、二十人前後が死んだらしいということになるが、(本段落以下略)


40数人中、20人前後、約40〜50%という高い死亡率は、とてもではないが「大半は捕虜となって生き残ったようである」と言えるものではないと思うんですが、どうでしょうか?


(つづき)

両地点の陥落から二ヶ月後の『CBIラウンドアップ』という米軍の陣中新聞には、捕虜となった十人の慰安婦たちに面接したUPのランドル記者による報道記事がある。インタビューに応じた五人のうち一人は三十五歳ぐらいの監督役らしい日本人だが、四人の朝鮮人女性(二十四−二十七歳)は四十二年六月、朝鮮を出てビルマへ来た、動機はカネである、仲間は二十四人いたが、十四人は砲火で殺された。などと、もらった米国製シガレットをくゆらせつつ身の上話を語った(5)。おそらく騰越からの脱出組かと思われる。


(2) 千田夏光 『従軍慰安婦』続編、十八ページ、出所は萩尾軍医手記。

(3) 太田毅 『拉孟』(昭和出版、一九八四)、二七一ページで「そんな事実はない」と否定している。

(5) CBI Round Up Nov.30,1994,"JAP'Comfort Girls" by Walter Rundle. (引用者注−英文表記およびスペースは原文ママ)


秦郁彦 『慰安婦と戦場の性』、1999年 新潮選書、123〜124ページおよび127ページ (強調は引用者による) 


"CBI Round UP"の記事の複製がウェブで見られます。原文をあげて、試訳をしてみたので、読んでみてください。


CBI Roundup - November 30, 1944

JAP 'COMFORT GIRLS'

日本軍の「慰安娘たち」


SALWEEN FRONT (UP) - Chinese troops mopping up among the japanese fortifications on the salween Front, recently captured 10 Japanese and Korean women who had lived with the enemy troops throughout three months of shattering artillery bombardment and desperate close-in fighting that fully reduced Sungshan Mountain.

The Japanese had shipped a supply of women to the forward fortresses at Sungshan and other large garrisons on the Salween Front. American liaison officers in action with the Chinese troops were inclined to doubt their own eyes when they first encountered this evidence of Japanese ruthlessness at Tengchung, where they found one Korean girl buried alive in a Japanese ammunition dump as a result of a nearby bomb burst.


サルウィン前線(UP)−サルウィン前線にある日本軍の砦を掃討していた中国軍が、先日、日本人女性と韓国人女性、計10名を捕捉したが、彼女たちは、松山の形をまるで変えてしまったほどの強烈な砲撃と必死の接近戦が続いた3ヶ月の間ずっと敵軍と行動を共にしていたのである。

旧日本軍は、松山の各砦やサルウィン前線ある人数の多い守備隊に慰安婦を補給していた。中国軍と共に行動していたアメリカ人連絡将校たちは、騰越で日本軍の残酷さの証拠を初めて目にして、己の目を疑いたくなった。近くで爆弾が破裂した結果、日本軍の火薬庫で生き埋めになって死んだ朝鮮人の娘の遺体を、彼らは発見したのだ。


With the help of a Japanese-speaking Chinese student who had escaped from Manchuria and now is serving with the Americans, the personal story of five of the pathetic women of Sungshan was obtained. Four of them were Korean peasant girls, 24 to 27 years old. They wore Western type cotton dresses they said they's purchased in Singapore.

They sat on low stools and eagerly puffed American cigarettes as they gradually relaxed from the shock of months of bomb and shell explosions. They said that early in the spring of 1942 Japanese political officers arrived in their home village, Pingyang, Korea. With propaganda posters and speeches the Japs began a recruitment campaign for "WAC" organizations which they said were to be sent to Singapore to do noncombatant work in rear areas - running rest camps for Japanese troops, entertaining and helping in hospitals. All four said they needed money desperately. One said her father, a farmer, had injured his knee and that for the $1,500 puppet currency (about $12 US), given her when she enlisted, his doctor bills were paid.

A party of 18 such girls sailed from Korea in June, 1942. Enroute they said they were fed stories of Japanese victories and of a new empire being created in Southeast Asia. They said they first became worried when they were shipped direct through Singapore and that when they were placed on a train headed north from Rangoon they became certain of their fate.


満州から逃亡し、現在はアメリカ軍に従軍している中国人が日本語を話せるので、彼の助けを借りて、松山の可哀そうな女性5名にこれまでの話を聞くことができた。4人は朝鮮の農家の娘で、24〜27歳だった。彼女たちは木綿の洋服を着ていたが、シンガポールで買ったとのことであった。

爆弾や砲弾が炸裂した数カ月のショックから徐々に解き放たれていくにつれて、彼女たちは低めの椅子に腰掛けて、アメリカ産のタバコをしきりに吹かした。彼女たちの言によれば、1942年の初春に、日本人の行政官たちが、朝鮮は、平壌にある彼女たちの故郷の村に来たとのことである。宣伝ポスターを使ったり、話をしたりして、その日本人たちは "WAC"*1 のような組織への募集活動を始めた。彼らが言うには、その隊はシンガポールに行って後方地域で、日本軍用の休憩キャンプで働いたり、病院で興行や介助をするなどの非戦闘任務につくとのことだった。4人ともが喉から手が出るほどお金が必要だったそうで、ひとりは農家を営んでいた父が膝を怪我していたので、入隊したときに貰った軍票1,500ドル(およそ12米ドル)で、治療費を払ったとのことだった。

このような娘たち18名が一団で、朝鮮を出航したのは1942年6月のことだった。航海中、娘たちは日本の勝利の話と東南アジアに打ち立てられつつある新帝国の話を飽きるほど聞かされた。娘たちが最初に変だなと思い始めたのは、シンガポールから再び船に乗せられたときだった。そして、ラングーンから北へ向かう列車に乗せられたとき、娘たちは己の運命を悟ったのであった。



When the party reached Sungshan, on the Salween Front, the four were placed under the charge of a fifth woman - a 35 year old regular Japanese prostitute who also was captured in the mopping up action.

There was a total of 24 girls at Sungshan. Among other duties, they had to wash Japanese soldiers' clothing, cook their food and clean out the caves in which they lived. They said they were paid nothing and received no mail from home.

When Chinese troops attacked Sungshan, the girls lived below ground in caves. Fourteen of the original 24 were killed by shell-fire. They said they had all been told they would be tortured if captured by the Chinese and all admitted they had believed such stories. They declined to give their correct names to protect their families but all said what they had lived through for the past two years had completely reversed their former naive trust of their Japanese overlords.


一団がサルウィン前線の松山に着いたとき、4人は第5の女性の監督下に置かれた。35歳の日本人で、娼婦であったこの女性も掃討作戦で捕捉された。

松山には、計24名の娘たちがいた。他の職務の合間に、娘たちは日本兵の衣類を洗ったり、食事を作ったり、住みかであった散兵壕の掃除をしなければならなかった。彼女たちが言うには、給料を貰ったことはなく、故郷からの手紙を受け取ったこともないそうである。

中国軍が松山を攻撃したとき、娘たちは散兵壕で地下生活をおくっていた。もともと24名いたうちの14名が砲火によって死んだ。娘たちは、中国軍に捕らわれたら、拷問されると言われていて、その話を信じていた。彼女たちは、家族を護るために本名を明かすことを拒んだが、過去2年間の生活で、統治者日本人に対する今までの無邪気な信頼は覆されたと全員が語った。


秦先生、話が違うんですけど・・・

秦先生の引用は信用できません!


彼女たちの写真

f:id:Stiffmuscle:20070717182809j:image:w500

A picture of "comfort women" who were forced into sexual slavery by the Japanese military during World War II 

(U.S. House Takes Japan to Task Over Comfort Women (Digital Chosunilbo - Sep.14,2006))


参考文献

  • アジア女性基金

『「慰安婦」問題調査報告・1999』5(pdfファイル) ダウンロード

63〜66ページに一部訳をからめた解説あり

  • 明石DSさんの旅行記一覧 (goo 旅行)

雲南省の戦跡を訪ねて シリーズ

*1:Women's Army Corps:第二次世界大戦中のアメリカ陸軍婦人部隊

yamaki622yamaki622 2007/07/18 13:21 ていねいな検証ありがとうございます。つまり秦センセイは「病院で興行や介助をするなどの非戦闘任務」などと騙されて慰安婦にされた女性たちのことを、「動機はカネである」と解説してるわけですね?頭がクラクラしてきました。

dj19dj19 2007/07/18 15:25 ヒャヒャヒャこれ史料の改竄ですよね。公開質問したいなあ

StiffmuscleStiffmuscle 2007/07/18 17:04 >yamaki622さん
「動機はカネで、タバコぷかぷか」だけ切り出してあるんですよね。
これって、日本の官が、「報国隊」募集で騙して、最前線に送り出していたってことですね。これだけじゃなくて、さらにひどい話(道連れ玉砕)もありますが、それも秦先生は、根拠らしい根拠も示さず、あり得ないって言い切ったりしてます。

>>dj19さん
この本、こんなんばっかり、金太郎飴状態です。とりあえず、もう少し検証を進めてみます。しかし、ちょっと小難しい話題になると、「なかった派」ってまるで喰いついてこないんですよね。 
それから、DAYS JAPAN 届きました。

felis_azurifelis_azuri 2007/07/18 22:56 Stiffmuscleさん
こちら、(http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper44.htm)はチェック済みですか?
引用文献関係、林先生に尋ねてしまうのも手かもしれませんよ。多分、Stiffmuscleさんの活動は既にお目にとまっている可能性は大だと思います。

どういうわけか、ピグリンに相談するようなとぼけたブログがこんな所に紛れ込んでいますので(なぜなんだろう〜?、いや、まじに)。
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/20link.htm

StiffmuscleStiffmuscle 2007/07/19 01:22 これも含めて、ネットにある林先生の論文は、英語のも含めて大体読ませていただいたんじゃないかと自負しております。
秦さんは英語文献から崩していくのも効果的かなと思ったりします(ってただカナ混じり文が読めないだけです orz)。クマラスワミのくだりとか、ヒックスのくだりとか噴飯物つっか詐欺ですから。
まずは自己紹介のお手紙でも差し上げることにします。ドキドキ

hokke-ookamihokke-ookami 2007/07/19 06:35 別の書籍ですが、秦教授批判ではこちらのページも有名ですね。
http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/hatsugen/ianfu-hata.htm
吉見教授の『従軍慰安婦』みたいな基本的な日本語文献ですら、恣意的な活用をしていると指摘されています。このページで指摘されているような、歴史論争を総括するといったエッセイ風味の文章における秦教授の駄目さは本当に凄いですよ。

StiffmuscleStiffmuscle 2007/07/19 13:56 >Hokke-ookamiさん
情報どうもありがとうございます。felis azuriさんからいただいた情報もあわせて、新しいエントリをあげたいと思います。

秦先生のダメダメさを実体験したいので、ウェブで読めるものがあれば、URL教えてください。

felis_azurifelis_azuri 2007/07/19 14:31 私も、この前、Stiffmuscleさんに教えていただいた「政治問題に歴史学者として関わる」件に絡めて、この手の情報を集めて準備中だったんですが(笑)、お任せしたくなってきました。
既出のに加えて、こちらもいかが?
http://wwwsoc.nii.ac.jp/rekiken/archives/ebara_2002.html
http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20070302

StiffmuscleStiffmuscle 2007/07/19 18:18 上のペリーの旗がどうのこうのってのは全くわからないんですが、顧維均2万人説のほうは、やっしゃんさんも記事にされてましたね。アジ歴の資料のその部分を抜き出してメールしたのがあったと思うので、探してみます。いままでいただいた情報を一括してまとめたエントリーをつくって、情報を随時追加していくようにします。

Bill McCrearyBill McCreary 2007/07/19 20:33 >私はハーバード、コロンビア両大学で学び、プリンストン大学で教えた経験がある。レポートを書いて採点されたこともあれば、採点したこともあった。

今の今時、こんな「学歴自慢」をする神経にも失笑しちゃいますけど、秦さんはこれらの大学や母校の東京大学、あるいは複数の勤務大学で、この本のような論文指導を受けたり、学生に教えているんですかね。だとしたら、彼の教え子の方々は気の毒です。

冗談はさておき、このくだりはひどいですね。彼の神経を疑います。余談ですが、個人的な意見ですけど、慰安婦を戦地に連れて行くのも、「強制連行」よりも騙して戦地に送り込むほうが、本質的にはずっと悪質なように思います。

StiffmuscleStiffmuscle 2007/07/19 21:26 >Bill McCrearyさん
図書館でお借りになってもいいですし、本屋でパラ見するだけでもいいですから、目を通してみられたらどうでしょうか?目を疑うようなおぞましい表現がほぼ毎ページ出てきます。検証用じゃなければ買うだけ損です。いろんな意味で

最前線を連れ歩き散々慰めものにして、戦況が悪くなっても女性を保護・避難させることもなく、最終的には遺棄したり、惨殺したんですから、これほど残虐なことはありません。「否定派」が待遇がよかった例として出してくるミチナの例でさえ、慰安婦たちは過酷で悲惨な結末を迎えているのですから。

徴募の方法が強制連行かどうかは論点ではないのは自明ですが、「否定派」は強制連行こそが問題だと言い続けてます。いくら強制連行の証拠を突きつけても「なかった」って言い張ってます。

yamaki622yamaki622 2007/07/19 22:56 Bill McCrearyさんへ
>「強制連行」よりも騙して戦地に送り込むほうが、本質的にはずっと悪質なように思います。
「騙し連れも強制連行(暴力的な連行?)と同じく非道だ」という意見は一般的によくあります。強制連行よりも騙しが悪質というのは、どういう理由からでしょうか。よかったら教えていただけませんか。

felis_azurifelis_azuri 2007/07/20 01:55 ふと思い出してみると、私がブチキレたのが秦氏の電波な記事を読んだのがきっかけでした(^^;
そう言う訳で、懐かしのエントリーをTBさせていただきました。背景の知識が全然足りなくてツッコミが甘いのですが、ご笑覧下さいませ〜。

Bill McCrearyBill McCreary 2007/07/20 12:48 amaki6221さん
>強制連行よりも騙しが悪質というのは、どういう理由からでしょうか。よかったら教えていただけませんか。

ごめんなさい。やや不用意な表現でした。

私の言いたかったことは、否定派の人たちは、「強制連行」「強制連行」というけど、(そしてそれを日本軍なり政府なりは係っていないと主張しているけど)、ここで出てくるように、他人の希望とか善意とかを利用して遠い戦場に連れて行って、それで「慰安婦」なんかにするのは、人間性を著しく侮辱した、極めて悪質な行為ではありませんかということです。もちろん「強制連行」が悪質でないと主張しているわけではありません。ただ、このような欺瞞的連行については、世間の認識がやや不十分(このブログの閲覧者の方はもちろんそんなことはないでしょうけど)かなと考えたので、極端かつ不用意な表現をしてしまいました。強制連行された「慰安婦」の方からすれば、非常に不愉快な発言だったと思います。ここは訂正して、お詫びさせていただきます。

以下、余談です。「強制連行の有無」にこだわっている人たちって、騙された人に対しては、「騙されたほうが悪い」くらいに考えているんでしょうか。

hokke-ookamihokke-ookami 2007/07/20 12:56 翻訳の件で世話になってばかりだと心苦しいので(苦笑)、思い出せた範囲の秦郁彦批判を並べておきます。

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070205/p2
秦郁彦教授が根拠を示さず旧軍餓死者の推計を変化させていたことをApeman氏が指摘。Apeman氏は近現代全般を取り上げていますから、そのからみで従軍慰安婦以外の秦郁彦論評も多く、日記を検索すると良い仕事も悪い仕事も見られます。
http://wiki.livedoor.jp/nankingfaq/d/%BB%F6%B7%EF%C8%CF%B0%CF%A4%F2%B9%AD%A4%B2%A4%BF%C6%FC%CB%DC%A4%CE%B3%D8%BC%D4%A4%AC%C5%DC%A4%E9%A4%EC%A4%BF%A4%C8%A4%A4%A4%A6%A4%CE%A4%CF%A5%C7%A5%DE
南京事件研究の第一人者である笠原教授を誹謗するデマが、秦郁彦が書いた粗雑なエッセイから発生したのではないかという指摘。
http://d.hatena.ne.jp/claw/20070713#p1
近年の、沖縄集団自決検定問題について無茶な論理で証言を否定したことに対し、claw氏が反論。

他に、ジャーナリストの梶村太一郎とのやりとりで秦郁彦氏の女性観がわかる文章があったのですが、ちょっと見つけられないでいます。

felis_azuriさんの指摘した「ペリーの旗」について。
これは、黒船でやってきたペリーが、調印書と同時に白旗を日本側に渡して“無条件降伏しろ”といった感じの強圧的な姿勢に出た……という伝説ですね。一応は文書にも残されているのですが、文書の筆者は実在せず、他の本来記述されるべき文書には何も記されていない、ただの与太話というわけです。
その与太が「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書にコラムとして載ったため、歴史関係の団体から批判されました。すると、なぜか秦教授が横から口を出してきて、反論してきた。その秦反論への再反論がfelis_azuriさんの示したページという流れです。
秦自身は「つくる会」には直接関わっていませんし、内容のいくつかに間違いがあることを指摘していますが、“それほど批判されるような誤りではない”という立場でした。「つくる会」が事実上消滅した現在は知りませんが。

yamaki622yamaki622 2007/07/20 13:53 Bill McCrearyさんへ

>他人の希望とか善意とかを利用して遠い戦場に連れて行って、

実は私もBill McCrearyさんはそう考えてるんじゃないかな〜と思ったのですが、何か新しい考え方があるのかも知れないと思って断定せずに質問しました。「勤労報国隊」の募集だったとすれば、女性たちはお金のためだけでなく「お国のため」「兵隊さんの役に立てる」などの善意もあって応募したんでしょうし、それが嘘で裏切られたと知った時の彼女たちの気持ちを考えたら、本当に残酷な仕打ちですよね。

>「強制連行」が悪質でないと主張しているわけではありません。

もちろんです。Bill McCrearyさんの言葉をそのように曲解する人もいないと思ってますが、私が誤解を与えるような質問の仕方をしてしまいました。気を使わせてしまって本当に申し訳なかったです。

>「強制連行の有無」にこだわっている人たちって、騙された人に対しては、「騙されたほうが悪い」くらいに考えているんでしょうか。

否定派は騙し連れの主体を「業者」と勘違いしてるようです。実際には「業者」は軍の命令を受けたにすぎず、慰安婦募集の主体は軍だったので言い逃れはできないはずなのですが。それにStiffmuscleさんが翻訳してくれた記事に出てくる「行政官」というのは朝鮮総督府の役人だと思いますが、このケースでは業者ではなく国家機関が直接に女性たちを誘拐(騙し連れ)したということを示していると思います。

StiffmuscleStiffmuscle 2007/07/20 16:23 >felis azuriさん
TBありがとうございます。これって”THE FACTS”で読めってリンク貼ってあった
秦論文の内容ですね。
「正論5月号」の日本語と英訳もかなり巧妙というか、都合の悪そうな部分は英訳してないんですよね。まあ、公然と元慰安婦は嘘つき!って言った時点で人間として終わったわけですが・・・

>hokke-ookamiさん
たくさん情報ありがとうございます。こっちでも保管庫つくって入れて(晒して)おきたいと思います。

ni0615ni0615 2007/10/14 08:19 >『「慰安婦」問題調査報告・1999』5(pdfファイル) ダウンロード
は、awfサイトの改装によりリンクアウトしてます。
http://www.awf.or.jp/program/pdf/p061_088.pdf
現在のURLは、
http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf です。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/520.html(メンバー制)

StiffmuscleStiffmuscle 2007/10/14 11:33 >ni0615さん
ご教示ありがとうございます。リンクのURLを変更しました。

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