リタリンを悪者にするな!

悪徳医師やジャンキーの問題と治療をごちゃまぜに語る毎日新聞


リタリン:新宿の医院に都が立ち入り検査 不適切処方で毎日新聞 - 2007年9月18日) 魚拓

依存性の高い向精神薬リタリン」の乱用が広がっている問題で、東京都と新宿区保健所は18日、適応症でない患者にリタリンを処方していたとして、医療法違反(不適切な医療の提供)の疑いで新宿区内のクリニックへの立ち入り検査を始めた。・・・・
(略)

都医療安全課などによると、東京クリニックリタリンについて▽十分な診察もせずに処方▽適応症は難治性・遷延性うつ病なのに、軽症のうつ病患者にも処方▽依存症など副作用の経過観察を怠っている−−など、医療内容が不適切である疑いが強いとしている。


(強調は引用者、以下同じ)


この記事の書き出しに、すごく違和感を感じる。アホタレ・ジャンキーによるリタリン濫用の文脈で語るべきことか?


向精神薬」というのは「中枢神経に作用して、精神機能に影響を及ぼす物質(医薬品としては抗不安薬、催眠鎮静薬、鎮痛薬等が該当します。)・・・・」のことであり、定義を書かないで安逸に使用すると、「向精神薬は恐い」というイメージ、精神疾患に対する偏見を助長させる恐れがある。


確かに、リタリンは「連用により薬物依存を生じることがあるので、観察を十分に行い、用量及び使用期間に注意し、特に薬物依存、アルコール中毒等の既往歴のある患者には慎重に投与すること。」と薬剤添付文書に記載されているように、依存が発生することがあり、健常者が不正な目的で使用し問題になっている(この問題は、一部の睡眠導入剤などでも起きている。)


また、薬剤添付文書に書かれている健康保険の適応は「効能又は効果:ナルコレプシー抗うつ薬で効果の不十分な下記疾患に対する抗うつ薬との併用;難治性うつ病、遷延性うつ病」であるが、この薬が最も使われる疾患はナルコレプシーとAD/HD(注意欠陥・他動性障害)である。しかし、国内でリタリンが最も多く処方されている疾患(発達障害)AD/HDに関しては保険適応外治療である*1

国内のAD/HD患者には治療選択枝がない!


アメリ*2の場合、Ritalinの適応(する疾患)は"Attention Deficit Disorders*3, Narcolepsy"であり、AD/HDの治療薬も徐放型のリタリン(Ritalin SR)や他の薬剤も含めこのように多くある。

Trade Name Generic Name Approved Age
(商品名) (一般名) (投薬許可年齢)
Adderall amphetamine 3 and older
Concerta methylphenidate (long acting) 6 and older
Cylert*4 pemoline 6 and older
Dexedrine dextroamphetamine 3 and older
Dextrostat dextroamphetamine 3 and older
Focalin dexmethylphenidate 6 and older
Metadate ER methylphenidate (extended release) 6 and older
Metadate CD methylphenidate(extended release) 6 and older
Ritalin*5 methylphenidate 6 and older
Ritalin SR methylphenidate(extended release) 6 and older
Ritalin LA methylphenidate(long acting) 6 and older

また、ノルエピネフリン再取り込み阻害剤(norepinephrine reuptake inhibitor)であるストラテラ(Strattera; atomoxetine )は中枢神経興奮作用*6のない唯一のAD/HD治療薬であるが、これも日本では認可されていない。(注:ストラテラ服用が原因とされる自殺が複数報告されており、個人輸入すべきではない。)


Attention Deficit Hyperactivity Disorder(The National Institute of Mental Health; アメリカ国立精神保健研究所)


アメリカに限らず多くの国では、どの薬剤を使って治療するかは医師の裁量下にある。アメリカの場合、健康保険会社が認めるかどうかが最大の障壁である一方、日本では、新薬の認可が遅く、既存の薬も健康保険適応外の疾患に対しては原則として使用できないという大問題がある。ここで「自由診療」を導入すると、ほとんどの国民が"Sicko"どころの騒ぎではなくなる。


このクサレ医師はもちろん、覚醒作用目的で不正入手する健常者も問答無用で悪いことは確かであるが、この毎日新聞の報道のように、悪徳医師や遊び目的のジャンキーの問題と、リタリンを必要とする患者を混同しかねない書き方をされると、投薬が必要な国内のAD/HD患者(学齢期の児童・学生が多い)にとっては、唯一の治療薬であるリタリンが「悪い薬、恐い薬」という烙印を押されかねないわけで、BSEタミフルで散々非科学的な根拠で「これは危ない!」を煽ったクソマスコミだけに変な展開にならないかと危惧する。


AD/HDの患者(特にこども)について触れる際に、絶対に欠かしてはならない視点は、

ADHDの子供の多くは成長後も注意力散漫は改善されませんが、成長するにしたがって衝動的な面と多動性はやや治まる傾向があります。青年期の若者や成人の多くは、自分のADHDによる注意力散漫に合わせていくことを学びます。若者や成人になって現れたり、あるいは継続しているほかの問題としては、学業成績の不良、自尊心の低下、不安、抑うつ、適切な社会行動をなかなか身につけられないことなどです。重要視すべきはADHDの子供の多くはものを作り出すことに優れた成人になるということと、ADHDの人は学校よりも働く環境の方によりなじみやすいことです。しかし、小児期にこの病気を治療しなかった場合、アルコールや薬物の乱用、自殺のリスクが高くなることがあります。


注意欠陥・多動性障害 (メルク・マニュアル家庭版)


治療のためにリタリンを必要とするAD/HDやナルコレプシーの患者の目線に立った慎重な報道を望む。

関連ニュース

他は問題を切り分けているから問題はないが、「向精神薬」の定義を書いて要らぬ警戒心を与えないようにしてほしい。あとはワイドショーや週刊誌が煽るかどうか。


診察せず向精神薬処方 歌舞伎町の診療所立ち入り産経新聞 - 2007年9月19日)魚拓

東京都新宿区歌舞伎町の診療所「東京クリニック」(伊沢純院長)が、診察を全くせずに適応症でない患者に依存性のある向精神薬リタリン」を投薬するなど、不適切な処方をしていた疑いがあるとして、東京都と新宿区保健所は18日、医療法に基づく立ち入り検査をした。

 リタリンは、難治性・遷延性鬱(うつ)病患者などの治療薬で、幻覚や妄想などの副作用があるため、処方後の経過観察が必要とされる。・・・・

産経がまとも・・・と思ったが、幻覚とか妄想がはオーバードーズによるものが多く、通常はほとんどみられない。
よくみられる副作用は「頭痛、食欲減退、胃部痛、イライラ、入眠困難、吐き気など(Novertis, Ritalin Prescribing Information(PDFファイル、英文))


リタリン不適切処方で立ち入り=新宿のクリニックに−東京都(時事通信 - 2007/09/18)魚拓

依存性の強い*7向精神薬リタリン」を、必要がない患者に不適切に処方していた疑いがあるとして、東京都と新宿区は18日、医療法に基づき同区内の心療内科診療所「東京クリニック」を立ち入り検査した。実態を把握した上で改善指導を行う方針。
 都によると、リタリンは本来、難治性のうつ病睡眠障害ナルコレプシーなど限られた症状への処方しか認められていないが、同クリニックでは十分な診察をせずにリタリンを処方していたほか、処方後に副作用の経過観察を怠っていたなどの疑いが持たれている。診療をせずに希望する患者にリタリンを処方した例もあるとみられている。

時事もまあ正確な報道。・・・かと思ったが少々問題あり。


リタリン不適切処方の疑い 東京の診療所立ち入り中日新聞 - 2007年9月18日)魚拓

東京都新宿区歌舞伎町の診療所「東京クリニック」(伊沢純院長)が、依存性のある向精神薬リタリン」を、適応症でない患者に投薬するなど不適切な処方をしていた疑いがあるとして、都と新宿区保健所は18日、医療法に基づく立ち入り検査をした。

 リタリンは、うつ病*8の治療などに使われるが、幻覚や妄想などを起こす作用がある。・・・・

中日もまあOK・・・と思ったが、「うつ」へのリタリン処方に関して誤解を招く恐れあり。

*1:これ自体が非常識、厚労省の怠慢

*2:他の国も同様

*3:AD/HDと同義で使われている

*4:重篤な副作用として肝障害が起きることがあるため、第1選択薬とするべきではない

*5:日本ではこれしか使えない、しかもAD/HDには保険適応外

*6:この作用は弱いながらもカフェインにもある

*7:何をもって「強い」とするか根拠薄弱

*8:うつ病の第一選択薬は「抗うつ剤」であり、様々な抗うつ剤を試しても効果がみられないときに、抗うつ剤と併用で使う場合がある。「うつ」でいきなりリタリンを使うことは考えられない。