Stiffmuscleの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-28

[]論破より先にすることがある 3


桜井誠氏はご自身のブログ『Doronpaの独り言』の7月27日付のエントリでこう言っている。

慰安婦という名の「売春婦」を「日本軍に強制連行された可哀想な性奴隷」などとねつ造歪曲して声高に叫び、日本国民へいわれなき罪悪感を植え付けようとしているだけではなく、つい数か月前までランドセルを背負っていた年端もいかない子供たちに「強姦」「売春」「性奴隷」などを教え込もうとする行為は、子供への性虐待以外の何物でもないと断じます。

彼は、ご自分の著書『反日韓国人撃退マニュアル』(晋游舎、2009年)の中で朝鮮人男子の強制連行について「…正しくは「徴用」のこと」であり「悪いイメージを植え付けるために、戦後になって朝鮮人がつくった造語である。(69ページ)」と主張し、従軍慰安婦についても「…「慰安婦」に「従軍」という言葉を加えることで「日本軍に強制連行された性奴隷」と誤解させることを狙った、反日プロパガンダのための造語(77ページ)」と述べている。それなら、そんな敵のプロパガンダ用語などをわざわざ使わずに、「慰安婦の徴用などなかった」と主張すればよいだろう*1


中学生に「慰安婦」のことを伝える理由、教える理由はこれ↓


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1925年に当時の日本政府が批准した『婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約』では21歳未満を児童つまり子どもと規定している。日本政府は本条約の植民地への適応を行わなかった*2が、朝鮮における公娼制の下限は満17歳であり、上図で16歳以下に限ってみたとしても16歳以下の元「慰安婦」は89名、全体の51.5%に及ぶ。

この傾向は、韓国を含めたアジア各国の元「慰安婦」でもみてとれる。以前のエントリで『DAYS JAPAN』2007年6月号の『特集「慰安婦」100人の証言』という記事を基に描いたグラフがあるのでそれを再掲する。

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「年端もいかない子供たち」が「強姦」され、「売春」を強要され、日本軍の「性奴隷」を強要されたのだ。

安倍元首相の言うところの「狭義の強制性」の有無など全く重要ではない。

「慰安婦」と言う言葉自体が実態を表していないのだ。



*1:もっともそう主張したところで間違いである。韓国人元「慰安婦」の場合、国民徴兵令で公式にに徴用されたケースは極めて少なく、女子挺身隊で徴用されて慰安婦にされたケースが数例確認されているが、この中には女子挺身隊の名簿に名前が記されているケースが複数ある。

*2:以前は、海外に渡る船舶の上は日本領土だから条約違反だという説が有力であったが、最近は、慰安所のシステム自体が軍中央、日本政府の政策であったことから条約自体に違反しているという説が優勢である。

2009-07-27

[]論破より先にすることがある 2


ひきつづき、「韓国人の嘘・捏造を完全論破!」と豪語する桜井誠反日韓国人撃退マニュアル』(晋游社、2009年)から、「慰安婦」についての記述を引用し検討を加えてみたい。

 日本軍に強制連行されたと主張する自称元「従軍慰安婦」の証言も、黄錦周【*5】のように聞くたびに違う内容になったり、どう考えても嘘としか思えないもの【*6】だったり、証言と呼ぶに値しない虚言ばかりである。


【*5】黄錦周

自称元「従軍慰安婦」として数々の証言を行っている。「一七歳のとき、吉林省の慰安所に連行された」「一八歳のとき、村から娘を出すように言われ、ソウルの工場で働くと思っていたら慰安所へ」「一九歳のとき、日本軍にむりやり慰安所へ連行された!」などと、証言のたびに話が変ることで有名。

【*6】

山田盟子『女性たちの太平洋戦争』(朝日新聞社)で紹介された自称元「従軍慰安婦」の証言では、「日本軍のクリスマス休暇には一日数十人の相手をさせられました」というものがある。言うまでもないが、日本軍にクリスマス休暇はない。


(桜井書、88ページ下段(【*5および*6】)および89ページ、不適切な表現は引用者が削除もしくは訂正した。)


まず、黄ハルモニの証言に疑義を呈したり、自称呼ばわりするのなら、それ相応の説得力のある根拠を参照した文献などとともに提供すべきである。その意味では、【*5】に示された3つのカッコづけされた文章はどれも引用元が記されておらず、読者は著者の主張が正しいのかどうか確認することができない。そのような確かな根拠に基づかない文章をいくら並べ立てても「証言のたびに話が変る」という結論が正しいかどうかも、やはり、確かなものかどうか判断することはできない。また、それ以外の部分、つまり、証言全体を読んでみたいという思いも必要も当然出てくるだろう。

ちなみに、著者の桜井誠氏は「慰安婦」関連の市民活動を率いておられるとのこと。読者のみなさんの中で桜井氏に出会うことがあったら、ぜひ、これら3文の引用元について質問されるとよいと思う。きっと明確な回答が即座にいただけるはずである。


また、【*6】の山田盟子『女性たちの太平洋戦争』(朝日新聞社)という書籍は見つからない。ネットで調べても、図書館で検索しても、本屋に問い合わせても、該当する本はなかった。これもきっと桜井氏が明確な回答を即座にしてくれるはずなので、彼と直接会う機会を持たれた方は、お訊ねになるとよいだろう。

ちなみに、山田盟子さんの著作で類似の題名をもつ本が2冊あり、朝日新聞社発行でも類似の題名の本が2冊ある。そのすべてに直接目を通したが、わたしが確認する限りにおいては、「日本軍のクリスマス休暇には一日数十人の相手をさせられました」という」記述自体が見当たらなかった


ただ、興味深いことに、朝日新聞が黄錦周ハルモニを取材した特集記事『元従軍慰安婦 黄錦周の世界』(1〜4、朝日新聞(夕刊)1995年7月24日〜27日)に以下のような記述があった。

三年目からは慰安所で下の兵卒の相手さ。あとは年々下がっていく。多い日で十五人ぐらい。クリスマスは二十人近かったね。カネは一度ももらってないさ。


(『元従軍慰安婦 黄錦周の世界 2』、朝日新聞(夕刊)、1995年7月25日。強調は引用者。)


オススメ書籍

Silence Broken: Korean Comfort Women

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2009-07-26

[]論破より先にすることがある 1

桜井誠反日韓国人撃退マニュアル』(晋游社、2009年)という本を買った。

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何でも「韓国人の嘘・捏造を完全論破!」らしい。

慰安婦」に関する章があったのでツラーっと読んでみた。


あれ?あれ?あれれれ? こんな内容で論破なんて無理!

だって、間違い間違い間違いの連発だもん(笑)


いちいちほじくり返そうと思うが、ちびりちびりとやっていく。



とりあえず、どうしても解いておかないといけない誤解について書いておく。

…文玉珠という自称元慰安婦【*3】という自称元「従軍慰安婦」が起こした貯金の返還請求裁判だ。戦時中にビルマミャンマー)で慰安婦として働いていたとき(一九四三〜一九四五年)、売春業で貯めた二万六一四五円を郵便貯金軍事郵便貯金にしていたが、戦後の混乱期に通帳を紛失してしまったという。その返還を求めて一九九二年に裁判を起こした。*1


(不適切な表現は引用者が削除もしくは訂正した。以下同様。)


文玉珠ハルモニは1992年4月13日、『アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件』に原告として加わったけれど、この訴訟において彼女は自分が貯めた軍事郵便貯金の返還を求めてはいなかった。この訴訟の「請求の趣旨」*2は以下の通りであるからである。

一、被告*3は原告らに対し、各金二千万円を支払え。

ニ、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。


実は、文玉珠ハルモニは軍事郵便貯金の返還を求める訴訟を起こそうとしていたのだが、それは実現することなく、彼女は1996年10月26日に亡くなっている。ちなみに、桜井書では上記【*3】の説明で文ハルモニの死去について「一九九七年に死去。*4」と記述しているが誤りである。


また、太平洋犠牲者遺族会の裁判に関するこの記述もおかしい。

 この河野談話が出された後、太平洋犠牲者遺族会【*2】が元「従軍慰安婦を自称する朝鮮人の元売春婦などを担ぎ上げて、日本政府に賠償を求めて裁判を起こした。しかし、二〇〇四年一一月二九日の最高裁判決で原告敗訴が確定し、日本政府に賠償の義務が存在しないことが確定されたのである。*5

この「太平洋犠牲者遺族会」が起こした訴訟が上記の『アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件』で、訴訟日は、第一次が1991年12月6日、文ハルモニも原告となった第二次が1992年4月13日であり、いずれも、河野談話発表(1993年8月4日)以前である。ちなみに、上記引用中の【*2】の解説で太平洋犠牲者遺族会が「一九九七年には韓国で社団法人として認可された。*6」とあるが、これは1992年の誤りである*7


「慰安婦」の証言の年数の違いをつついて証言自体の信憑性に疑義を呈する手法を桜井氏も用いているが(後日、別エントリで紹介予定)、ご自分の誤記もしくは誤認について先に訂正なされたほうがよいし、そのようなことをご自身がなさっている(故意か無意識かは別として)事実を深く考慮の上で「慰安婦」たちの証言を再検討されることを強くお勧めする。


なお、文ハルモニの訴訟については以下のような文章がネット上で多く散見される。

平成4年に韓国の「元従軍慰安婦」文玉珠が起こした、「戦時郵便貯金の払い戻し請求訴訟」別名「下関裁判」というのがあった。

文玉珠は戦時中にビルマで「従軍慰安婦」をして貯めた26,245円を郵便貯金にしていた。その中から5,000円を朝鮮の実家に送ったが、敗戦後の混乱の中で貯金通帳を紛失してしまった。昭和40年に貯金は失効した。

それを27年後の平成4年になって、貯金の払い戻しを国に要求したのである。*8


文ハルモニは軍事郵便貯金の払い戻しを求める訴訟を起こす前に亡くなられたので、当然、『「戦時郵便貯金の払い戻し請求訴訟」別名「下関裁判」』などという訴訟は存在しない


同様の内容で以下のようなものもある。

1991年12月、金学順(キム・ハクスン)、金田きみ子(仮名)らと共に日本政府に謝罪と補償を求めて提訴。2004年11月最高裁棄却により敗訴確定。(アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求訴訟)

1992年に日本の郵便局を相手に26,145円の貯金返還の訴訟を起こす。2003年3月最高裁上告棄却により敗訴確定。(戦時郵便貯金の払い戻し訴訟(別名:下関裁判))

1996.10.26死去。*9


2003年3月に最高裁で上告を棄却された「慰安婦」関連の裁判は、『釜山従軍慰安婦・女子勤労挺身隊公式謝罪等請求訴訟「関釜裁判」 』であり、この裁判の地裁判決を「下関判決」と呼ぶ*10ことから混乱が生じ、尾ひれをつけた形で広がり、上記のような半嘘がネット上に広まったものと推測される。


*1:桜井誠『反日韓国人撃退マニュアル』(晋游社、2009年)、78ページ

*2http://www.awf.or.jp/pdf/195-k1.pdf 、4ページ

*3:引用者注:日本国

*4:桜井、78ページ下段

*5:同書、84ページ

*6:同書、84ページ下段

*7http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kj8899/izoku_kai.html を参照

*8夢空廊漫遊(陽炎)http://blog.livedoor.jp/aramar88/archives/51247022.html

*9http://sikoken.blog.shinobi.jp/Entry/23/ 参照

*10http://www.kanpusaiban.net/toha.htm 参照

2008-06-29

[]どくしょのじかん Part 2 -その3(下)-


DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2007年 06月号 [雑誌]

DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2007年 06月号 [雑誌]

この雑誌の特集記事『「慰安婦100人の証言』のデータを視覚化してみて、あらためてショックを受けたのが次のグラフ。


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アメリカ軍のミッチナの捕虜尋問報告書*1に書かれている通り、"comfort women"ではなく、まさに"comfort girls"*2ではないか!


国際法も国内法も遵守しなかった日本軍、未成年の女性を「性の道具」として使役し、彼女たちの一生を台無しにし恥じ入ることがなかった日本軍、不幸な身の上にあった女性を食い物にした日本軍・・・

あなたの愛する娘が同じ目にあったら許せるか?戦争だから仕方がないと言えるか?貧しさが原因で身売りした売春婦じゃん!と斬り捨てることができるのか?


さらに、最初に提示した『慰安所マップ』を違う形で提示しよう。

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これでも強制連行がなかった!と言えるのか?


ここでデータ化して表すことはできない、この100人の女性が『慰安所』で受けた性暴力、身体の傷、心の傷こそが問題なのだ。同じくデータ化できない、『慰安所』の地獄の年月を生き残っても、女性としての幸せを奪われ、恥と自己否定と想像を絶するトラウマの中で何十年も生きてきた女性たちの辛く厳しい日々こそが問題なのだ。

わたしたちの北朝鮮拉致被害者への思いは非常に強い、とても素晴らしいことだ。そして被害者や被害者家族の望む形で拉致問題を解決しなければならない。だからこそ、同じ思いを元『日本軍性奴隷』にされた女性たちにも向けてほしい。


慰安婦問題は国益の問題ではない、国の名誉の問題でもない。反日プロパガンダでもなければ、日本を貶める陰謀でもない。被害を受けた女性たちに加害者が何をすべきかの問題なのだ。


ネット上では、彼女たちの証言をじっくり読めるページは少ないが、日本軍が慰安所システムを作ったことのどこが問題なのか、被害者に対して何がなされるべきなのかも含めた日本語の報告書がある。ぜひ、目を通してみてほしい。彼女たちが望むことは何か?私たちが出来ることは何か?かんがえてみてほしい。


■日本:60 年を経てなお待ちつづける 日本軍性奴隷制のサバイバーに正義を (アムネスティ・インターナショナル日本)

 http://www.amnesty.or.jp/modules/mydownloads/visit.php?cid=8&lid=30

*1:Japanese Prisoners of War Interrogation Report No. 49.

*2:womenは成人女性、girlは未成人女性の意

2008-06-28

[]どくしょのじかん Part 2 -その3(上)-


慰安婦』関係の書籍の間違いを指摘したり、著者の作為的引用や捏造を指摘してばかりいると、時々、なんともいえぬ嫌な気分になることがある。今回は、そんな妖怪に魅入られたような心持をを振り払う意味からアプローチを変えてみた。

DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2007年 06月号 [雑誌]の特集に『「慰安婦」100人の証言』という数ページの記事がある。100人の元『慰安婦』の写真を、出身国、『慰安婦』にされた経緯、『慰安所』で受けた蛮行などを含む短いコメントと共に紹介したものである。このコメントをもとに、足りない情報を補いながら、いくつかのポイントで視覚化してみた。


100人が連れて行かれた『慰安所マップ』


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*赤い印は日本軍または官憲によって拉致もしくは暴行監禁されたケース


「強制連行はなかった!」と強弁する人たちは、この現実を直視するべきだ!


100人の国籍

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この国別比が、元『慰安婦』全体の国別比を正確に反映するものではないが、韓国で多くの被害女性が名乗りを上げたことに続き、フィリピン、台湾、中国(海南島、山西省)などでも多くの被害女性が名乗りを上げていることを示していると言えよう。韓国の被害者にのみ焦点を当て「慰安婦の強制連行はない!」という論がはびこっているが、それでは『慰安婦』問題を正確に捉えたことにはならない。

また、奇異に感じるのは、日本の元『慰安婦』がほとんど名乗りをあげていないということである。いまだに売買春に恐ろしく寛容な日本社会の状況なども考慮に入れながら、その理由を考える必要があると思う。また、沖縄の慰安所や日本国内に設置された『産業慰安所』についても、より多くのことを知っていかなければならないと思う。


『慰安婦』にされた時期

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太平洋戦争の開戦(1941年)後の被害が激増している傾向が読み取れる。日本軍の各地域への侵略に伴い、『慰安所』システムも拡大していった事実を反映しているように思われる。


(つづく)