独り言以外の何か

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2010-02-07

屋上から見れば

[][] 銀時計『こいとれ』プレイメモ・その1 20:07

  • 公式サイトはこちら。 一気呵成に五人落として一日で終了。肉体的にも内容的にもかなり疲れた。
  • 一連のプレイで目を酷使しすぎたのか、眼瞼痙攣がひどく。テキスト読むのは一日累積8時間くらいが限界かなぁ。仮眠を挟みつつとはいえ、丸一日+αで20時間以上プレイしてた計算に。もちろん『こいとれ』が面白かったのもあるけど、ここ最近一気読みの傾向が戻ってきてるようで。学生の頃はいつもこうだったのだけど、ある程度以上に忙しくなると効率から考えて合間を置かずに読むしかなくなるってことなのかな。しかし身体は確実についてこなくなってきてるという。
  • この『こいとれ』、『星空のメモリア』と同じくなかひろ先生がシナリオを担当しているのですが……星メモをプレイした人にはぜひやってみてほしい、と思わせる作品でした。そしてギャップの大きさに絶望してほしい。(笑) 「頭撫でないでー」「裏切り者」「むー!」等々、星メモと共通するネタや方法論がたくさんあるのに、それらから受ける印象が全然違う。創作物と受け手にだけに許されたメタな時間遡航を楽しむのもよいのでは、と思います。なかひろ作品は昔のものほど人間不信になれるともっぱらの噂なので、『こいとれ』以前の作品もやってみようかなーとか考えてます。
  • 以下、少しだけネタバレを含むお話など。ネタバレがわりと致命的な作品なのでご注意を。


  • 昨日(02/06)の朝からTwitterで実況(?)していました。見返すとひどいですね。ヒロインをクズ呼ばわりしすぎ。ストレートに好きになれそうなヒロインが一人もいないのは事実なんですが……特にハートと小萌は将来が心配なレベル。(かつてのカナ先輩の方が酷かったのかもしれないけど) 彼女らの依存は、誰と結ばれようがどう言い繕おうが、いつか自身を滅ぼすんじゃないだろうか。プレイした人なら誰もが気付いてるでしょうが、雅先輩が色んな意味で一番マトモ。
  • しかしまるっと終わってみると、あんだけウザかった過干渉のうたは姉さんが一周回って可愛いとか、調教完了したカナ先輩ならちょっとくらい重くても背負っていいかなと思ったりします。知性としてはどちらも頼りになるし、自己嫌悪のループに切れ目を入れれば対話の余地がある。小萌やハートのように禍根が深くない。少なくとも自分はハートや小萌と対話したくないです。これはこれで凄い個性。


  • すれ違いどころか理解を放棄しているくせに、振り返って未練たらしい視線を送るのをやめられない。すぐに知性の欠けた断定をするくせに、そうして規定した自分に自信が持てない。出来損ないのロマンチストを集めたくせに、それぞれの神話を完成させることを決して許さない。この息苦しさが、なかひろ先生なりの若さの表現なんだろうか。鮮やかな切子面を見せる物語ではない。だからその断面を観察し、考えることができる。この物語は私たちを拒まず、むしろ積極的な参加を求めている。恋愛部がそうであるように。
  • 恋愛部No.1の暗黒ヒロイン・恋子先輩については実にコメントしがたいというか、手に負えないよなぁ実際。扱いきれないが故にルートが短かったのかな。主人公である遊くんの心理描写が濃くなかったから助かったけど……書き続けていたらきっと、もっともっと深い暗黒を見ることになっただろう。遊くんは彼女の暗黒に絡め取られて、中身を変えられてしまっただろう。それをやりたいなら、『こいとれ』本編と同じくらいのリソースを整えなければいけないと思う。他のヒロインが抱えた蒙昧さや因循のような、分かりやすい原因に仮託することのできない、本当にやるせない恋子の物語。でも、物語が終わったあとも恋の駆け引きを楽しめるのは彼らだけ、かもしれない。誠意をもって断絶しているから。ちょっとだけ『BackStage』の先輩ルートを思い出したりも。


  • もし先に『星空のメモリア』をプレイしていなかったとしたら、なかひろというライターを大嫌いになってただろうなと思います。要素を見ると似通った部分が多いのに、どうして星メモは"愛される"作品になったのだろうか――などと考えてみると面白いかも。
  • 「今日のあなたはメタメタね」(CV:門脇舞以


  • たぶん、明日に続きます。

あ 2010/02/07 21:12 こいとれは面倒なテーマを不器用に扱って微妙なできになっている感じがしました。「部活」なんていう中途半端な設定の、そのカッコ悪さ自体がちょっと生々しかった。かいさんの声のかわいさにはこれで開眼しましたが。

頑なな鷹頑なな鷹 2010/02/08 00:58 こいとれに対しては実に一般的な意見ですね。当時の2chスレでも同じような論調でした。自分としてはそういったこいとれのアクの強い登場人物に引かれていたので星空は少し物足りなかった。この辺は自分がダメ人間だからそういった人物にも感情移入できるからかもしれません(笑)

なかひろ氏はKey作品が好きなようですが、個人的にはKey作品の登場人物は心が幼く綺麗で純粋すぎるのが苦手なので、Key作品に似て行ってしまいそうなことは残念です。まあマイノリティな意見なのでたくさん売ろうとするなら、Key作品に近づけた方が良いのは疑いが無いのですが。

yu-jiyu-ji 2010/02/08 18:43 http://lantis-net.com/marriage/最近のお気に入りラジオ
森y・・・吉田真弓さんがナチュラル紗凪っぽくてすてき。
あの声は中毒性が高すぎる・・・

mitimiti 2010/02/08 19:10 メイドロボラジオでえみこさんがご懐妊との報告が。
あの声に母性が加わり最強に見える・・
それを聞いて井村屋さん出演の妊娠モノを探し始めたのは俺だけでいい。

2009-10-15

遊べよ

[][] Sphere『ハルカナソラ』雑感 07:44

  • 前に少し書いたものと似たような内容。ネタバレ注意。
  • 委員長の話。まさかの委員長一人称。田舎の学校の普通な女の子が、都会から来た普通じゃない転校生の男の子に惚れるベタをどう演じるか、ってのは結構難しいものだと思う。恋愛の動機に属する部分をほとんど省いてしまっているけど、一目惚れの話なのでこれでいいんじゃないかな。過程を面白く書けた時点で勝っている。絵も素晴らしいし……橋本先生の本気は恐ろしいですね。
     姫川あいりの熱演が物語全体の半分くらいを占めているんじゃないでしょうか。あとハル君の素敵さ。『ヨスガノソラ』全ルート含め、ハル君の誠実さや可愛さは重要なファクターになっている。本編で彼女はひどい失恋の仕方をしていたから、今度は明るい話になって良かった。登場人物の中でもマトモな人間二人がくっつくと、こんなにも平和な話になるんですね。『ヨスガノソラ』じゃないみたい。


  • やひろさんの話。腐った大人という意味ではダメイドの何倍も酷い。というか初佳さんは別にそんなにダメな人じゃないと思うんですよ。そりゃあ確かに努力しきれていないけれど、その位のダメさは否定されるほどのものではない。田舎の実家住まい、ちょっと婚期が遅れていて就職は縁故で……なんて珍しい話じゃないし。なんで初佳さんの弁護をしてるんだ。やひろシナリオではひどい扱いだったからかな。
     やひろ本人が"出来る人"かどうかは全然関係なく、心情的に快い話ではない。ヨスガ本編は暗く重い話を薄く延ばして書いてるような印象があって、その雰囲気に近いやひろの話もあんまり好きじゃない。ダメな年上に捕まりやすいハル君の将来が心配です。


  • 穹の話。なぜヨーロッパに旅立つことになったのか、本編エピローグの前日譚にあたるお話。本当は本編でやるべき話だったかも……とはいえそれは引き際とのトレードオフだろうし、好みは分かれるところか。あれほどしつこく周囲の人間に許しを請う必要があったのだろうか、という疑問は本編プレイ中からずっと残っている。ハルの真面目な性格やタイトルに"縁"を入れるくらい重要視している社会性に由来してるのは分かるんだけど、その前に穹との対話とか肉体関係への開き直りが優先されるべきだったと思う。
     そう、これは兄妹の至った冥府魔道であって、恋愛の匂いはかなり弱い。(そもそもエロゲから恋愛の匂いを感じること自体少ないけど) 穹は自分自身がハルの"最後の肉親である"という弱みを握っている。目を逸らすことのできないハルに感情を突き付けた穹は残酷だ。どういう結論を出したとしても穹がハルを刺し殺したことに変わりはなく、最低の妹だからこそ彼女の物語は魅力的。


  • カラオケの話。どうしようもないアホ話ではあるものの、瑛の「らっぱ寿司のテーマ」がキレてたからいいや。作中での歌の上手さの設定と、中の人の歌の上手さが反比例してるような。
  • 総じて満足度は高め。『ヨスガノソラ』自体は高評価でも大好きでもないけど、この『ハルカナソラ』で印象が強くなった。次回作に期待……したいけど、橋本先生原画の作品はしばらくは出ないかもなぁ。

2009-03-16

境界線

[][] August『夜明け前より瑠璃色な -Moonlight Cradle-』感想 ―― 宇宙の子供たちへ 10:12

  • 無用に見えたファンディスクにして、三年遅れの完結編のお話。以下あらゆる側面からネタバレしてるので注意。
  • 最初に結論から言わせてもらえば、一部シナリオを除けば良質なファンディスクであり、無印版に足りなかったものの悉くを補完した堂々の完結編であった、と思います。同梱版として見ていること、高評価を前提に読み進めていただければ幸いです。
  • PS2版はプレイしていなかったのですが、今回のタイミングでPS2コンバート版をプレイできて本当に良かった。 (明らかに"普通"ではない)あの世界の空気を取り戻すことができたし、三年前よりずっと好きになることができました。特に、エステルの存在なくしてこの作品のメインテーマは伝わらない。PS2コンバート版を同梱して発売したオーガストの中の人達は、創作的な見地からこれらの事項を決定したのでしょうか。だとすれば素晴らしい。
  • シンシアのお話は賛否両論、というか否の方が多いような印象を受けます。その根幹はリース本編シナリオと同じものであるし、フィーナ真ルートでのフィアッカを見ていれば違和感のあるものではない……と思うのですが、そうは受け入れられなかったのでしょうか。文明を退行させるような戦争を下敷きにした作品で、悲劇を含まないまま書き進めるのは難しい。それに私は、リースの物語がそうであったように、シンシアの物語が一方向の悲劇だとは思わない。彼女の命はまだ始まったばかりで、それを簡単に切り捨てることは(達哉の語る通り)敬意を欠く行為だろう。
  • リースMCシナリオはほとんど意義を感じられないものだったけれど、ラストシーンだけはとても意味深いものだった。達哉が彼女らの孤独に近付こうとするならば、彼自身が積極的に遺失技術に関わっていかなければならない。フィアッカとシンシアが愛した人類が一年でも早く彼女らと肩を並べられるようにすること、それだけが圧倒的な孤独を本質的に救う手段であると思います。シンシアとの別れの後、おそらくは技術者を志したであろう達哉も同じように考えたはずです。
  • こういう考え方をすると嫌がられるだろうけど、シンシアシナリオ後ならカレン-達哉のラインが繋がる可能性もあるのではないか、と思ったりします。シンシアが抱えた重責に人生そのもの(あるいはそれ以上に永い時間)をかけて近付こうとする達哉なら、彼女と釣り合ってあまりある存在になってゆく筈。遺失技術の最高点を知った達哉は月側から見ても特殊な存在であり、接点的に有り得なくはないかな、と。シンシア編のラストシーンを見る限り朝霧の血は絶えていない≒達哉に新しいパートナーができたと考えています。麻衣の血筋、あるいは達哉の功績により"アサギリ"の名前だけが残っている可能性も否定できませんが……命が縦に続くからこそ人類には未来があるのだから、達哉は後世に子孫を残すのではないでしょうか。
  • ともかく、MCの中にカレンのシナリオが入らなかったことにひどく安心している自分自身に驚きました。エステルに対してもフィーナに対しても揺らがない彼女の魅力が、成長前の達哉に発揮されることはないでしょう。遠い理想を見る人間に惹かれる性質、思ったよりも厄介なものです。
  • シンシアとフィアッカは決して退屈な"永遠の存在者"などではなく、素晴らしい"ボーダー・ガード"だ。今の人類に彼女らのような優しい隣人があれば……と愚考してしまうほどに。技術を少数の人格的判断力によって、しかも永い時間に渡って管理するのは現実的ではないのだろうけど、それでも憧れてしまう。彼女らの存在によって『夜明け前より瑠璃色な』がSFであると主張することに一切の躊躇が無くなりました。 (「ボーダー・ガード」についてはグレッグ・イーガンの短編集『しあわせの理由』収録の作品を参照のこと。人類が永く生きるようになった時代の、孤独にまつわる物語です。オーバーテクノロジーの干渉という意味では『時砂の王』(小川一水)なども参照のこと)
  • 一つの時代に広がってゆく横方向の絆と、時代を超えて貫き通される縦方向の信念。人類という規模で物語を進める上でその縦糸と横糸を忘れないこと。この作品の優等生的な印象はそういう配慮から醸成されているのかもしれません。身近な愛らしさはエロゲらしく、遠い時代や世界の姿を想う心はSFらしく。前者は最初から充分に発揮されていたし、後者はシンシアシナリオが追加されることで背景が強化されたように思います。決して蛇足ではなく、この作品に必要なもの。
  • それら全てを引っくるめて、この作品を象徴する主題歌は「前奏曲 -We are not alone-」(アニメ版OPテーマ)なのかなと考えています。フィーナを初めとした誰の物語もが"前奏曲"であり、月と地球の関係を象徴するエステルに"We are all friends."をもたらすものであり、孤独なシンシアやフィアッカに"We are not alone."を伝えるもの。人類の長大な道程と隣り合う人の温度を同時に表現する名曲です。
  • そしてファイナルチャプター、フィーナMCシナリオへ。彼女については本編で書き尽くしてあるので、いまさら語るべき内容は無いらしいように見えました。しかし、究極的には彼女のシナリオ自体は不必要と思われても、フィーナ・ファム・アーシュライトその人の存在感なくして『夜明け前より瑠璃色な』の幕が引けるはずがない。ここまで見つめ続けた読み手への送辞であり、期待に対する創り手としての答辞でもあったのでしょう。万感の思いで地球を見上げる二人を見届けられたことを、とても嬉しく思います。
  • 全シナリオ終了後にキャラコメントを出すのは珍しいかな。メタ的な楽しみ方かもしれないけど、"ありがとう"も"忘れないで"も"また逢いましょう"も上滑りせずに伝わってきた。思えばこの三年の間、『夜明け前より瑠璃色な』やオーガストについて語る機会は本当に沢山あったわけですが……この世界の住人達の説得力はここまで成長していたのだなぁ、と感慨深い気持ちに。心の帰るべきはあの食卓であること、それはどんなに遠大なテーマを持っていたとしても変わりません。
  • 三年の期間を空けることで印象が変わった部分もあり、変わらぬ良さもあり。この作品は思った以上に読み手のバックグラウンドが反映されやすいのでしょう。技術屋の端くれ、あるいはSFフリークスとしての性質はこの三年間で培われたもので、2005年の11月(本編発売時)には持っていなかった視点。今の自分で読むことができて、本当に良かったと思います。

2009-02-23

物欲的週末

[] おしばい集団もずくぁんず『天使は瞳を閉じて』雑感 01:15

 ちょっと長いです。しかも『BackStage』のネタバレとかあります。どうなってるの……

 とりあえず文脈を全部無視して言いたいのは、岡田純子のテンコ(天使その2)が滅茶苦茶可愛くてドキドキした!ってことです。身長的には相当ちっこい人なのですが、動きが元気でそれはもういちいち可愛いらしくてたまらん。花澤香菜は舞台でも棒なの?とか思ってたけど全然そんなことはなくて、もう一人の主人公(天使その1)として素晴らしい働きを。喋らないで後ろでもそもそ動いてるのがすげえ可愛くてこれまた参った。「築地本能寺!」でも思いっきり笑ってしまって悔しいわ。


 内容は割とブラックな……というか、すれ違ってしまう人間の性(サガ)にまつわるお話でした。バレンタイン記念公演と銘打つからには明るい脚本なのだろう、と勝手に想像してたので驚き。よく考えれば天使モノでは定番ですね。SF風味でもあり、やっぱりファンタジー風味でもあり。あおきさやか演じるマスターが良い味出してるなーと思って観てたら最後は大変なことに。後で参照することが不可能なので、物語を解説することに意味はないのかもしれません。


 挿入歌とそれに合わせたダンスが次々入り、とにかく人を動かす演出で通していたように見えました。二階から鯨が飛んできたり通路を役者がダッシュしたり。(自分は通路寄りの席に座ってて超ビビった) キャストが全員同時に動く場面も多くて、一度の観劇では楽しみきれないくらい。ハコが築地本願寺ブディストホールで、場内に充分なスペースがあるから可能だった感じですかね。新宿シアターモリエールで席を詰めちゃったら無理っぽい演出。備え付けの席なので自由度は低いものの、座って観る立場からすると左右にも余裕があって素敵でした。


 終演後は役者さんがロビーで談笑していたので、挨拶の一つもしようかと思っ……たんだけど勇気が足りず一目散に退散。最近ではサイト名刺をバラ撒くのも平気になったのですが、さっきまであの舞台の上で演じていた人だと考えるだけで異常に緊張してしまって。どんだけ入り込んでたの、と自分でも可笑しくなってしまうくらい近寄れなかった。いやだって舞台の上で演じた人間の放つ説得力に勝てるワケがないんすよマジで。(別に勝たなくてもいいんですが、モノの喩えってヤツで) 彼らは舞台において絶対にして不可侵なもの、と感じたのかもしれません。


 直前に『BackStage』をプレイしていたお陰で、動機的に非常に強い状態で観劇することができました。表舞台の魅力を知ればこそ、舞台裏の意味が深まるというもので。(ひどく失礼で歪んだ視点なのですが) 若いウチから生の舞台に数多く触れていたら、それこそコーメイのように"憧れて"しまって道を踏み外してしまっていたかもしれないなぁ。幸か不幸かそんな機会は無かったのですが、自分は『天使は瞳を閉じて』の観客席にありながらコーメイに重なっていたように思います。頭の中で酔狂先生の「よし、よし」が聞こえたような聞こえないような。幻聴は末期ですか……


 心情的側面と同時に技術的側面、ゲーム媒体のような仮想表現との違いについても。既存の言論にあるように、エロゲにおける立ち絵紙芝居が舞台的であると関連付けて考えるのはけっこう難しいのではないかなと感じました。舞台-観客席の距離感とキャラ-プレイヤーのそれは全然違う。筋道を持った"物語"としては全く説明不足になることを前提として、舞台の演出は成り立っているように思える。大半のゲームの中核にある言語的な要素は舞台的演出と相性が悪いのではないか、とか。


 理想から考えると、生身の人間が持つ"説得力"をキャラクタの中に創り上げなきゃいけないのだろうし、それが成されるまでには多くのプロセスが必要になるのでしょう。その力は観察から生まれるかもしれないし、経験から生まれるかもしれない。学ぶところは人間にある、という原理だけは同じなのでしょう。コーメイの言っていた「人間とは元々面白いものなのだ」という話かな。それは『天使は瞳を閉じて』の内容にも繋がると思います。


 いやしかし、本当に良いものを観させてもらいました。もっと色んな劇団の舞台を観て蓄積したいし、同じ舞台を二回観るってのも次回から実施してみたいところ。

2007-04-11 変わらない夢のなかで 明日へ向かう君に手を振った

孤独な眼鏡。

[][] mixid up 『StarTRain』 感想 ―― いつか、届く、あの人へ。 22:27

 いつもよりはちょっと軽い感じで。ネタバレ有り。


 思い返せば、全て遠日奏の為の作品であったように思う。
 この作品は好意の名の下の依存、求める人が遠ざかること、恋愛の一方向性を主題に置いている。それほど突飛なテーマではないが充分にそれらを貫き通した姿は、薄っぺらな意志疎通の幻想よりはよっぽど好ましい。その醜さを知性的に語らず、直接作用する情熱で書く辺りも彼らの年代に合わせた切り口になっている。


 更に言えば上のような主題の根底に、人間らしい煩悶を押し流してゆく最強の概念、日常という麻薬について、その性質を徹底的に描いている。どんなに苦しい恋の教訓(先輩)も無目的な命への抵抗(七美)も、暖かな家と食事(奏)の前には何の力も持たない。先に進む決意の先輩、先の無い決意の七美、二人の遥か上空に遠日奏は居る。(具体的には七美ルート後半でその段階に到達する) 司に三度裏切られて、もはや自己完結に至った遠日奏にとって司の感情は無視できる要素で、その下地があるから一年間離れていても恋愛感情が薄まらない。固定された愛情を希望と呼ぶか、彼女の物語の終焉と見るか。


 (この作品から思い出されたのは、『水月』の琴乃宮雪と宮代花梨の対立だった。記憶を失っても残る母への憧れと、記憶を失って価値を無くした平凡な日常の象徴。雪ルートのラストで現実と幻想の境界を越えかけた透矢に対して花梨が使う手段、それは遠日奏と同様に寂しさを日常で押し流す行為だ。花梨の必死の抵抗は人間的なものであるし、結果として充足をもたらすのは理解している。しかし、それらがまるで幸福の唯一定義であるように振る舞うことを、許してしまってもいいのだろうか。抵抗の果ての毎日が平穏であることを否定するつもりはないが、忘させる為に与えられた温もりと食事に満足していていいのか。社会の底を這い蹲ろうと大切な価値を踏み付けられようと、雪さんの元へ向かうことを正義だと認めたのではなかったか)


 七美ルートの中盤、先輩に再会して「付き合おっか」と言われるシーンは象徴的だ。司が惹かれた彼女の弱さがすっかり失われてしまって、ただの人間になってしまった姿。嵐が過ぎて知ってしまった、必死に追いかけたものの正体。二人の間に積み重ねた歴史はあるのに、その価値が噛み合わなかっただけで特別な関係は終わる。先輩とは決して結ばれず、この痛みをもって決別とする潔さ――道程は褒められたものではないけれど、それはこの作品の大きな魅力だと思う。同様に七美も司のことを人間として捉えていない。ただ自分の閉塞した人生の打破を完遂して死んでいった。


 相手を見ない断絶した関係の中で、一人だけ本気で相手の正体を知ろうとする司。自分自身がよく分からない、だから相手から何かを得ようとする。それこそが彼の悲劇の温床で、そういう意味では蓬の話はなかなか興味深かった。自動的に回る地球、目標、夢、希望――特別な事は何もなくても、未来は目の前にある。でもそれは目の前にあるだけで、自分の手では制御できない。だから物語に自分を委任する。恋愛の中に人生を押し込んでみる。そして失敗する。自己定義と言葉の力を借りて自分を強化しようとして折れた飛鳥も、ほとんど同様の構造と見ていいだろう。


 遠日奏は無限の希望として描かれる。どれだけ目の前で心を踏み躙っても、遠く繋がりのない毎日を生きていても、ずっと恋する女の子であり続ける。司から離れた結果その価値を変質させてしまう先輩とは正反対に。遠日奏という人間をどう見るかはこの作品の印象に直結するだろう。一年後の司と奏の結末を明確にせず受け手の想像に任せたのは、ここまで選択を迫られ続けた司に自由な未来を与える為。必要以上に恋愛とその相手に自分の人生の物語を依存させなければ、普通の幸せが得られる筈だ。あくまで普通の幸せなら。


 文章としての美しさであるとか、ゲームとしての完成度の高さは全く感じられないけれど、テーマは非常に興味深いものだった。そしてそのテーマを完璧な形で体現するOPテーマ「StarTRain」が実に秀逸だ。この歌が生まれた時点で、『StarTRain』はその意義を昇華できたと思う。七美エンドのラスト、司と向き合わずに離れた季節を語る奏に宛てたエンディングテーマでもあるのだろう。

笑って泣いても 君に恋してる

ずっと変わらない想い抱いて

堂島アバンザ堂島アバンザ 2007/04/12 05:03 ご存知かもしれませんがカレー好きなら大阪圏内のインディアンカレーは一度食べる価値あり。



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