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たなからぼたもち

2012-05-25

たった一人の人


 学生時代に論文の書き方を教わったときの教授の言葉を、私は今でもよく思い返す。
「たった一人の人のために書く」
曰く、たった一人の、頑固で、偏屈で、なかなか「うん」と言わない気難しい誰かを
納得させるだけの説得力のある文章を書かなくてはいけない、ということらしい。

 気難しい人かどうかは別として、
それ以来私は、たった一人の誰かに伝えることを想定しながら文章を書くようになった。
相手は、ジャッキーであったり、それ以外の人であったり、
書く内容によって違う。
相手が誰であれいつも変わらないのは、
その人に上手く伝わるかどうか、その人が自分を理解してくれるかどうか、
ということに細心の注意を払っているということだ。

 高校生の頃、「小説家を見つけたら」という映画を観た。
その映画の中のセリフも、金言として私の中に残っている。
年老いた小説家が言うのだ。
「自分のために書いた文章は、人のための文章になる」

 たった一人の自分の大切な誰かに、理解してほしい、私を受け入れてほしい。
文章を書くとき、私はいつもそう思っている。
私のことをわかってほしいという自分の強い欲求を満たすために書いた文章が
誰かのための文章になったとしたら、それはどんなに幸せなことだろう。
それ以上に自分を幸せにすることなど、今の私にはとても思いつかない。

 

2012-05-23

伝える相手


 はじめて買った雑誌は「switch」で、
歌手活動中止を宣言したばかりのCoccoの特集だった。
渋谷タワーレコードで偶然見つけて、
どうしてもほしくなり、当時の私には高い値段だったが、
その場ですぐに買った。
そのころ様々な音楽雑誌でCoccoの特集を組んでいたが、
私にとっては「switch」が一番だった。
Coccoという人間そのものに一番迫ろうとしていたのが、
switch」だったからだ。
それから、発売になるたびに「switch」を立ち読みするようになった。
表紙の写真もよかったし、
雑誌そのものの洗練された雰囲気が好きだった。
無駄のないシンプルなデザイン、光沢のある質のいい紙、
そして、
その人がどんな人なのかを知るためにインタビューしていこうとする
雑誌のコンセプト。
何もかもが好きだった。

 大学二年生の終わり頃から、
switch」を発行する会社で働きたいと思い始めていた。
たびたび求人情報を見かけたが、アルバイトしか募集しておらず、
どうやらアルバイトから始めて昇級していくらしいことがわかった。
やがて私も本格的に就職活動を始めなくてはいけない時期になり、
そしてどこからも内定を得られないまま大学四年生の四月を迎えた。
switch」のホームページを見ると、
求人情報はなかったが、かわりに、面白そうなイベントをやっていた。
雑誌「switch」の創刊者であり元編集長の新井さんと、
講義という形で月に一回、表現とは何なのかを考える、という内容だった。
受講生は30人程度の予定で、
課題文を書いて提出し、選考を通過したら受講できるとのことだった。

 課題文は「弔辞」だった。
それも、自分の親しい人になったつもりで
自分の葬式で読む「弔辞」を書く、という設定だった。
私はジャッキーになったつもりで自分への「弔辞」を書いた。
細かい文章は覚えていないが、
内容は覚えている。
「文章を書きたい」と言いながら書くこともなく、
ただ死んでいった私に、
「そんなに書きたかったなら、やればよかったのに」
と話しかける内容だった。

 半年間、月に一回ずつ、本屋でもあり珈琲屋でもあるカフェに集まり、
表現とは何かについて考えた。
表現について考える時の新井さんは非常に厳しかったが、
講義が終わった後の食事での新井さんは、
私にとってはまるで父のような存在であり、
また、担任の先生のようでもあり、とても身近な人である気がした。
かつて憧れ続けた雑誌の創刊者であり、
あの、私が最初に買ったCoccoへのインタビューを行ったのも、
まさに、その、新井さんだったということが、
信じられるような、信じられないような、不思議な感覚だった。

「これは、ライティング講座ではない。
 文章の書き方を教える訳でもないし、ノウハウを習得したい人は、
 別のところへ行ってください」
確か、新井さんはそんなようなことを言っていた。
私も、自分が半年間ライティング講座に行っていたという感覚はない。
表現するってなんなのか、
どうして自分は表現したいと思ってしまうのか、
そんなことを考えた半年間だった。

 

 今でも年に一回は新井さんに会う。
今年に入ってからはまだ一回も会っていないが、12月には間違いなく会うし、
来年の12月にも会う。
年に一回、あの講義をしたメンバーで集まると決めているのだ。

 会うたびに新井さんは言う。
「彼氏できた?」
と。
そんな他愛もない話しかしないが、それが、いい。
恋愛に関して、私の中では新井さんの名言がある。
「気付いたらここにいたって、感じだよね」
どういう風に出会って、どういうふうに付き合い始めて、
どうやって続いていくか、
後になってみて順を追って出来事を語っていくことはできるが、
そのときそのときは頑張ってどうにかするものではなくて、
本当にそうなるときには、自然と、そうなってゆくものなのだ、と。
「気付いたらここにいた」、という状態になるのだ。

 新井さんにとって、私に聞く
「彼氏できた?」
という言葉は、「最近、どう?」とか、「元気?」とか、
そういうものなのだ。
別に本当に彼氏ができたかどうか知りたいわけではないのだろうと思う。
最近私はどういうことをしているのか、それを答えればいいのではないか。



 ふと、新井さんにメールを送ってみようと思った。
他愛のない、なんでもないメールを。
でもやっぱり、手紙にして送ろうか。
なぜだろう、どうしても人に語りたい、
自分の胸の中に留めたままにしておけない、
どうしても表現したい、あるものができたとき、
伝える対象として、新井さんしか思いつかなかった。

2012-05-18

悪い友人について


 前々から、どうしてかわからないけれど、彼のことを「悪い友人」だと思ってきた。
彼が悪いというよりは、自分が、悪い付き合いをしているような気がしていた。
悪いことは何もしていないのに。
どうして彼のことを「悪い友人」だと思うのか分析しようと思って書き始めたら、
思いのほか、長くなった。
それが、一つ前の、「悪い友達」だ。
これから何度も何度も読み直して、書き直そうと思う。
それは、彼との関係のことを書いているようで、
本当は私のことだけを書いているからだ。

悪い友達


 3年前の夏に京都で知り合ったその人を、私は、悪い友達だと思っている。
その人自体は悪い人ではないし、
一緒にいて悪いことをするわけでもないけど、
でも、なぜか、その人は悪い友達だという気がしてならない。

 知り合った当時、私は大学4年生で、その人は映像研究をしている大学院生だった。
京都太秦に行って映画の勉強をする、という夏期集中講座の授業で知り合ったのだ。
夏休みに5日間京都に行けて、
400字やそこらのレポートを書くだけで2単位もらえるなんて、
京都が好きだった私にしてみれば夢のような授業だった。
 帰る日の前の晩、
その授業に参加していた学生全員で「探偵」というバーに向かって歩いていたとき、
「おまえ、そんなに背が低くて、どういう人と付き合うの?」
といきなり後ろから話しかけられたのが、彼との始まりだった。

 京都造形大近くの「Bar 探偵」から祇園までバスで戻ったのを覚えている。
「探偵」を出たときには大粒の雨が降っていたが、
祇園に着く頃には小雨になっていた。
誰も傘をささずに四条河原町のホテルまで戻り、三々五々散った。
朝まで飲み直そうとなったときに集まったのはわずか6人ほどで、
その中に、私と、彼もいた。
京都の夜は早く、すでにほとんどのお店がしまっていた。
新京極に向かって歩いていくうちにやっと一軒見つけたのではなかったか。
八月の終わりだったが、半袖一枚で歩くには肌寒い夜だった。
その前に雨が降っていたせいかもしれない。
私は厚手のパーカーを着ていて、それで、ちょうどよかったほどだった。

 あの晩話したのは、好きな映画や好きな本、好きな音楽の話だった。
そんなに意気投合した記憶もないが、
いつまでも話し続けていられそうな相手だと言う気はした。
次の日、当たり前のように
「お前も行くでしょ?」
と言われ、私は乗れもしないのに自転車に乗って京都市内をまわった。
学生10人くらいで連なって自転車を漕ぎ、
四条河原町から清水寺に向かい、
それから哲学の道を通って慈照寺に行って、
京都御所を横切った。
その間私はずっと一番後ろで、
止まるのも下手だし、曲がることもできないし、
片手でハンドルを握りながらもう片方の手で一眼レフのシャッターを切る中国人留学生を眺め、
あの人と2人乗りできないものだろうか、などと考えていた。
私の悪い友人はその間、何かと私を気にかけて私がはぐれないようにしてくれていたが、
「お前、自転車だけでこんなに苦労するなら、車は乗らない方がいいよ」
と、途中であきれたように言った。

 以来、京都から帰り、
そしてお互いに学校を卒業した今でもなんとなく付き合いが続いている。


 彼と私と、あと、ある知人と三人でご飯を食べたことがある。
その人は彼にこう言った。
「彩乃ちゃんて、こうして話しているとほんわかした印象だけど、
 書く文章は全然違って、人に切り掛かるような鋭い文章を書くのよ。
 今度、読んでみるといい」
そう言われて彼は「あぁ、そうでしょうね」と答えた。
知り合ってまだ二ヶ月くらいのころで、
どうしてこの人にそんなことがわかるのだろうと思って尋ねると、
「だってお前、ほんわかぶってるだけで本当はそうじゃないでしょ」
と彼は言った。

 彼は身長が高くて、顔も多分そこそこかっこいいので、多分もてるのだろうと思う。
身長は確か184センチくらいだったと思うが、何度聞いても正確な数字は忘れてしまう。
それと同じように、私は、何度聞いても彼の正確な年齢を忘れてしまう。
確か私の2歳上だ。
顔も多分かっこいい分類に入るだろうと思われるのは、
私が彼を紹介した人がしきりに「かっこいい」「かっこいい」と言っていたのと、
彼と歩くときの女の人の反応からそう思われるだけで、
私には、初めて会った時のあのもさっとした印象が強すぎて、
人が言うほどには「かっこいい」とは感じない。いや、確かにかっこよくはあるけれど。

 彼は今まで数えきれないほどの女の人と付き合ってきて、
実はそのうちの誰のことも本当に好きだったわけではなくて、
付き合っている女の人がいるときでさえ、
実は他の女の人に本気で片思いをしていたことも、私は知っている。
まるで誰とも付き合ったことがない青年のように、
本気でその人に片思いをしているように見えた。
 一方で一時期は前田敦子にのめりこんで、
いつも「あっちゃん」「あっちゃん」と言っていたのも見てきたし、
そうでなくても変態の要素を充分に兼ね備えていることも知っている。

 そういう、一見、華やかな人生を歩んできた人と、
まるでモテない、
地味な人生を歩んできた私がどうして細く長く付き合いが続いているのかわからない。

 たとえば彼と並んで街中を歩くとき、
彼が何かを呟いても聞き取れないことが多い。
それは彼があまりにも背が高く、そして私があまりにも背が低いからだ。
彼の声は私の耳に届く前に空気中に散っていってしまう。
多分、彼にとって私の声もそうなのだろう。
「身長160センチ以下の女とは付き合いたくない」
と彼は私の前で当たり前のように言うし、
私も、
「カバヤマさんは背が高すぎて顔も見えないし声も聞こえない」
と、言ってしまう。
こういう、他の人に対しては失礼で言えないようなことが、
彼には平気で言えてしまう。
だから何となく、悪い友人という気がしてしまうのかもしれない。

 私は素人の分際で彼が書く脚本や、彼が練っている構想について、
随分と偉そうに意見を述べてしまう。
お酒を呑みながら彼が「こういうドキュメンタリーを撮ってみたい」と語って、
面白いと感じたときには「面白い」と言うし、
つまらないと感じたときには「既視感があるから、もっとひねった方がいい」
なんて生意気なことを言ってしまったりする。
 それと同様に、
私は今までに何度か彼に自分が書いた文章を読んでもらって、
それについて彼から率直な意見をもらったこともある。

 言いたい放題言い合う関係が心地よくもあり、
彼の前で平気で毒を吐いてしまうとき、私は、そういう自分をよくないとも思う。
化粧ばかりして中身の伴わない女性について私も彼も嫌悪感を抱いていて、
私はそういうことを他の人の前では口にしないけど、
彼の前では随分とまぁ辛らつな言葉で自分の考えを話してしまう。
それ以外のことも、同様だ。
だから私は彼といると、
どんどん、どんどん自分がきついことばかり言うようになっていくような気がして、
それで、結果、悪い友達、と思うようになったのだろう。

 でも、「王さまの耳はロバの耳」と床屋が穴を掘って叫んだように、
私にもやっぱり、穴が必要だったのだと思う。
鬱屈したものを吐き出す場所が。
映画にしろ、小説にしろ、つまらないものはつまらない、
それが、どういう風につまらないのか、と語れる相手が欲しかった。
たとえば映画の「ノルウェイの森」では性描写が多いが、
それについても、
小説を理解しないでただそういうシーンを入れればいいと思っているようにしか見えないとか、
そういうことを、彼になら語ることができる。
他の人の前では、性描写について論評すること自体がはばかられて、
とても何も言えない。
他にも、他の人の前ではとても語れないということについても、彼の前では饒舌になる。

「だってお前、ほんわかぶってるだけで本当はそうじゃないでしょ」
彼にそう言われた時から私はきっと、
彼の前でだけ、人に受け入れられやすい自分でいることを放棄したのだ。
それは心地よくもあり、また、どこかで嫌悪感を抱くことでもあった。
彼の前で語りすぎてしまった時、
私は、どこか後味の悪い思いをすることが少なくない。
私は彼の前で、自分からはえるトゲを一本ずつ抜いていく。
トゲがなくなり気持ちいいというよりはむしろ、
落ちたトゲを改めて見つめて、そういうトゲを持っていた自分に愕然とする。
だから私はだめなんだ、と思うのだ。
こんなものを持っているから私は、人に受け入れてもらえないんだ、と。
でも、それが私なのだから仕方ない。
そして私は、こんな自分が好きではない。

2012-05-14

ミュージカル


 煙草を吸っている人に
煙草を吸うようになったきっかけを聴くのが好きだ。
これにはコツがあって、
煙草を吸っているまさにその瞬間に聴くと、
相手は意外とすらすらと答えてくれるのだ。
普段あまり話すことがない人でも、饒舌に語ってくれたりする。

 職場に、とても寡黙な人がいる。
余計なことは一切話さない。
職場で仕事のこと以外話したことがないんじゃないか、
というくらいだ。
忘年会だとか歓送迎会だとか、
半ば強制参加の飲み会にも顔を出したことはないし、
かつてその人が他部署へ異動するとき、
自分が主役の送別会にも参加したくなくて断ろうとしたんだとか。
(上司に「せめて一次会だけでも出席したほうがいい」と言われ、
 しぶしぶ参加したそうだが)
若い女性が
「好きな芸能人は誰ですか?」
と聞いても
「興味ない」
の一点張りだったという。

 しかしその人の書く文章が私は好きで、
遠くからその人の行動を観察しているのも好きで、
やたらと話しかけたら嫌われそうだと用心しながら、
実は長い時間をかけてその人に近付こうとしているのである。
近付いて何をする、という目標があるわけではないのだが。
食事に誘いたいとか、仲良くなりたい、とか、
そういうわけじゃない。
強いて言うなら、好きな作家のことを良く知りたい、と
思う気持ちによく似ている。

 今日、ふと、その人に
「一番最初に煙草を吸ったきっかけって、なんでしたか?」
と、聞いてみた。
「なんとなく」とかなんとか、
素っ気なく答えられるだろうと予想したが、
意外にも、
吸っていた煙草の灰を灰皿に落としながら、
ぽつぽつと語り始めた。
「学生のとき、ミュージカルをやっていて」
「ミュージカルやっていたんですか?
 役者さんとか、そういうことやっている人って、
 やっぱり煙草を吸うようになるものなんですか」
「いや、 
 振り付けを考える時に行き詰まって、
 それで吸い始めたんですよね。
 気分転換に。」
「振り付け考えてたんですか!すごいですね。
 確かにお酒飲んだりしちゃうと、振り付けも考えられなくなりますしね」
「あ、日中から考えていたので、
 日中でもできることで、それで、煙草で気分転換を。」
「振り付けを考えるだけじゃなくて、
 歌ったり、踊ったりもしてたんですか?」
「はい」
「すごいですね。
 私の友達もいま役者をやってるんです。
 ちょっとまた今度詳しく話を聴かせてください」
本当はもっといろいろと話したかったのだけど、
今日は忙しいに違いない日なので、邪魔をしないようにした。

 だから、煙草を吸うようになったきっかけを聴くのが好きなのだ。
趣味は何ですか、とか、
好きな芸能人は誰ですか、と聴くよりも、
その人のことがわかるような気がするのだ。

2012-05-10

『風の歌を聴け』


 村上春樹の『風の歌を聴け』を読んだ。
高校生のとき、読書感想文の課題図書として挙げられた何冊もの本の中に
風の歌を聴け』が入っていて、
それを選ぶ生徒が多かったようだけど、
果たして彼らはどのように感想を書いたのだろう。
この歳で初めてこの作品を読んではみたが、うまく感想が出てこない。
つまらなかったのではない。
どんなことを言えばいいのか、わからないのだ。

 休みなので、昼間からお風呂に入り、
湯船につかりながら『風の歌を聴け』を読んだ。
読み終わったとき、ちょうど、雨が降り始めた。
ここ何日も不安定な天気が続いている。
さっきまでは快晴だったのに、
急に雷がなり、大粒の雨が降り始めた。
屋根のあるところから雨を眺めるのはいいものだと思った。
窓をしめて体を洗い始めたが、
顔を洗うための石けんを泡立て始めたころ、
ヒョウが降っている音が聞こえて窓を開けた。
吹き込んでくるヒョウを眺めながら、顔を洗った。
ヒョウは水晶玉のようにまんまるで透明だった。
顔にシャワーのお湯をあて石けんを洗い流し始めたとき、
温かいシャワーのお湯と、冷たいヒョウを同時に体に感じた。
温かいお湯はまんべんなく私の体を流れ、
そしてまた、冷たいヒョウもまんべんなく私の体にふりかかった。
滅多に体験できないことなので、
私はしばらく、そのままでいた。
そんなことをしたのはきっと、『風の歌を聴け』を読み終わった直後だったからだろう。
いかにも、
村上春樹の小説の登場人物がやりそうなことだ。