チェーンレストランでは、1.4ミリの特殊なパスタが使われるのだという。
普通のレストランで使うのは、1.6ミリや1.7ミリ。
家庭用も、その辺りが無難だ。
「吉田さん、何でチェーンレストランでは1.4ミリなんだと思う?」
会議で、課長に聞かれた。
なぜだろうと一瞬考え、あぁ、と思った。
「茹でる時間が短いからですか?
 すぐに出せるように。」
「そう。
 個店のレストランと、チェーンとでは、ここが違うんだよ。
 チェーンの大きなレストランは、いかに早く注文をとって、
 いかに早く出して、いかに早く退店させて、回転率をあげるか、っていうのが
 大事なのね。」
と、課長は言った。
今、会社に1.4ミリのパスタが沢山あるから売らなくてはいけないのだという。
その話の流れの中で、課長は私にそんな質問をした。
私が答えると、課長は私にこう言った。
「これから、こういうこと少しずつ覚えていこうね。」
と。
私は、良心が咎めた。
あぁ、と胸が締め付けられるようになった。
会社そのものには、おかしいところや、納得いかない所がある。
でも少なくとも私の上司は、違う。
いい人なのだ。
私は、この上司が好きなのだ。
人間として、とても好きなのだ。
別にほっておいたっていい私のことを気にかけてくれて、
こんな風に穏やかに見守り、指導してくれるこの上司が、好きなのだ。


しかし、私はすぐに思い直した。
「いや、情にほだされてはいけない。」
と。
「これから、こういうこと少しずつ覚えていこうね。」
と言う上司の顔があまりに優しくて、
この会社に長居はしないと決めている気持ちがゆらいだが、
情に流され自分を見失ってはいけないと、思うようにした。


  そんなことを考え、上の空になりながら会議は終わった。


  担当している白金高輪のお店で昼食をとり、
日比谷に寄ってから表参道へ行った。
表参道のとある建物の中に入っているお店にサンプルのパスタを渡しに行き、
地下の休憩所のようなイスのある場所へ向かうと、
偶然、課長に会った。
その建物の中の他のお店に、営業に来ていたのだという。
早く着いたので、課長もそこで座っていたらしい。
私が声をかけると、上司は、
「何でこんな所にいるんだろう」
という顔をしたまま、黙ってしばらく私を見つめていた。
あまりに上司が虚をつかれた顔で私を見ているので、
「ここの4階に今行ってきて、
 少し時間があいたので休みにきたんです。」
と私が言うと、やっと、上司の表情が変わった。


  とりとめもない話をして、時間を潰した。
「○○君の異動の話、驚いた?」
上司は言った。
今朝、パスタの話と同時に、チームの先輩の異動の発表があったのだ。
「はい。
 でも、今されている仕事の内容が向うのチームの仕事に似ているから、
 いつか異動されるのかなと思ってました。」
と、私は答えた。
どうせいつか辞めるのだからと思えば、生意気なことを言うのも恐くない。
「私が引き継ぐ問屋さんに関しては、
 実は前々から私に引き継ぎたいと先輩から言われていたので、
 そんなに驚きはしませんでした。」
と、私は続けた。
周りの人が面倒がって、なるべく担当したくないと思っている問屋を、
将来的に私が引き継ぐことになったのだ。
引き継ぐ時期は明確には決まっていないけど、そう遠くはないだろう。


  上司と別れた後、
「あぁ、こういうこともあるんだな。」
と思った。
こういう日に限って、こういうことがあるのだ。

  
  今日、初めて一眼レフを持って営業に出た。
有楽町で、撮りたい風景があったからだ。
夕方、会社に戻る前にコンビニに寄ってコンビニから出たちょうどその瞬間、
美しい夕陽を見た。
あぁ、今日、カメラを持ってきてよかったと思いながら、夢中で撮った。