アサヒビール

  隣のチームの先輩が浅草のお店を紹介してくれると言って、
今日はそのお店にお昼ご飯を食べに行った。


  お昼ご飯を食べたあと、
どこかで珈琲を飲もうなんて言いながら浅草の街を歩いた。
正面にアサヒビールの社屋を眺めながら、先輩は言った。
「あのビル、見てよ。」
かの有名な雲のような形をした泡の模型をつけたビルの横には、
ビールジョッキの形をした高層ビルが建っていた。
ビールの色をイメージした金色のボディ、
上層階はビールの泡をイメージした色と形のデザインになっていた。
「うちの会社さ、アサヒビールの低価格帯のワインに勝とう、
 とか言って、低価格帯のワイン頑張ってるじゃん。
 でもさ、その前にあのビル見ろよ、って思わない?」
先輩は言った。
「到底勝てるわけがないよな。
 だってうちの会社、ワンフロアだぜ。」
冗談まじりに先輩は言ったが、
先輩が言わんとしていることはわかった気がした。


  その先輩は33歳独身の、岩手県出身の男性だ。
今は主に東北方面と、都内の大きな問屋を担当している。
地味で控えめな存在だが、
仕事ができることで有名で、上司も彼に一目置いている。
地味かと思いきや変態的な行動が目立ち、変態扱いされている。
しかしながら一対一で話をしてみると極めてまともな人で、
まじめで、頭も良くて、シュールだ。
もうすぐ東北にうちの会社の支所ができて、
今  彼が手がけている東北方面の仕事は全て東北の支所に引き継がれるらしい。
「その引き継ぎが終わったら、仕事辞めるよ。」
先輩が言った。
「何でですか?」
「東北が好きだから。
 仕事で東北に行けなくなったらつまらないから、だから辞める。」
けろりと言った。


  今までそんなに話すことのない先輩だったが、
半日近く二人で行動して、色々なことを話した。
何となく気が合いそうな気がした。


  私が所属する営業部には24人くらいいて、
そのうち女子社員は私を含めて6人いるのだけど、誰とも気が合わない。
気が合う、合わない以前に、
みんな私の先輩なので、何だか、やっぱり、そんなに深く仲良くなったりしない。


  男性社員といた方が話も盛り上がり、自分の本音を話すことができるのは、
私が男好きだからと言うわけではなくて、
男性の方がこざっぱりしているからなのだろうか。
理由はよくわからないけれど、
私は、サバの味噌煮を一緒に食べに行った先輩と、
今日のこの変態扱いされている先輩と話している時が、一番、楽しい。