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夏の黙示録 このページをアンテナに追加 RSSフィード



1953ColdSummer
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掌編集のしおり

20100401

 花とクロスボンバー (初出 20090309 改訂 20100203)

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「ええいっ嘘をつくなロミオっ! 卿(けい)は嘘をついているっ!」

 シズ江は大仰に、眼前をぴしゃりと指差してそう叫ぶ。途端、指差された二人の女子は破顔した。

「ちょっとちょっとちょっとォ! 何それ! もしかして『銀英伝』入っちゃってるゥ!?」

「し・か・も! 獅子帝ラインハルト様のお言葉ときた! 金銀妖瞳のロイエンタールでも疾風ウォルフでもなくて、ラインハルト様! ちょっとあなた自分の分際をわきまえなさいよ。寮のベッドの下のあなたの同人誌、ぜんぶ寮管のばばあにバラしちゃってもいいことよ?」

「えっ、シズ江の同人誌って、あのラインハルトとキルヒアイスがエグい角度で下腹部同士で接合しちゃってるやつゥ!?」

 そして二人は両手を口にあて、首を小刻みに振りながら「おっほっほっほっほ」と笑い合う。一方、顔を真っ赤にしたシズ江は瞳に涙を滲ませ、握り締めたげんこつは恥辱の極みに揺れていた。演技を馬鹿にされたことよりも、寮に隠し持っていた同人誌の存在がバレていたことの方がショックだった。今すぐ「ファイエル!」と雄たけびをあげ、目の前の二人を砲撃し消し去りたい、そんな気持ちでいっぱいだった。そんなシズ江の殺意の波動に気付くべくもなく、いい加減に笑い終えた二人、マサ子とヨシ美は二人そろってくわっとシズ江を睨みつける。

「シズ江さぁ。うちのクラスさぁ、今どき学祭で『ロミオとジュリエット』なんて演らなきゃいけないのわかってるよね?」

「しかも脚本にオリジナリティを盛り込みなさいって委員長からのお達し……あのブスだきゃあ今度三回殺す。親が見ても我が子と判別できない死体に変えてやる。それはともかくとして、シズ江。あなたちょっとジュリエット役としての自覚が足りないんじゃないの?」

 何が自覚だ。ジュリエット役を私に押し付けたのはあんたら二人じゃんか。シズ江はそう強く言い返したかったが、我がクラスの風神雷神と恐れられているマサ子とヨシ美に口撃できる度胸は、シズ江には無い。以前、東北から転入してきたおかっぱの転校生が、倫理の小テストで零点を取ったマサ子に対し「あはは。ばっかでー」と言ったことがあった。その日のうちに転校生の椅子には画鋲が撒かれ、ノートには血文字調で「風神の判決を言い渡す。死刑」との落書きが成された。次の日の体育の時間には、教師の目を巧妙に掻い潜ったマサ子とヨシ美のコンビネーションによる肘打ちと膝蹴りが転校生を痣だらけにし、その次の日には、寮の転校生の部屋の前でマサ子とヨシ美は一晩中『ドグラ・マグラ』を朗読した。その翌日、東北からきた転校生は「チャカポコチャカポコが耳から離れない」と泣きながら東北へ帰った。その時のマサ子とヨシ美の清々しいまでのガッツポーズをシズ江は今でも覚えている。ぶるるっ。

「聞いてんの? シズ江」

 ハッと気付くとマサ子の顔がシズ江の眼前数センチに迫っていた。シズ江はツツツっと後ずさる。背中がドンっと何かに受け止められる。振り向くと、いつの間にか背後に回り込んでいたヨシ美に羽交い絞めにされていた。ああヤニ臭いっ。

「あんたさぁ。最近ナマイキなんだよね」

 瞳に暗い炎を宿しつつ、マサ子は噛み締めるように言う。

「ほんのちょっっっっっぴり男ウケがする顔だからってさぁ、変に調子に乗ったりしないでよね。801星人のくせに」

 やおいせいじん? 違う。私はボーイズラブ愛好家なのであって……と言いかけたシズ江の口に、唐突に何かが突っ込まれた。

「知ってる? ねじりん棒」

 自分の口に突っ込まれたものが絞られた雑巾だと気付き、シズ江は慌てて吐き出した。唾液と涙がシズ江の顔を伝う。何で。何で私がこんな目に合わされないといけないの。ラインハルト様……キルヒアイス様……助けて……怖い……!

「マサ子ぉー。シメちゃおっか? コイツ」

「いいねぇー! ヨシ美的にはどんな処刑方法がお好みかしらん?」

 ヨシ美はうーんと小首を傾げる。そしてポンと手を打つ。続いてブッと屁をこいた。

「クロスボンバー! 久しぶりにマスク狩りしちゃおしちゃおっ!」

「きゃーヨシ美ってば冴えてるゥ! そこに痺れる憧れるゥ! じゃー私ネプチューンマンね! ヨシ美はビッグ・ザ・武道!」

 そしてシズ江を中心に直線上に距離を置いたマサ子とヨシ美は右腕を高く掲げ叫ぶ。

「マグネットパワープラス!」

「マグネットパワーマイナス!」

「クロスボンバー!」二人は同時にダッシュした!

 シズ江はヒッと叫ぶと頭を抱えてしゃがんだ。

 衝撃音。やがて静寂。

 シズ江は恐る恐る見上げた。

 マサ子とヨシ美の互いの喉元に、互いの豪腕がめり込んでいた。

 白眼を剥き、口から泡を吹きながらマサ子とヨシ美はドサっと倒れる。

 呆然と立ち尽くすシズ江。ふと、金髪と赤毛の二人の美青年の気配を感じて振り返る。ああそうだ。ジュリエットにはロミオが居るんだった。

 シズ江はその場でバレリーナのようにくるりと一回転した。スカートがふわりと浮き、それはまるで花のよう。

20100208

 寡黙をくれた姉、或いは罪の実存 (初出 20090112 改訂 20100202)

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 姉さんがフィレンツェで行方不明になった、との報せがあったとき、ぼくはレディオ・ヘッドの『カルマ・ポリス』を聴いていた。どこか詩性を感じる暖冬の夜。少しだけ布団が恋しい夜だった。

 姉さんがベッドに腰掛けている姿を想像し、ぼくはよくマスターベーションをした。そして今日、姉さんが消えてしまったとあらためて思い、自分なりに喪失感を受け止めようと深く呼吸をする。リップ・バン・ウィンクルほどの喪失感ではないにしても、何かを失ったときにはそれを正面から受け止めた方がいい場合だってある。もちろん、悲鳴をあげる精神のための忌避策としての見ぬふりだって人間には許されて然るべきだ。ぼくもみんなも、見た目ほどには強くない。姉の美貌に焦がれながら、ぼくはそれを自然に学んでいた。

 ――姉さん、ねえ、姉さんってば。

 姉さんの寝室を訪ね、何度も眠れる姉(セルロイドの造型物にも似た)に呼びかけた。ぼくの単調な呼びかけに姉は目を開き、「眠れないの?」とぼくにきく。

 眠れない、というのは正確ではなく、ぼくは姉と一緒に眠りたかったのだ。姉とともに遊ぶ夢の中の果実の園。そこにたたずむ姉はぼくにそっと林檎を差し出す。ぼくはその果実に口をつける。大抵は、そこで目が覚めた。

 姉が淹れてくれた水出しコーヒーを飲みながら、毎朝、夜の余韻に浸る。もしかしたら、姉さんと「夜」を同一視していたのかもしれない。そうだとしたら、百合の花束を用意して姉さんの帰宅を待つのが正しいのかも、と考える。姉さんがいない夢の中の果実の園には、ただファム・ファタールめいた罪の匂いしか感じない。その残香だけを頼りに夜を眠るには、ぼくは弱すぎた。

 両親が姉さんの行方について慌しくしていたとき、なんだかぼくは足元からすぅっと消えてゆくようだった。姉さんがどのようにして消えたのかは知らないけれど、たぶん、それも足元から消えてゆく感覚だったのではないかと漠然と思う。自分の位相がシフトするときに感じる違和感と不安の恍惚。消え失せて初めて完成する人間だっている。ゴッホの絵も生前には二枚しか売れなかったのだ。

 何度か夜に歌い、朝の残酷さに生命の不条理を感じていたころ、姉さんは還ってきた。

「ただいま」

 特に素敵な演出があったわけでもなく、姉さんは普通に玄関から姿を現した。

「おかえり」

 そう言ってぼくは微笑む。

 姉さんの存在をふたたび身近に感じ、夜と罪の実存を感じ、ぼくは久しぶりに姉さんの淹れてくれたコーヒーが飲みたいと言う。だからぼくは、姉さんが軽く笑って「疲れてるからまた今度」と言った本当の意味すら知らずにいた。

20100204

 マッドマン・バラード (初出 20081026 改訂 20100131)

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 ――高架下のトンネルには、気違いが出るから。

 明美がそう言っていたな。そんなことを考えながら、信彦は駅裏を歩く。

 夕日により陰影が強調された、趣味の悪い書き割り然とした風景。

 信彦はただ倦んでいた。歩くことに。立ち止まることに。呼吸することに。ふと視野に入った乞食に縋ってみたくなるほどに、ただ倦んでいた。

 乞食の前に架けられた鍋から、肉の煮える匂いがする。

「犬の肉ですよ」

 信彦の視線に気付いた乞食が水っぽい声でそう言った。

「赤肉が特に旨いンですよ。旦那は喰ったことがありますか」

 吐き気を感じつつ、信彦は黙って足を速めた。

 高架のガードレールが夕日の茜を遮り、足元の影が闇に溶ける。トンネルがもう目の前に見えている。

 怪物が口を開けて獲物を待っているかのように、ぽっかりと暗い穴が開いている。この怪物の口腔じみた穴を進めば、自分は怪物の胃の腑に収まるだろう。

 つまらない妄想だ、と信彦はかぶりを振った。

 ――高架下のトンネルには、気違いが出るから。

 レイプされて以降、明美はそう言い始めた。誰彼かまわずそう言って回っていた。真顔で言っているものだから、みんなが返答に窮していた。

 目が。

 あのときの明美の目は。

 信彦は何度もまばたきをした。が、トンネル内部の闇には一向に目が慣れない。慣れないまま、信彦はトンネルに足を踏み込む。

 胎内回帰の静かなる達成。自分の実存に対する無言の否定。

 あれ、と信彦は思った。暗闇に目が慣れぬまま、しかしはっきりと数メートル先に人影が見える。

 頭に、白いビニール袋をすっぽりと被った全裸の男。

 その白い頭部はゆらゆらと不安定に揺れ、その表情はうかがい知れない。

 何を畏れるものか、男は信彦とすれ違う。

 その気配がスッと後方に消えたとき、トンネルの出口が信彦の目に入る。

 相変わらず、悪趣味な書き割りのように嘘くさく狂った世界。

 信彦は、目を閉じフッと息を吐いた。

 世界は消えず、どこまでも狂っていた。