1953ColdSummer
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20091219
路傍に降る花言葉 (初出 20070428 改訂 20091219)
掌編 |
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ポジティブな文脈に於いて、よく「空を見上げる」という表現が使われる。見上げた空が綺麗な青色であったりすると、なおさら効果的だと思う。
その文脈に沿って、私のある一日の出来事を記してみようと思う。もっとも、春を装った街並の中、皮肉なことに私は「うつむいて」歩いていたのだが。
素敵なものがそうそう路傍に落ちている訳がない。にも関わらず下を向いて歩く。この非生産的な歩き方がたまたま幸いしたのか、春を装った街並の中、一つの素敵なものに私は出くわした。
「良かったら、似顔絵を描かせて下さい」
道端に響く元気な声。ハキハキと発声される日本語は美しい。スケッチブックを抱えている、その声の主が、金髪の白人の少女であったので私は多少驚いた。後日振り返ってみれば、この些細な驚きが素敵な要因であったのだが。
「似顔絵、一枚いかがですか?」
通り過ぎようとして、彼女と目が合った瞬間、そう声を掛けられた。
その声色を何度か耳の奥で反芻した後、自分がそう聞かれたのだと気付いた。まばたきほどの時間自失して、戸惑うように彼女の顔を見た。
意識が焦点を結び、彼女の整った顔立ちと金髪の癖っ毛を認識する。まっすぐに私の目を見ている。
咄嗟に言葉が出ず、「あ……」とか「え……」とか不明瞭に呻く。恥ずかしかった。視線が合って戸惑っている自分が恥ずかしかったし、外人の少女よりも明確に喋ることが出来ない自分も恥ずかしかった。
愛想よく微笑んだ金髪の少女は少し首を傾げた。私の戸惑いを肯定のしるしと解釈したのか、スケッチブックを開くと、ポーチからペンを取り出した。私は、顔の表面に熱を感じ――恐らく赤面していたのだろう――声も出せないまま、少女の前に突っ立っていた。
背中越しに、様々な人間が通り過ぎてゆくのを感じる。様々な人生が、私の背後を通過し去ってゆく。
立ち止まることは停止するということと同義ではない。通り過ぎてゆく人々も、立ち止まっている私も、同じ時間を生きている。立ち止まることにより私は、外国の少女に、自分の似顔絵を描いてもらうという奇矯な出来事に遭遇している。
スケッチブックに向かった少女の整った顔立ちに、彼女が育ったであろう故郷のイメージが重なる。北欧系であろう彫りの深い顔立ちが、どこか幼い面影を残している。
私はほとんど放心して、スケッチブックの上を器用に走るペンに見蕩れていた。群集にまぎれている時に感じる、あの所在無さが悉く薄れてゆく。
少女が持つペンを中心としたグラデーションが私の目を射た。「眩しい」と錯覚し目を閉じ開いた時、スケッチブックから破り取った一ページが私の前に差し出されていた。やわらかい雛鳥を両手で受け取るように、恐々とそれを受け取った。
物憂げな私の表情がそこには在った。色も塗っていない、ペンを走らせただけのラフ画であるのに、そこに描かれた表情は何よりも物憂げで、世を儚んでいた。
これが自分の貌(かお)なのかと、焦燥感に似たものが背中を走る。答案用紙に夢を破られた児童のような、現実という事実、空間に引き戻される。
だが、それらは、私がこの似顔絵を拒絶したり、それを描いた少女を恨めしく思ったりといった理由には、もはやならない。頭の中の昏く灼かれていた部分が浄化されてゆく。
不思議な癒しと安らぎを一枚の似顔絵から得た。
途端、私は、この絵を描いてくれた外国の少女を途轍もなく愛おしく思い、ぎこちなく彼女の方を見た。彼女はしゃがみ込み、ポーチにスケッチブックとペンを仕舞い込んでいる。金色の髪の毛がきらきらと夕日を反射する。
「毎日、誰かの似顔絵を描いてるの?」
そう聞くと、彼女はきょとんとした表情で私を見上げた。一瞬、彼女の青い瞳の奥に夕日が映り込む。そして、はにかむように少女は微笑んだ。ゆっくり、頷いた。
やがて、この場所を後にした少女は、群集の中にまぎれて消えた。
私は似顔絵を腕に抱きながら、その華奢で白い後ろ姿を見送った。今、私は、きっと微笑を浮かべている。物憂げな表情はこの似顔絵の中に閉じ込めてしまったから。
――ああ、だから彼女は毎日似顔絵を描いていたのか。
その理屈は不思議だったけど、理解出来ないものではなかった。現に私は今、素敵な表情を浮かべているのであろうから。それは、彼女が道端で似顔絵を描き続ける限り、いつまでも続くだろうと信じている。










