1953ColdSummer
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20100101
死神を背にお行きなさい (初出 20070702 改訂 20100101『死神体質という祝福』改題)
掌編 |
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間延びした声で猫が鳴く、昼の陽射しも麗らかなカフェテラスの中。
今日もまた、冷夏(れいか)は死神と目が合った。
――自分の名前、冷夏なんていう名前は嫌い。生産的なイメージが感じられないわ。
常々そう思う。そして決まって珈琲を注文する。甘くて、ミルクがたっぷり入った珈琲を。
――珈琲の琥珀色も嫌い。
嫌い。
この世の中の、私の意に反するものはすべて嫌い。
そう考えて冷夏は生きてきた。何時、何処であってもそう思っている。
だが、嫌いなものに対し、「みんな消えてしまえ」と絶叫できる程、冷夏は子供ではない。そう絶叫する事によって、本当に嫌いなものがすべて消えてしまうのならば喜んでそうしたいが、そんな希望を叶えてくれる程世界は親切ではない。
言うだけ無駄。
――無駄だから、消えろって言わないだけなのにね。
誰に当てつけるでもなく冷夏はそう思う。目を閉じて珈琲を一口啜る。
手元のカップに目を落とす。琥珀色の波が揺れる。
「魔が通り過ぎる一瞬に、偶々遭遇した人間の運が悪かっただけ」
――そう。運が悪かっただけなのよ。
冷夏を産んでまもなく、母は極度の衰弱により死亡した。学生時代、冷夏のペンを盗んだ同級生が車に轢かれて死んだ。冷夏の態度を叱責した上司が強盗に殺された。
私に関わった人間は死ぬ。
みんな、死ぬ。
だから、好きな人より嫌いな人を増やそうと努めてきた。好きな人が死ぬよりも、嫌いな人が死ぬ方が寝覚めは良い。
そして何時しか、時々死神と目が合う様になった。
死神?
くすりと、冷夏は小さく笑う。
冷夏が視る「それ」は、大鎌を持っている訳でも、黒いぼろぼろのローブを羽織っている訳でもない。ましてや、髑髏の顔でもない。
ただ、漠然と「居る」
それには、目が在る。目玉が在って、冷夏を常に見つめ続けている。そして、その視線は忌むべき凝視――葬送の時に何故か感じる、あの視線にそっくりだ。
だから、冷夏は「それ」を死神と名付けた。
瞬きをする間ほどの、ほんの一瞬の光景に図々しく存在する死神。
分かっている。
――私は、死神に憑かれた女。
冷夏の背後で何かが笑った。
振り向いた冷夏の視界の中、一人の男が猛っている。
「暑い! 暑いんだよぉぉぉッ! 毎年毎年毎年毎年異常気象だって……もう日本は亜熱帯と一緒じゃあねえかッ! 何でこんなにクソ暑いんだ畜生! もうどいつもこいつも死ね! 死にやがれッ! 熱を発するものはみんな死ね!」
ビヤ樽の様な体型の男性が、頭上に掲げた包丁にきらきらと陽光を反射させ、気が触れたかの様に怒鳴っていた。
頭の奥が痺れてくる。冷夏は反射的に腰をかがめ、テーブルの陰に収まる様に体を丸めた。
斜め上を見上げた。鮮血が飛沫いている。その飛沫は絶える事なく、悲鳴とセットで続いている。
ひどく長い時間に感じられた。ざわざわと喧騒が聞こえ、続いて幼児の泣き声が聞こえ、恐る恐る冷夏は身を起こすと、辺りを見回してみた。
五人の男女が咽喉や胸を紅く染め、事切れている。他、多数の重軽傷者が呻いている。
そして太った哀れな殺人者は、何をどうしたものか自分の腹部に包丁をねじ込み、口角から血泡をごぼごぼと零している。
冷夏は感傷もなく顔を上げた。
やはり――そこには死神が居た。
その視線は冷夏を捉えていた。
陽射しが伸びる先、死神が立っている方向に、街と雲が見える。綿菓子の様な雲がふわふわと輝いている。
冷夏は、雲を擁する青空に目を凝らした。
パトカーが数台やってきた。野次馬の整理と現場保存が始まる中、思い出したかの様に、誰か女性の短い絶叫が響いた。
「死神……! 死神よッ……! あの女の人の後ろに……!」
そのヒステリックな金切り声に耳を傾けるでもなく、冷夏は珈琲の勘定を済ませ、陽射しが伸びる方向へと歩み出す。
安堵なのか、倦怠なのか、理由のよく判らない溜め息を漏らす。
――この体、死神体質とでも名付けてみようかしら。
そんな事を思う。
さあ今日も視野の片隅で死神を育てよう。自分が地獄に落ちるその日まで。










