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夏の黙示録 このページをアンテナに追加 RSSフィード



1953ColdSummer
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20100118

 聖兄妹は遊ぶ (初出 20071227 改訂 20100118)

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 アザミの綿毛をその小さな掌に掴もうとして、マデラインの体のバランスが崩れた。危険な体勢になったところを、ロデリックが両腕で抱きとめた。

「お兄様、ありがとう」とマデラインが兄を見上げる。

 ロデリックは妹を腕に抱いたまま顔を近付けた。そして、むさぼるように妹の唇を吸った。

 この兄妹の接吻にどれほどの時間が蕩けたであろうか。糸を引きながら唇を離した二人の目には、焦がれるような邪恋の火が爛々と燃えていた。

「お兄様」マデラインが懐から小瓶を取り出した。中にはアザミの根が詰まっている。

「これだけあれば足りるだろうね」

「あんな憎たらしい犬、この半分でも充分だと思います」

 アザミの根から抽出される猛毒。その存在をこの兄妹は国立図書館で知り、試しにパンに混ぜ物乞いに与えてみたところ、もんどりうって物乞いは死に、その効果は抜群である事を確認した。

 昏い微笑がマデラインの口角を歪める。「あの犬め」と、心底憎たらしそうに呟いた。


※ ※ ※


 ロデリックとマデラインが、兄妹の禁忌を犯し初めて交わった夜魔の森。時にはボードレールを持参し兄妹で朗読を楽しむ事もあった。兄と妹の永遠の絆を誓うべく、地下の魔王への供物と称し、猫や小鳥を解体した事もあった。

「カインの供物は雷に打たれたんだってね。流石だ。アベルの神への媚態なんかよりどれほど素晴らしい事か」

 そう呟く兄の背中に血にまみれた両手を回すとき、マデラインは、神を冒涜する行為と同等以上の陶酔を兄に感じていた。

 ある日、連れ立って森へ向かう途中にロデリックが犬に噛まれた。不意に襲い掛かった災難にロデリックは倒れ、マデラインは無我夢中で木の枝を振り回し犬を追い払った。あとで聞くに、その犬は森の近くに住んでいる金貸しが放し飼いにしていたものらしい。

「賤民の畜生の分際で! よくもお兄様を傷つけたな!」

 マデラインは爪を噛み千切る程に激昂し、「火を点けてやる! 家ごと燃やし尽くしてやる!」と叫び続けた。それをロデリックが制し、「落ち着くんだマデライン。面白い遊びを考え付いたんだ」と、アザミの毒を使った「遊び」を提案した。 

 それは犬を土に埋め首だけを地上に出し、目の前に餌をちらつかせて飢餓に狂わせるという遊びだった。そして最後に、飢えのあまり判断能力を欠いた犬に毒餌を与え、苦悶死する様子を見て笑い転げようという行為。

「素敵な制裁ですわ」

 マデラインの瞳に歓喜の光が宿り、「更にこうしてみるのはどうかしら」と、兄の耳に必要以上に口を寄せ囁いた。それは毒餌で死んだ犬を解体し、羊肉と偽って飼い主である金貸しに喰わせるという発想だった。

「もちろん、たっぷりとアザミの味付けを施してね」とマデラインは添えた。

「ああ聡明で美しい小悪魔! 聖なる欲望の下僕、最愛の妹!」

 ロデリックはマデラインを抱きしめ、そのまま夜が明けるまでに何度も交わった。マデラインの口腔が踊るようにロデリックの自身を求めた。

 

※ ※ ※


 兄妹は煤で手や顔を汚し、仕立て屋から盗んでおいた安いローブを羽織ると、犬を攫いに出かけた。放り投げた肉に食いついたところを上手く縄で首を絞め、攫う事に成功した。

「犬畜生め。生き埋めにされた気分はどうかしら?」

 夜魔の森の中、首から下を地中に埋められ身動きできなくなった犬にマデラインは問いかけた。犬が苦しげに鼻を鳴らす。同時に、ロデリックは靴の爪先で犬の鼻を蹴った。

「あの時はよくも僕の体に歯を立ててくれたな」

 邪悪な愉悦がロデリックの表情に貼り付いている。それはマデラインにも伝播し、どちらからともなくくすくすと笑い始めた。


※ ※ ※


「――ええ。上質な羊の肉です。母が近隣にも分け与えてあげなさいと」

 金貸しは、不意に訪れた兄妹に面食らいつつ、愛犬が居なくなった事、その心労でここしばらく満足に食事をしていなかった事もあり、「では有難く頂きます……母君には後日お礼に伺います」と兄妹から肉を受け取った。

 マデラインがそれに優しさを装って声をかける。

「もしご迷惑でなくば、お台所を借りて私どもが調理いたします」

「いやいや! そこまでしてもらっては罰が当たります! こんな上質な肉を頂いたばかりだというのに」

 上質な肉、という言葉に吹き出したいのを噛み殺し、ロデリックが「これは我々の慈善の第一歩なのです。我が家の近隣の住民すべてに幸あらんとの願い。私と妹に慈善を行う機会をいただけませんか?」と表情を作って言った。

 金貸しは少し考え、「では、お願いしましょうかな」と言った。兄妹の慈善という言葉をすっかり信じ込んでいる風だった。

 兄妹は台所に入り、肉と野菜を焼き始める。「汚らしい台所ね」とマデラインが小声で呟く。

「汚い人間は汚い場所で死ねばいいのさ」

 ロデリックは、金貸しがこちらを見ていないのを確認すると、事前に細かく刻んでおいたアザミの根を料理に混ぜた。念には念を入れ、抽出しておいた毒もたっぷりとグラスに溶かす。

「稚拙ながらも隣人愛を込めたソテーが出来上がりましたわ。召し上がれ」

 配膳を済ませたマデラインが微笑を浮かべて言った。

「何が稚拙なものですか……とても美味そうな料理ではありませんか……あなた方は召し上がらないのですか?」

「ええ、我々は朝食をしっかり摂っておりますので……遠慮せずにお召し上がり下さい」

 ロデリックの快活な表情に幾分誘われたのか、金貸しは「では、頂きます」とフォークを取る。

 兄妹の目に異常な光が宿った。

 切り分けた肉を金貸しが頬張る。何回か咀嚼したのち、金貸しの表情が曇った。うううと獣の様に低く咽喉を鳴らすと、飲み込んだ肉を吐き出そうとして転げ回った。

 ロデリックとマデラインが顔を見合わせ、笑った。

 マデラインが嬌声とともに言った。「人生最後の食事は美味だったかしら?」

 金貸しは見開いた目を兄妹の方へ向ける。そこには二匹の悪魔が居た。

 臆面もなく笑っているロデリック。

 兄に負けじと笑うマデライン。

 笑い声。

 悪魔の嬌声。


 のちのアッシャー家の当主ロデリックと、その妹マデラインの少年期の出来事であった。

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