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夏の黙示録 このページをアンテナに追加 RSSフィード



1953ColdSummer
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20100208

 寡黙をくれた姉、或いは罪の実存 (初出 20090112 改訂 20100202)

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 姉さんがフィレンツェで行方不明になった、との報せがあったとき、ぼくはレディオ・ヘッドの『カルマ・ポリス』を聴いていた。どこか詩性を感じる暖冬の夜。少しだけ布団が恋しい夜だった。

 姉さんがベッドに腰掛けている姿を想像し、ぼくはよくマスターベーションをした。そして今日、姉さんが消えてしまったとあらためて思い、自分なりに喪失感を受け止めようと深く呼吸をする。リップ・バン・ウィンクルほどの喪失感ではないにしても、何かを失ったときにはそれを正面から受け止めた方がいい場合だってある。もちろん、悲鳴をあげる精神のための忌避策としての見ぬふりだって人間には許されて然るべきだ。ぼくもみんなも、見た目ほどには強くない。姉の美貌に焦がれながら、ぼくはそれを自然に学んでいた。

 ――姉さん、ねえ、姉さんってば。

 姉さんの寝室を訪ね、何度も眠れる姉(セルロイドの造型物にも似た)に呼びかけた。ぼくの単調な呼びかけに姉は目を開き、「眠れないの?」とぼくにきく。

 眠れない、というのは正確ではなく、ぼくは姉と一緒に眠りたかったのだ。姉とともに遊ぶ夢の中の果実の園。そこにたたずむ姉はぼくにそっと林檎を差し出す。ぼくはその果実に口をつける。大抵は、そこで目が覚めた。

 姉が淹れてくれた水出しコーヒーを飲みながら、毎朝、夜の余韻に浸る。もしかしたら、姉さんと「夜」を同一視していたのかもしれない。そうだとしたら、百合の花束を用意して姉さんの帰宅を待つのが正しいのかも、と考える。姉さんがいない夢の中の果実の園には、ただファム・ファタールめいた罪の匂いしか感じない。その残香だけを頼りに夜を眠るには、ぼくは弱すぎた。

 両親が姉さんの行方について慌しくしていたとき、なんだかぼくは足元からすぅっと消えてゆくようだった。姉さんがどのようにして消えたのかは知らないけれど、たぶん、それも足元から消えてゆく感覚だったのではないかと漠然と思う。自分の位相がシフトするときに感じる違和感と不安の恍惚。消え失せて初めて完成する人間だっている。ゴッホの絵も生前には二枚しか売れなかったのだ。

 何度か夜に歌い、朝の残酷さに生命の不条理を感じていたころ、姉さんは還ってきた。

「ただいま」

 特に素敵な演出があったわけでもなく、姉さんは普通に玄関から姿を現した。

「おかえり」

 そう言ってぼくは微笑む。

 姉さんの存在をふたたび身近に感じ、夜と罪の実存を感じ、ぼくは久しぶりに姉さんの淹れてくれたコーヒーが飲みたいと言う。だからぼくは、姉さんが軽く笑って「疲れてるからまた今度」と言った本当の意味すら知らずにいた。

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