特急「スーパー白鳥13号」運行記録2 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008.10.26/Sunday

[]不定期連載、最長片道きっぷの旅'93 vol.25

 それにしても…

 さっき虹野ももんが様のブログで面白い記事を見つけてきましたけど。


 東京ガス東京都港区)の社員が、通勤定期券を使用し、複数回にわたり無賃乗車による“小さな旅”を繰り返していたことが分かった。不正乗車は判明しているだけで計8回。その成果は、日記サイトに「ぶらり鈍行列車無賃乗車の旅パート〇」などと題して報告しており、罪の意識はなかったようだ。

夕刊フジ:10月24日付)


 思いっきりアホですよね。無賃乗車の旅行記なんて。

 無賃乗車のレポなんて、ばれたら最悪クビじゃん。

 そういうのが分かっていないんだから、まったく(笑)

 …もちろん私の「最長片道きっぷの旅」は無賃乗車の旅ではありません(笑) ちゃんときっぷを購入して旅をしています。

 証拠物件もありますし。

 …ということで、そろそろ本題にいきますか。


 第24日目(8月10日(火))曇り時々晴れ、のち霧雨

 糸魚川→松本→篠ノ井→小諸→小淵沢(→茅野

117 糸魚川5:23→南小谷6:29(420D/1-2→1/キハ52 156)

118 南小谷7:30→松本9:28(334M/1-3/クモハ169-10)

119 松本10:45→篠ノ井11:43(1229M/1-3/クハ115-1222)

120 篠ノ井14:05→小諸14:45(2336M/1-3/クモハ115-1522)

121 小諸14:49→小淵沢17:18(244D/1-3→2/キハ110-119)

外 小淵沢18:10→茅野18:29(9429M/3-3/クモハ169-19)


 糸魚川の駅前で朝焼けを見た。素晴らしいとまではいかないが、美しい朝焼けである。

 5時23分発の南小谷行きは勾配線でよく見られるキハ52である。盛岡只見線のオリジナル版に対し、昨日は飯山線のバリエーションも見てきたが、大糸線ではワンマン化改造とトイレ撤去という新たなバリエーションであった。

 糸魚川を出るとすぐに北陸本線と別れる。右手に明星セメントの工場があり、それが尽きた辺りからトンネルが始まる。テープの声が時折流れるくらいで、各駅の乗降はほとんどない。全通するまで「北線」の終点だった小滝の手前によく知られている撮影ポイントのある姫川第6ダムが見えた。大糸線は小滝からは最も新しい区間に入るが、姫川のすぐそばに険しい山が迫っている上に、糸魚川静岡構造線(フォッサマグナ)や妙高の火山帯などがあるので、工事が最も難航したところと聞く。雪や土砂崩れが多い区間でもあるので柵や壁、トンネルなどが至る所に現れる。平岩で後ろの車両を切り離すと、県境の長いトンネルを抜けて長野県に入る。姫川はさほど水量の多い川ではないので河原が広いのだが、わずか数十キロ海岸から離れただけで大きくて角の尖った石がゴロゴロと散見できるのには驚いたものである。「南線」の終点・中土を過ぎると、それまでよりは少し大きい集落が現れて、南小谷に着いた。ここは電化区間と非電化区間の境に当たり、そういう事情からかJR東日本JR西日本の境界駅ともなっている。

 南小谷は静かな駅である。糸魚川から列車に乗っていた乗客のほとんどが6時38分発の松本行きに乗ってしまい、キオスクもなし、出札も7時まで開かないという状況なので、何となく秘境駅*1に降り立った印象である。


 次の7時30分発の松本行きは急行形の169系電車である。既にポツリポツリと雨が降り出していた。

 南小谷を出ると、相変わらず姫川に沿って走る。南小谷鉄道の境界なので何となくアレッという感じになるが、分水嶺はもっと南なのだ。こんな場所にもわずかではあるが田んぼがある。白馬を過ぎて分水嶺をこえると安曇野に入る。港が右側に広がったところで簗場海ノ口と停車する。海ノ口には「白鳥の見える湖」という看板が立てかけてあった、白鳥といえば新潟水原瓢湖釧路湿原、出水(→ここら辺は鶴と間違えていますね(^^;))辺りが有名なのだが、このあたりにもよく現れるのであろう。それにしても山の中の「海ノ口」とは不思議な感じである。

 次第に客が増えていき、8時23分、信濃大町到着。かなりの客が降りたが、それ以上の客が乗ってくる。大町は大糸線最大の町だから当然といえなくもないが、ここから車内は「修羅場」と化していく。

 この信濃大町からは「私鉄線」沿線を進む。もともとこの松本〜信濃大町間は私鉄線として開業し(だから「大糸線」は「大町」と「糸魚川」を結ぶ線として建設されたのである)それを昭和12年に国鉄に買収されて現在のような形になっている。だからこの区間は首都圏大阪通勤電車みたいに駅間距離が短い。そのようなところに大都市松本を控えて乗る客は増えても降りる客はまず期待できない、さらに悪いことに、車両が急行形の169系でしかもほとんど改造していない「純正急行形」である。はたして大町を出てから数駅しかとまらないうちに立ち客が出始め、有明穂高を出る辺りから混雑が激しくなっていく。南小谷を出る時には22℃を切り、信濃大町を出た時には23℃だった室温が、中萱を出た辺りで26℃を超え、終点近い北松本では27.9℃にまであがっていた。冷房はついているのだろうがもはや当てにならず、窓を開けて外の空気を入れるしか蒸し暑い車内の温度を下げる方法はなくなっていた。


 松本では2つのイベントが開催されていた。1つは市の郊外で行われている「信州博」、もう一つは松本城の中央公園で行われている「松本城400周年記念祭」である。

 折角だから「記念祭」くらいは見に行こうかとも思ったが、それ以上に安曇野のそばを食べたい、という気持ちの方が強かった。今日は何しろまともな食事がまだなので、食堂で天ざるを食べた。サイクルツーリストたちが駅前にたむろっているのだが、何となく乞食のように見えてしまう。もっとも私も他人のことを言えないのかもしれないが。

 松本10時45分発の長野行きは結構乗りがいい。しかもそのほとんどは長野まで乗り通すお客である。それだけ長野と松本のパイプは太いのであろう。しかし篠ノ井線は客の数の割には単線区間が相当残る路線ではある。

 冠着山をトンネルで抜けると長野盆地に下る坂を降りていく。途中のスイッチバック板谷峠山形新幹線の開業で廃止になってしまい、連続するものでは唯一のものとなってしまった。その中の一つ、姨捨に列車は停まる。

 普通に列車が姨捨に停まった後、ドアが閉まって列車がいきなり後ろに動き出した。しばらく走って引き込み線に停まり、また前にガタンと動き出す。これが長野の町かと坂を下る電車の中から眺め、いつも何か長野の町に入って11時43分に篠ノ井に着いた。


 篠ノ井では13時06分発の列車で小諸に行き、1時間後の小海線列車で小淵沢に向かうことになっていた。ところが篠ノ井の駅近くの本屋で立ち読みをしているうちにいつの間にか乗るべき列車は篠ノ井を出てしまっていた。それどころか次の上田行きも出てしまった後で、さてどうするか、という状況に陥ってしまった。完璧主義者なら今日の茅野の宿をキャンセルして小海線沿線に宿を取ることも考えるのだが、さすがに様々な事情から「建前」が崩れているので、とりあえず次の列車に乗って、小諸で本来乗る小海線列車に乗り継げばいい、との結論になる。小諸についてはあとで何らかのフォローをすればいいか、という考えであった。(でもちゃんとフォローしていないような気がするんですが、いかがでしょうか(笑))

 篠ノ井14時05分発の列車は幸いなことに小諸行きであった。たまたま開いていたドアそばのシートに腰を掛ける。

 千曲川沿いに走る信越本線は戸倉、坂城、上田といった歴史のある町を通る。布引観音が見え、線路の下に市街が見えてくると間もなく小諸である。急いで小海線のホームに移り、列車に飛び乗った。


 小諸14時49分発の小淵沢行きは3両編成。最後尾の車両が車庫のある中込で切り離される。キハ110は座席定員が少ないのでほとんど座席は埋まっており、ちょっと疲れるが先頭車両の「特等席」にいることに決めた。

 小海線も小諸と小海の間は買収国鉄の路線で、従って駅間距離が短い。わずかに30kmの区間に18もの駅があり、単純に比較して大糸線よりも短い。走り始めたらすぐ駅に着いてしまい、キハ110のハイパワーもさすがに手持ち無沙汰である。

 15時14分、中込到着。と同時に、ある程度落ち着いていた車内がにわかに騒がしくなる。車両が1両減った影響もあるのだろうが、女子中学生か女子高校生がすぐ後ろでおしゃべりを始めたのだ。

 このあたりになると小海線のそばを流れる千曲川もただの川のような趣になってくる。途中発電所の揚水パイプが山肌に現れ、そのうちの1本が小海線の列車の上を通っていた。何となく山に来たような独特の雰囲気になったところで小海に到着。ここまでは八ヶ岳もはっきり、とは断言しにくいのだが、姿を見せていた。

 小海の標高は865m。ここまでは25‰に抑えられていた勾配が、ここからは33‰の連続する区間に入る。次の松原湖の標高は966m。たった3.5kmの間に100mも登ったことになる。軽量・ハイパワーでなるキハ110も、さすがにここでは50km/hが限界であった。このあたりから周囲に霧がかかり、八ヶ岳も見えなくなってきた。この霧は坂を上がるとどんどん酷くなってくるような感じである。

 野菜畑が広がる中を走り、JRで最も高い標高1345.67mの野辺山に着いた。野辺山からは信越本線より中央本線に下る人が多いと見え、列車に結構乗りがあった。列車はもはや白いトンネルと化した濃霧の中をさらに登っていく。しばらく走ると濃霧の中から突如踏切が見え、「下り22‰」の勾配標が見えた。ここがJR最高地点かと思って右側を見ると、はたして「JR最高地点」の碑がわずかに私の目で確認できた。

 踏切を越えると今度は20kmあまりで500mを一気に下る坂が控えている。いつもなら軽快に下っていくであろう坂を、視界が100mもない今日は慎重に下っていく。踏切が近付くと足下のペダルを踏んで警笛を鳴らすことも少なくない。

 清里でさらに人が乗ってくる。標高1275m、1375mのJR最高地点からはちょうど100mを降りたことになる。清里は有数の避暑地で、夏はかなりにぎわうのだが、ただでさえ夏の匂いのしない今年はどうなのだろうか、気になるところである。

 さらに2つほど停車して2つ目の甲斐小泉では下り列車と行き違う。すでに山梨県に入っているのだが、それでも標高は1044m。ここから列車は西に、西にと向かうのだが、突然何かに気がついたかのように左に大きく回り込み、あと1.5kmというところで中央本線と合流する。甲斐小泉から小淵沢までは直線距離ではそれほど遠くはないのだが、列車は急勾配では走れないし停まれない、ということで、意図的に迂回をさせているのである。17時18分、小淵沢駅4番線に到着。


 小淵沢駅ホームは最近改番が行われたようである。小淵沢駅で改番といってもピンとこないのだが、実際に降り立つと5番線ホームがある。あれ、と思ってみると、4番線ホームというのは元の「3番線ホーム」のようである。だから駅そのものには変化があったわけではない。

 どうしてわざわざ改番なんかしたんだろう、と思って良く見ると、その理由が分かったような気がした。

 2番線ホームと4番線ホームの間にはおそらく留置線として使用されるであろう線路が通っている。おそらくこれが「3番線」なんだろう。ところが以前はわざわざホームの表示と番線表示を一致させる必要がなかったから小海線専用ホームとして3番ホーム、4番ホームと割り振られていたのだと思われる。ところが「3番ホーム」を中央本線の折り返し列車が使用する関係上、ホームの番線表示を線路表示にあわせた方がいいという判断になったのだろう、4番線(小海線中央本線折り返し用)を使用している3番ホームを「4番」、5番線(小海線専用)の4番ホームを「5番」と実態に合わせて直した、というのが真相であろうかと思う。これは大宮駅の「5番線」「10番線」に通じるものがある。

 小淵沢では「高原野菜とカツの弁当」を楽しみにしている。最近は「元気甲斐」が良く売れるようなのだが、私にとってはやはり「高原野菜」ということになる。ところが今日は既に弁当の販売が終わったということで、弁当は明日のお楽しみということにした。今日は小淵沢打ち切りとなるが、宿は茅野にあるので、臨時快速ホリデー快速ハイランド」で小淵沢を離れた。

*1:一応現在の意味で使用していないことを断っておく

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