2009-01-29
■[理論]ゲーム批評はいかにあるべきか
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既存のマンガ批評に対する苛立ちから「マンガ表現論」を立ち上げた伊藤剛、そして、その方法論をアニメ批評に対しても応用し「アニメ表現論」を立ち上げた黒瀬陽平、あるいは同様に新しいマンガ論を試みる泉信行。近年、従来のサブカルチャー批評において中心であった「物語論」から脱却し、各種サブカルチャーの「表現論」を志向する論文が多数提出されている。だが、そのような形で「批評」から取り残されてきたのはマンガやアニメだけではない。特に90年代以降の若者文化の中ではマンガやアニメ同様にサブカルチャーの代表的メディアであると認知されながらも、「物語論」すらまともに行われてこなかった文化――それが、「ゲーム」である*1。
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そのような問題意識は、若手批評家の立場から少しずつではあるが提示されてきている。『筑波批評』2008年秋号(ゼロアカ道場破り号)に掲載された高橋志行氏による「文芸批評家のためのLudology入門――〈ゲーム〉定義のパースペクティヴ」は、まさに脱「物語論」としての方法論の一つでありうる「Ludology」について詳細に説明された文章である。また、昨年夏に刊行された同人誌『ソシオクリティーク ナツカレ2008』およびメールマガジン『α-シノドス』第12号に掲載された、濱野智史・荻上チキ両氏による対談「ゲーム批評とゼロ年代の風景――来るべき『ゲーム表現論序説』の前夜に」もまた、そのような流れの中に位置づけられる「ゲーム批評」的試みであろう。
この対談の中で、荻上氏はゲーム批評の必要性について簡潔に述べている。曰く、「批評が社会を再観察するための道具なら、ゲームを避けて通ることはできないんじゃないか」。なぜなら、「現実の僕達が、そういうゲームをプレイした上で思考を重ねている、あるいはそういうゲームがある世界で思考している」からである、と*2。
この〈ゲーム的な思考〉とは、たとえば「淡々と目の前の問題点・課題を発見してクリアしていく*3」発想であり、濱野氏はそれをスティーヴン・ジョンソンの用語を用いて「テレスコーピング*4」と呼ぶ。「予告.in」や「予告.out」を生み出した発想はこの「ゲーム的な発想」であり、あるいはおそらく、昨夜の『思想地図』シンポジウムで濱野氏および東浩紀氏が述べていた西村博之氏の「2ちゃんねる」に対する態度もまた、このような「ゲーム的な発想」に基づくものなのであろう。嫌韓ブームや毎日新聞バッシングなどにも「ゲーム的な発想」の影響を見出し、確かに現在の(特に日本の)若者社会において「ゲーム的発想」がいかに重要な位置を占めているかということには説得力があるように思われる。
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しかし、以上のようないわば一般的な「ゲーム」の発想と社会の想像力との関係を述べるだけでは、一種の現代社会論にのみ回収されてしまう。濱野氏も、『アサシンクリード』(UBIソフトモントリオール・スタジオ、2007年)や、ゲーム研究者・井上明人氏の話として紹介しているアメリカの「シリアス・ゲーム」を取り上げて、前者を「いかにしてリベラル的な批判意識をゲームプレイヤーに教育/体感させるかという仕掛けが、このゲームには大変意図的に搭載されている*5」と評価し、嫌韓問題についても、「そのイデオロギーを批判しても本当にしょうがなくて、むしろその知的能力を別のところに向けるための、批評とは別の施策が必要だと思う」「この流れをリベラルな方向にぐっと引き付けたかったら、嫌韓よりももっと面白い、リベラル・ストーリーの別のミリオンヒットを出すしかない。そのためにこそ、ベタにゲーム批評が必要*6」と述べている。つまり、社会の問題を解決するためのゲーム・コンテンツが必要で、そのためにゲーム批評は求められるのだ、という意識である。
だが、批評とは社会のためにあるべきなのだろうか。社会をよりよくするためだけに批評はあるべきなのだろうか。もちろん、そのような目的を批評が担うことも必要であろうが、それとは別に、なぜそのコンテンツが多くの人々にとって魅力的に映るのかということ、すなわち社会とは切り離された形でのコンテンツ批評もまたありうるということは間違いない。実際に、上記対談の最終節「ゲーム批評の今後」において駆け足で述べられているようなゲーム批評のあり方はがそれに近い。「ゲームプレイヤーの側を効率的に「一瞬の賭け」に誘うような設計こそが、ベタに優れたゲームデザインになっている*7」という濱野氏の言葉はまさにそのような批評で解明されるべき「アーキテクチャ」であろう。そもそも、上で問題にした〈社会との繋がりで考えられたゲーム批評〉というのは、宇野常寛氏による総合的なサブカルチャー評論集『ゼロ年代の想像力』(早川書房、2008年)との対比として――マンガやアニメや小説や映画・ドラマについての批評の豊富さに比してゲームについてはまったく語られていないというその内容に対して――提示されたものである。宇野氏はこの論文集の中で、90年代から00年代にかけて若者文化の中で隆盛を誇った作品群について、社会やその中で生きていくための個人のあり方との繋がりでのみ評価していった。同じような方法論でゲーム批評を行うとしたら、という試みが、上記の対談で行われたのだと理解することができる。だから、「批評とは社会のために(のみ)あるべきなのだろうか」という批判は、どちらかというと宇野氏の論文集に向けて語られるべきものなのだろう。
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もとより、「マンガ表現論」はそのような意味で、社会や歴史とは切り離された、それ単体で数多くの読者によって評価されている作品を掬い出す目的で試みられたものであった*8。後続の「アニメ表現論」もおそらく同様であろう。「ゲーム批評」もまた同様に行われていくべきであって、その一つの方法が、冒頭にも上げた高橋志行氏の紹介する「Ludology」なのだと思われる。
またあるいは、福嶋亮太氏が自身のブログで展開した、シューティングゲーム「東方project」シリーズについての批評も、そのような意味でのゲーム批評の一つということができるはずだ*9。「東方project」はシューティングゲームであり、その中にはストーリーらしいストーリーが存在しない。作品を構成する要素はまるで言葉遊びのような対話とキャラクターの立ち絵と音楽とそして画面いっぱいにばら撒かれる色とりどりの弾幕のみ。福嶋氏はこの弾幕に物語的な意味を持たせたことが、「東方project」の作者・ZUNの巧みなところであると述べている。この「物語的な意味」とは、おそらくは、弾幕(スペルカード)の一つ一つに名づけられた名前や形だけでなく、その「パターン」を記憶し、弾幕の間を縫って、敵に弾を当てて倒し、次の弾幕(スペルカード)へと移行するという一連のゲーム的なプロセスのことを言っているのであろう。それを福嶋氏は、「そのパターンの産み出す無数の結界を、まさに「巫女」である霊夢がクリアしていく」と表現する。福嶋氏の言い方は少々美的に過ぎる気もするが、「物語論」が通用しないにも関わらず、オタク系文化という限定された領域ではあるものの急速に支持を広げ、いまや重要な位置を占めているといってよい「東方project」に対する、新しい「ゲーム表現論」の一つとして取り上げることができるだろう。
*1:ここではあくまでも、TVゲームを中心にした、若者の間で幅広く一般的に親しまれている種類の「ゲーム」について述べている。すぐ後に「Ludology」についても述べているが、そういった方法論が本来扱う広い意味での「ゲーム」および「ゲーム批評」については、ここでは取り扱わない。
*2:井出草平・荻上チキ編、『ソシオクリティーク ナツカレ2008』、2008年、81ページ。
*3:『ソシオクリティーク ナツカレ2008』、81ページ。
*4:『ソシオクリティーク ナツカレ2008』、83ページ。
*5:『ソシオクリティーク ナツカレ2008』、78ページ。
*6:『ソシオクリティーク ナツカレ2008』、84ページ。
*7:『ソシオクリティーク ナツカレ2008』、91ページ。
*8:伊藤剛、『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』、NTT出版、2005年。
*9:福嶋亮太、『仮想算術の世界』、2008年11月26日付エントリ「パターンで会話する」(URL=http://blog.goo.ne.jp/f-ryota/e/510e8e3967956db409a52b96c873e615)。
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