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月明飛錫

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2011-02-28

心に残るドキュメンタリー映画『ミリキタニの猫』

| 02:00 | 心に残るドキュメンタリー映画『ミリキタニの猫』を含むブックマーク

はてなダイアリー今週のお題にあわせて、今日は私の心に残る映画『ミリキタニの猫』について書きたい。

人は正当に扱われ、存在価値を認められることで、怒りの感情を克服し、赦すことができる。


このドキュメンタリー映画は、NYのホームレス画家ジミー・ミリキタニを描いたものだ。カリフォルニア生まれの日系二世ジミー・ミリキタニ氏は、アメリカ国籍を持っていたにもかかわらず第二次世界大戦強制収容所に入れられ、市民権放棄のサインをさせられた。それ以来彼は怒り続け、80才になっても路上で生活しながら、収容所やヒロシマの原爆の絵、それから好きなネコの絵を描いていた。


彼の絵を買ったことをきっかけに、時折、彼を撮影していたリンダ・ハッテンドーフ氏(本作品の監督)は、2001年9月11日に世界貿易センタービルが崩壊した時にも路上で絵を描き続ける彼を心配し、自分のアパートに招く。戦争の傷跡で心を閉ざしていたミリキタニ氏が、リンダとの友情と創作によって癒されていく軌跡が見事に描かれた映画だった。



この映画で一番心に残ったシーンは、かつての収容所の地を訪れた彼が、「もう怒っていない。全ては通り過ぎる。」と呟くところ。

はじめは頑迷で突然怒り出すホームレスの老人だったミリキタニ氏は、ハッテンドーフ氏の友情と、アメリカ社会が自分を受け入れ芸術家として認めていくなかで、怒りの感情に別れを告げ、彼の表情はだんだんと穏やかで明るくなっていく。

80才を超えて、戦争という究極の不条理を経験し、60年にわたって人々への不信感を持っていても、人は変われるという事実は、私に希望を与えてくれた。

60年経ってもなお彼に収容所とヒロシマの絵を描き続かせたのは、その歴史を消してはいけない、という思いだった。それがだんだんと明るい絵になっていくことからも、彼の心の傷が癒されていくようすがわかる。


人間は、自分がおかれた環境の中で、様々な状況を認識し、それをもとに周りに働きかけ、行動し、その結果を再認識し行動を修正し、調整しながら生きるている。変わらぬ自己がどこかにあるのではなく、日々新しい体験と環境との遭遇によって、自分を少しずつを作り変えていることになる。

人間である以上、自分のことも他人のことも完全に理解できるわけではなく、常に認識途上であるけれど、だからこそ、どんな境遇に遭遇しても、人は周りを認識する努力を続ければ、徐々に適応して生きていける可能性を持つのだ。


また、ミリキタニ氏の、卑屈さの全くない態度、反骨精神と、ちょっとお茶目な人柄も、この映画の魅力。ハッテンドーフ氏の決して広くないアパートで、ミリキタニ氏は悠々とネコと遊び、絵を描き、時に日本の歌を朗々と歌い、また帰りの遅くなったリンダを本気で心配する。撮影していた時点では、映画になるかどうかは決まっていなかったような感じで、いかにも日常の姿が映されているだけに、人柄が出ているようだった。


もう一つ印象的だったのは、彼を自宅に住まわせ、血縁まで探すハッテンドーフ氏の姿。5年にわたって撮影されたこの映画は、2006年の映画賞をいくつか受賞しているけれど、商業的に成功する保証もないなかで赤の他人の面倒をみる様子には、アメリカ女性独特の親切で良い意味でおせっかいなところが伺えた。

アメリカでは最近、反移民感情が高まっているといわれるが、彼女のような人もいるのが、アメリカの懐の深いところだ。


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映画はもう終わってしまったが、ミリキタニ氏の描く絵は、上の画像のように線の躍動感とエネルギッシュな色使いなど独特のパワーがあって、魅力的だった。

garou-nekogarou-neko 2011/03/01 02:25 初めて聞いた名前です。世界にはいろんな人がいて、いろんな人がちゃんと見ているものなのですね。教えてくださって有難うございました。

SyoukaSyouka 2011/03/02 02:21 garou-nekoさま

はじめまして、逍花です。
『ミリキタニの猫」は、ハリウッドの大作の対極にあるような映画で、画質もよくないのですが、とても感動的な映画でした。
私のブログを通じてミリキタニ氏のことを知った人がいるとは、嬉しい限りです。
コメントありがとうございました!