レス

とりあえずCALのコメント(http://d.hatena.ne.jp/TDC/comment?date=20041125#c)に対して。

大事なのは言葉や文章の字面が意味するところじゃなくて、そいつがこの場合何を言いたいのかじゃない?
よーく読んだり、その人について思ってみればお前がここの最後に描いた事と、ひつだんにおいてけんけんや俺が書いたことが同じ事だと気付けるでしょう。

その判断がしかねるから2通りの解釈を書いたんです。
わざわざそう言えるほど理解力というものに自信があるなら、僕がひつだん(http://8023.teacup.com/moko/bbs)に

ちなみに人に迷惑をかけないのが社会の基本なんてありえないと思う。

と書いてあるのを読んだ時点で、僕が言いたいことを理解でき

俺それ基本で問題ないと思う。

と繋げて書くことなどないはずだ。

相手が何を言いたいかが大事だということには同意するが、その時点(ある言葉や文章を読んだ時点)で理解できなかったものに対しては、その後のお互いのやりとりが必要だ。
だからこそ昨日の文章を書いたのだし、今この文章を書いているのだ。

みんなが本を書いてる人のように言葉の裏やその裏を補完しながら、お前にとってわかりやすい適切な言葉を選んでしゃべるわけじゃない。
言葉の意味や会話の意図するところというのはとても流動的な物でしょう?

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発信者が言葉を選ぶのと同じぐらい同様に。受信者もその意図するところを考える事が重要だと思います。
それは想像と言うものをコミュニケーションの中に介在させる危うい方法ですが、他人との意思疎通なんてものはそんなもので
しょう。

と言うが、相手が理解できなかった言葉に対してはその後に補完していくように、自分が理解できなかった言葉に対しては補完してもらうようにしていかないと理解が深まらないと思う。想像を介入させることが危ういと言うが、それより危ういのは間違った想像のまま終わってしまうことじゃないか?
流動的な物だからこそなおさらだ。

だからおまえのいう「精度」(参考link)を上げたいのなら、話の受け手としてのやり方やその選択方法をよく考えてみればいいんじゃないですか?

今のところ根気よく続けていくより仕方がないと思ってます。

俺みたいに会話の中で使う言葉の意味がコロコロ変わる人間と遊んでれば慣れます。

たぶん慣れてないのでこんなことやってるんだろうな。とりあえずまだ慣れる気はありません。

だからもっと遊びましょう。

はい。早く卒論終わらせたい。


2004-11-25の続き

http://d.hatena.ne.jp/TDC/20041125

「自分が社会で生きていく上で、人に迷惑をかけないことを自らの基本的姿勢とする」という意味で「基本」という言葉を用いるならまだ問題はないと思えるが、

と書いが、問題ないと思えるのは、それが「姿勢」という個人の意思の範疇に留まる場合だ。
これが他人に対する押し付けとなってくると話が違ってくる。
それは、そのような基本姿勢を持ってない人に対して「迷惑になる」という、語義矛盾さえ生じさせる。


例えば僕は、人に迷惑をかけないことを自分の基本姿勢なんかにしようと思ってはいないし、そんなことは口が裂けても言えない。
より正確に言うと、「人に迷惑をかけてはいけない」という教育によって植えつけられた排他的な道徳感情から必死で逃れようともがいている。


というのも、僕は他人になにかを期待するということがとても苦手な人間だ。
期待を抱くからこそ自分が傷つくし、人に迷惑をかける。
どうせ期待が裏切られるなら、初めからなにも期待しないほうがいいと思うことさえある。
しかし、なにも期待しないこととは他者との断絶を意味する。


人が存在しているのに誰も存在してない世界。


自分が存在していることすらもわからなくなる世界。


絶望の世界


そんな世界から必死で逃れようとしている。
いつからか他人に期待を持とうと思い始めた。
他人に期待を抱いて傷ついたら、期待を抱いた自分が悪い。
それでも絶望の世界よりいくらかましだ。


他人に期待を抱いて迷惑をかけたら、できる限り対処しよう(対処それ自体が迷惑になるときもあるが)。
しかし迷惑をかけないことを自分の基本姿勢とすることはできない。
それは自分にとって絶望を意味する。