帰省四日目、事故から十一日目


帰省してからずっと、雨が降ったり止んだりとハッキリしないお天気続きだったが、今日はイイ天気。お姉ちゃんが帰ってくるからか、下のチビもなんとなく、そわそわしている。お兄ちゃんに見送られ、元気に学校へ行った。


お兄ちゃんとお義姉さんは、早めに家を出た。チビが病院でお昼ご飯を食べたあとに退院手続きをし、少し遠い別の病院へ行って、脳の検査。長い一日になるね。
次に出かけたのは、おじいちゃん。デイサービスね。送り出したあと、おばあちゃんとふたりきりになった。簡単にお昼ご飯を済ませ、おばあちゃんが普段、車がないと買えない!と言っている大物たちの買出しに出掛けた。おじいちゃんが骨折をする前は、重いものや大きいものはおじいちゃんの運転する車で買いに行っていたが、今は行けないので困っている様子のおばあちゃん。必要なものを紙に書き、次々とお店をまわった。15時には家具の納品があるので、それまでには家に戻らないといけない。忙しかったぁ。。。
本当は、ふたりでゆっくり喫茶店にでも入って休みたかったんだけどね。



下のチビが学校から帰ってきた。元気だ。明らかに、テンションが高い。やっぱり嬉しいんだねぇ、お姉ちゃんが帰ってくるのが。
チビを誘って、お散歩に出掛けた。
この間の大雨で倒れた稲を眺めたり、長い葉っぱを飛ばす競争をしたり、昆虫を探したり。写真のバッタを見つけたときは、葉っぱとバッタの色が似ていて、ふたりで笑った。
四葉のクローバーを探したが、ふたりとも見付けることができなかった。じーっとクローバーを見ていると、隠れているコオロギやバッタがウヨウヨ動いていて、そっちの方が気になってしまう。 「ひとつ見付かると、その周りにたくさんあるんだけどなぁ」 と諦め切れない私に、 「知ってるよ!ある場所。この辺じゃないけどねぇ」 とチビがニヤリ。うーっ、悔しい!


夜、松葉杖をついて、お姉ちゃんが家に帰ってきた。下のチビと私はそれぞれ、わんこを抱いて迎えた。会いたがっていたもんねぇ、わんこたちに。下のチビは、お姉ちゃんの傍を離れないまま、一緒にリビングへ行った。
お兄ちゃんは車から荷物を降ろし、おじいちゃんは部屋へ。玄関にはお義姉さん、おばあちゃんと私の三人になった。 「帰って来て良かったぁ」 と涙を流すおばあちゃんに、お義姉さんが言った。 「月曜日から、さっき行ってきた病院に入院ですって」 。
退院できて良かった、と思っていた私たちは、言葉が出なかった。あんなに元気そうなのに。


今日、別の病院で高次機能障害の検査をしたチビ。計算をしたり、記憶力を調べたり、いろいろやったらしい。結果、基準よりも悪いことが分かり、入院してリハビリをすることになったそうだ。今まで簡単に出来ていた計算が出来ない、瞬時に反応できていたことが遅くなっている等、自分が今までとは違うという現実を知ることになってしまったチビ。診断結果を聞いて、ボロボロと涙を流したそうだ。体は元気になってきていて、早く学校に行きたいと思っていたチビには、ショックが大きかったのだろう。
今、わんこと妹と一緒に楽しそうに遊んでいるチビの声を聞いて、おばあちゃんはまた、泣いた。私は頭が空洞になったように、何も考えられなかった。何で?何で?それしか浮かばない。


「普通の、粒々のご飯が食べたかったぁ!」 「お肉、いっぱい食べるからね!」 そう言いながら、チビは夕飯をたくさん食べた。三ヶ月入院していたおじいちゃんの退院直後に、事故に遭ったチビ。 「全員が揃ってご飯を食べるの、久し振りだね!」 と言い、家族みんなが 「そうだねぇ」 としみじみ。そういえばお義姉さん、椅子が足りなくて、ひとりだけ丸椅子に座ってるもんね。ゴメン!
順番にお風呂に入ったり、テレビを観たり、アイスを食べたり、そんな普通の夜なのに、何だかとても特別な感じがした。
お見舞いに、と買っていたポータブルDVDプレーヤーと、チビが好きなバンドのライブDVDを渡すと、とても喜んでくれた。 「絶対に病院に持って行くね!」 と。気持ちは複雑だけれど、喜んでくれたから良かったわ。


夜、久し振りに自分の部屋のベッドに横になっているチビに、ふたつの袋に入った塗り薬を持って行った。 「袋がふたつあるよ。どっちをどこに塗るの?」 と聞くと 「えー、分かんない」 とチビ。ひとつの袋を開けてみると同じ塗り薬が2本。1本は使ったもののようで、量が少し減っていて、容器がへこんでいる。 「これ、使った形跡があるよ。昼間に塗ったんじゃない」 「ううん、使ってないよ。どっちをどこに塗るか、分かんない」 「じゃ、明日塗ることにして、今日はもう寝たら?」 「そうだね、おやすみ」
リビングに戻って、その会話をお兄ちゃんとお義姉さんに伝えると 「覚えてないんだ・・・」 とふたりが声を揃えた。実はその薬、退院する病院で処方されたもので、使い方については、チビも一緒に説明を受けたという。
全身の血が、足の裏を伝って外に漏れていくような、そんな感じがした。それは、私が初めて体験した、チビの脳障害の症状だった。


リビングにはお兄ちゃんとお義姉さんと私だけ。お兄ちゃんが 「何で、あの子なんだろうなぁ」 と呟く。お義姉さんが 「ほら、もう言わないって決めたじゃない」 とお兄ちゃんの肩を叩く。私は黙って見ていることしか出来ない。


明日、私は東京に戻る。眠れない私にも、明日は来る。