題材不新鮮 SF作家 飛浩隆のweb録

2008/10/05 (日)

[]「ロード・トゥ・パーディション」(サム・メンデス

ブルーレイ・レコーダは大活躍中(にこにこ)。

録画してあるだけの番組がもう観きれないほど溜まっています(にこにこにこ)。

10、11月は良映画がぞくぞく放送されるのでいろいろたのしみ。(にこっ)

そんななか、スターチャンネルで掲題の番組ポール・ニューマン追悼記念として放映されました。これを録画するためにだけ、あわてて加入。(お金がもたないので11月には離脱する予定。)

これは大好きな映画で、どうしてもハイデフで観たかった。

本作については作家佐藤哲也氏による文章をご紹介しておきましょう。これにつけくわえるものは何もありません。凄い映画

小説映画をひとに紹介するとき、ストーリーやあれこれの仕掛け(あるいはそれを土台にしたいろんな蘊蓄とか解釈とか)を話すことが多いように思われますが、でもそんなの何の意味もないよね、と思っています。なので一回観た映画を家で観るときは、音声を消していることも多いです。

コンラッドホールによる本作の撮影は(たぶんこれが彼の遺作で)本当にもうとにかく素晴らしい。一カットカットにとらえられた様々な光と影、質感が、フレームの中にぎっちりとした密度を構成し、それがフィルム送りによってゆっくりと(ときに激烈な速度で)変転していくのを、ただ追いかけるのみ。名優の朗読の、声音(こわね)の味わい、滑舌自然さ、ふかい呼吸のこころよさをそのまま映像にすればかくもあらん、と感じられます。

イリノイ州ロックアイランドの底冷え。指先がちぎれそうに痛く、靴底一面がおそろしく冷たくなり、肉の奥までも深く深く差し込んでくる冬の寒気、その表現が圧倒的*1

公式ホームページプロダクションノートを読むと、サム・メンデスはその寒さや雨雪の表現を非常に重要な、本作のテーマと不可分な要素ととらえていたようで、それでこそのあの画面か、と思わされます。と同時に、これは先入観なのかも知れませんが、この監督舞台演出家でもあることと縁無きことではないようにも思いました。演劇の演出においては舞台装置をどのように造形するかについて、おそらく映画以上に自覚的でなくてはならないはずで。

しかしあの配役、ダニエル・クレイグだったのか。「カジノ・ロワイヤル」とはぜんぜん違ってるけど、これもいいなあ。

*1:いや別に冬山遭難のシーンがあるわけではありませんよ。街中だし、吹雪いたりもしません。でも寒いんですよ

2008/08/10 (日)

[]「ダークナイト」(クリストファー・ノーラン

松江では上映しないので、出雲市まで1時間車を走らせ朝イチの回を観てまたとんぼ返り。

異常な前評判の高さに、早く観にいかないとという気にさせられたためですが、こんなことも久しぶり。

いや確かにこれは傑作。観客は最後のいっぷんまで金縛りにあるでしょう。またクライマックスの(船上の)エピソードやバットマンが守り抜く不殺ルールは、いまの日本の惨状を思うとき、胸に釘を打たれたような後味を残します。

観終わって、オペラの演出のことを思ったりしました。もうずいぶん(30〜40年ぐらい)前からヨーロッパを中心に先鋭的なオペラ演出が一般化されていて、そこで展開される斬新な解釈や文脈の読み換えが、固定化した演目に甦りをあたえつづけています。そしてまた演出家は、固定化した演目という退屈に乗じて――テロリストのように――演出を羽撃かせている。

アメリカの(すくなくともビッグバジェットの)エンターテインメントは、かなり保守的なものですが、その制約のなかで突き詰めた表現をこころみようとするときに、アメコミは――演目の固定化といい、題材の神話性といい、カツドウの醍醐味があるところ*1といい――恰好の素材なのだなろうなあと感じました。

ここで出演者や演出家は、アメコミのなかでもずばぬけて魅力的な(多様で深い解釈を許容する)素材と四つに組み、おおきな成果を挙げたと思います。

むろん凡百のブロックバスターから図抜けているとは思いますが、しかしこれがクラシックになるか確信は持てませんでした。映像の品位は非常に高いもののここに真に革新的なビジュアルは見い出しにくく、そしてヒース・レジャーの早くも伝説となりつつあるジョーカーには(彼がモデルにしたという)「時計仕掛けのオレンジ」のアレックスが生臭いほど発散していた性欲(好色さ)が匂ってこないからです。そう、ジョーカーはあれだけのふるまい(と笑い声)にもかかわらず、ちっとも愉しそうではなかった……。そこに本作の眼目があるでしょう。

*1オペラではこれが音楽に相当する

2008/07/27 (日)

[]「崖の上のポニョ」(宮崎駿)

というわけで、また子ども連れで行ってまいりました。ジブリ映画を小屋で観るのは、「もののけ姫」以来かなあ。

いや、期待通り画面の隅から隅まで素晴らしい。色といい動きといい、もう目ン玉のほっぺが落ちそうです(日本語が変です)。

今回は迷路構造物は出てこないんですが、その分、舞台となる港町の構築がさりげなく御馳走。

飛は映画小説を評するときの「世界観」って言葉が大嫌いなんですが、そういうことにこだわる人には安心して観ていられないかも知れないですね。お気の毒。とはいえ巷間いわれるほどお話しが破綻しているとかいい加減ということはなく、「ハウル」なんかにくらべればごく真っ当なシノプシスで、飛には何の不満もありません。作者は、「カリオストロ」みたくすき間にカミソリの刃一枚入らないほど建て付けのいいシャシンを作る気は、もうないんですから。(とはいえ設定やテーマの埋め込みなどはかなり手の込んだことがされている模様。だいいちポニョってさかなじゃないよね。神様と人間のあいだに産まれた子でしょ。)

あと、食品添加物たっぷりのハムやインスタントラーメンがおいしそうに描かれているのが痛快。それにぶつぶつ文句をいうフジモト氏が、宮崎アニメのエコ成分の尻馬に乗りたがる人たちへの揶揄のようでありました。

あと「観音様」は大女スキーの飛にはたいへんな眼福だったことです。彼女を取り巻くオーラ光は多幸感にあふれていて、脳内物質を大量放出している作者のガハハ笑いが聴こえてきたような気がしました。「2001年宇宙の旅」を追撃する出来栄えのトリップ映画です。

【追記】小学五年の娘は、場内が明るくなると、目がポニョのようにねむそうになっていました。聞くと「最後、どかーんっていうのがなくて、ねむたくなった」とのこと。なるほどね。

2008/07/06 (日)

[]「秘密結社鷹の爪 The Movie II」(蛙男商会)

娘が観たいというので付き添いで。

はずかしながらFROGMAN氏の作品をきちんと観るのはこれがはじめて。

島根県民としてめんぼくないことですが、しかし「エヴァンゲリオン」をちゃんと観たのも実はつい先月だったという、このていたらくに免じて(日本語が変です)どうか許していただきたい。

非常に面白かったです。

効果音の異様な「豪華さ」もさることながら、何気ない小ネタが後のほうになって効いてくるのも楽しかった。

島根県は鳥取県の左です!

[]「崖の上のポニョ(予告編)」

その場内が暗くなるまで、「ぽーにょぽにょぽにょ」をループで聞かされてちょっと頭が変です。たぶんこの夏(というか何年先までも)いっぱい聞かされるんだろうなあ。いや、好きですけどね。

しかし映像は凄い。水の表面がぶつぶつしていて、乳頭か濾胞のようです*1。コナンやカリオストロで完成を見たあのみがきあげられた水描写を断ち切り、まるで初期ディズニー(シリー・シンフォニーとか)のような生命観充溢の、水のふるまい。前者が、反射する光を描くことによって水を描いたのだとしたら、今作では確信犯的にマテリアルとしての――いやさ生命としての水を描こうとしているのでしょうか。水は生命ではない。それでもそう描く。「アニメ神(あにめがみ)」さまが降臨なされてフレームのすみずみにまで息をふきかけまわっているような画面でした。

これは、観に行くかも知れません。

*1:いまちょっと結膜炎っぽいのでこういうモード。

2008/05/11 (日)

[]「パンズ・ラビリンス」(ギレルモ・デル・トロ)

島根県民会館でもう30年以上も続いているホール上映企画「名画劇場」で。

ファンタジーを支える想像力は苛烈な現実とけっして切り離すことができないと教えてくれる――否、切り離してはならないのだと突きつけてくる、その認識に居ずまいを正される秀作。その認識に立つことで、あの白い花の意味が深くこちらの胸に差し込んできます。

とうぜんヴィクトル・エリセの神品「ミツバチのささやき」を想起せざるを得ない筋立てですが、本作はハリポタ的ファンタジー映画を擬装しつつ、うかうかと釣られた観客をひとまとめに地獄(現実)へたたき落としてやろうという意地悪さに彩られているようにも思えました。(そう考えている時点で、飛はなんともお気楽な阿呆だということになるのですが。)

……へえ、「火垂るの墓」の影響もあるのか。それは気がつきませんでしたが、なるほど。

どっかどっか 2008/05/12 08:24 http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1126445.html
コメントにも

TOBITOBI 2008/05/12 09:32 『この人の見た目からして』というコメントはひどい。(笑)

ふくちゃんふくちゃん 2008/05/14 21:58 陽水コンサートに行った時に館内でポスターを見かけ、
「しまった、これ観たかったのに」と臍を噛みました……。

2007/12/23 (日)

[]「電脳コイル」(磯光雄)

ようやく先ほど見終わりました。

結末の凛々しさが素晴らしい。これぞジュヴナイル。

2007年文化庁メディア芸術祭優秀賞の「贈賞理由」にあるとおり、「やられたと思った同業者」がここに一人いるわけですが(笑)。

さてと。

「空の園丁」どうしてくれよう。

答え:どうもしません。今までの構想どおり粛々と。

【付記】

  • サッチーの顔って、あれは「ポストン」から取っているのかなあ。「郵」だし。
  • キャラクタデザインは宮崎駿2.0(もしくは1.8.7くらい)という感じでしょうか。「テレビまんが」の親しみやすさを残しつつ、新しさもあり、なおかつ長持ちする設計(10年経っても恥ずかしくない絵柄)と見ました。

moripapamoripapa 2007/12/24 11:09 キューちゃんの顔(?)は〒マークですよね
サッチーの顔はナンバーくんではないかという指摘がありました

TOBITOBI 2007/12/25 22:38 なるほど〒でした。
ところで「電脳コイル」でいちばん印象深かったのは、あの色彩設計。さいきんはああいう黄みがかった色合いがはやりなんでしょうか。飛にはたいへん新鮮でした。

asagiasagi 2008/01/05 21:20 初めましてです。初め観たときメタバグってグラスアイに似てるなぁ、と思いました。廃園の天使の模倣作品か?とも思いましたが、良質のジュブナイル。好みとしてはもう少し怖めで静謐な感じでも良かったと思います。

moripapamoripapa 2008/01/05 22:37 日常描写でのコントラストがかなり低めに押さえられていたのが印象的でした
建物の影やビルの中も真っ暗じゃなくて何となく見えてるんですね
で、時々出てくる日の出のまぶしさや古い空間の暗さが効果的に使われてたな、と

TOBITOBI 2008/01/23 23:35 >メタバグと硝視体
鉱物質のイメージは、飛の場合、わりとすっと自然に出てきました。『コイル』の作者もきっとそうでしょう。拾い集めてコレクションする、というと、どうしてもああいう感じになるようです。メタバグは空き地のビー玉、視体は海辺の貝殻(もしくはすり減ったガラス片)、という感じかな。
>コントラスト
光の強弱もですが、色の幅も抑えてましたね。

2007/08/18 (土)

[]「河童のクゥと夏休み」(原恵一)

隣県まで行って、観てきました。

時間18分とアニメにしては非常に長いのですが、まだ短いかな、と思うほど充実した時間を得ることができました。(もともとの絵コンテは3時間分くらいあったそうです。)

いつものように、かんたんに二三言ですませることはできません。

原恵一が「監督にとってアニメーションとはなんですか」と問われ「僕自身アニメーションが特別好きだとは思えない。でもいま思っているのは『俺がなんでアニメーションの演出とか監督とかやってるのか、これを作るためだったんだ』とほんとに思ってますね。」(NHK「アニメギガ」)と語るのも納得です。

多種多様な空と水の表現がほんとうに美しいですが、登場する人々の感情表現も同等に素晴らしい。