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2013/09/02/Mon

御礼『ギャルと不思議ちゃん論』重版! &各メディアの反応について

 ずいぶんとブログを更新しておりませんが、昨年8月末に出版した『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(原書房)が、このたび重版いたした。税込で2310円という価格で、かつ学術書・思想書の棚に置かれることが多かったので、それほど売れることは当初から想定していませんでしたが、なんとか重版するまでに売れたようです。ご購入された方には、この場で御礼申し上げます。ありがとうございます!

 さて、昨年8月終わりに出版した後、おかげさまで新聞・テレビ・雑誌・ネット・ラジオと、さまざまなメディアに取り上げられました。ある程度は話題になることは想定していましたが、テレビが2つもあるというのは僕自身も意外でした。

 というわけで、以下に新しいフライヤーと、備忘録も兼ねて各種メディアの反応一覧を列挙したいと思います。

【イベント】

・松谷創一郎×宇野常寛 特別対談「『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』出版記念トークショー」:渋谷大盛堂書店/2012年9月14日

・松谷創一郎氏・山内マリコ氏特別対談「地方・郊外から見た『女の子の生存戦略』を語ろう」:紀伊國屋書店新宿本店/2012年10月20日

【新聞】

日本経済新聞2012年10月7日/書評:難波功士さん「ギャルと不思議ちゃん論 松谷創一郎著:30年間にわたる『二項対立史』」

中国新聞など(共同通信)2012年10月21日/書評:北原みのりさん「ギャルと不思議ちゃん論:女の子文化 時代を反映」

北海道新聞2012年11月11日/書評:押野武志さん「ギャルと不思議ちゃん論 女の子たちの三十年戦争:少女文化の変遷多様に」/

・日経新聞2012年11月11日/書評欄:芹沢俊介さん「今を読み解く:元気な『女子』の背景」

『図書新聞』2014年8月2日号(図書新聞)/書評:鈴木毅さん「『立ち位置』を巡る女の子たちの戦史」


【テレビ(筆者出演のみ)】

フジテレビ『新・週刊フジテレビ批評』2012年11月3日放映「若者カルチャーとテレビの存在」

日本テレビ『NexT』2012年11月24日放映「女の子進化論2012」

【雑誌、他】

・『週刊朝日』2012年10月5日号(朝日新聞社)/書評:中森明夫さん「驚嘆すべき日本の女の子30年史」

・『SAPIO』2012年10月10日号(小学館)/書評:笹幸恵さん「『モテ』か『反モテ』か ファッションは女子の生存競争だった」

・『新潮45』2012年11月号(新潮社)/インタビュー「Review Interview 松谷創一郎さん:若い女性の『生存戦略』史」

・『marisol』2012年12月号(集英社)/書評:中沢明子さん

・『週刊読書人』2012年12月14日号(読書人)/中森明夫さん「2012年の収穫」

・『BRUTUS』746号(2012年12月15日発売/マガジンハウス)/特集「男を知る本、女を知る本」/書評:小谷知也さん

・『週刊教育資料』2013年3月11日号(日本教育新聞社)/書評:西村美東士さん


【ウェブ】

『AM』2012年9月12日「若い女性たちの30年間の歴史『ギャルと不思議ちゃん論 女の子たちの三十年戦争』」:Yuuko Ujiieさん

TOKYO FM『TIME LINE』2012年9月15日/書考空間コーナー:武藤智子さん

『サイゾーウーマン』2012年9月16日「『ギャルと不思議ちゃん』から“女子”“ガール”へ……女の子たちの戦争の果て」/書評:藤谷千明さん

『WEB本の雑誌』「【押忍!論壇女子部】第四回:『ギャルと不思議ちゃん論 女の子たちの三十年戦争』 出版記念トークショーに突撃!」2012年9月26日/レポート:論壇女子部Sさん

『紀伊國屋書評空間:中央大学(メディア論・文化社会学)・辻泉の書評ブログ』2012年12月28日

等々、たくさんのブログでご紹介いただきました!

【ラジオ】

・J-WAVE『BOOK BAR』2012年12月15日:BOOK STANDコーナー出演/Web1

TOKYO FM『TIME LINE』2013年8月26日:書考空間コーナー:島田雅彦さん

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ギャルと不思議ちゃん論―女の子たちの三十年戦争

ギャルと不思議ちゃん論―女の子たちの三十年戦争

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コギャル、アムラー、ガングロ、age嬢、戸川純、シノラー、裏原系、きゃりーぱみゅぱみゅ……海外からも「カワイイカルチャー」として注目される日本の若い女性たちの文化が、いかにして生まれ、社会と関係してきたかを精緻に描きだす。80年代前半から現在までを、ギャルと不思議ちゃんという視点で切り取って見えてきたものとは? 女の子たちの生存戦略の30年史。

2012/08/27/Mon

[]1991年のスクールカースト:映画『桐島、部活やめるってよ』公開&拙著『ギャルと不思議ちゃん論』出版記念

 今月11日に吉田大八監督の映画『桐島、部活やめるってよ』が公開され、25日に拙著『ギャルと不思議ちゃん論』が出版されました。

 『桐島、〜』にかんしては既に『WEBRONZA』誌で「“スクールカースト”を精緻に描いた『桐島、部活やめるってよ』」という論考を書いたり、ネットストリーミング番組『WOWOWぷらすと』(これはもしかすると今後YouTubeにアップされるかも?)や、『ニコ生PLANETS・8月号「徹底評論:夏休み映画SP」』で話しました。

 『ギャルと不思議ちゃん論』は、発売されて直後にAmazonでは品切れになりましたが(ありがとうございます!)、現在は在庫復活しております(→リンク)。

 さて、僕がこの『ギャルと不思議ちゃん論』で唯一残念だったのは、この映画『桐島、部活やめるってよ』について言及できなかったことです。試写状が来なかったのでタイミング的に仕方なかったのですが、本書とこの映画はとても関連が深いのです。

 どの点においてかというと、もちろんそれはスクールカーストについてです。『ギャルと不思議ちゃん論』では、「スクールカーストと2000年代」という項目を置くほどに言及しているのですが、『桐島、〜』は現代のスクールカーストをとても見事に描いていた作品でした。生徒たちの細かい関係性の描写は、これまでの日本映画では見られなかった水準のものです。

 こうしたスクールカーストの例として、宮崎あゆみ「ジェンダー・サブカルチャーのダイナミクス」(1993年)と、上間陽子「現代女子高校生のアイデンティティ形成」(2002年)の2本の論文を引きながら『WEBRONZA』や『ギャルと不思議ちゃん論』では解説をしましたが、今日は僕が高校時代に分析したスクールカーストの例を見せたいと思います。

「世紀末の走り方:現代の高校生」と題したこの文章は、僕が高校生のときに創っていたミニコミで発表した文章です。当時の僕は高校2年生になったばかり。17歳の誕生日を目前に控えた頃でした。

 いま見ればなんとも稚拙なこの文章をここで発表することにどれほど意味があるのかわかりませんが、まぁひとつ話のネタになればいいかと思いアップしたいと思います。なお、この元ネタは、当時『ビッグコミックスピリッツ』で連載されていた木村和久さんの「平成の歩き方」です。

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■世紀末の走り方:現代の高校生  文・イラスト=松谷創一郎・16歳(初出・1991年7月)

●高校生の分類

 現在僕は、広島県立広島K高等学校に通っています。そこでいろいろなことを体験し、いろいろな高校生を見ています。僕の観察結果によると、高校生は、5つのタイプに分類することが出来ます。

〈1〉何も考えてない系……60%

〈2〉体育会系……25%

〈3〉旧人類系……10%

〈4〉オタク系……2%

〈5〉文化系……2%

〈6〉その他……1%

 ここからは、それぞれのタイプの人たちを解説していきましょう。


●〈1〉何も考えてない系……60%

 これは高校生に限らず、日本国民にも適当します。学校の多くは、このような人たちによって占められているわけです。

 この人たちはさらに3種類に分けられます。まず、それは放課後の過ごし方でまず分けられます。

α・放課後、そのまま家に帰る

β・放課後、遊ぴに行く

 αの人たちの多くは、家に帰ると何もせず、テレビを見ながらゴロゴロしたり、昼寝をしたりします。

 ここで例を見てみましょう。


【例1−α】山野辺君子さんの場合

 彼女は小学校、中学校まで平凡に育ちました。高校に入ってからも、大きな変化はなく、学校が終わればすぐに、下校し、家に帰って昼寝です。遅い夕食をとったあと、友遠から借りたマンガを読み、深夜放送を聴きながら、何もすることがないので勉強します。そして朝の4時頃、眠りにつきます。その繰り返しで人生をおくっています。


 一方、βの人たちの多くは、パチンコに行ったリ、みんなで街まで服を買いに行ったりします。当然、この人たちは部活動はしていません。ほとんどが、高校生になって、遊ぴ癖を身につけてしまったのです。この人たちは、文化祭や球技大会などの打ち上げ(飲み会)のときに自分の持っている全ての力を使います(図1)

図1f:id:TRiCKFiSH:20120827052622j:image:right

●研究……飲み会での行動

・興奮するのでコップが五個は割れる

・女の子がカラオケで歌いだす

・いつのまにかカップルができている

・カッコつけて飲めないのに飲んだ奴らがトイレの前に並ぶ(図)

●教訓

・白分にあっただけ飲む

・興奮しない

【例1−β】月下喜太郎くんの場合(図2)

 彼は、中学校まで人口10万人の田舎町で過ごし、父親の仕事の関係で引っ越して、この学校に通うことになりました。彼には“田舎者”という大きなコンプレックスが残っていました。そこで彼は、減量をして、遊ぶことやファッションを覚え、とうとう念願の彼女が出来ました。

 しかし、調子に乗っている彼の前に、もっと可愛いいい女の子が現れ、当然のようにそっちの方に動きました。それを何回か繰り返した末、とうとう彼には誰もよって来なくなりました。しかし、彼はそんなことではくじけず、毎日のようにフラフラと街に出かけているのでした。

図2

●研究……月下喜太郎くんの過去と現在

f:id:TRiCKFiSH:20120827052625j:image

 このような人たち以外に、

γ・不良っぽい人たち

 もここに含まれます。この人たちは、飲み会にも参加しないことも多く、よく授業をさぼります。男女ともに共通する点は、髪の色が茶色く、パーマをかけていることです。


【例1−γ】安西隆弘くんの場合

 彼は中学時代から不良グループに所属し、他の仲間が工業高校に進学したり就職する中、人よりも勉強が出来たのでこの学校に入りました。気の合う仲間といっしょに2日に一回は授業をさぼり、ふらふらと遊んでいます。しかし、顔見知りの友達も多く、性格もいいので、みんなからはけっこう好かれています。また、彼らは夜、パチンコや麻雀、パンド、パイクなどで活躍します。


●〈2〉体育会系……25%

 夕方遅くまで部活動をする熱心な人たちです。しかし、〈1−β〉にも属し、飲み会などには積極的に参加します。また部活の特権をよく行使し、学校内でも幅をきかせています


【例2】鈴木高明くんの場合(図3)

 彼はサッカー部の主将で、試合などでよく活躍しています。朝から夜の7時頃まで学校で過ごし、学校の帰りにパチンコなど寄リ道をしたあと、9時頃に帰宅します。サッカー部なので女子からも人気があリ、とても可愛い子とつきあっています。

図3

●研究……鈴木高明くんの全てf:id:TRiCKFiSH:20120827052626j:image:right

・性格はさわやか

・話題も豊富で面白い

・運動神経がよく、サッカー以外のスポーツも上手

・一人の女の子と長くつきあっている


●教訓

・真似するだけ無駄である

・女子はスポーツマン好き


●〈3〉旧人類系……10%

 いつも、5〜6人で行動します。昼食後に図書館や食堂に行って、話題を交換しあったりします(図4)。一応、クラスの中には溶け込んではいますが、飲み会などには参加しません。勉強の出来る人が多いのが特徴の一つです。


【例3】森田一男くんの場合

 彼は学校が終わると、すぐに帰宅し、塾に行くまでの時間、予習をします。塾から帰るともう夜の9時です。そして、12時にはしっかり寝ます。そのような平凡な日々を暮らしています。

図4

f:id:TRiCKFiSH:20120827052623j:image:right

●研究……話題の交換の内容

・昔のTV番組の内容

・ファミコン、パソコン等のゲーム内容

・アニメオタクではないが、昔のアニメの話は多い


●助言

・もっと空の下で遊ぼう


●〈4〉オタク系……2%

 クラスではいつも一人で行動し、学校が終わると真っ先に下校します。掃除などは真面目にやります。この人たちの最大の特徴は休憩時間です。休憩時間はいつも一人で机に座って自分のノートに何か書いていたリ、机にうつぶせになるなどの奇妙な行動をとります(図5)。


 

【例4】宮澤恵さんの場合(図6)

 彼女は、たぶんアニメオタクです。アニメ関係の下敷きや小さなキーホルダーをカバンにつけています。学校には絶対遅刻しません。学校では平凡に生活したあと、誰よりも早く下校し、家でアニメの主題歌を聞いたりします。生活も規則的で必ず1時聞は勉強します。しかし詳しい生活や、本人の心情は、謎のベールに包まれています

図5

●観察……奇妙な行動

f:id:TRiCKFiSH:20120827052624j:image

図6

●観察……宮澤恵さん

f:id:TRiCKFiSH:20120827052627j:image

●助言

・少しはなんとかしたほうがいいのでは。


●〈5〉文化系……2%

 ほとんどが吹奏楽部員です。月曜から土曜までの放課後と、日曜日の午前中に練習をします。それはもう、たいへんに熱心です。性格的に彼らは〈1・何も考えてない系〉に属しますが、クラプが忙しく、なかなか飲み会にも顔を出せないのが現実です。


【例5】久喜本真奈美さんの場合

 彼女は吹奏楽部でクラリネットを吹いています。彼女は学校では昼休憩、放課後と、一生懸命に練習します。生活は不規則で、勉強もあまり出来ません。自分でも、なぜ吹奏学部に所属しているのかが、最近分からなくなっています。実際、大学入試でも役に立たず、音楽大学にも入れないのが実状です。


 

●〈6〉その他……1%

 〈4〉のオタク系以外の人たちと仲が良く、群れない人です。いろいろなタイプの人がいます。


●自分の立場の確立f:id:TRiCKFiSH:20120827052630j:image:right

 さて、このような学校生活では、どのように過ごすのがベストなのでしょうか? 結論からいいますと、それは「自分にあった生き方をする(図7)」ということでしょうか。

f:id:TRiCKFiSH:20120827052629j:image:left 高校は、中学のように学校に拘束されるということがあまりないですから、適当に人付き合いさえしていれば、何とかなります。そして、〈1〉〜〈5〉の全てのタイプに共通していることは、「自分の本音を極力押し殺す」ということです。

 日本の学校では、目立つ人間は他人から嫌われやすく、またパカにされる対象になリやすいのが現状です。自分を押し投すことが美徳であり、かつ、大人の社会への仲間入り〈図8〉だという観念が、高校生に広がっています。そういった意味において、現代の高校生は非常に保守的であるということがいえます。

 しかし、現実において、今からの社会はそのような人間を必要としていません。そういったことを考えると、現代の高校生は非現実的な未来へ突進しているといえます。

 では、現実的な未来を考えた人が学校生活を送るにはどうすればいいか、ということがまた一つ問題になります。友達がいないまま3年聞を過ごすか、自分を拾てて、非現実的な未来に向かっていくか、どちらかを選択するしかありません

 その両方を共有して生活するという手段もありますが、現実にそれをこなすには非常に精神力を使うので、やめたほうがいいでしょう。新しく入学する新入生はこのことをよく理解して、学校生活を楽しくしてもらいたい(有意義なものにするのは到底無理だから)という所存であります。

 

 一九九一年四月二四日 記

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 いま読むと、なんともペシミスティックで上から目線です。しかし、「上から目線」とはある程度状況が俯瞰できてしまったということでもあります。そして俯瞰(相対化)できてしまったからこそペシミスティックなニュアンスが強いんだとも言えます。もちろん、この文体や稚拙なイラストは、木村和久氏の連載に影響されたものではありますが。

 先日の『WOWOWぷらすと』でも話しましたが、『桐島、〜』の登場人物のなかで僕が最も共感したのほあ、橋本愛演ずる東原かすみでした。彼女は、登場人物のなかで唯一、学校空間の関係性がすべて見えています。部活に打ち込みながらも、ギャルたちとの面倒くさい女の子同士の関係性を維持し、さらにカースト最下層に位置する映画部の岡田(神木隆之介)をバカにしたりもせず、かと言って、岡田が知ってとてもショックを受けるある関係を密かに続けています。

 彼女の全方位外交的な姿勢は、悪く言えばとても八方美人的です。それが彼女の性格的な優しさから来ているのか、それとも差別を嫌う思想的な価値観から来ているのか、はたまた「嫌われたくない」という気の弱さから来ているのかはわかりません。しかし彼女は、そうしたさまざまな関係を理解して学校空間を自覚的に生きています(クライマックスでは、一瞬感情的になる瞬間も描かれますが)。映画『桐島、〜』が優れているのは、カースト最下層の映画部・岡田の辛さを描いただけでなく、かすみにはかすみなりのリアルがあり、それもしっかり描かれていたことです。

 僕が高校2年のときに書いたこの文章は、こうしたスクールカースト(当時この言葉はもちろんありませんでしたが)をすべて見通せてしまうがゆえのペシミズムが色濃く出ています(バカにしているような表現が多いのは『平成の歩き方』の影響です)。しかし、僕はそんなことを表には出さずに、周囲と付き合いながら学校生活を送っていました。かすみに共感するのは、この点にあります。

 もちろん『桐島、〜』の舞台となる学校と、僕の母校は異なります。進学校という点は共通しますが、前者は田舎(ロケ地は高知県)、僕の母校は広島の街中にある学校でした。僕は、地方の都会っ子だったわけです。帰宅部の男子生徒が遊びに行く場がないゆえに校舎裏でバスケに興じる『桐島、〜』と、放課後はいくらでも遊び場所がある僕たちとでは、やはり環境的に異なります。さらに、僕は男だったので、かすみのように女の子同士の繊細な関係性も気にしなくても良く、まだ携帯電話やインターネットもない時代です。かすみなどと比較すると、ずっと大らかな環境にあったと思います。

 さて、それから21年が経ちました。神木隆之介君や橋本愛さんなど、映画『桐島、部活やめるってよ』の出演者の多くは、この文章が発表された後に生まれています。また、この文章が発表された91年7月に生まれたのが、梨紗役の山本美月さんだったりします(7月18日生まれ)。

 スクールカーストは、インターネットと携帯電話によって関係性が可視化されることにより、より広範に意識されるようになりました。『桐島、〜』に描かれているのは、21年前とは比べものにならないほど強く意識されるようになった学校の格差社会です。決して21年前と現在は、「普遍的」などという言葉で片付けられるような同じ状況にはありません。同じなのは、同世代の若者がひとつの空間で一定期間を過ごすということです。

 一方、21年後の私はと言うと、『ギャルと不思議ちゃん論』という女の子の30年を追った本を書いてしまいました。端的に言えば、この本は“ギャル”と“不思議ちゃん”の両者が、それぞれどのように女の子社会でサバイバルをしてきたかを描いています。

 『桐島、〜』で言えば、沙奈は恋人である宏樹の後ろの席に座る吹奏楽部の沢島亜矢にライバル心を燃やし、ひどく意地悪なことすらしてしまいます。トップグループの中にいる沙奈は、イケメンの宏樹と付き合うことによって自らの立場を保持しようと必死なのです。梨紗も恋人の桐島と突然連絡がつかなくなってひどく狼狽します。トップにいる者たちは、それでそれで大変なのです。『桐島、〜』に不思議ちゃんは登場しませんが、つまり僕が『ギャルと不思議ちゃん論』で描いたのは、このような若い女性たちの生存戦略だったのです。

 映画『桐島、部活やめるってよ』と拙著『ギャルと不思議ちゃん論』──このふたつが同時期に世に出たことを、僕はとても嬉しく思います。

ギャルと不思議ちゃん論―女の子たちの三十年戦争

ギャルと不思議ちゃん論―女の子たちの三十年戦争

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コギャル、アムラー、ガングロ、age嬢、戸川純、シノラー、裏原系、きゃりーぱみゅぱみゅ……海外からも「カワイイカルチャー」として注目される日本の若い女性たちの文化が、いかにして生まれ、社会と関係してきたかを精緻に描きだす。80年代前半から現在までを、ギャルと不思議ちゃんという視点で切り取って見えてきたものとは? 女の子たちの生存戦略の30年史。

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

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2012/08/16/Thu

8月25日・『ギャルと不思議ちゃん論』発売

 お久しぶりです。

 拙著『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(原書房)が、8月25日に発売になります。

 今回はそのチラシができましたのでご報告します! 目次一欄もこちらから読めますゾ!

f:id:TRiCKFiSH:20120817020145j:image

 Amazonでは現在、絶賛予約開始中です!

 よろしくお願いします!

ギャルと不思議ちゃん論―女の子たちの三十年戦争

ギャルと不思議ちゃん論―女の子たちの三十年戦争

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コギャル、アムラー、ガングロ、age嬢、戸川純、シノラー、裏原系、きゃりーぱみゅぱみゅ……

海外からも「カワイイカルチャー」として注目される日本の若い女性たちの文化が、いかにして生まれ、

社会と関係してきたかを精緻に描きだす。

80年代前半から現在までを、ギャルと不思議ちゃんという視点で切り取って見えてきたものとは?

女の子たちの生存戦略の30年史。

2012/07/11/Wed

ブログ再開しまーす

ご無沙汰しております。

ブログ再開します、と突然宣言します。宣言しないと再開しないし。

なんのためかというと8月末に単著『ギャルと不思議ちゃん』が発売になるからです。

ええ、宣伝のためです。

まぁでも、自由に書ける空間としてブログは残しておきたいので。

そうそう、今日(7/11)は夕方からUstream番組『WOWOWぷらすと』に出ます。WOWOWさんのこの番組もう4回目くらいですが、今回のお題は「K-POP論」。

司会のマキタスポーツさん(最近大ブレイク中)、さがゆりこさんとともにお送りしまう。

http://www.ustream.tv/channel/wowow-webch

ええ、最近K-POPに明るくなっちゃって。

では今後ともよろしくお願いします。

2010/07/05/Mon

[]『ザ・ロード』監督:ジョン・ヒルコート(2009年)

D

 崩壊した世界を移動する父と子のロードムービー。原作は『ノーカントリー』のコーマック・マッカーシーによるピューリッツァー賞受賞小説。非常に丁寧に創られた秀作ではあるが、地味であることは否めない。

 舞台は、なんらかの天変地異によって激変したアメリカ。父親(ヴィゴ・モーテンセン)と10歳ほどの息子(コディ・スミット=マクフィー)は、ふたりで南に進んでいた。父親は弾が二発しか入っていないピストルで心中しようとするが、思いとどまってサバイバルを続ける。途中、彼らは幾度も人肉食の暴徒に遭遇して逃げる。

 世界が崩壊するまで(するかどうか)を描いた映画は、『ディープ・インパクト』や『2012』など大スペクタクルのブロックバスターとしてしばしば登場するが、この作品は世界が崩壊した後の話。『アイ・アム・レジェンド』や『トゥモロー・ワールド』、そして奇しくも本作の前週に公開された『ザ・ウォーカー』(→レビュー)と同じタイプだ。だが、こうした映画では珍しく、この作品はアクションをほとんど見せようとしない。そこで注力されているのは、あくまでも父と子の関係だ。

 太陽が照ることなく、いつも曇天か雨模様のこの世界を、父と子はひたすら南に向かって歩く。途中、人肉食いの暴徒や盗人、老人などにも遭遇する。彼らが、そこで心を許すのは老人のみだ。父親は、息子に人間として善き存在であることを教えるが、それ以外の者に対してはとても冷酷だ。もちろんそれは息子を守るためではあるが。

 このなかでもっとも印象的なのは、盗みを働いた黒人中年が登場するシークェンスだ。父親が座礁した船まで泳ぎ、発熱した息子は海辺で横になる。その隙に、彼らはすべてを盗まれる。父親は、慌てて黒人を追い、ピストルを突きつけて持ち物を奪い返す。さらに父親は彼の服を脱がせて奪い、極寒の地に置いてけぼりにする。しかし、息子は服を返すように父に懇願する。息子に説得されて、先ほどの場所に戻ると、そこにはもうだれもいない――。

 このシーンは、「他者」が「他人」とは異なることを意味する。「他者」とは、簡潔に言えば、その存在を通して自己を省察する(=reflective)者だ。この無規制状況下の世界で、父親は息子=他者の倫理によって、社会的存在としての自己に引き戻される。当初、父親がその黒人中年に対して非道な行為をしたのは、彼が他者ではなく「他人」でしかなかったからだ。父親は、一度は過ぎ去ってしまった人間の道=The Roadに、息子の存在によって引き戻ってきた。

 この映画は、2時間を通して、アノミー状態の世界で人間(=近代人)であり続ける親子をじっくりと描いたものだ。それだけと言えばそれだけだが、その丁寧な描写によって十分な説得力に導かれる。派手な画創りに走らず彩度が抑えられた映像も、シンプルに終末世界の絶望的な雰囲気を醸し出していた。

 ただし、映画として地味で単調な印象を受けるのも否めない。終末世界を描いた映画は、たいていはサバイバルアクションだからだ。そこで観賞者はどうしても派手なアクションを期待するし、それを避ければこの映画のように逃げてばかりになる。もちろん本作は、観終わればそうしたアクションサバイバルに対してのアンチテーゼに位置する作品であることもわかるが、やはり地味で単調だ。もうちょっとなにかアクセントとなるものは欲しかったし、あのラストもテーマには沿っているがちょっとヒネりがなかったように思う。

監督:ジョン・ヒルコート/製作:ニック・ウェクスラー、ポーラ・メイ・シュワルツ、スティーヴ・シュワルツ、/製作総指揮:トッド・ワグナー、マーク・キューバン、マーク・バタン、ラッド・シモンズ/原作:コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(早川書房刊)/脚本:ジョー・ペンホール/撮影:ハビエル・アギーレサロベ/プロダクションデザイン:クリス・ケネディ/衣装デザイン:マーゴット・ウィルソン/編集:ジョン・グレゴリー/音楽:ニック・ケイヴ、ウォーレン・エリス/出演:ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、ロバート・デュヴァルガイ・ピアースシャーリーズ・セロン、モリー・パーカー、ギャレット・ディラハント、マイケル・ケネス・ウィリアムズ/制作スタジオ:2929 Productions/北米配給:ディメンション、ワインスタイン/日本配給:ブロードメディアスタジオ/原題:"The Road"/2010年6月26日公開/112分

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

[]『ザ・ウォーカー』監督:ザ・ヒューズ・ブラザーズ(2010年)

D

 崩壊した世界で一冊の本を持って西へ向かう男を描いた物語。終盤のアクションシーンなど見どころはあるのだが、テーマの掘り下げや物語の展開など、全般的に中途半端。もっと面白くなったはずなのに、もったいない作品だ。

 崩壊した世界で、黒人の中年男性・イーライ(デンゼル・ワシントン)は、世界に一冊だけとなった本を持って、アメリカを西に向かって歩く。容赦なく暴徒が襲うが、彼は長い刃物で切り捨てる。イーライがある町に立ち寄ると、その町の独裁者・カーネギー(ゲイリー・オールドマン)が、その本を奪おうとする……。

 カーネギーがこの本を欲するのは、ひとびとの心をコントロールする兵器となるという理由からだ。一方で、イーライはひとりで静かにこの本を読む。

 もちろんこの本は、“アレ”である。なぜか宣伝では日米ともに明らかにしないが、それは中盤で明らかになるし、タイトルからも予想はつく。やはり“アレ”なのである。イーライがその本を大切に持って歩くのも、一冊だけならば説得力はある。一方で、カーネギーはそれをひとびとを支配するための「兵器」だと認識する。彼の姿は、もちろん昨今のアメリカ、つまり熱心な福音派だったブッシュへのアイロニーとして観賞者に受け止められる。

 一冊の本で成立した社会、その本によって癒され赦される社会、そしてときにはそれが兵器となってしまう社会――この映画がテーマとしたのは、この本の西洋社会における強力な価値である。

 が、しかし、その掘り下げが足らない。結局、その本をめぐって男たちが右往左往しているだけだ。結局この本は、機密文書程度の役割しか持っていないような描写に留まっている。

 一方で、この映画はそれなりに見せ場のあるアクションシーンが盛り込まれている。ひとつが、イーライの長ナイフによる立ち回りであり、もうひとつが後半の銃撃戦だ。とくに銃撃戦は、ワンシーンワンカットで手持ちカメラがかなりのスピードで動く。これはかなり見ごたえがある。しかし、それくらい。ほかに良かったのは、そのアクションシーンで登場する不気味な老夫婦くらいか。

 まとめると、崩壊した世界(アノミー状態)の倫理の掘り下げも足らないし、一方でアクションサバイバル映画としても中途半端。さらには、ラストに明かされるあの“ビックリ”も、物語上は機能しているものの、もう一段階ヒネリが欲しかった。なんだか、あのラストを導くためだけに置かれていたようにしか見えないからだ。だってさ、覚えてるなら、大事に本を運ぶ必要あるのかな?

 企画としては申し分ないと思うのだけど、小さく中途半端にまとめてしまい、もったいないなぁと思ってしまう作品だ。

監督:アレン・ヒューズ、アルバート・ヒューズ(ザ・ヒューズ・ブラザーズ)/製作:ジョエル・シルヴァー、ブロデリック・ジョンソン、アンドリュー・A・コソーヴ、デヴィッド・ヴァルデス、デンゼル・ワシントン/製作総指揮:スティーヴ・リチャーズ、スーザン・ダウニー、エリック・オルセン/脚本:ゲイリー・ウィッタ/撮影:ドン・バージェス/プロダクションデザイン:ゲイ・バックリー/衣装デザイン:シャレン・デイヴィス/編集:シンディ・モロ/音楽:アッティカス・ロス/音楽監修:デヴァ・アンダーソン/出演:デンゼル・ワシントン、ゲイリー・オールドマン、ミラ・クニス、レイ・スティーヴンソン、ジェニファー・ビールス、フランシス・デ・ラ・トゥーア、マイケル・ガンボン、トム・ウェイツ、エヴァン・ジョーンズ、ジョー・ピングー、クリス・ブラウニング、リチャード・セトロン、ラティーフ・クラウダー、マルコム・マクダウェル/制作スタジオ:Alcon Entertainment、Silver Pictures/北米配給:ワーナー・ブラザーズ/日本配給:角川映画、松竹/原題:"The Book of Eli"/2010年6月19日/118分

Book of Eli

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