
2010/07/05/Mon
■[映画]『ザ・ロード』監督:ジョン・ヒルコート(2009年)
崩壊した世界を移動する父と子のロードムービー。原作は『ノーカントリー』のコーマック・マッカーシーによるピューリッツァー賞受賞小説。非常に丁寧に創られた秀作ではあるが、地味であることは否めない。
舞台は、なんらかの天変地異によって激変したアメリカ。父親(ヴィゴ・モーテンセン)と10歳ほどの息子(コディ・スミット=マクフィー)は、ふたりで南に進んでいた。父親は弾が二発しか入っていないピストルで心中しようとするが、思いとどまってサバイバルを続ける。途中、彼らは幾度も人肉食の暴徒に遭遇して逃げる。
世界が崩壊するまで(するかどうか)を描いた映画は、『ディープ・インパクト』や『2012』など大スペクタクルのブロックバスターとしてしばしば登場するが、この作品は世界が崩壊した後の話。『アイ・アム・レジェンド』や『トゥモロー・ワールド』、そして奇しくも本作の前週に公開された『ザ・ウォーカー』(→レビュー)と同じタイプだ。だが、こうした映画では珍しく、この作品はアクションをほとんど見せようとしない。そこで注力されているのは、あくまでも父と子の関係だ。
太陽が照ることなく、いつも曇天か雨模様のこの世界を、父と子はひたすら南に向かって歩く。途中、人肉食いの暴徒や盗人、老人などにも遭遇する。彼らが、そこで心を許すのは老人のみだ。父親は、息子に人間として善き存在であることを教えるが、それ以外の者に対してはとても冷酷だ。もちろんそれは息子を守るためではあるが。
このなかでもっとも印象的なのは、盗みを働いた黒人中年が登場するシークェンスだ。父親が座礁した船まで泳ぎ、発熱した息子は海辺で横になる。その隙に、彼らはすべてを盗まれる。父親は、慌てて黒人を追い、ピストルを突きつけて持ち物を奪い返す。さらに父親は彼の服を脱がせて奪い、極寒の地に置いてけぼりにする。しかし、息子は服を返すように父に懇願する。息子に説得されて、先ほどの場所に戻ると、そこにはもうだれもいない――。
このシーンは、「他者」が「他人」とは異なることを意味する。「他者」とは、簡潔に言えば、その存在を通して自己を省察する(=reflective)者だ。この無規制状況下の世界で、父親は息子=他者の倫理によって、社会的存在としての自己に引き戻される。当初、父親がその黒人中年に対して非道な行為をしたのは、彼が他者ではなく「他人」でしかなかったからだ。父親は、一度は過ぎ去ってしまった人間の道=The Roadに、息子の存在によって引き戻ってきた。
この映画は、2時間を通して、アノミー状態の世界で人間(=近代人)であり続ける親子をじっくりと描いたものだ。それだけと言えばそれだけだが、その丁寧な描写によって十分な説得力に導かれる。派手な画創りに走らず彩度が抑えられた映像も、シンプルに終末世界の絶望的な雰囲気を醸し出していた。
ただし、映画として地味で単調な印象を受けるのも否めない。終末世界を描いた映画は、たいていはサバイバルアクションだからだ。そこで観賞者はどうしても派手なアクションを期待するし、それを避ければこの映画のように逃げてばかりになる。もちろん本作は、観終わればそうしたアクションサバイバルに対してのアンチテーゼに位置する作品であることもわかるが、やはり地味で単調だ。もうちょっとなにかアクセントとなるものは欲しかったし、あのラストもテーマには沿っているがちょっとヒネりがなかったように思う。
監督:ジョン・ヒルコート/製作:ニック・ウェクスラー、ポーラ・メイ・シュワルツ、スティーヴ・シュワルツ、/製作総指揮:トッド・ワグナー、マーク・キューバン、マーク・バタン、ラッド・シモンズ/原作:コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(早川書房刊)/脚本:ジョー・ペンホール/撮影:ハビエル・アギーレサロベ/プロダクションデザイン:クリス・ケネディ/衣装デザイン:マーゴット・ウィルソン/編集:ジョン・グレゴリー/音楽:ニック・ケイヴ、ウォーレン・エリス/出演:ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、ロバート・デュヴァル、ガイ・ピアース、シャーリーズ・セロン、モリー・パーカー、ギャレット・ディラハント、マイケル・ケネス・ウィリアムズ/制作スタジオ:2929 Productions/北米配給:ディメンション、ワインスタイン/日本配給:ブロードメディアスタジオ/原題:"The Road"/2010年6月26日公開/112分
![]()
- 作者: コーマック・マッカーシー,黒原敏行
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/05/30
- メディア: 文庫
- 購入: 9人 クリック: 38回
- この商品を含むブログ (46件) を見る
■[映画]『ザ・ウォーカー』監督:ザ・ヒューズ・ブラザーズ(2010年)
崩壊した世界で一冊の本を持って西へ向かう男を描いた物語。終盤のアクションシーンなど見どころはあるのだが、テーマの掘り下げや物語の展開など、全般的に中途半端。もっと面白くなったはずなのに、もったいない作品だ。
崩壊した世界で、黒人の中年男性・イーライ(デンゼル・ワシントン)は、世界に一冊だけとなった本を持って、アメリカを西に向かって歩く。容赦なく暴徒が襲うが、彼は長い刃物で切り捨てる。イーライがある町に立ち寄ると、その町の独裁者・カーネギー(ゲイリー・オールドマン)が、その本を奪おうとする……。
カーネギーがこの本を欲するのは、ひとびとの心をコントロールする兵器となるという理由からだ。一方で、イーライはひとりで静かにこの本を読む。
もちろんこの本は、“アレ”である。なぜか宣伝では日米ともに明らかにしないが、それは中盤で明らかになるし、タイトルからも予想はつく。やはり“アレ”なのである。イーライがその本を大切に持って歩くのも、一冊だけならば説得力はある。一方で、カーネギーはそれをひとびとを支配するための「兵器」だと認識する。彼の姿は、もちろん昨今のアメリカ、つまり熱心な福音派だったブッシュへのアイロニーとして観賞者に受け止められる。
一冊の本で成立した社会、その本によって癒され赦される社会、そしてときにはそれが兵器となってしまう社会――この映画がテーマとしたのは、この本の西洋社会における強力な価値である。
が、しかし、その掘り下げが足らない。結局、その本をめぐって男たちが右往左往しているだけだ。結局この本は、機密文書程度の役割しか持っていないような描写に留まっている。
一方で、この映画はそれなりに見せ場のあるアクションシーンが盛り込まれている。ひとつが、イーライの長ナイフによる立ち回りであり、もうひとつが後半の銃撃戦だ。とくに銃撃戦は、ワンシーンワンカットで手持ちカメラがかなりのスピードで動く。これはかなり見ごたえがある。しかし、それくらい。ほかに良かったのは、そのアクションシーンで登場する不気味な老夫婦くらいか。
まとめると、崩壊した世界(アノミー状態)の倫理の掘り下げも足らないし、一方でアクションサバイバル映画としても中途半端。さらには、ラストに明かされるあの“ビックリ”も、物語上は機能しているものの、もう一段階ヒネリが欲しかった。なんだか、あのラストを導くためだけに置かれていたようにしか見えないからだ。だってさ、覚えてるなら、大事に本を運ぶ必要あるのかな?
企画としては申し分ないと思うのだけど、小さく中途半端にまとめてしまい、もったいないなぁと思ってしまう作品だ。
監督:アレン・ヒューズ、アルバート・ヒューズ(ザ・ヒューズ・ブラザーズ)/製作:ジョエル・シルヴァー、ブロデリック・ジョンソン、アンドリュー・A・コソーヴ、デヴィッド・ヴァルデス、デンゼル・ワシントン/製作総指揮:スティーヴ・リチャーズ、スーザン・ダウニー、エリック・オルセン/脚本:ゲイリー・ウィッタ/撮影:ドン・バージェス/プロダクションデザイン:ゲイ・バックリー/衣装デザイン:シャレン・デイヴィス/編集:シンディ・モロ/音楽:アッティカス・ロス/音楽監修:デヴァ・アンダーソン/出演:デンゼル・ワシントン、ゲイリー・オールドマン、ミラ・クニス、レイ・スティーヴンソン、ジェニファー・ビールス、フランシス・デ・ラ・トゥーア、マイケル・ガンボン、トム・ウェイツ、エヴァン・ジョーンズ、ジョー・ピングー、クリス・ブラウニング、リチャード・セトロン、ラティーフ・クラウダー、マルコム・マクダウェル/制作スタジオ:Alcon Entertainment、Silver Pictures/北米配給:ワーナー・ブラザーズ/日本配給:角川映画、松竹/原題:"The Book of Eli"/2010年6月19日/118分
![]()
- 作者: 尾之上浩司
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2010/05/25
- メディア: 文庫
- クリック: 5回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
![]()
- アーティスト: Atticus Ross,Claudia Sarne,Leopold Ross
- 出版社/メーカー: Reprise / Wea
- 発売日: 2010/01/26
- メディア: CD
- クリック: 23回
- この商品を含むブログ (7件) を見る
2010/07/04/Sun
■[映画]『ボローニャの夕暮れ』監督:プピ・アヴァティ(2008年)
イタリアの“巨匠”と呼ばれるベテラン監督が、ひとつの家族を第二次世界大戦を挟んだ15年間に渡って描いた作品。主演のシルヴィド・オルランドは、第65回ヴェネチア国際映画祭で主演男優賞を受賞。しかし、3時間の話を無理やり1時間54分にまとめた印象を抱かせる、非常に忙しない映画であった。また、ケータイ小説とそっくりなのが非常に興味深い作品である。
1938年、イタリアの中都市・ボローニャ。高校教師のミケーレ(シルヴィオ・オルランド)は、同じ学校に通う一人娘・ジョヴァンナ(アルバ・ロルヴァケル)が人気者の同級生に恋していることに気づく。しかし、母親のデリア(フランチェスカ・ネリ)は、地味な娘がそんなイケメンと上手くいかないと思っている。ある日、女友達・マルチェッラのパーティーに行ったジョヴァンナだったが、イケメンが自分と踊ってくれないことに傷ついて塞ぎこむ。その数日後、学校である事件が起きる……。
ミステリーかと思いきやそんなことはなく、映画は崩壊していく家族を順を追って描いていく。同時に、戦況も悪化し、家族はバラバラになっていく。
この映画、中盤から恐ろしく駆け足だ。シーンが変わっても、状況の説明などほとんどなく登場人物は終始話しまくる。次のシーンでもいきなり話しまくる。これが延々と続く。それはとても単調だ。また、登場人物の内面が描写されるシーンなどはない。登場人物がどういう思いのもとそのような行為に至ったか、ほとんど説明的な描写はない。登場人物の表情から感情を読み取れということかもしれないが、シーンもカットもコロコロ変わるから、そんな余韻はさっぱりない。物語的にも、母親のデリアの描き込みが不足しており、彼女の行動理由が意味不明である。
結局、この映画で描かれているのは、出来事のみなのだ。シーンがあって、人間がいて、情報だけをやりとりする。そこには、登場人物の関係性や彼らの行為の動機などは、あまり描かれない。これは、ケータイ小説(とその映画)と酷似している。そこが興味深い。
なぜこういう表現が可能になるのか?
おそらくそれは、登場人物に観賞者各自の有する知識(≒記号的なパターン)を代入することで、その動機や感情を補足するからだ。よって、作品の中で登場人物の感情や動機、そして関係性などが描かれなくても、この映画は成立するわけだ。もちろんそのパターンとは、世代や社会(文化)によって異なるが。
ケータイ小説が共感ベースだったのは、こういう構造(事件のみが生じ、読者のクラスタが共通していた)があったからだが、この映画も中高年男性の主人公の行動を描くことで、観賞者の中高年男性は各自持つ知識(記憶)を代入することで共感可能になる。逆に言えば、中高年男性以外に面白いと思える可能性がなかなかない映画だ。ふつうの映画として観れば、駆け足で説明不足な駄作でしかないからだ。
そして、こうした限定的なクラスタ相手の共感ベースの物語は、非常に慰撫的になる。ケータイ小説は、「取り返しのつかないことばかりですが、私は元気です」といった記憶の読み替え(「ポジティブシンキング」とも言う)だったが、この作品も同様である。
中高年男性は、娘を守るためにひたむきに生き続け、やはり彼は報われる。最後など、まったくもって意味不明に報われる。なんだそれ?って言わんばかりに報われる。
つまりこれは、単なる世界の狭い年寄りでしかない“巨匠”が、優しく慰撫されたい中高年男性の感涙を誘う映画なのである。実際、マスコミ試写にいらっしゃるお年を召された映画評論家と覚しき中高年の方々が、しみじみと「いい映画だった」と話していた。評論家がそんなことでいいのかどうかはさておき、そういう映画なのである。そしてまた、こんな映画が『恋空』などを嫌悪してそうな客が集まるアート系シアターで上映されているのも、とても面白いと思う。
監督・原案:プピ・アヴァティ/製作:アントニオ・アヴァティ/脚本:プピ・アヴァティ、アントニオ・アヴァティ/撮影:パスクァーレ・ラキーニ/音楽:リズ・オルトラーニ/出演:シルヴィオ・オルランド、フランチェスカ・ネリ、アルバ・ロルヴァケル、セレナ・グランディ、エッジオ・グレッジオ/日本配給:アルシネテラン/イタリア配給:Medusa Film/原題:"Il papà di Giovanna"=「ジョヴァンナの父」/2010年6月26日公開/104分
■[映画]『しあわせの隠れ場所』監督:ジョン・リー・ハンコック(2009年)
金持ちの白人一家が貧しい黒人少年を援助するという、実話ベースの「深イイ話 in USA」。主演のサンドラ・ブロックが、アカデミー賞とラズベリー賞の主演女優賞をダブル受賞。ひねりのないベタな話だが、「実話」という担保がさまざまに機能してしまうタイプの映画。
巨漢の黒人少年、マイケル・オアーは、運動神経は抜群で大人しい性格だが、家庭は貧しくホームレスになりかけていた。スーパーマーケットを経営する夫や子供たちと裕福な生活を送っているリー・アン・テューイ(サンドラ・ブロック)は、薄着で冬の夜道を歩くマイケルを見かけて思わず声をかけ、家まで招き入れる。当初は食事と暖を与えていただけだったが、彼女は優しいマイケルの性格を知り、アメフト部に入れ、家庭教師をつけ、そして養子として迎える。
これが実話であることは、冒頭で説明される。マイケル・オアーは、ドラフト1巡目でNFLに入団するほどの選手だ。彼がそれにいたるまでの流れを描いたのが、この映画だ。それは、なんともひねりないの話。ただ、実話という担保がそこに批判を許さない仕組みになっている。
たとえば、マイケルをはじめ、テューイ一家もみんな善人だ。マイケルと同い年で、アン家の一人娘・コリンズ(リリー・コリンズ)も素直にマイケルを受け入れる。一方で、この映画には、悪いひとがほとんど出てこない。スラムにあるマイケルの実家周辺にたむろする黒人たちも、悪者だとは描かれない。こうした描写は、偽善くさくも感じる。たしかにそのとおりなのかもしれないが、あまりにも上手く話が転がりすぎるからだ。
もう一点気になったのは、リーがマイケルを養子として迎え入れる決め手とした人格調査だ。このテストによって、マイケルの保護意識がとても強いという数値が出る。逆に言えば、マイケルの人格が悪ければ、リーは受け入れない可能性もあったということだ。
この映画には、政治的な揶揄をする描写もいくつか出てくる。サンドラ演じるリーが、スラムの役所に行って長く待たされるシーンがある。怒った彼女が「責任者を出しなさい!」と窓口の女性に怒ると、その窓口の女性は壁を指さす。そこにはブッシュ元大統領の写真がある。また、マイケルにつける家庭教師(キャシー・ベイツ)が、リーからオファーを受けた後に声を潜めて言う。「実は私、民主党員なの。それでもいい?」と。
これらは、「白人の金持ち=保守派の共和党員」というイメージをちょこっと皮肉ってるわけだ。そこには、一応この映画をただのイイ話では終わらせないような意図が感じられる。日本映画じゃありえない描写ではある。
ただ、結局このように格差や社会政策をいろいろ揶揄しても、その主張はアメリカ社会の推進力として再利用される印象を受ける。もちろんそれはいい方向に働くこともあるんだけど、なんだかマッチポンプ的にも見える。こういう実話があって、それを感動作として送り出しても、社会制度を変えないことにはこれからもマイケルのような存在は生まれてくる。そして、この映画はマイケルを一例を通して、アメリカ社会の問題を抜本的に解決する主張を盛りこんではいない。そこが偽善くさい。
が、もう一方の見方としては、これを大ヒットするベタな物語にし、そこに共和党や資産家への皮肉も混じえ広く伝えることで、これで十分な役割も果たしたとも言える。ただ、この皮肉もちょっとだけだから、免罪符に見えなくもない。そこにはマイケル・ムーアやオリバー・ストーンのような怒りもない。
なんにせよ、こういう小さな“深イイ話”を相変わらずアメリカ人は好きなんだな、ということはよくわかる作品だ。
監督・脚本:ジョン・リー・ハンコック/製作:ギル・ネッター、アンドリュー・A・コソーヴ、ブロデリック・ジョンソン/製作総指揮:モリー・スミス、ティモシー・M・バーン、アーウィン・ストフ/原作:マイケル・ルイス『ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟』(ランダムハウス講談社刊)/撮影:アラー・キヴィロ/音楽:カーター・バーウェル/出演:サンドラ・ブロック、クィントン・アーロン、ティム・マッグロウ、キャシー・ベイツ、リリー・コリンズ、ジェイ・ヘッド、レイ・マッキノン、キム・ディケンズ、キャサリン・ダイアー、アンディ・スタール、トム・ノウィッキ/制作プロダクション:Alcon Entertainment/日本配給:ワーナー・ブラザーズ/北米配給:ワーナー・ブラザーズ/原題:"The Blind Side"/2010年2月27日公開/128分
![]()
しあわせの隠れ場所 Blu-ray&DVDセット(初回限定生産)
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- 発売日: 2010/07/21
- メディア: Blu-ray
- 購入: 1人 クリック: 18回
- この商品を含むブログ (22件) を見る
![]()
- 作者: マイケルルイス,河口正史,藤澤將雄
- 出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン
- 発売日: 2009/11/25
- メディア: 単行本
- 購入: 4人 クリック: 52回
- この商品を含むブログ (25件) を見る
2010/06/28/Mon
■[映画]『ブルーノ』監督:ラリー・チャールズ(2009年)
『ボラット』のサシャ・バロン・コーエンが、ゲイのオーストリア人・ブルーノに扮して、世界各国でドタバタを巻き起こすフェイク・ドキュメンタリー。面白いけれど、良い子のボクちゃんたちにはオススメできない。
ブルーノのキャラは、ゲイのオーストリア人ファッションレポーター。チビTに短パンというその造型は、非常にステレオタイプなもの。彼がさまざまなひとに会い、無茶苦茶言動によって相手を大混乱させていく。物語の基本的な流れは『ボラット』と同じ。ただし、ボラットがアメリカを横断したのに対し、ブルーノは世界を移動する。その内容は、とても露悪的でありお下劣なものである。
今回ターゲットとなるのは、ポーラ・アブドゥル、共和党大統領候補のロン・ポール、アルカイダの幹部、モサド元長官とエルサレム市長など。『ボラット』よりも、さらに政治色は強まったと言える。
インパクトは『ボラット』が上、構成は『ブルーノ』が上という印象。前作よりも上手くまとまっているが、同じパターンであることは否めない。ただ、そうしたストーリーは実はけっこうどうでもいい。『ボラット』も『ブルーノ』も、ネタのひとつひとつを繋げて一本の映画にまとめあげているだけで、見どころは各ネタにある。
これらのネタにおけるブルーノは、非常に俗的な振る舞いで混乱を巻き起こすだけ。彼は無思想であり、そこに特定の政治意識はうかがえない。わかりやすく言うとクルクルパーである。
見どころは、ブルーノという激烈にスノビッシュな存在によって、ひとびとが翻弄させられる様子だ。各々の政治的な主義主張は、この存在を前にしてどうなるか――って、いやまぁたいていは怒るわけだが。
ただ、そうしてさまざまな主義主張を完膚無きまでに茶化すことにより、ブルーノは観賞者の主義主張までをも相対化し、結果的に「君たちが信じていることは、どれほど正しいの?」というメッセージを投げかける。この作品が非常にシンプルに伝えるのはこれだ。ブルーノは、そこでトリックスターとして機能する。
問題があるとするならば、前作とパターンがいっしょだということ。フェイク・ドキュメンタリーである以上、構成に大きな工夫はできないのだろうが、内容的には大物有名人相手へのドッキリでしかない。ならば、別にこうした劇映画としての構成がどれほど必要なのか、とも思う。
監督:ラリー・チャールズ/製作:サシャ・バロン・コーエン、ジェイ・ローチ、ダン・メイザー、モニカ・レヴィンソン/製作総指揮:アンソニー・ハインズ/キャラクター創造:サシャ・バロン・コーエン/原案:サシャ・バロン・コーエン、ピーター・ベイナム、アンソニー・ハインズ、ダン・メイザー/脚本:サシャ・バロン・コーエン、アンソニー・ハインズ、ダン・メイザー、ジェフ・シェイファー/撮影:アンソニー・ハードウィック、ウォルフガング・ヘルド/衣装デザイン:ジェイソン・アルパー/編集:ジェームズ・トーマス、スコット・M・デイヴィッズ/音楽:エラン・バロン・コーエン/音楽監修:リチャード・ヘンダーソン/出演:サシャ・バロン・コーエン、グスタフ・ハマーステン/制作プロダクション:Media Rights Capital/日本配給:クロックワークス/北米配給:ユニバーサル・ピクチャーズ/原題:"Brüno"/2010年3月20日公開/80分
![]()
- 出版社/メーカー: エイベックス・マーケティング
- 発売日: 2010/09/03
- メディア: DVD
- 購入: 14人 クリック: 645回
- この商品を含むブログ (17件) を見る
■[映画]『FLOWERS フラワーズ』監督:小泉徳宏(2010年)
資生堂のシャンプー&リンス「TSUBAKI」CMに出演する人気女優たちが、3世代6人の女性たちを演じたオリジナル映画。出来は悪くないが、思想的にはとても保守的で、そこで好き嫌いが大きく分かれる。フェミニストでなくても、驚くほど保守的な内容だ。
三つの時代が、それぞれ描かれながら物語が進む。昭和11年(1936年)、凛(蒼井優)は父親に決められた結婚に不満を持ち、結婚式の当日花嫁姿のまま家を飛び出す。2009年、92歳で亡くなった祖母・凛の葬式で、孫の奏(鈴木京香)と佳(広末涼子)の姉妹は久しぶりに会う。佳は結婚して子供や夫と仲むつまじく暮らしているが、独身の奏はピアニストとしても大成しておらず、密かに身ごもっている。1964年代、凛の娘で三姉妹の長女の薫(竹内結子)は、大学教員の夫(大沢たかお)と結婚旅行に出かける。1969年、凛の次女である翠(田中麗奈)は、官能小説の編集者として出版社で働いてるが、恋人の菊池(河本準一)からプロポーズされる。1977年、三女の慧(仲間由紀恵)は、夫(井ノ原快彦)とともに団地で暮らしており、二人目の子供を妊娠することが。
だれが観てもわかるが、この作品の元ネタは、スティーブン・ダルドリー監督の『めぐりあう時間たち』だ。1920年代、1950年代、現代(2000年代前半)と、三つの時代を生きる3人の女性たちの一日を描いた映画だった。三つの時代の女性たちをそれぞれ描く点では同じだが、そのメッセージ=思想は正反対だと言える。
『めぐりあう時間たち』が描いたのは、従来の社会規範のなかでもがいている女性たちの姿だった。その三つの時代は、それぞれフェミニズムにおける三つの波の直前だ。たとえば、ジュリアン・ムーア演ずる1950年代の専業主婦は、レズビアンである自分を押し殺して、良き妻、良き母であろうと苦悩している。
対して『FLOWERS』は、その構成を借りて女性たちの煩悶を描くものの、最終的には『めぐりあう時間たち』と逆の結論を導く。つまり、結婚して子供を持つことを女性の幸せとして描く。
結婚や出産において、女性たちは一応は逡巡する。蒼井優演じる凛は、自己決定でないことを理由を一時は遁走するものの、結局は結婚式で相手の顔を見て笑顔を浮かべる。田中麗奈演じる翠は、キャリアウーマンとして男性に混じって働いてるものの、ミニスカートで会社に行くと同僚の男性たちは色めきたち、そして不満げだったプロポーズにも承諾する。現代では、夫と子供と仲良く暮らしている妹の姿を見て、鈴木京香演じる奏はシングルマザーとなる決意をする。
これらの描写が、特段に不自然ということはない。当初は不満であっても結婚を受け入れる戦前の女性は存在しただろうし、仕事と結婚の間で揺れて結婚する女性もいただろう(翠が寿退社したかどうかは描かれていない)。そしてまた、それは当時においてはごく一般的な生き方だった。
しかし、問題は結婚や出産した後なのだ。『FLOWERS』で蒼井優と田中麗奈演じるふたりは、結婚した以降のことが描かれていない。ここで思い出すのは、『めぐりあう時間たち』で現代を舞台にメリル・ストリープが演じた女性だ。レズビアンの彼女は、娘に結婚した日のことをこう話す。
「翌朝、限りない可能性を感じた。『そう、これが幸せの始まりなのね。この先、もっと幸せが訪れるんだわ』って(笑)。でも違った。始まりではなかった。あの瞬間こそが幸せそのものだった」
それは、ロマンティック・ラブ・イデオロギー=生涯に唯一の異性を愛し続けることを善しとする社会規範に縛られていた彼女の気づきであり、そしてこう述懐する彼女はそんな過去から脱却している。
もちろん、『FLOWERS』の登場人物が間違っているわけではない。いまだって専業主婦に徹する女性はいるだろうし、女性が子供を産むからこそ人類は続く。それ自体が悪いわけじゃない。そうではなく、それ以外の価値を描いていないことが時代錯誤なのだ。つまり、キャリアウーマンとして働き続けることや、子供を産まない人生を生きる女性たちを描いていない。唯一的な価値しか提示できていないことが古くさいのだ。
多様な女性の生き方を描くチャンスはいくらでもあった。たとえば、田中麗奈演じるキャリアウーマンが、結婚せずに働き続ける物語だってあっただろう。鈴木京香演ずる中年女性が、ひとりで生きていくために中絶する物語だってあったはずだ。それらの結論に至ったとしてもまったくもって不自然ではないし、悪いことでもない。なぜならば、蒼井優演じる昭和初期の女性には不可能だった自己決定が、できる時代なのだから。
この映画が保守的に見えるのは、こうした映画内容だけでなく別の要因もある。それは、座組や企画、キャストなどの側面だ。
この6人の人気女優が資生堂のCM「TSUBAKI」に出演し、この作品もこれを出発点とした企画であることは、観る前にほとんどのひとが知っている。映画のキャッチコピーはCM同様「日本の女性は、美しい」だ。観賞者は、前提的にこのフレームで映画を読み解く。そのために、この作品は「女は子供を産むことこそが美しい」というメッセージとして捉えられる。そうなると、当然のごとく「子供を産ま(め)ない女性は、美しくないのか!」とツッコまれるわけだ。
もしこの映画が、資生堂のCMと無関係で、それほど有名じゃない女優たちを配して創られていれば、観賞者はそうした読み解きをしなかったはずだ。つまり、ADKと資生堂を中心とするこの座組こそが、読解フレームとしてネガティブに機能してしまう。
ただし、この映画は出来が悪いとは言えない。テーマは保守的だが、製作者が描きたいことはおそらく概ね成し遂げられている。物語的な粗も、演出的にひどく不出来な部分もそれほどない。小泉監督は、十分な演出をしている。各時代は、その時代に使われた映像(フィルム)の質感にされており、特にテクニカラーの映像のなかの田中麗奈は一見の価値がある。このあたりは、制作したROBOTの技術が活きており、すごくそれいは可能性も感じる。一方で、小津安二郎の安易なパクリもあるけども。
とは言え、やはり「恥ずかしい映画」と言わざるをえない。フェミニスティックな『めぐりあう時間たち』をパクり、非常に保守的な映画にしてしまったのはとても恥ずかしい。それは戦争反対映画の設定をパクって、戦争賛美映画を創ってしまったようなものだ。それが皮肉として明確なメッセージであればまだいいが、単に『めぐりあう時間たち』をよく理解できていないか、なにも考えてないとしか思えない。この保守的な主題を伝えたいならば、もっとも参考にしてはならない作品をチョイスしているわけだから。
また、メッセージの良し悪しについてはひとそれぞれであろうが、少子化や未婚化が進んでいる日本においては、女性をターゲットとしてきた資生堂のCIをかなり損なうのではないかと思えるほど保守的だ。それがだれの意図かはわからないが、資生堂がこれほどまでにオッサン慰撫を前面に押し出して、大丈夫なのだろうかと心配になるほどだ。
監督:小泉徳宏/プロデューサー:飯島雄介、天野孝之、八木欣也、黒木敬士/エグゼクティブプロデューサー:阿部秀司/製作総指揮:大貫卓也/アソシエイトプロデューサー:天野賢、小出真佐樹/企画:大貫卓也/脚本:藤本周、三浦有為子/撮影:広川泰士/視覚効果:石井教雄/美術:山口修/衣装デザイン:小川久美子/編集:張本征治/音楽:朝川朋之/主題歌:Dreams Come True『ねぇ』/ヘアメイク:田中マリ子/照明:津嘉山誠/整音:太斎唯夫/装飾:龍田哲児/録音:小林武史/出演:蒼井優、鈴木京香、竹内結子、田中麗奈、仲間由紀恵、広末涼子、大沢たかお、井ノ原快彦、河本準一、駿河太郎、三浦貴大、平田満、真野響子、塩見三省、長門裕之/製作:ADK、ROBOT、東宝、小学館、資生堂、日本テレビ、読売テレビ、読売新聞、KDDI/制作プロダクション:ROBOT/配給:東宝/2010年6月12日公開/110分
![]()
- 作者: 百瀬しのぶ
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2010/05/07
- メディア: 文庫
- クリック: 4回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
2010/06/24/Thu
■[映画]『アウトレイジ』監督:北野武(2010年)
北野武の監督15作目で、『BROTHER』以来10年ぶりのヤクザ映画。この10年間の北野映画では、もっとも完成度は高いが、とても実験的な作品であるのも間違いない。
暴力団・山王会本家を仕切る会長の関内(北村総一朗)。その部下の若頭の加藤(三浦友和)は、傘下の池元組組長・池元(國村隼)に、弱小の村瀬組組長・村瀬(石橋蓮司)を締めろを指示する。村瀬と仲良くしてきた池元は、配下の大友組組長・大友(ビートたけし)にその役目を頼む。大友の部下は、サラリーマンを装って村瀬組のぼったくりバーにわざと引っかかり、村瀬組の飯塚(塚本高史)は支払いのために赴いた先で大友たちに囲まれて逃げ帰る。その後、飯塚の指を持って大友組に侘びを入れにいった木村(中野英雄)は、大友にカッターで顔を切られる。それに腹を立てた木村と飯塚は、仕返しに大友組の組員を拉致して殺害。山王会若頭の小沢(杉本哲太)は、大友に命じ村瀬組とカタをつけることを指示。一方で大友は、大学時代のボクシング部の後輩で刑事の片岡(小日向文世)などと情報交換しつつ、若頭の水野(椎名桔平)、石原(加瀬亮)などとともに、村瀬のシマで闇カジノの経営を始める……。
報復が報復を呼ぶ物語は、複雑ながらもわかりやすく丁寧に進んでいく。そして、シーンが変わるたびにバイオレンスもエスカレートしていく。が、しかし、前半では痛く感じられた暴力性は、中盤から後半にかけて観賞者の慣れを導く。それは、この世界に暴力のコミュケーションしかないからだ。
「全員悪人」という惹句のとおり、登場人物は全員悪人だ。この世界には「善」が存在しない。しかし、善悪は相対的な価値でしかないゆえに、「悪」しかない世界とはそれが「常識」そのものとなる。そこでの暴力とは、日常的なコミュニケーションでしかない。観賞者が暴力に痛みを感じなくなるのは、この世界の独特なコミュニケーションを後半に受け入れるからだ。この世界は、暴力でできている。
そのため、観賞者はシーンが変わる度に「今度はだれがどのように痛めつけられるのか」といった期待をする。北野監督は、そこで最大限のサービス(殺し方)を発揮しつつも、過剰な意味付けをしない。登場人物は、当たり前のように報復に報復を重ねるだけ。その行動は機械か動物、あるいは人形(=dolls)のように単純化されており、深い逡巡や葛藤はいっさい描かれない。暴力の危うさを描こうとしないこの映画は、「暴力」を題材とした作品としてしばしば同列に置かれる『ヒーローショー』(→レビュー)とは、まったく異なるタイプの作品だと言える。
もはやそれはコントなのである。ここにあるのは、非常に純化されたコミュニケーションそのものであり、その形態が暴力なだけ。観賞者は、そのプロセスのみを観る映画だ。
それは、北野武が2002年に『Dolls〈ドールズ〉』(→レビュー)で一度完成させたフォルマリズム(形式主義)だ。題材が暴力なだけで、実は物語や登場人物、暴力そのものに深い意味はない。暴力のコミュニケーションのみの世界を極めて形式的に描いただけだ。その点で、とても実験的な映画だと言える。
ただし、それもあってこの映画には抑揚がない。前半で驚かされる暴力劇は、中盤から後半にかけては淡々と進んでいく印象を受ける。そこには『ソナチネ』や『キッズ・リターン』での、スタティックな時間に突然ダイナミズムが生じる構成はない。すべては淡々と惨事が起こるべくして起こる。
問題があるとするならば、クライマックスからラストにかけてだろう。あのスローモーションは、それまで淡々と流れていた時間を唯一操作していたシーンだ。同時に、それによって観賞者はこの映画が終わりに近づいていることを感じる。とてもわかりやすく、同時に形式主義を破綻させた技巧であった。スローモーションは、それまでの形式的な暴力コミュニケーションの連接とは異なる意味(悲壮的叙情)を付与してしまったからだ。この映画で唯一残念なのは、この点にある。
そして、90年代の北野武ならば、この映画をどのように終わらせたか考えてしまう。あのクライマックスからラストは、『ソナチネ』、『キッズ・リターン』、『HANA-BI』と続いた93〜97年──それはあのバイク事故を挟むのだが──にかけての北野武全盛期にはほど遠い凡庸な演出だからだ。
この作品が『HANA-BI』以降の北野作品のなかで、もっとも出来がいいことは間違いない。しかし、やはり北野武への期待値は簡単には下がらない。
監督・脚本:北野武/プロデューサー:森昌行、吉田多喜男/アソシエイトプロデューサー::梅澤勝路、葉梨忠男、武田佳典/ラインプロデューサー:小宮慎二、加倉井誠人/撮影:柳島克己/美術:磯田典宏/衣装:山本耀司(大友組組長衣装)/衣装デザイン:黒澤和子/編集:北野武、太田義則/キャスティング:吉川威史/音楽:鈴木慶一/音響効果:柴崎憲治/メイク:細川昌子/記録:吉田久美子/照明:高屋齋/装飾:尾関龍生/録音:堀内戦治/助監督:稲葉博文/出演:ビートたけし、椎名桔平、加瀬亮、三浦友和、國村隼、杉本哲太、塚本高史、中野英雄、石橋蓮司、小日向文世、北村総一朗/製作:バンダイビジュアル、テレビ東京、オムニバス・ジャパン/制作プロダクション:クレジット無し/配給:ワーナー・ブラザーズ、オフィス北野/2010年6月12日公開/109分
![]()
- アーティスト: 鈴木慶一
- 出版社/メーカー: ドリーミュージック
- 発売日: 2010/06/02
- メディア: CD
- 購入: 2人 クリック: 47回
- この商品を含むブログ (18件) を見る
![]()
- 作者: 日経エンタテインメント!
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2010/05/31
- メディア: ムック
- クリック: 16回
- この商品を含むブログ (16件) を見る
![]()
アウトレイジ スペシャルエディション(DVD+ブルーレイ+特典DVD)
- 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
- 発売日: 2010/12/03
- メディア: DVD
- 購入: 5人 クリック: 154回
- この商品を含むブログ (21件) を見る
2010/06/16/Wed
■[告知]『文化系トークラジオ Life特別編:〜映画『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』を語る〜』
告知です。
あした6月17日、TBSラジオ21:00〜22:00に、『文化系トークラジオ Life特別編:〜映画『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』を語る〜』に出演しています。
出演は、charlieこと社会学者の鈴木謙介さん、ライターの速水健朗さん、そして松谷創一郎です。また、僕は主演の松田翔太さん、高良健吾さん、安藤サクラさんのお三方にインタビューしてきました。
詳しくは、『文化系トークラジオ Life』の公式HPをご覧下さい。僕と松田翔太さんの2ショットが見らたりもします。
・【お知らせ】 6月17日(木) Life特別編 映画『ケンタと〜』を語る
http://www.tbsradio.jp/life/2010/06/life_37.html
・Life特別編 映画『ケンタと〜』を語るのお知らせ&取材報告
http://www.tbsradio.jp/life/2010/06/life_life_612_1110.html
この映画については詳しくは番組を聴いていただくとして、いまもっとも注目されるU-25の俳優3人はやはり注目のしどころです。この3人に話を訊く機会ができて非常に良かった。
松田翔太さんは『ワルボロ』のときに一度お会いしているのですが、あとの二人はどんなひとなのだろうかと非常に楽しみでした。そして会い、やはり彼らは今後の日本映画界を支えていくひとだと深く納得したしだいです。
是非訊いて下さい!








![bruno 完全ノーカット豪華版 [DVD] bruno 完全ノーカット豪華版 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51aaQS5SVCL._SL160_.jpg)











![bruno 完全ノーカット豪華版 [DVD] bruno 完全ノーカット豪華版 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51aaQS5SVCL._SL75_.jpg)








![ハート・ロッカー [DVD] ハート・ロッカー [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51QFCD0ZiUL._SL75_.jpg)








![ズームイン!!から生まれた感動リアルストーリー 書道ガールズ甲子園 汗と涙の舞台裏 [DVD] ズームイン!!から生まれた感動リアルストーリー 書道ガールズ甲子園 汗と涙の舞台裏 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Tq7WWkCvL._SL75_.jpg)

![(500)日のサマー [DVD] (500)日のサマー [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51ZzHE4k3pL._SL75_.jpg)



![ゼブラーマン [DVD] ゼブラーマン [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/415TAGE6BPL._SL75_.jpg)
![ゼブラミニスカポリスの逆襲 [DVD] ゼブラミニスカポリスの逆襲 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51G-Wt68pOL._SL75_.jpg)
![ゼブラーマン [DVD] ゼブラーマン [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51uAaULORoL._SL75_.jpg)



![シャッター アイランド [DVD] シャッター アイランド [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51GYj9CG%2BML._SL75_.jpg)











![17歳の肖像 コレクターズ・エディション [DVD] 17歳の肖像 コレクターズ・エディション [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/510W8gg0cFL._SL75_.jpg)
