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2003/06/26/Thu

[]矢沢あい『Paradise Kiss』1〜4巻(集英社/2000〜2002年)

NANA』で大人気の作者が、「Zipper」で連載していた作品。既に完結したらしく、もうすぐ5巻も出るらしい。物語は、進学校の優等生の女の子が、服飾系高校の生徒にモデルのスカウトをされて、彼らとつき合ううちに「なんでもない私」という不安に陥り、それから脱しようとモデルの道を歩んでいく、なんて感じ。

 ポイントは、真面目な優等生の主人公・紫(ゆかり)が、服飾系高校・矢沢芸術学院(ヤザガク)のグループ「パラダイス・キス」の面々と知り合い、変わっていく過程だ。

 まず、前提的に押さえておくべきことは、この両者は、普通科の進学校の紫が「一心不乱に受験勉強に勤しむ無自覚な存在」として、ヤザガクの面々が「一生懸命に夢に向かって努力する自覚的な存在」として、対照的に描かれているところだ。当初、紫は、「何こいつ」とヤザガクの面々に拒否反応を示すが、彼らと親交を深めるうちに「だってあの子達は 自分の選んだ人生をちゃんと見つめながら歩いてる あたしもそんな風になりたい そんな風に生きてみたい」(1巻/p.60)と思うようになる。

 そして紫は、「(勉強しかできない)なんでもない私」という不安を駆られてしまうのだけど、それは、彼女が教育熱心な母親のもと、その期待に応えようと真面目に生きてきたことに起因する。だが、のちに彼氏となるジョージと出会うことで、承認欲求のベクトルは母親から彼に変更される。彼女は、ジョージに対してこのような恋心を抱く。

「あたしのブレーキは/あんたが 壊したんだから/ちゃんと責任取って リードして/パラダイスへ 連れてってね」(2巻/p.16)

 しかし、ジョージはそんな紫を簡単に承認しない。彼は、紫に対してこう言って突き放したりする。

「結局誰かが 敷いてくれた レールの上で/手を引いて もらわないと 安心出来ない タチなんだよな」

「悪いけど おれはそういう 主体性のない女は 好きじゃない」(2巻/p.77-78)

 このように翻弄されながらも、紫は、一生懸命「主体性を持ったモデル」を目指し、その期待に応えようとする。

 その後、彼女は学園祭でのファッションショーで、見事にパラダイス・キスのモデルをつとめる。ここまでが4巻までで、4巻の終盤にはライバルらしき存在も登場したりする。

 この過程で興味深いのは、紫が「彼が望む『主体性のある女』になる!」と考えながらも、しかし、それがジョージの欲求に沿っているという点で、理屈として主体的だとは言えないところだ。実際、彼女はそのことにぼんやり気づいている。

「でもジョージは そんな自分のない女は嫌いなの/結局あたしは その考えに/左右されてるだけの 何もない女なんだけど」(3巻/P.132)

 一般論として、「主体性」なるものが、本人の内から、自然に、「主体的」に沸き上がるものであるとするならば(これは「アイデンティティという罠」とも呼ぶべき、極めて厄介かつモダンな発想でもある)、彼女の場合は「主体性」の存立前提そのものがジョージによって剥奪されている。

 自分の居場所を見つけるべく、その矛先を恋愛対象(の要求)に委ねるなんてあたりは、とても少女マンガ的といえるのだが、旧来的なそれと微妙に違うような気がするのは、その恋愛対象の要求が「主体的であれ」ということだ。けっして「あるがままでいいんだよ」とか「俺の思うような女になれ」ではなく、「自分で考えて、自分で責任を取ることのできる、主体的な女になれ」というもの。

 しかし、先に書いたように、誰かになにかを要求され、それに応えようとする時点で、主体性なるものが実は剥奪されている。状況的にはつまり、「非主体的に主体的」だ。「乙女ちっく」と「大人の女」の相剋、というふうにも言えるだろうか。

 これは、極めて過酷なダブルバインド(二重拘束)のようにも思える。たとえば、以下のような煩悶は彼女の複雑な心性を特徴的に表しているだろう。

「いつか/ジョージの 理想の女に なれたら/ジョージは あたしだけを/見てくれるかな」

「頬が 胸が ズキズキする/どうしようもなく 痛いけど/ここで 泣いたら 女がすたる」(4巻/p.169-170)

 4巻はこのセリフを最後に終わるのだが、さて、この作品はどのような結末を見せるのだろうか。非常に気になる。

 それにしても、この作品は『NANA』に比べると、あまり人気がないらしい。だけど、それもわからなくもない。というのも、紫はパラキスメンバーにとっては、いまのところ(4巻まで)ゲスト扱い的な色合いが濃く、「仲間」という部分ではあまり楽しめない。描かれているのは「仲間に加入したくてしょうがない女」だ。

 他方、主人公・紫のパーソナリティだが、彼女はそれまでの自分の立場(普通科高校の真面目な高校生である「なんでもない自分」)を極端に否定する。そういう立場の人はとても多いわけだが、その場所から抜け出すきっかけが、彼女のルックスというのは、やっぱり敷居が高いだろう。露骨な表現だが、「『なんでもない自分』に不安を覚えているブス」には、とてもファンタジックな物語にしか見えないだろう。

 それと、服飾系の話や、明らかにヴィヴィアン・ウエストウッドをイメージした登場人物のファッションも、ストリート系一辺倒になりつつある昨今では、多少敷居が高いかもしれない。

●関連:矢沢あい『Paradise Kiss』5巻(祥伝社/2003年)

http://d.hatena.ne.jp/TRiCKFiSH/20030830/p1