
2003/11/10/Mon
■[本・ノンフィクション][Hit!]鈴木謙介「どうして恋をするだけでは幸せになれないのか:矢沢あいにおけるイノセント」 『ユリイカ』2003年11月号所収
ここ半年ほど僕はずっと矢沢あいを精読して、ここにつらつらメモしてきたわけだが、鈴木さんはこれらの矢沢あい作品を「社会学的」に「受け手の読み方の社会的な付置について」分析する。で、大きな流れとしては以下のような感じだろうか。
- 〈1〉『ご近所物語』は、「非コギャル」という「個性」=「不思議ちゃん」を導出するモデルとして機能していた。
- 〈2〉「不思議ちゃん(不思議少女)」とは、もともとは「街中でカメラを抱えているようなサブカルに傾倒している女の子たち」を指していたが、95-96年頃には「子供っぽいガジェットに身を包んだ、特に意味不明な言動をする少女たちを指すようになった」。彼女たちは、オヤジ視線を利用したコギャル的な性から退却し、「おかしな自分」という「個性」を旗印に自信を回復していった。
- 〈3〉『Paradise Kiss』で不思議少女的戦略が採用されなかったのは、「不思議ちゃん」という「個性」が確立されたゆえに、性の問題を避けられなくなってきたから。
- 〈4〉『NANA』のハチはいろんな男とつき合うが、「どれを選んでも幸せになれる」はずなのに「どれを選んでも幸せになれない」。これはアンソニー・ギデンズが『親密性の変容』の中で「再帰的近代」と呼ぶ後期近代の特徴で、「それが既存の制度や伝統をあてにできないが故に、すべて個人的なリスク計算に基づく選択の問題として立ち現われる」から。
- 〈5〉このような後期近代的な困難さは、男の子側にそれに対応できるスキルがないことで、それは村上かつら『サユリ1号』などに顕著に現れている。たとえば、『サユリ1号』の主人公は、同じサークルの男と寝まくっていた子の告白にフリーズした。これは、「ご主人様」や「お兄ちゃん」など「ギャルゲー的な少女」へと退却してしまったりもする男の子とも繋がるのかも。
以下、それぞれの解説と補足。
- 〈1〉では、「非コギャル」ということが強調されている。コギャルとは、男性の性的眼差しを自覚的に利用し、「コギャル」という記号を身にまとった少女たちのこと。
- 〈2〉では、「不思議ちゃん」が「コギャル的な性から退却していったことが強調されている。また、裏原で見られた一眼レフ&サブカルギャルから、篠原ともえを連想できるようなタイプに「不思議ちゃん」が変容していったと読める。
- 〈3〉は、「不思議ちゃん」が一般化したということでもあり、また、彼女たちが性愛関係から退却し続けられない年齢になったということだろう。
- 〈4〉は、ギデンズの「制度的再帰性」や「再帰的近代」についてのさらなる説明が必要だろう。まず「制度的再帰性」とは、「社会の実際の営みが、まさしくその営みに関して新たに得た情報によってつねに吟味、改善され、その結果、その営み自体の特性を本質的に変えていく」(『近代とはいかなる時代か:モダニティの帰結』而立書房/1990=1993/p.55)こと。簡潔には、制度に対しての自己反省、みたいな理解でいいだろう。「再帰的近代」とは、そのような再帰性が常に行われる近代社会のことだ。
- このような後期近代では、その再帰性ゆえに、リスクの問題が常に個人に委ねられ、伝統などといった指標もあてにならないので、恋愛が純化していくという特徴がある。また、『親密性の変容』は、ギデンズの「制度的再帰性」という理論を性愛などに適用させた語った内容。
- それと、個人的にこの「再帰的近代」の抱える困難を指摘するならば、すべてが個人の判断に委ねられるゆえに、それじたいに自覚的にならなければ、死ぬまで延々と続くということがある。さらに、恋愛の場面においてこれとつき合うことは、非常に困難だ。なぜなら、たとえ自らのイノセンスに依拠したところで、それは常に、再帰的に純化され続ける。これは「自分探し」とも同じ構造で、「新しい自分」が延々と発見され続けるように、新しいイノセンスが日々変容していくということだ。しかしながら、イノセンスが変容しても、恋人は変わらない。その場合の選択肢は大きく分けると、その恋人と別れるか、自らのイノセンスを諦めるか(自己のイノセンスと自覚的につき合うか=再帰性にいかに自覚的になるか)という、二つになる。『NANA』のハチはこの場合での前者に陥り、半年で恋人を3人替え、そして妊娠してしまったりもしている(ただし、僕はギデンズの本を3冊ほど持っているが、しっかりと精読していないので、ちょっと自信なしでもある。だので、以上のギデンズの理解は、間違えているかもしれない、と付記しておく。また「制度的再帰性」と聞くと、ゴフマンのそれと混同されやすいようで、発想は似ていないとも言えないが、基本的にべつものである)。
- 〈5〉は、宮台さんが『ニッポン問題。:M2:2』の第11回などで語っているようなことと繋がる。これは、男の子の読解力のなさに女の子が諦めて、一方、男の子はその承認をフェチ記号に託すようになった、という話。
さて、この鈴木論文を僕はかなり面白く読んだのだけど、それはやはり、「不思議ちゃん」という存在をピックアップしたところにある。個人的に、この不思議ちゃんとしてイメージしていたのは、水谷考次の写真集『Merry』(バウハウス/2000年)に登場する女の子たちだ。これは「原宿のヘンテコファッションギャルの写真集」みたいなものなのだけど、写真の下に被写体となった子たちの一言コメントも収められている(たとえば、「今の夢 インド貧乏旅行するぞ」というものなど)。この写真集に登場する子たちは、一様に奇抜で、それは個性的と言えなくはないのだが、しかし、その一様さゆえに「個性」というカテゴリーに括られる。いや、正確には、このような『Merry』というプロジェクトにまとめられる時点で、それは「『個性』という非個性」になり、その兆候はこれと似た写真雑誌が生まれた97、98年頃からあった。
それを踏まえて考えると、この鈴木さんの分析はとても説得的だ。当初それが「非コギャル」であり、それが「不思議ちゃん」として確立し、それがのちに「コギャル」に“なれなかった”子たちの退却戦略として、「不思議ちゃん」という成員記号として転化したというのは、そのとおりだろう。
また、僕自身の体験として、むかしの「不思議ちゃん」はその数の少なさゆえに、その多くが逸脱者としてのアイデンティティを抱えていたし、それを拠り所にしていた。それは、「退却」などではなく、明らかに逸脱ゆえの「対抗」だった(美大はその吹き溜まりだった)。一眼レフを首から下げた女の子が原宿で見かけられる前に、このような「対抗としての不思議ちゃん」がいたわけだ。
つまり「対抗」→「対抗のための退却」→「ただの退却」という変化を遂げているのだ。このような「不思議ちゃん」の変容は、実はオタクの変容とも似ていなくもない。オタクはそもそもは「対抗としての退却」だったが、のちにそれがただの「退却」となった。「不思議ちゃん」と違うのは、それが一般化したときに「対抗」として立ち現れてきたりしていることである。
他にも、この鈴木論文の説得性の高さを示すこととして、『サユリ1号』の参照もある。詳しくは以前書いたが、『サユリ1号』は、男性誌で連載されたこともあり、基本的には男の子のシンパシーを得るためのアプローチだった。結果的に主人公の男の子は、自閉し、身近にいる幼なじみの許しを得るというオチを招くが、あれは男性誌的には、ひとまずはハッピーエンドなのだ。実際に、そこに感動する読まれかたもされただろうし、それは不思議ではない。しかし、それは対他関係から退却していく男の子の話として、そのような読者から支持されたということであって、その現象そのものがとても興味深いのはやはり間違いない。このような、結果的に男性誌で男の子の対他関係から退却を克明に描いてしまった作品をぶつけるのは、見事というほかない。
ただ、この鈴木論文で、ひとつだけ気になるのは、ギャルにとっての矢沢あいはどうか、ということだ。これは、『天使なんかじゃない 完全版』に触れたときに二度触れたけど(6/9、6/18)、僕の友人の81年生まれのギャルの子は、『天ない』を「仲間」という枠組みで読んでいた。また、ギャルの子たちが『NANA』をどう読むか、また読んでいないのか、僕はとても気になる。
そして最後に、この鈴木論文の冒頭の一言。
「『NANA』を読んでいたら、やっぱり本当に好きじゃない人とは一緒にいるべきじゃないって思ったの」
というのが、彼女のさよならの言葉だった。
僕が今年ずっと矢沢あい作品を読んでいたのは、実は矢沢あいが大好きな21歳の女の子に、この鈴木さんが言われたこととほぼ同じことを言われて、ふられたからだった。トホホ。
本人がここを読んでいる可能性もあるので、あまり詳しくは書く気はないが(読んでたら、ゴメンな)、その子の場合、コミュニケーションの作法はとてもギャル的だった。が、それは決して「本心」というものを明かさない彼女の戦略的作法でもあったようで、フタを開けたらそのイノセンスな発想にかなり困惑したことを覚えている。「あれれ……?」って感じに。
ただ、そういうイノセンスの持つ困難さとは、上に書いたように、自分探しのキリの無さと似ている。「本当に好き」というのは、「本当に『本当に好き』」、「本当に『本当に[本当に好き]』」……、というふうに、無限後退していく可能性を常に孕んでいる。僕は、それが恋愛だけでなく、さまざまな場面で見受けられる彼女のことを本気で心配していた。そしてそれに「諦めろ、諦めろ」「間主観性という概念もあるよ」というようなことを遠回し説明して説得しようとしたが、結局はダメだった(そういえば、ゴフマンのFrame Analysisを応用して、「本当の自分」というものが現象する仕組みとそのパターンが発生する仕組みについて、わかりやすーく説明した記憶もあるナァ)。
それはロマンティックラブに翻弄されている若い女の子に振り回されただけ、といえばたしかにそうなのだが、僕自身がとても危惧していたのは、彼女と親密になる前に、彼女があまりそのようなイノセンスを表明しなかったことにある。彼女は、イノセンスの隠蔽が極めて巧みだった。ロマンティックラブをネタにしていたりもした。それはとてもギャル的な作法だと思っていたし、僕も当初はそういう子だと思って関係を作っていたので、フタを開けてビックリしたわけだ。
このような複雑さを抱える人もいるわけで、一言で「不思議ちゃん」と言っても、彼女たちはギャル的な作法を横目で見ているわけだから、ちょっと話しただけではなかなか判別がつかなかったりもする。また、ギャルと「不思議ちゃん」との中間領域的な子も多々いるはずだ。ましてや、外見ではその判別は極めて困難になる。「mini」「Zipper」的な裏原系ストリートファッションは、とても一般化したので、いまではギャルだった子も着ていたりする。
僕自身には、こういう子たちに、なにかを伝えたいという思いはいまだにあるし、身近な友人たちにはわかりやすくそのような話をしているつもりだ。なぜなら、こういう「不思議ちゃん」が本当に困難を迎えるのは、25歳を越すくらいからだからだ。「若い女」として男にチヤホヤされることなく、仕事でも恋愛でも現実に向かい合わなければならなくなる。結婚が安住の地でないことも社会に出ればわかるし、『NANA』のハチのようにタクミという玉の輿に乗れる子は、ほんの一部でしかない。余計なお世話だが、そういう彼女たちが心配だ。そして、そのために「なぜ自分が矢沢あいを好きなのか?」ということに自覚的になってほしいと思っている。それはギデンズ風に言うならば、「制度的再帰性」に自覚的になれ、ということに近しい。
また、余談だが、僕がふられたその子との最後のデートの日、僕は午前中に鈴木さんの『暴走するインターネット』を読み、そのデートの最中にこの本の装丁を手がけたコヤマシゲト氏と渋谷でバッタリと遭遇したのであった。コヤマさん、いいもん見たねー(笑)。それにしても『暴走するインターネット』というタイトルは、ギデンズの『暴走する世界』から取ったと思うのだけど、鈴木さんは本当にギデンズが好きっぽいね。
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ユリイカ2003年11月号 特集=マンガはここにある 作家ファイル45
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