
2004/01/29/Thu
■[another view][Hit!]「逆ジェンダーエンターテインメント」について

lepantohさんが「逆ジェンダーエンターテインメント」ということについて書いている。これは、「フランス人にも突然だったジャンプ『ヒカルの碁』の連載終了」という記事を受けてのものなのだが、この指摘はとても興味深い。
この「逆ジェンダーエンターテインメント」とは、たとえば、“女性”が主人公のエンタテインメントを“男性”が読むというもので、つまり、「読者のジェンダー」と「主人公のジェンダー」が一致していない状況のことを指している。
話を詳しく展開する前に、読者と主人公の関係を整理してこう。これは大きく分けると*1以下の4つのパターンがある。
- 〈1〉男性→男性キャラ……ex. 『スラムダンク』を読む男性
- 〈2〉女性→女性キャラ……ex. 『NANA』を読む女性
- 〈3〉男性→女性キャラ……ex. 『エマ』を読む男性、『NANA』を読む男性
- 〈4〉女性→男性キャラ……ex. 『スラムダンク』を読む女性
「逆ジェンダーエンターテインメント」とは、これでいけば〈3〉と〈4〉にあたる。対して〈1〉と〈2〉は、とても一般的な関係といえるだろう。この4つのなかでlepantohさんなどが注目しているのは、〈3:男性→女性キャラ〉=男性が女性キャラの主人公のエンタテインメントを読むこと、についてだ。
これについて、女性であるlepantohさんは〈4〉を踏まえながら語っているわけだが、そこでは〈3〉のパターンが見られないということを前提(この点への異論は後述)に、男性(ここでは少年)は「萌え」が先行するので感情移入する視点を獲得できない、と述べている。
この指摘は、男性読者の感情移入を考えるとき、そこに「萌え」を対置することで、それなりに核心を突いているものと思えるが、ちょっと異論もある。というのも、女性の主人公に感情移入する男性が、実際にいるではないか、という反論にも、ある程度の信憑性があるように感じられるからだ。
実際、現在は女性を主人公にした作品が男性向けの媒体で散見できる。たとえば、『コミックビーム』連載の森薫『エマ』や同『シャーリー』、コバルト文庫の今野緒雪『マリア様がみてる』などのここ最近の人気は、男性読者が支えているという話を耳にした。僕は読んでいないが、『エマ』と『シャーリー』は19世紀のメイドを描いたもので、『マリみて』は女子高を舞台にしたものらしい。
ただ、これらの現象(男性が女性主人公のマンガを読むこと)は、女性が男性の主人公のマンガを読んで、感情移入することとは、ちょっと違うような気がしてならい。というのも、『エマ』などはメイドものということもあり、男性がどうも「萌え」てるっぽいからだ。
しかし、「萌える」ことが、すなわち感情移入を否定するものだとも言えない。なぜなら、「萌え」ながら感情移入することも考えられなくはないからだ。すなわち、そこでは男性が女性キャラに感情移入しつつ、同時に女性キャラに「萌える」、というような重層的な(?)視点が成立しているようなことが想定できる。
つまり、ここでの男性読者は、〈A:主人公に萌える男性読者〉でありながら、同時に〈B:主人公に感情移入する女性〉であるのではないか、ということが考えられる。もちろん、〈A〉の立場だけでただ「萌え」ている場合もあるだろうし、〈B〉の立場だけで感情移入している場合もあるだろう。
lepantohさんが指摘しているのは、この〈A〉が〈B〉に優先してしまうということで、そこでこの両者は、必ずどちらか片方かが優位になるような、両天秤にかけられたようなものだと想定されている。そして僕は、そのような両天秤構造そのものに疑問を感じているわけだ。
では、この〈A〉と〈B〉の立場が同時に成立してしまうのはなんだろうか。考えられる可能性として、これは自己同一性が保持されておらず、人格が解離しているような状況になっていることが推察できる。つまり、〈A〉でありながら〈B〉であり、また〈B〉でありながら〈A〉であるが、しかし、〈A〉と〈B〉それぞれが見知らぬ他人同士のように存立している、ということだ。
これが成立する理由として考えられるのは、他者(ここでは〈B〉)の視点を獲得しているものの、自ら〈A〉にそれがフィードバックしてないということを意味していているように思える。ネガティブな表現をすれば、他者の視点を知ってはいるが、それを内面化できていない、ということだ。
さらに、オタク文化を支えている享受者のメンタリティとは、このような主体性の解離状況によって成立しているとも僕は考えている。このような「逆ジェンダー」のパターンではないが、たとえば僕は3年以上前に『Web SPA!』の短期連載で「『美少女ゲームにハマる』構図からオタクの精神性を慮る」という原稿を書いたことがある。そこでは『ときめきメモリアル』という有名なギャルゲーからオタクのメンタリティを析出したのだが、内容を要約すれば、プレイヤー本人と、プレイヤーが操作するプレイヤー・キャラクター(=PC*2)が解離しているという論旨で、これはそのままこの場合における読者本人と作中の主人公の解離に適合する。つまり、読者/プレイヤー自身と、作中の主人公/PC(代理主体)に自己同一性がまったく取れていない、というわけだ。
これは、はからずもこの「逆ジェンダー」話に触れた加野瀬さんも指摘されていることと近しいことだ。
[……]少年向け作品は、現実の延長線上のものが多く、どうしても自分の身と比較しやすい部分が出てくるという問題がある。だから、現実との繋がりをなくすために、舞台は現実世界ではなく、主人公を女性にして…と、どんどんフィクション度を高くすれば、良質のファンタジーを提供する装置としてうまく機能するのではないかという話に。(『ARTIFACT』「逆ジェンダーエンターテインメント」)
これはつまり、現実世界での自らの男性性を保持したくないがために、女性を使うという手段はとてもファンタジー的でいいのではないか、というような論旨だ。ただし、そのファンタジーが「良質」と呼べるものかどうかについての判断は、僕は留保するが、なにはともあれオタク的な見地から加野瀬さんがこのような状況を「良質」と称揚していることはとても興味深く感じている。
さて、この「逆ジェンダー」の話の要点は、無論「ジェンダー」というところにある。オタク的な主体性の解離を踏まえて考えるならば、〈3〉と〈4〉の場合は、読者としてのジェンダーと、作中のジェンダーが一致していない状況のわけで、そこで読者の主体性はともに解離していると考えられる。ただし、そこでは、読者が男性であるか女性であるかでは、大きな違いがある。というのも、逆ジェンダーのエンタテインメントを男女それぞれが楽しんでいて、そこで「逆ジェンダー」という“構造”は同じだとしても、しかし男女それぞれが置かれている社会的・文化的立場は、とても異なるものだからだ。
僕は少女マンガを読んできた男だったりするのだけれど、それを踏まえているためか、上に挙げたような「男性向けの女性主人公作品」を読む男性が、女性主人公に感情移入し、同時に「萌える」ことについて、なんだかとても「狡さ」を感じてしまう。この「狡さ」とはなんだろう、とずっと考えているのだけれど、きっとそれを引き起こしているのは、男性たちが自らの男性性を引き受けず(=女性主人公に感情移入)、同時にセクシュアリティを全開にしている(=「萌える」)点にある。つまり、社会的・文化的な男性としての立場──既得権益を踏まえずに、女性に“転移”し、さらに「萌える」という構造に、とても「狡さ」を感じてならないのだ。
たとえば僕の場合、少女マンガを読むとき、女性の主人公に感情移入するが、感情移入した瞬間に自分が男性であることを強く意識させられる。そして、女性の視点から男性の自分を見るような再帰的/反省的(reflective)な視点を獲得する。ゆえに、簡単に主人公の女性に「萌え」たりすることなどできない。
オタク的な主体性の解離状況には、もちろんこのような再帰的な視点はない。だからこそ「解離」でもあるわけだが、このような「主体の首尾一貫性」とも呼べるものが成立していないところが、昨今の男性向け「逆ジェンダーエンターテインメント」の隆盛を意味しているのではないか。
一方、女性にとっての「逆ジェンダー〜」には「狡さ」は感じられない。なぜだろうか。これは、そもそも女性が社会的・文化的に「主体の首尾一貫性」なるものを要求されてこなかったという歴史によるところが大きい。つまり、男性がその既得権益に無自覚なまま「感情移入しながら萌えて」いたことは「狡い」が、そもそも女性には既得権益がそれほどないために「狡い」とは感じられない。
そもそも少女マンガの発展は、大島弓子に代表されるように、社会的・文化的な男女の非対称性のなかで、いかにして自らの「主体の首尾一貫性」を諦めるかという過程を描き続けてきたものだといえる。ゆえに、男性の僕が少女マンガを読む際に、感情移入の仕方には常に留意しているし、そしてそれについて記述するときにも単純に感動したりはしないし、それには極めて慎重な判断が必要だと考えている。
以上を踏まえると、オタクの人たちは「狡い」という話になってしまうのだが、ただし、それは「主体の首尾一貫性」のある僕の表現なので、それで非難し続けても話は前に進まない。というのも、「主体の首尾一貫性」など要求されることもなければ、そのような感覚すらも有していない、東浩紀さん言うところの「ポストモダン」社会で「動物化」した人々に対し、そのような非難はほとんど機能しないだろう。そしてまた、近代的な「主体の首尾一貫性=アイデンティティ」がそろそろ曲がり角に来ているからこそ、「動物化」という「適応形態」が出てきているわけで、このような状況は極めて慎重に論じる必要もあるだろう。
■追記

そうそう、この「感情移入」と「萌え」をべつにして考えたほうがいいということは、東浩紀編『網状言論F改』(青土社)のなかで伊藤剛さんが「Pity, Sympathy, and People discussing Me 」というテクストで指摘しています。伊藤さんは、「萌え」と「感情移入」と「フェティッシュ」を区分して、その三つをうまく絡ませて、それらが「意味」と「図像」をそれぞれ志向するという構造を作っています。けっこう綺麗にできている構造なので、オススメです。ちなみに伊藤さんが上のテクストを読んで「それ、僕がもう言ってるよー」と電話してきたのは内緒ですが……と、バラしてみるプレイ(笑)。ちなみに、電話は別件で、そのついでに話しましたというフォローを。
ちなみにこの構造では、「萌え」と「フェティッシュ」が「並列に組み合わさって」いると、区分されているのが特徴です。ただなんにせよ、僕には「萌え」の感覚がわからないので、それが「フェティッシュ」とどう違うかということが、個人的な感覚としてピンとこないのです。「フェティッシュ」はわかるんだけど。
■追記

下のコメント欄で、id:hateneさんからナイスな指摘があったので(ありがとうございます)、それをいかすためにも上のパターン分類をもうちょっと細かくしてみます。
- 〈3-a〉男性→“萌え”可能な女性キャラ(男性向けマンガなど)……『エマ』を読む男性
- 〈3-b〉男性→“萌え”不可能な女性キャラ(女性向けマンガなど)……『NANA』を読む男性
- 〈4-a〉女性→女性向けマンガなどの男性キャラ……『バナナ・フィッシュ』を読む女性
- 〈4-b〉女性→男性向けマンガなどの男性キャラ……『スラム・ダンク』を読む女性
という感じでしょうか。もちろん、これは便宜的なもので、それぞれのaとbが明確に区分されるということではありません。たとえば、『セーラームーン』は、男性には“萌え”として、女性には「憧れの対象(?)=感情移入の対象」として受容されたように、境界領域に属するようなものもあります。ただし、ここでは作品の区分を目的にしているのではなく、「読み方」を区分すると、こういう感じになるな、ということで。『エヴァンゲリオン』も「どっちにも読まれた」という意味では境界領域にあるのかも(だからこそヒットしたりもするのかも、とかいま思い)。
で、僕が上のテクストでずっと注目しているのは、これでいけば〈3-a〉です。“萌え”はたぶんこれかな。またいわゆる「ヤオイ」ってのは、〈4-a〉にあたるのでしょうね。ただし、〈4-a〉と〈4-b〉の境界は、〈3-a〉と〈3-b〉のそれよりもすごく曖昧な感じがします。
lepantoh
2004/02/03 20:23
両天秤構造ではなく、多重の視点を獲得しているという部分はとても納得しました。私の場合一体どちらに入るのか、ちょっと気になります。//女性側の「逆ジェンダー」の発生自体、女性性の回避でもありました。ただしそこでは宮迫さんが指摘するような、『自分の主体性を発揮できる』というメリットもあった。萩尾も「少年を使えば社会的な女性の役割から自由になれる」と言っています。また、『異端児が多い』など、少なからず彼女達の投影で、性別を超えたところで純化された関係性を問題にしていたように思えます。//萩尾望都に関していえば、抑圧された〈非少女性〉=主体性と、〈少女性〉=欧州風、両方の表出の為の手段と言い換えることも出来る。これが私が言う「逆ジェンダーに至る必然性」です。//ところが男性の側の逆ジェンダーものには、「逆」であるメリットが見えてこない(それは私がオンナだからというのもあるのですが…)。”フランス人にも〜”にあるような、小学生の男子の受ける「少年性の抑圧」から、逆ジェンダーへのもっと切羽詰った希求が生まれない限り、エンターテイメント以上の逆ジェンダー物は生まれないと思うのです。//逆に、もし逆ジェンダー物が『エンターテイメント』であるのなら、視点が重複化した、萌え/感情移入構造こそが最も適していると言えるとすら思います。狡いですが、そこからどう発展していくか見ものです。「ぼくは、おんなのこ」なんて漫画も出てきたようで、ジェンダー越境の実験が少女漫画と逆向きの時間ベクトルで行われたら、面白いなぁ。加野瀬さんのいうようなファンタジー化も、少女漫画での逆ジェンダー先祖がえり、にあたります。
TRiCKFiSH
2004/02/03 22:25
たぶん、女性においての「逆ジェンダー」と男性にとってのそれは、やはりもともとの社会的な男女の非対称的な立場によって、大きく異なると思うのです。だから、単純に逆ジェンダー先祖帰りではないと思いますよ。▼で、女性の場合それが「女性性の回避でありながらも主体性の発揮」だというのは、とても説得力がありますね。というのも、女性は男性に仮託しなければ主体性を発揮できないような社会的な付置をされてきたわけだから。そこで「異端児」が特別視され、「性別を超えたところで純化された関係性を問題にしていた」というのも納得できるのですが、そこで性別を超える理由がなにだったのか、ということを考える必要はあるかと思います。なにを例にして考えるかでも変わってくるのですが。▼また、萩尾望都にかんしてはペンディングで。なにから読んだほうがいいですかね? やっぱ『ポー』?▼男性にとっての「逆ジェンダー」メリットは、自らの男性的な主体性の「面倒くさい部分」を隠蔽できるところじゃないですかね。▼で、男性の「逆ジェンダー」ですが、その状況としてはこんな感じじゃないでしょうか。ちょっと下品な表現ですが(スマン)、傷ついた女の子を可哀相だと思いながら(感情移入)、その横チンチンを勃起させてオナニーしてる(萌え)感じがします。これ、エヴァの映画版のシンジ君が、病床に横たわる傷ついたアスカを見て悲しみながらもオナニーしちゃう、みたいなシーンがありますが、あれそのまんまというか。同性としては、どうよそれ、って思うのですが。
TRiCKFiSH
2004/02/03 22:28
それと、宮迫さんの『超少女へ』は絶版なので、それ以外でオススメあったら教えてください。読みますので。
mahal
2004/02/03 23:17
極めてプリミティブな言い方で恐縮ですが、女性にとっての逆ジェンダーは「起きて」見るほうの「夢」であり、男性にとってのそれは「寝て」見るほうの「夢」なのかなということを、何となく考えました。反面、今時は結構マジで弱い男の子も結構多いと思われるので、そういう子達にとっては、案外「自由とか開放とか強さとか」への共感対象としての逆ジェンダーヒロインってのに需要があったりするのかも……なんて目で見ると、斗貴子さんなんかは案外興味深い存在なのかも。
TRiCKFiSH
2004/02/03 23:45
mahalさん、はじめまして(ですよね? どこかで同じハンドル名を見かけた気がして)。たしかに、「マジで弱い男の子」はとても多いと思います。いや、若い男の子はそればっかりだと思います。ただ、彼らはなんだかんだ言って、男性的な既得権益を有しているとは思うんです。もちろん、「男であること」の辛さもわかりますが、しかし、ちょっと無神経だな、と僕は思ってしまうんです。▼……とここまで書いて思っただのけど、もしかすると、その「マジで弱い男の子」はジェンダー的には女性なのかもしれませんね。つまり、MFTF(生物学的性=セックスは男で、社会的性=ジェンダーは女で、性志向=セクシュアリティは女)みたいな感じで。でも、「ジェンダーが女」とはちょっと言い切れないとやはり思うんですよねぇ。▼それと、斗貴子さんってなんでしたっけ? エヴァのキャラでしたっけ?
TRiCKFiSH
2004/02/04 00:00
そうそうlepantohさんの「私の場合一体どちらに入るのか、ちょっと気になります」という部分ですが、僕が勝手に察するに、あの両天秤構造を考えるということは、「主体の首尾一貫性」がある方──つまり、動物化していないモダニストなんだと思います。「感情移入」と「萌え」が並立しないのは、対象志向のパターンがひとつだということで、つまりそれは主体性の一貫性が強いということを意味しているんじゃないか、と。うまく説明できているかちょっと微妙ですが。ちなみに僕もそのタイプなので、「萌え」られないんです。
TRiCKFiSH
2004/02/04 00:00
それと、上に伊藤剛さんが提出された知見を紹介しておきました。参考までに。
asazow
2004/02/04 19:30
こんばんは浅野です。この話しって、トゥームレイダーやチャーリーズエンジェル見てる男性にも敷衍できる話しなんですか。ホモやおい本描いてる女性同人誌作家は性行為を異性同士に仮託してる、みたいなところにも敷衍して行けるんですか。細木数子が「結婚式の日取りは男性の吉日に挙げないと不幸になる」「女性は主体を持つな」という近代以降のジェンダー構造を補強する動きを解体に追い込むんですかね。この論の行方がとても気になります。
reds_akaki
2004/02/05 00:13
剥万年青、ぢゃ無かった萩尾望都を読まれて無いのでしたら、作品集の一巻目から順番に読まれるのが良いと思います、要は「ポー」「トーマ」以前の作品や、「ポー」「トーマ」と同時期に描かれた短中編を、先ず読むべきです。あと24年組近辺にフェミニズム系と謂って良い作家が何人かいた筈ですが、咄嗟には樹村みのりくらいしか名前が出ないし、大抵絶版になっているだろうし、すみません(樹村みのりは新刊で入手出来ます)
lepantoh
2004/02/05 01:46
萩尾望都に関しては、遅れて読んだ私は作品集が絶版で、文庫で読みました。金額、時間などを考慮して、まずは『トーマの心臓』と『メッシュ』を読めばいいのではないかと思います。とりわけ『メッシュ』の方は、ジェンダー、母性と父性、少女性と非少女性といったテーマがとても色濃く出ています。『ポーの一族』に関しては、テーマ的な部分は薄めだと思うので、まずは文庫一巻で完結の『トーマの心臓』のほうをオススメします。生殖の実験に興味がおありなら、『マージナル』(と『スター・レッド』)も外せません。それで興味が湧いたら、初期作品も読めばいいのでは。『残酷な神が支配する』に関しては、ある程度萩尾のテーマを押さえた方が読みやすいと思います。
lepantoh
2004/02/05 01:48
萩尾望都作品目録という便利なサイトがあるので、そちらを参考にされるといいかと思います。http://www.cafebleu.net/hagio/
reds_akaki
2004/02/05 02:00
萩尾望都の70年代前半までの作品は出来うる限り目を通すべきです、とくに短中編には後に他の作家によって本格的に書かれるものが多数有ります、当時の萩尾作品を通じて少女マンガ、オタク文化総体の萌芽を見て取る事が出来ます
lepantoh
2004/02/05 02:08
で、横レスのようになってしまうのですが、斗貴子さんというのは、武装錬金というジャンプで連載中の和月伸宏の作品に出てくる、バトルヒロインですね。素質はあるけれど素人の主人公を見守り、導くような役目にいるようです。単行本派ですので、間違っていたらご指摘ください。//何より興味深いのが、和月さん自身が「津村斗貴子の津村は『六番目の小夜子』の津村小夜子(ミスか故意か?原作では沙世子)から借りた」と明言していることです。そして『六番目の小夜子』の作者・恩田さん自身が、吉田秋生の『吉祥天女』から、名前や転校生というモチーフを借り、「オマージュとまではいきませんけれども、『影響を受けました!』と声を大にしていえます。」と仰っていることです。//単純な先祖がえりにはならなくても(それがまた違ったものを生み出すのを見たいのです)、ここに逆行する時間ベクトルを見出すことは難しくないかと思います。
mahal
2004/02/05 17:24
書きそびれていたら、コメント伸びてる……。確かに、「ジェンダー=女」までいっちゃってるかはケースバイケースで、まだそう多数派ではないかも。あと、元々「弱い男の子」自体は少なくなかったけど、自分が「既得権益」を持ってるということに無自覚な「弱い男の子」が増えてきててるかな、という気はしますね。
mahal
2004/02/05 17:26
余談ながら、生きてたら還暦になるうちの親父の葬式の時に、棺桶に入れてた遺品の中に萩尾望都の作品があったことを思い出した。
Tskk
2004/02/05 19:52
初めまして。シンプルに「男の子も少女マンガを読め」ではダメなのでしょうか?むしろ、その方がある意味で強くなれそうな気もしますし。
reds_akaki
2004/02/06 01:25
本レスに戻してくださってありがとうございます。すが秀実が吉本隆明の「少女」を論じた「『少女』とは何か」http://d.hatena.ne.jp/noza/20030829#p1という文章(単行本『JUNKの逆襲』にも収録)を書いているのを御存じでしょうか
TRiCKFiSH
2004/02/06 02:38
>asazowさん。ご無沙汰です。お元気ですか?▼ご指摘の件、鋭いですね。まず、『トゥームレイダー』や『チャーリーズエンジェルズ』についてですが、これは北米や欧州での捉えられ方と日本での受容のされ方がとても異なるような気がしてならないのです。ですから、単純に敷衍はできませんね。誰が見るかというので異なってくるので。それらの映画は、欧米では男女ともに支持されていると思いますが、日本ではどうも女性が中心になっているっぽい気がするんです。▼また「戦う女性」という表象に目を向けてみると、日本の男性には京極夏彦の『ルー・ガルー』やアニメ『ほしのこえ』のような、斎藤環さんいうところの『戦闘美少女』が人気を集めるのに対し、アメリカのそれは「戦う(大人の)女性」になります。この違いは大きいですよね。ちなみに、僕は『チャーリーズエンジェルズ』など「戦う女性」にけっこうグッときたりはするのですが、「戦闘美少女」には萌えられません。逆に言えば、「戦闘美少女」に萌えられないから、「戦う女性」にグッとくるような気がします。そして、この違いは大きいような気がしますが、それがなにかというのは、なるほど説明ができませんねぇ。なにか浅野さんから仮説はありますか?▼また、ヤオイ女性が男性に仮託しているかどうかは、私は判断を留保ということで。いまのところはわかりません。3ヶ月後くらいなら、たぶんある程度のお返事はできるかと思いますが。▼また、この論が、女性が両天秤構造下で劣位に置かれていることにどう影響を与えるかは知りません。が、どちらかというと僕が男なので、女性解放を促すというよりかは、男性への挑発のほうが大きいかもしれませんね。なぜなら、加藤秀一が述べているように、男性が「フェミニスト」を名乗ることはとても難しいからなんです。ただし、フェミニズムやジェンダー論の知見を援用して、「男性学」を語ることはできるかな、と。
TRiCKFiSH
2004/02/06 03:38
>reds_akaki さん。それ、知りません。
TRiCKFiSH
2004/02/06 03:38
>lepantohさん。『トーマの心臓』と『メッシュ』を注文しました。ナイスなナヴィゲート、サンクスです。▼あと、斗貴子さんという人についての説明もありがとうございます。それと、『六番目の小夜子』は元ネタが『吉祥天女』だったとは。そういえば、そうかも。ちなみに、両方とも好きな作品ですよ。『六番目の小夜子』はドラマで知ったんですけどね。▼それと、「先祖がえり」についてだけど、それはきっとなにを基準にするかで、どういうふうにでも語れると思うんですよ。作品内の表象を扱うのか(表象文化論)、「言説」として扱うのか(構築主義?)、はたまた作家の動機を紐解いていくのか(作家論)……等々、方法論的にいろいろやりようがあるわけです。lepantohさんが、たぶん関心を持たれているのは表象文化論ですよね。いまのうちに構築主義と表象文化論の違いをわかっておくと(僕はまだわからない)、すごいアドヴァンテージになること間違いなしなので、オススメします。というか、理解して教えていただければ嬉しいかも(笑)。
TRiCKFiSH
2004/02/06 03:39
>mahalさん。「男性的な既得権益に無自覚な『弱い男の子』」は増えているというのは、私も同意します。僕はそれについて、無神経で「狡い」と言っているんですが、やはりこの立場を主張する人の多くはこの「既得権益」についてスルーしています。これが無神経だなぁ、と思うんですよね。▼ちょっとだけフォローするならば、当事者にしてみれば、「好きこのんで男に生まれてきたわけじゃないよ!」って感じなんでしょう。エヴァのシンジ君を見ていても、そんな感じだし。しかもそこには強い父子関係の抑圧があるわけで。▼そういえば、僕は過去に支店長クラスの銀行員を父親に持つ男友達に、その辛さを吐露されたことがあります。しかも3人も。彼らは、3人とも強権的な父親の期待に応えられないことにすごく罪悪感を感じていて、しかもそのプレッシャーが本人を空回りさせている感じもあって、僕としては「親は親だからさぁ」としかアドバイスできなかったのです。まぁ、すごく辛そうでした(逆に自分の父親が放任主義的なことにすごく感謝したりもし)。▼そういう父子関係を描いたからシンジくんはあそこまで共感を得たのだと思うし、その切実さは重々理解できますが、しかし、最後にはそれがアスカに「キモい」と言われちゃうのもまた事実なわけで。▼で、実際のところは、こういうふうなオトコノコたちの「萌え」という「逃避」を、女の子たちがどう見ているかと言うと、たぶん、無視してるんですよね。これは宮台さんも指摘していることでもありますが、オトコノコがそういうふうに逃避しちゃうからこそ、女の子はセクシュアリティを全開にギャル化しちゃったところがあって。▼「WEBSPA!」の原稿でも書きましたが、コギャルの発生の『ときメモ』の誕生が同時期だったというのは、論拠はありませんがなんとも相関的な関係に思えて仕方ないのです、やはり。そして、90年代とは、そういうふうに男が弱くなり、女が強くなった時代なんでしょうね。▼そういや、桂正和『I’’s<アイズ>』について書いたときに、そういうふうなことを述べたことがあります(http://home.att.ne.jp/wind/trickfish/text/manga.html#ka)。
TRiCKFiSH
2004/02/06 03:39
>Tskkさん。はじめまして。たしかに「男の子も少女マンガを読め」と言いたいところなんですが、「萌え」を志向する男の子にはたぶんそれは重すぎると思うんですよ。▼というのも、たしかに少女マンガを読んで「萌え」ている人も一部にいますが(『セーラームーン』とか)、たぶん、少女の「内面」が克明に描かれるような「少女マンガらしい少女マンガ」(たとえば『NANA』など)は、「萌える」には適さないんだと思います。たぶん「感情移入」に引っ張られて、うまく「解離」できないから。つまり、少女の内面の重さの前に「萌え」が沈黙しちゃうんじゃないかな、と。だから、逆ジェンダーで「萌え」を機能させる場合、たぶん『エマ』くらいがちょうどいいのではないか、と。
hatene
2004/02/06 04:15
まず上の四パターンの分類なんですが、女性が少年漫画を読むのと、少女漫画の中の男性キャラメインの話を読むのは分けなくていいんですか?男が少女漫画を読むのと、男が読む事を意識して描かれた女が主人公の作品を読む事も分けなくていいんですか?
hatene
2004/02/06 04:25
異性への憧れには、異性になりたいというような感情も含まれ得ますよね?男でも女でも。異性への憧れだの色々思い悩んだりだのは「女々しい」とされてきたのでオトコノコ向けメディアにはそういうものがなくて、代わりにエロは提供されてきた。オンナノコは逆にエロはだめって事になってた。そのへんの区分がちょい崩れつつある状況なのかなと思ってますが。あんまし教養が無いんでとんちんかんな事を言っていたらすいません。
Tskk
2004/02/06 12:49
レスありがとうございます。確かに「内面」が重すぎるというのはありそうですが、それは作品の選択でフォローできませんか?「らしい少女マンガ」には後から踏み込めばいいかと。女の子物少年マンガと少女マンガを比べると、ジャンル系列、具体的に言えば雑誌系列や書店での配置などが違うと思うのですよ。女の子物少年マンガからはオタク的萌え癒し方面に行ってしまう。少女マンガの方が現実に還ってくるコースが確保されている。そういう感じがします。あるいはこれも時代や世代が解決するのかな?
Tskk
2004/02/06 12:50
弱いなら一時的にサンクチュアリに逃げるのは有りかも知れない。でも、いつかは強さが必要。女の子が男と戦ってきた武器は、男の子が男と戦うのにも役立つでしょう。「男の戦い」が嫌だったら別の戦い方をすればいい。でも戦う強さは必要だ。そういう風に思います。えーと、こういうのは橋本治あたりの考え方っぽいかな?
asazow
2004/02/06 19:59
TRiCKFiSH さんレスさんきゅです。私はカウンセリングなどにかかりながらも元気です。さて、詳しく書きすぎるとごちゃごちゃになりそうなので簡潔に書きますが、1:考察対象が「作品」を/「鑑賞した人」の/「意識下にある何か」 という3重底であること。2:また「鑑賞した人」のバリエーションが実に様々に想定できすぎること(図らずもトゥームレイダーやチャーリーズエンジェルをアメリカ人が見た場合と日本人が見た場合とそれぞれの男女の場合が想定できてますね)。3:最も知りたい「意識下にある何か」がとても揺らぎやすく尻尾を掴みにくいものであること。という3点が気になっていて、もう少し捉えやすい対象を想定しないと、この論自体が空中分解しかねないんじゃないかと心配です。面白いテーマであるだけに。
TRiCKFiSH
2004/02/07 06:02
上に追記しました。まずはそれを参照なさってください。
TRiCKFiSH
2004/02/07 06:02
>hateneさん。ナイスな指摘ありがとうございます。ということで、分類をちょっと細かくしてみました。たしかに、分けたほうが話がクリアになりますね。▼あと、「女々しい」ことが許されることになってきて、そして女性側にもエロが提供されてきたというのも、そのとおりだと思います。そして、これら現実のヘテロセクシュアル同士の関係でいえば、たぶん片方の性だけに注目してはダメなのかも、と考えさせられました。というのも、ヘテロだったら、片方のが変わればもう片方のバランスも当然変わってくるので。
TRiCKFiSH
2004/02/07 06:03
>Tskkさん。作品選択はたしかに大切ですよね。“萌え”てるオトコノコにいきなり矢沢あいはたしかにきついのかもしれない。最初はなにがいいんでしょうね。内面(モノローグ)があまり描写されてない作品がいいのかも。岩館真理子とか。あと、上にも自己体験で書きましたが、少女マンガを男が読むと、主人公の視点がそのまま自分にreflectiveに跳ね返ってきます。具体的に書くと、「自分の恋人が自分に対してこう思ってるんだ」ということを考えさせられるのです。僕は魚喃キリコさん本人にインタビューしている最中、「反省」の嵐が心のなかで吹き荒れた経験もあり……(笑)。▼またその弱さに対しての抑圧があるから、「逃げる」というのも、たしかにひとつの可能性だと思います。東さんが「動物化」を「適応形態」というのは、「主体の首尾一貫性」からの「逃避」を確保するための戦略だとも思うので。ただし、今回はこれをフェミニズムの知見を援用して、男性学に至るようにしてみよう、というのが僕のちょっとした実験でもあったのですけど、どうでしょうって感じで(笑)。▼「戦う強さ」についてですが、男性がその武器として女性のそれを使うのは「狡い」と思うのは、そもそも「男性であること」そのものが大きな武器だという前提を僕が意識しているからなんです。「主体の首尾一貫性」なんて、たしかにカジュアルに使い分ければいいと思うのだけれど、しかし、「男」であることだけはやめれないし、実際に“萌え”ている人たちはやめていない。▼ただし、この僕の意見にも「『男であること』なんて大きな武器なんかじゃないよ!」っていう反論の余地は確実に残されています。たしかに、これについては、慎重に吟味する必要があります。僕も「フェミニストの敵の敵」(by加藤秀一)としてずっと書いてみるプレイをしてきたのだけれど、こういう微妙な問題を無視もできない、という。
TRiCKFiSH
2004/02/07 06:03
> asazowさん。上に分類のようにちょっと整理してみました。「作品」と「鑑賞した人」の関係はそれでスッキリしたかと。で、やっぱり「意識下にある何か」ですが、これの中心は割り切って言ってしまえば「萌えとはなにか?」ということなんですよね。だから、中心的な議題はやはり〈3-a〉かな。▼しかも伊藤さんは「フェティッシュ」と「萌え」をも区分しているわけで、僕にはずっと「萌え」ってフェティシズムだと思っていたから、余計にわからなくなったりもし。▼それにしても、僕が映画版『バイオハザード』のミラ・ジョヴォビッチの均整のとれたゴージャスな肉体にグッとくるのは、なぜ“萌え”に相応しくないのかがわからなくもあり。それとも、これも“萌え”なのか、とか。もしくは対象が生身だとフェティッシュとか。そんなことを考えてます。
hatene
2004/02/08 06:08
んー。。マンガって、だいたい三人称で書かれてますよね。。。1人の視点でずっと進むって事はたぶんあまりないわけで。だからたとえ男性向けマンガで女性が主人公だったとしても、登場する機会が多いというだけのような気も。。男性目線で描かれた女性であるならそれは逆ジェンダーとか言えるものではないような・・・。何か考えまとまらないのでとんちんかんかもしれませんが。
Tskk
2004/02/08 10:03
男の子のための少女マンガ入門として榛野なな恵著「Papa told me」はいかがでしょうか?現役少女漫画読みでないのでネタが古いですが。小学生の知世(ちせ)ちゃんとお父さんの父子家庭の日常を描いたマンガです。男の子は主体としてのオンナノコは初心者ですから、まずは子供から。(と言っても結構マセてますが。)基本的に色恋沙汰や性的な要素は無しですから、反射的な視点からも安全です。少女マンガ入門としては至れり尽くせり。基本的には見えない制度から逃げる/戦うための日常の小さなロマンと言う話です。
lepantoh
2004/02/09 01:33
読んだら是非感想を聞かせてください>『メッシュ』と『トーマの心臓』。//何を基準に、というのは本当にその通りですね。世界中の何もかもが先祖がえりしていることになりかねない(笑)もう少し考えてみます。//とかいいながら何なのですが、強権的な父親というのは興味深いですね。私と萩尾が共有する問題として、少女的な母からの「少女」の押し付け、というのがあるので、個人的にすごーい気になります。
TRiCKFiSH
2004/02/09 18:40
>hateneさん。少女マンガは、主人公が内面の独白(モノローグ)が溢れる一人称視点の作品がとても多いんです。少年マンガにももちろん見られますが、それがとにかく溢れているのが少女マンガで、そこがもっとも大きな特徴、とも言い切れるほどです。それゆえに、男性はなかなか少女マンガ読めないんですよ。なぜなら、そこでは行動と内面がぜんぜん一致してないことが多々あるから。たとえば、顔は笑顔でも、心で泣いていたりとか。▼>Tskkさん。『Papa told me』ってまだ続いているんですよね。27巻でしたっけ。たしかに『Young YOU』あたりのマンガは、読みやすいほうだと思います。だとすれば、僕からはくらもちふさこの『天然コケッコー』とかかなぁ、オススメは。▼>lepantohさん。感想書きますね。でも、4月以降になるかなぁ……。▼結局なんでもかんでも「先祖返り」って言おうと思えば言えちゃうんですよ。「先祖返り」ってのは、“そもそもある”ものではなく、あくまでも“見出す”ものなので。だから、一貫した基準で、さまざまなものに適用できるものであれば、説得力も増す、と。▼母娘関係と同様に、父息子関係もけっこうあるんです。で、男の子はこの父の抑圧から母に逃れるというパターンがけっこう王道。『エヴァ』も『海辺のカフカ』もそうですね。『巨人の星』もそうじゃないかな。『カフカ』は、母によって救われて日常に回帰するところで物語が終わり、『エヴァ』は母によって救われながらも目の前の(恋人としての)女性に母性を見出そうとしたら「キモい」と言われて終わる、という違いでしょうか。この点で僕が評価するのは、あきらかに『エヴァ』です。逆に、オタクのオトコノコたちが慰撫されたいなら、あきらかに『カフカ』がオススメなんです。でも、なぜか、オタクのオトコノコは『エヴァ』を評価するという(笑)。ま、萌え要素があるからなんでしょうけどね。▼ちなみに、母娘関係はけっこうジェンダー論ではずっと語られていますよ。小倉千加子の『セクシュアリティの心理学』の6章を参照してみてください。少女マンガも分析されているので、わかりやすいはず。
asazow
2004/02/10 16:26
>TRiCKFiSHさん。分類拝見しました。作品と読者が絞り込めたところで、「意識下にある何か」については松谷さんが自分を触媒にして展開していくと良いのではないでしょうか。あなたは学者ではなくライターなのだから、論としての強固さよりも自身の「触媒性」を武器に展開した方が面白くなると思います。
TRiCKFiSH
2004/02/10 17:23
自分を触媒にすることは否定しませんが、このことについてはそれをすると僕はあまり語れることがなくなってしまうので、興味ないです。また、僕は学者ではなくライターですが同時にいまは研究者でもあるので、このことについては論の強固さは必要です。









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