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2005/11/08/Tue

[]80年代を読む:第5回・細野不二彦『あどりぶシネ倶楽部』(1986年/ISBN:4091811612)、同『うにばーしていBOYS』(1989年/ISBN:4091811701

あどりぶシネ倶楽部 (ビッグコミックス)

あどりぶシネ倶楽部 (ビッグコミックス)

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 連合赤軍事件、成田闘争を最後に70年代の学生運動が終息したのち、80年代の大学は「政治の場」から「遊びの場」に転ずることとなった。カフェバーやディスコに通い、居酒屋では「イッキ、イッキ」と酒を呑む学生像が一般化した。女子大生ブームも来た。川島なお美青山学院大学在学中の79年にラジオDJとしてデビューし絶大な人気を獲得し、83年から始まった『オールナイトフジ』では女子大生グループ・オールナイターズが結成された。86年には、横浜国立大学に在学していた黒木香がAV女優としてデビューし、のちのAV人気を牽引する。

 80年代半ばから後半にかけては急激な円高とバブル景気のため、海外旅行が大ブームとなった。第二次ディスコブーム、DCブランドブームもこの頃から始まる。これらを牽引したのも大学生だった。80年代の流行の発生と消費の中核は大学生を中心としていたと言っていいだろう。

 このように学生文化が力を持った背景には、学生サークルの拡大と浸透がある。勉強や政治系のサークルはもちろんそれ以前から存在したが、それらが衰退し、テニスサークル、オールラウンドサークル、イベントサークルと、異性との交際も目的とした遊びのためのサークルが激増した。

 少年誌で『さすがの猿飛』『GU-GUガンモ』のヒットを飛ばした細野不二彦は、80年代中期から活躍の場を青年誌に移すこととなる。細野はこの新たな媒体で読者に向けてサークルを中心とした学生の姿を描く。それが、86年、89年に単行本が刊行された今回の二作である。ここで描かれる学生サークルは、ひとつが映画制作サークルの「あどりぶシネ倶楽部」で、もうひとつが園芸サークルの「サボテン愛好会」だ。しかし、このふたつのサークルはその質が異なる。

『あどりぶシネ倶楽部』の映画サークルは、主人公をはじめそれなりに映画制作に打ち込む学生たちの姿が描かれる。青春映画、特撮、ミュージカルと、敏腕プロデューサー(と言っても学生だが)により制作が続く。そして後半には映画への夢が語られるようになる。

 対して、『うにばーしてぃBOYS』での「サボテン愛好会」は大した活動をすることなく、ビニールハウスのある屋上でダベり、主人公はディスコやスキー、海外旅行に出かけ、最後には学園祭ではしゃぎまくる。サボテンというのはとくに意味がない。ただの飲み会サークル=飲みサーである。

 しかしここで描ける構図は、前者が真面目で後者が不真面目といった対比ではない。そうではなく、登場人物の人格タイプと、それによるコミュニケーション傾向の違いだ。わかりやすく言えば、それはオタクと新人類の対比だと言える。

『あどりぶシネ倶楽部』の学生たちから、その後のオタクの特徴とされるような内向性や外見的な奇異性は見受けられない。どちらかというとATGがまだあった時代に、真面目に夢を追いかけている学生たちに見える。が、彼らの作品を手伝うこととなるアニメ研究会の青年はあからさまにオタク的な風貌をしており、コスプレをしながらダンスを踊る面々を見ながら映研のメンバーは「ま、人それぞれにリビドーのはけ口ってのが、あっていいんじゃない…?/多少ゆがんでても……」とあっけにととられている。

 現実にこのような映画研究会は、その後ぴあフィルムフェスティバル(PFF)に応募するような野心を抱く若者たちの集団ではなくなり、仲間内で盛り上がるためのプロセスとして映画制作をするようになる。つまり内輪受けだ。それは1991年から『イカ天』の後番組として3クールに渡って放映された『えびぞり巨匠天国』(TBS・通称「えび天」)で顕著に現れた。一般から募集した映像作品を審査するこの番組は、アーティスティックな実験アニメーションも一部あったが(その出世頭は『PULSER』の保田克史)、その多くは特撮などのパロディであり、クオリティも目を覆いたくなるようなものばかりであった。

 一方、『うにばーしてぃBOYS』の学生たちは、ひたすら明るく遊びまくっている。ラブコメと呼べるほどに恋愛関係がコミカルに描かれる。時はバブル全盛期。その時代にディスコ、スキー、海外旅行とレジャーに精を出すのだ。ホイチョイ・プロダクション制作の『私をスキーに連れてって』(asin:B00009AV18)は87年公開、同『彼女が水着にきがえたら』(asin:B00009AUW0)は89年公開だ。また、87年の宮沢喜一内閣のときにリゾート法も成立、日本各地に観光利益目的でコンクリートが注入されることとなる。この作品に終始漂う軽薄な雰囲気こそがバブル期の空気なのである。

 このような作品を描いた細野不二彦は1959年生まれ。慶應義塾高校から慶應大学に進み、アニメ制作会社・スタジオぬえを経てマンガ家となった。

 同じく59年生まれ(早生まれ)で、名門私立高校出身の宮台真司は、自身の経験をもとに1977年が新人類とオタクが分化し始めた最初の世代だという(『制服少女たちの選択』ISBN:4062053543)。それまでは、男子校の修学旅行に女連れで来る奴がSFマニアでもあるような原新人類だったが、それがオタクと新人類に分化していったというのだ。

 これを踏まえると、同世代で同じように名門私学出身の細野が80年代中期から後期にかけてオタク的な存在と新人類的な存在をそれぞれ描い分けていたことも納得できる。80年代に青年期を送ったわけではないが、細野にはきっと感覚的に十分わかることだったんだろう。