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2008/11/04/Tue

[][]〈オタク〉の階級闘争:『どこか〈問題化〉される若者たち』より

竹熊健太郎さんの証言

とにかく、当時を知る人間として、ここではっきり書いておきますけど、「おたく」という言葉は、最初から「おたく」の間だけで流通していた「自分たちを差別する言葉」だったということです。

竹熊健太郎「中森明夫「おたくの研究」をめぐって(2)」(2005年)より

 これは、もう3年も前の竹熊健太郎さんの証言です。竹熊さんは、当初(宮崎勤事件以前まで)、〈オタク〉という語を頻繁に用いていたのは、〈オタク〉たち自身であったと、これまで幾度もブログや本で言及されています。

 しかし、このような証言は、実はそれほど多くはありません。とくに、当事者である〈オタク〉の方々からこうした証言はさほど聞かれません。

 その理由としてまず考えられるのは、80年代に〈オタク〉という呼称を用いていたのは、ごく限られたひとだけだったということです。〈オタク〉第一世代と呼ばれる1960年前後に生まれたひとびとに聞き取りをしても、80年代に〈オタク〉という言葉を使っていた記憶を持つひとには、さほど出くわすことがありません。そもそもいまと比べれば〈オタク〉人口が多くなく、絶対数が少ないですからね。また、後の宮崎事件によって〈オタク〉という語が一気に一般化したため、当事者の記憶が曖昧になっている可能性もあります。

 そんな状況なので、この竹熊さんの証言は非常に貴重です。〈オタク〉という語がはじめてメディア上で使われたとされる、『漫画ブリッコ』で連載を持っていた竹熊さんの証言に、疑問の余地があるとも思えません。しかし、竹熊さん以外の証言や、それを裏付ける証左がなかなか提出されてこなかったのも、また事実なのです。


●〈オタク〉の25年史

 さて、このたび出版された羽渕一代編『どこか〈問題化〉される若者たち』(恒星社厚生閣)に、私は「〈オタク〉問題の四半世紀:〈オタク〉はどのように〈問題視〉されてきたのか」という論文を寄せています。

 この本は、浅野智彦編『検証・若者の変貌』(勁草書房)などを発表してきた、青少年研究会などのメンバー10人で執筆される本です(私も所属しています)。

 内容は、タイトル通り「若者の問題」とされている社会的事象について、分析・実証していくものです。そこで取り上げられるトピックは、ひきこもり、就労、ケータイ、性、恋愛、ファッション、美容整形で、私は〈オタク〉を扱っています。

 私が分析したのは、簡潔に言えば、問題視されてきた〈オタク〉の25年史です。83年に中森明夫さんが『漫画ブリッコ』誌上で〈オタク〉という語を使ってから、今年はちょうど25年目、四半世紀のスパンを検証しています。

 具体的にいえば、中森命名を起点に黎明期だった80年代、宮崎勤事件と宅八郎の登場によって一気に一般化した90年代前半、『エヴァ』人気・岡田斗司夫によってポジティブイメージに変わっていった90年代中期から後半、そして、「ひきこもり」や「非モテ」などに分化・多様化していった2000年代という流れを描いています。

 本論の観点は、あくまでも「〈問題視〉されてきた〈オタク〉という存在」なので、アニメやマンガ、ゲーム、あるいは「萌え」など〈オタク〉文化や児童ポルノ法などについては、深く言及していません。新聞記事や雑誌、テレビなどのメディア報道で、〈オタク〉はどのように〈問題視〉されてきたかを検証しています。


●竹熊証言の実証

 こうしたなか、竹熊さんが指摘する80年代の〈オタク〉状況についても実証を試みています。結論からいえば、竹熊さんの証言は、十分に信頼に値するものです。

 80年代の〈オタク〉状況を実証する際、私が入念に追った言説はアニメ誌の『月刊OUT』*1です。

 『OUT』には、多くはありませんが、〈オタク〉についての言説が散見されます。それは、中森や宮崎事件以降に〈オタク〉だと蔑視されたアニメファンによる言及――つまり、「〈オタク〉による〈オタク〉語り」という状況だと言えます。

 たとえば、『OUT』1986年11月号で、アニメ演出家の芦田豊雄さんはこのようなイラストとともに、〈オタク〉を蔑視しています。そこでは〈オタク〉がアニメファンのなかで、明確に望ましくない存在とされています。

 こうした〈オタク〉蔑視の例は、他にも複数『OUT』などで確認され、それは論文にも収めました。それらは、まさに竹熊さんの証言を裏付けるものです。


●竹熊さんと岡田さんの違い

 宮台真司さんが「オタクの階級闘争」とも呼ぶ、こうしたアニメファン(関係者)同士の差異化闘争は、宮崎事件を挟み、96年以降に活躍する岡田斗司夫さんによって、違ったかたちで繰り返されます。

 岡田さんは『現代用語の基礎知識 1997』(1996年)で、「ファン」、「マニア」、〈オタク〉を明確に差異化しています。しかもそれは、86年に芦田さんがした差異化とは違い、〈オタク〉がヒエラルキーの上位に来ています。

 岡田さんの言説は、(現在まで一貫して)啓発的なものであり、それゆえ、学問的な妥当性は欠きます。

 96年から1年ほど続いた『流行観測across』での竹熊さんと岡田さんの対談連載「オタク・サブカル大放談」では、第一回ですでに両氏の温度差の違いは明白に生じています。それは〈オタク〉をめぐる認識の異なりというよりも、政治(アジテーション)を目的とする岡田さんと、研究を目的とする竹熊さんの立場の違いなのかもしれません。〈オタク〉の歴史を研究するならば、岡田さんの言説の妥当性はかぎりなく低いからです。


●支持された岡田言説

 しかし、こうした岡田さんのアジテーションが90年代中期から後半にかけて一定の支持を得たのもまた事実です。そして、竹熊さんが2001年の「オタク密教とはなにか?」(『ゴルゴ13はいつ終わるのか?』所収)から、その後もブログで幾度も言及している80年代の〈オタク〉状況が、なかなか浸透しなかったのもまた事実です。

 こうした状況が生じたのは、当事者の〈オタク〉のひとたちにとって、岡田さんの言説のほうが魅力的だったからでしょう。宮崎事件を機に、強くバッシングされた〈オタク〉にとって、その存在性を鼓舞し、ポジティブなイメージに塗り替える役割も果たした岡田さんのアジテーションは、自らのアイデンティティを保持する一定の役割を果たしたわけです。私が岡田さんの言説を「啓発的」と形容するのは、こういう側面があるからです。

 対して竹熊さんの証言――当初〈オタク〉を差別していたのは〈オタク〉自身である――は、当事者にとっては、不都合極まりないことだったのでしょう。竹熊さんの証言がなかなか拡がらず、また追従する証言が出てこないのも、過剰とも言える気づかいが必要とされる〈オタク〉コミュニティへの背信意識があるからなのかもしれません。

 そしてまた、こうした〈オタク〉の歴史が、これまでほとんどまとめられてこなかったのもその一因かもしれません。“点”と“点”が結ばれて“線”にならないことには、竹熊さんの証言も“点”のまま終わってしまいます。

 私が目的としたのは、「〈問題視〉されてきた〈オタク〉」という切り口で、四半世紀にわたる〈オタク〉の歴史を記述すること――“点”と“点”を丁寧に結んでいくことでした。


●〈オタク〉問題の現在形

 この論文ですが、原稿用紙45枚ほどで〈オタク〉の25年史を記述しているので、自分で読んでいても非常に駆け足で、そして濃縮されている印象を受けます。あくまでも「若者たち」をテーマとした本であり、また、紙幅が限られているので、仕方なく児童ポルノ法問題など〈オタク〉文化への〈問題視〉にはほとんど触れていません。事件報道などが中心のため、〈オタク〉論についても言及する程度にとどめています。

 最終的に、なんとか現在までを記述しています。最後は俗流の言説分析で「俗流若者論」批判を繰り広げる後藤和智さんなどに注目し、彼のような言説のカジュアルな消費のされ方が、〈オタク〉問題の現在形だと(暫定的にですが)まとめています。

 さて、大幅な追記・修正が可能な初校の直しは6月上旬でした。しかも、6月8日、秋葉原事件が起きた日に、私はこの最終直しをしていました。

 そういうこともあり、編者の羽渕さんにお願いして、その締め切りを7月上旬まで延ばしてもらいました。その間、宮崎勤の死刑は執行され、秋葉原事件の加藤容疑者のネットへの書き込みが発見されて報道は過熱しました。〈オタク〉問題は、この執筆中にどんどん進行していったのです。こうした事態は、私に、歴史が現在進行形であるということを強く認識させました。


●先行研究と史料の重要性

 そして歴史記述とは、どんなものであれ大なり小なりバイアスを帯びます。逆に言えば、バイアスを帯びない歴史記述とはありえません。

 しかし、そこで肝要なのは、バイアスに開き直ることなどではなく、絶えずその妥当性を検討していくことです。私がこの論文で、結果として2ページ半も費やすほどの引用文献を呈示したのは、学問・研究である以上は研究者や学生に先行研究や史料の重要性を認識して欲しかったからでもありました。〈オタク〉研究は、これまでさまざま行われてきましたが、先行研究を丁寧に参照したものはそれほど多いとは言えません。

 そして、もちろん私が可能なかぎり目を通した80年代の言説以外にも、当時の状況を指し示す言説は多く存在するはずです。吉本たいまつさんは、もうすぐ同人誌(ファンジン)の歴史を追った本を上梓するそうですが、そのように、新たな発見が多く眠っているのが過去なのです。その発見とは、研究者にとっては非常にスリリングで、楽しい作業です。

 この論文が、〈オタク〉研究の今後さらなる発展に寄与することができれば幸いです。

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●目次

牧野智和「少年犯罪をめぐる『まなざし』の変容」

石川良子「『ひきこもり』はなぜ問題なのか」

山口恵子「ホームレス化する若者?」

岡本祐二「若者労働の現在」

辻大介「ケータイは公共性の敵か」

松谷創一郎「〈オタク問題〉の四半世紀」

永田夏来「若者と『軽く』なる性」

羽渕一代「情熱的恋愛と規範的恋愛」

中村由佳「ファッションと若者の現代像」

谷本奈穂「どうして美容整形をするのか」

●内容紹介

「世界一幸せな若者」と言われながら、現代日本の若者が見せる現代社会への非適応的性格。そこには次代社会の創造性の芽があるのでは?

少年犯罪、ひきこもり、ニート、若者ホームレス等の現状の客観的把握、さらに、おたく・性・恋愛・美容整形といった彼らを取り巻く文化に社会学的考察を交え、若者の現代的な問題を実証的に分析。

*1:原稿でも解説したが、厳密には『OUT』を「アニメ誌」とするのは妥当ではありません。