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2010/04/08/Thu

[]『時をかける少女』監督:谷口正晃(2010年)

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 これまで幾度も映像化された筒井康隆の中編小説の映画化。と言っても、物語は筒井原作をベースとした外伝的なオリジナル作品。主演の仲里依紗の力によって十分な魅力を持つ作品となったが、原作テーマの把握など、脚本の追い込みが甘い。演出○、脚本×、俳優◎という印象。

 大学に合格したばかりの芳山あかり(仲里依紗)だったが、ある日、研究者の母・和子(安田成美)が交通事故で意識不明となる。あかりが病室に赴くと、和子は目を覚まし「1972年の4月、深町一夫に会いに行く」と起き上がろうとする。あかりは病身の和子のかわりにその時代に行くことを決意し、母親の研究室に行って彼女が研究していたタイムリープの薬を入手。しかし、誤って1972年4月ではなく1974年2月に行ってしまう。あかりは、そこで知り合った大学生の涼太のアパートに転がり込み、いっしょに深町一夫を捜すことになる。

 『時をかける少女』は、これまで映画では3回(うちひとつはアニメ)、ドラマでは4回も映像化されてきた。今回の映画化は、原作の後日談として構成されている。こうした物語と原作との距離は、ほぼオリジナルの2006年の細田アニメ版ほど遠くはないが、原作をベースにしているわけでもないので近いとも言えない。

 しかし、この作品には「本歌取り」的な過去作との関連がいくつもある。たとえば、主人公を演じた仲里依紗は、06年細田版の主人公の声優であり、いきものがかりが歌う主題歌「時をかける少女」は83年大林版で原田知世が歌ったものだ。また、深町一夫の本名であるケン・ソゴルとは、原作から引っ張ってきた要素である。

 設定は、後日談と言っても、大林版や原作のそれではない。あかりがタイムリープする和子の青春期は、大林版の9年前の設定だ。これは原作が発表された1965年とも異なり、あくまでも今回のために設定された時代だ。和子が通っていた中学校も、坂の多い小さな古風な町(大林版では尾道だとは明示されていない)などではなく、世田谷の住宅街である。

 タイムリープしたあかりは、貧乏学生の涼太ととも一夫を捜す。1974年とは、あさま山荘事件の2年後で、学生運動が沈静化しかかった時期だ。オイルショックの翌年であり、一夫は風呂のない四畳半のボロアパートに住んでいる。この部屋にあかりが転がり込む様子は、上村一夫のマンガ『同棲時代』(1972〜73年)や、作中にも登場する南こうせつとかぐや姫のヒット曲「神田川」(1973年/翌年映画化)を感じさせる。当時は、ベビーブーム全盛期であり、私が生まれたのもこの年だ。

 こうした時代考証は、とても頑張っている。アパート、風呂屋、駄菓子屋等、そこに映る世界は、高度経済成長期の昭和の姿だ。主演の仲里依紗も高校の制服ではなく、当時流行っていたサイケデリックファッションに身を包む。

 しかし、物語の詰めは甘い。あかりが和子のかわりに過去へタイムリープする動機は乏しく、具体的な目的もハッキリしない。そして、あかりと涼太のほのかな関係がかなり描かれるが、そもそもの主題はそこではなかったはずだ。しかも、あかりが現代ではまだ出会ったことのない若き日の父親・長谷川政道(青木崇高)と会うなど、物語の軸もぶれる。つまり、恋愛的な物語と両親の物語とで、話がブレてしまう。しかし、そもそもこの映画は母親のために過去に赴くわけだから、重心はより後者に置くべきだったのではないか。

 そして、なにより失敗しているのは、原作のテーマを上手く把握していないところにある。原作や83年大林版『時かけ』は、未来人によって意図せざるタイムリープをしてしまう少女の話だ。06年細田版でも、主人公はたまたまタイムリープ能力を持ってしまう。過去作においてのタイムリープとは、主人公が遭遇してしまう事故のようなものなのだ。しかし、この2010年版は、主人公がとても能動的にタイムリープをする。

 また、過去作のすべてに共通するのは、主人公は短い間隔のタイムリープを繰り返すことだ。しかし、この作品で主人公は2回しかタイムリープしない。行って帰ってくるだけ。高校生がタイムリープによって同じ日を繰り返し、逆説的に平穏な日常がかけがえのないものだと自覚する──過去作の放つこの大きな魅力を、今作の脚本家やプロデューサー陣は把握できなかったようだ。

 この二点において、本作は“『時かけ』らしさ”を失っている。主人公が自覚的にタイムリープをするあたりは、現代の女子高生(≠「少女」)を意味しているとも解釈できるが、しかし、「本歌取り」をしている以上はこれではダメである。

 もっと言うと、この脚本の失敗は、「現代の女子高生を『少女』として描く」というアイドル映画的な欲望にあったのかもしれない。それは、2008年版『櫻の園 -さくらのその-』(→レビュー)など数多のアイドル映画で見られるものだ。コギャル登場から20年近く経とうとしている現在において、「少女」を描こうとするアイドル映画など成立するはずないのである(そもそも、1990年版『櫻の園』ですら、宮澤美保によるあのファーストシーンがあるのだ)。

 しかし、それでもこの作品が魅力的なのは、谷口監督の安定した演出もあるが、やはり主人公を演じた仲里依紗の魅力に尽きる。『純喫茶磯辺』や『ちーちゃんは悠久の向こう』、『パンドラの匣』(→レビュー)など、実力派として存在感を高めてきた仲里依紗は、その表情を見ているだけで面白い。仲里依紗は、ちょっとした目の動きなどで感情を表わし、ときにはひどくブサイクな表情もする。クォーターの彼女はツンと尖った鼻など、たしかに東洋人にはない美しさがあるが、ビックリするほどの美少女ではない。しかし、このクルクルと変わる表情と演技で、このポジションを掴んだことを強く納得させられる。

 彼女の演技には、芳山あかりという人物が実際に存在するかのような強い説得力がある。それは『純喫茶磯辺』の咲子とも、『ちーちゃんは悠久の向こう』のちーちゃんとも、『パンドラの匣』のマア坊とも別人の、芳山あかりという高校生の姿なのだ。同世代のなかで彼女に注目が集まるのも、これらの過去作を観ると非常によくわかる。

 この2010年版『時をかける少女』とは、詰めの甘い脚本にもかかわらず、仲里依紗というひとりの若手女優によって傑作になった作品なのである。

監督:谷口正晃/プロデューサー:藤本昌俊、松岡周作/企画プロデューサー:植田益朗、越智武、村山達哉/原作:筒井康隆/脚本:菅野友恵/撮影:上野彰吾/美術:舩木愛子/音楽:村山達哉/出演:仲里依紗、中尾明慶、安田成美、勝村政信、石丸幹二、青木崇高、石橋杏奈、千代将太、柄本時生、キタキマユ松下優也/製作:アニプレックス、エピックレコードジャパン、ボイス&ハート、スタイルジャム、クオラス、ハンゲーム、カルチュア・コンビニエンス・クラブ/制作プロダクション:ボイス&ハート/配給:スタイルジャム/2010年3月13日公開/122分

時をかける少女 仲里依紗

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『時をかける少女』たち―小説から映像への変奏

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