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2010/07/05/Mon

[]『ザ・ロード』監督:ジョン・ヒルコート(2009年)

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 崩壊した世界を移動する父と子のロードムービー。原作は『ノーカントリー』のコーマック・マッカーシーによるピューリッツァー賞受賞小説。非常に丁寧に創られた秀作ではあるが、地味であることは否めない。

 舞台は、なんらかの天変地異によって激変したアメリカ。父親(ヴィゴ・モーテンセン)と10歳ほどの息子(コディ・スミット=マクフィー)は、ふたりで南に進んでいた。父親は弾が二発しか入っていないピストルで心中しようとするが、思いとどまってサバイバルを続ける。途中、彼らは幾度も人肉食の暴徒に遭遇して逃げる。

 世界が崩壊するまで(するかどうか)を描いた映画は、『ディープ・インパクト』や『2012』など大スペクタクルのブロックバスターとしてしばしば登場するが、この作品は世界が崩壊した後の話。『アイ・アム・レジェンド』や『トゥモロー・ワールド』、そして奇しくも本作の前週に公開された『ザ・ウォーカー』(→レビュー)と同じタイプだ。だが、こうした映画では珍しく、この作品はアクションをほとんど見せようとしない。そこで注力されているのは、あくまでも父と子の関係だ。

 太陽が照ることなく、いつも曇天か雨模様のこの世界を、父と子はひたすら南に向かって歩く。途中、人肉食いの暴徒や盗人、老人などにも遭遇する。彼らが、そこで心を許すのは老人のみだ。父親は、息子に人間として善き存在であることを教えるが、それ以外の者に対してはとても冷酷だ。もちろんそれは息子を守るためではあるが。

 このなかでもっとも印象的なのは、盗みを働いた黒人中年が登場するシークェンスだ。父親が座礁した船まで泳ぎ、発熱した息子は海辺で横になる。その隙に、彼らはすべてを盗まれる。父親は、慌てて黒人を追い、ピストルを突きつけて持ち物を奪い返す。さらに父親は彼の服を脱がせて奪い、極寒の地に置いてけぼりにする。しかし、息子は服を返すように父に懇願する。息子に説得されて、先ほどの場所に戻ると、そこにはもうだれもいない――。

 このシーンは、「他者」が「他人」とは異なることを意味する。「他者」とは、簡潔に言えば、その存在を通して自己を省察する(=reflective)者だ。この無規制状況下の世界で、父親は息子=他者の倫理によって、社会的存在としての自己に引き戻される。当初、父親がその黒人中年に対して非道な行為をしたのは、彼が他者ではなく「他人」でしかなかったからだ。父親は、一度は過ぎ去ってしまった人間の道=The Roadに、息子の存在によって引き戻ってきた。

 この映画は、2時間を通して、アノミー状態の世界で人間(=近代人)であり続ける親子をじっくりと描いたものだ。それだけと言えばそれだけだが、その丁寧な描写によって十分な説得力に導かれる。派手な画創りに走らず彩度が抑えられた映像も、シンプルに終末世界の絶望的な雰囲気を醸し出していた。

 ただし、映画として地味で単調な印象を受けるのも否めない。終末世界を描いた映画は、たいていはサバイバルアクションだからだ。そこで観賞者はどうしても派手なアクションを期待するし、それを避ければこの映画のように逃げてばかりになる。もちろん本作は、観終わればそうしたアクションサバイバルに対してのアンチテーゼに位置する作品であることもわかるが、やはり地味で単調だ。もうちょっとなにかアクセントとなるものは欲しかったし、あのラストもテーマには沿っているがちょっとヒネりがなかったように思う。

監督:ジョン・ヒルコート/製作:ニック・ウェクスラー、ポーラ・メイ・シュワルツ、スティーヴ・シュワルツ、/製作総指揮:トッド・ワグナー、マーク・キューバン、マーク・バタン、ラッド・シモンズ/原作:コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(早川書房刊)/脚本:ジョー・ペンホール/撮影:ハビエル・アギーレサロベ/プロダクションデザイン:クリス・ケネディ/衣装デザイン:マーゴット・ウィルソン/編集:ジョン・グレゴリー/音楽:ニック・ケイヴ、ウォーレン・エリス/出演:ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、ロバート・デュヴァルガイ・ピアースシャーリーズ・セロン、モリー・パーカー、ギャレット・ディラハント、マイケル・ケネス・ウィリアムズ/制作スタジオ:2929 Productions/北米配給:ディメンション、ワインスタイン/日本配給:ブロードメディアスタジオ/原題:"The Road"/2010年6月26日公開/112分

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

[]『ザ・ウォーカー』監督:ザ・ヒューズ・ブラザーズ(2010年)

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 崩壊した世界で一冊の本を持って西へ向かう男を描いた物語。終盤のアクションシーンなど見どころはあるのだが、テーマの掘り下げや物語の展開など、全般的に中途半端。もっと面白くなったはずなのに、もったいない作品だ。

 崩壊した世界で、黒人の中年男性・イーライ(デンゼル・ワシントン)は、世界に一冊だけとなった本を持って、アメリカを西に向かって歩く。容赦なく暴徒が襲うが、彼は長い刃物で切り捨てる。イーライがある町に立ち寄ると、その町の独裁者・カーネギー(ゲイリー・オールドマン)が、その本を奪おうとする……。

 カーネギーがこの本を欲するのは、ひとびとの心をコントロールする兵器となるという理由からだ。一方で、イーライはひとりで静かにこの本を読む。

 もちろんこの本は、“アレ”である。なぜか宣伝では日米ともに明らかにしないが、それは中盤で明らかになるし、タイトルからも予想はつく。やはり“アレ”なのである。イーライがその本を大切に持って歩くのも、一冊だけならば説得力はある。一方で、カーネギーはそれをひとびとを支配するための「兵器」だと認識する。彼の姿は、もちろん昨今のアメリカ、つまり熱心な福音派だったブッシュへのアイロニーとして観賞者に受け止められる。

 一冊の本で成立した社会、その本によって癒され赦される社会、そしてときにはそれが兵器となってしまう社会――この映画がテーマとしたのは、この本の西洋社会における強力な価値である。

 が、しかし、その掘り下げが足らない。結局、その本をめぐって男たちが右往左往しているだけだ。結局この本は、機密文書程度の役割しか持っていないような描写に留まっている。

 一方で、この映画はそれなりに見せ場のあるアクションシーンが盛り込まれている。ひとつが、イーライの長ナイフによる立ち回りであり、もうひとつが後半の銃撃戦だ。とくに銃撃戦は、ワンシーンワンカットで手持ちカメラがかなりのスピードで動く。これはかなり見ごたえがある。しかし、それくらい。ほかに良かったのは、そのアクションシーンで登場する不気味な老夫婦くらいか。

 まとめると、崩壊した世界(アノミー状態)の倫理の掘り下げも足らないし、一方でアクションサバイバル映画としても中途半端。さらには、ラストに明かされるあの“ビックリ”も、物語上は機能しているものの、もう一段階ヒネリが欲しかった。なんだか、あのラストを導くためだけに置かれていたようにしか見えないからだ。だってさ、覚えてるなら、大事に本を運ぶ必要あるのかな?

 企画としては申し分ないと思うのだけど、小さく中途半端にまとめてしまい、もったいないなぁと思ってしまう作品だ。

監督:アレン・ヒューズ、アルバート・ヒューズ(ザ・ヒューズ・ブラザーズ)/製作:ジョエル・シルヴァー、ブロデリック・ジョンソン、アンドリュー・A・コソーヴ、デヴィッド・ヴァルデス、デンゼル・ワシントン/製作総指揮:スティーヴ・リチャーズ、スーザン・ダウニー、エリック・オルセン/脚本:ゲイリー・ウィッタ/撮影:ドン・バージェス/プロダクションデザイン:ゲイ・バックリー/衣装デザイン:シャレン・デイヴィス/編集:シンディ・モロ/音楽:アッティカス・ロス/音楽監修:デヴァ・アンダーソン/出演:デンゼル・ワシントン、ゲイリー・オールドマン、ミラ・クニス、レイ・スティーヴンソン、ジェニファー・ビールス、フランシス・デ・ラ・トゥーア、マイケル・ガンボントム・ウェイツ、エヴァン・ジョーンズ、ジョー・ピングー、クリス・ブラウニング、リチャード・セトロン、ラティーフ・クラウダー、マルコム・マクダウェル/制作スタジオ:Alcon Entertainment、Silver Pictures/北米配給:ワーナー・ブラザーズ/日本配給:角川映画、松竹/原題:"The Book of Eli"/2010年6月19日/118分

Book of Eli

Book of Eli