アニメ「ちはやふる」に見る「文化を醸す言語体系」

○アニメ「ちはやふる」の方言に対する表現
 「競技かるた」というのがあるのは知っていた。
テレビですごい勢いで札を弾くシーンを見たことがある。
「なんでそんなに急いで札を取るの?」
と疑問に思うぐらいの速さだった。
 配置された札の記憶と「決まり字」で、下の句の札が確定した瞬間にすごい勢いで弾くのだそうだ。
今ではYoutubeでクィーン戦などの様子を見ることができる。

 2011年から「ちはやふる」という競技かるた「スポーツ根性」ものアニメが放送された。私が気がついたのが昨今なので、放送から4年のブランクがある。今頃見て何いってるの?と言われればその通りなのだが、今こそ注目すべき点が幾つかあると思うので指摘しておきたい。

 当然、作中では茅野愛衣さん演じる大江奏(おおえかなで)による古文に対するセンスへの問いかけが行われるし、着物に対する気構えにも言及されている。

 アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の作中に登場する秩父市吉田の龍勢という大型ロケット花火を打ち上げるイベントで、茅野愛衣さんが流麗に短歌を読み上げていたが、「ちはやふる」内での大江役で培った読手としての力量が発揮されていたのだろう。

 「ちはやふる」の作中では福井弁や京都弁などの方言が多用され、作品に彩りを与えている。
 永世名人の孫である綿谷新は福井弁を使う。福井弁は無アクセントであり、抑揚がないので演じるのは難しいと思われる。細谷佳正氏が声優を務めている。(小学生時代は寺崎裕香氏)。福井弁を使う人のブログによると、20話で完璧な発音となっているそうだ。細谷氏は「坂道のアポロン」の川渕千太郎役でも佐世保弁を吹き込んでいる。方言指導は宝亀さん。
 名人・クイーンの若宮詩暢は流暢な京都弁をしゃべるが、声優の中道美穂子さんは京都出身だ。

 「ちはやふる」こそアニメ化して良かった作品はないと思う。
一つには音声を吹き込むことにより、文字では識別出来なかった日本語の表現力が感じ取れる。音としての美しさや、方言による日本語の多様さに感銘を受けた。

 もっとも、競技かるたを取り上げたマンガは、「ちはやふる」以外にも同時期に幾つか作品化されている。かるた協会側が意図的に作品化を便宜を図っていたのかもしれない。

○方言の多様性を維持する意味
 私は愛国者では無い。政府が抱える闇の大きさが、日本という国家に対する嫌悪感を生む。諸外国の人も福島第一原発事故後、対日感情を急速に悪化させてきている。
 しかし、日本語のコンテンツは大好きである。日本語そのものも気に入っている。明治の人達の努力によって、日本語だけで深い思考ができるだけの語彙が揃っているのだそうだ。
 今話題のTPPに批准すると地方自治体に至るまで役所の公共入札事業は英語併記が義務付けられる。質問などのやりとりも英語が必要だ。いずれ英語が事実上の公用語となり、日本語はローカル言語になる。
 日本語は文化表現だけでなく、日本独自の醸造などの産業とも直結している。日本語を失えば、日本は産業力も低下させることになる。

 グローバリゼーションは言語の均一化を要求する。統治するにしても、洗脳するにしても、言語を共通化した方がやりやすい。
 言語の多様性を失えば、思考も似てくる。均一ロボット化した労働者を育成するには都合が良いかもしれないが、個性の喪失は「一個人としての価値」を失うことと近い意味がある。AさんもBさんもCさんもまるっきり同じ事を考えて、同じ能力だったら、Aさんだけいれば良いということになり、BさんもCさんの社会的存在価値は低下する。そういった均一化の果てには優生学思想が蔓延して、人権を省みない所業が増える。戦争行為が人権剥奪の最たるものだが、現在戦時体制へ突入しつつある。

 戦争に暗号及び暗号解読は付き物だが、米軍はナバホ族を使いナバホ族の言葉で通信を行った。当たり前だが、日本側は一切解読できなかった。
 日本海軍の暗号はザルだったが、薩摩弁で送信した電文を米軍は2週間解読できなかった。しかし、米軍にも元鹿児島県出身者が居て判読出来てしまった。
 方言やローカル言語が暗号に使われるというのは不幸な歴史だ。
薩摩藩は幕府から送り込まれた密偵を、薩摩弁を通じて即座に判別出来たそうだ。

 ローカライゼーション(localization) とは地産地消的な取り組みをはじめとする経済のローカル化を意味するが、言語的な意味でも、方言を守ろとうという動きがある。
青森県では昔、津軽弁を話した小学生に懲罰として「方言札」というのを首からかけさせていた事があったそうだ。今では逆に津軽弁を守ろという運動がある。

井上ひさし氏の舞台劇で『國語元年』というのがある。
http://www.sendai-lit.jp/125
転載開始--
その生涯にわたって「言葉」についてこだわった井上ひさしは、小説・戯曲・エッセイなどの数多くの著作で「方言」をモチーフに執筆しています。明治維新後間もない時代の文部省の一官吏・南郷清之輔の家を舞台に、全国各地から集まった様々な「お国ことば」を持つ人々が一緒に生活するなかで起きる喜劇と、話し言葉の統一を命じられた清之輔の悲劇を、明治における国家の成立、官軍と賊軍の対立といった歴史的背景を織り交ぜながら描かれる『國語元年』。

しがない金物拾いを生業とする男が、羽前国の紅花問屋の当主に成り変わるために、江戸弁を捨てて羽前のお国ことばを習得して成り上がろうとするドラマを描く『雨』。

そして東北の一寒村・吉里吉里村が、日本国からの独立を企てるという奇想天外のストーリーにおいて、「吉里吉里語」を中央からの独立の象徴として位置付けた『吉里吉里人』…。
転載終わり--

作中において方言が重要な役割を果たし、個人や故郷の存在にとって方言に重い意味があるということを知らされる。

近代社会は文化の継承を否定し、消滅させていくことをその大きな目的としてきた。
方言に対する統制も、文化的支配の一環である。
文化は体制にとって人民を支配するのに都合の悪い様々な存在の真実を教え、人民同士で意思を通じ合うことができる。
これを体制は本源的に嫌う。
戦争中、沖縄の人が琉球語を話すと罰せられた。
映画「ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール」でも琉球語を話した老人(植木等)が、軍人に殴られるシーンが出てくる。

辺野古への米軍基地建設に憤る沖縄では、琉球独立の機運があるという。
沖縄では『吉里吉里人』が愛読されているなんて話もかつてはあった。
沖縄県での市議会で琉球語を使った答弁を行ったところもあったそうだ。お互いに意味が通じないのでやめてしまったそうだが。

話は変わるが、三内丸山遺跡では数千年にも渡って集落が維持されていたそうだ。
クリを主食として、自然と共生しながら地産地消を行って集落を維持した。
土偶のようなものが多数発掘され、土偶を使った宗教的儀式が人民の意識を集約し、統率をとっていたそうだ。

 私だけかもしれないが、日本及び日本語圏への帰属意識を保つのに、アニメーションは大きな役割を果たしている。
 仮にアニメなどの創作物が一切なかったら、もっと日本に対して無味乾燥な思いを抱いて、私は今頃、反体制武力闘争に地道をあげていたかもしれない。

 統治は文化統制を行う。特に芸術分野では厳しい統制が敷かれているそうだ。戦前からの風習なのかもしれないし、米国側の意図が強く働いているのか良くわからない。
 「ろくでなし子」さんは戦争や原発をモチーフとした作品を制作展示して2回も逮捕された。
 こんな事言うと芸術関係者は怒るかもしれないが、展示物的な物を見る人は人口の総数からすればかなり少数である。
 警察の挙動が意味不明なのは、「ろくでなし子」さんを放置しても、殆ど影響力がなのに敢えて弾圧したということだ。
 これで、アベ政権の意図や狙いが分かってしまったし、むしろ、ろくでなし子さんは著名になった。

 現代は映像作品の影響力の方が絶大である。映像作品では反戦的なものもあるし、表現が抑制されているとはいえ、反原発や反体制的な作品はかなりの本数存在する。
 推測だが、アメリカでは基本的にアニメは子供の見るものということで、検閲を逃れている。日本では大人もアニメを見るが「アメリカでは検閲していないから、日本でも検閲しない」という事になっているのではなかろうか。
 また、アニメには広告会社やテレビ局ががっちり食い込んでいるので、下手に口出しをするわけにもいかないのだろう。

 ただ、思い出したことがある。
昔、丸木美術館の原爆の絵を見に行った。
これはこれでインパクトはあったが、美術的過ぎてそれほど記憶には残らない。
ところが、丸木美術館の近くにあった「神秘珍々ニコニコ園」に広田弘毅とか、マッカーサーとかムッソリーニ夫妻の吊り下げ木像が展示してあって、強烈に記憶に残っている。しかし、但し書きがないと何を掘ったのか良くわからないレベルの彫刻ではあった。
(参考)さらば!神秘珍々ニコニコ園
http://daimaohgun.web.fc2.com/walker/13_04_22.html

 立体的な展示物は人に強烈な印象を与えるので、弾圧した、ということなのかもしれない。
美術館に行くのなら「立体モノ」の方が良い。


 私は文化的な繁栄が日本民族の共通の絆となっていると思う。文化の中に方言も含まれる。矛盾するようだが、方言の多様性を維持することが地方産業の持続のみならず、日本という国家を維持していくために有用だと考える。


(参考)
伝統的言語文化「百人一首」を漫画で! 『ちはやふる』他
http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/kaigi/?id=20080521
『「伝統的言語文化」を見直すため、大人の方も一読してみる必要があるのかもしれません。』
【幅広い演じ分け】声優・細谷佳正 方言役のキャラクターをご紹介
http://laughy.jp/1407437741845117565
福井弁
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E5%BC%81
『福井弁(ふくいべん)は、福井県嶺北敦賀市を除く旧越前国)で話される日本語の方言で、北陸方言の一種である。』
福井弁。(ちはやふる
http://blog.goo.ne.jp/kitarou-69/e/e52f87f5d8c9379e2aa405f2682fcaee
『実は福井県でも、TV等の影響で標準語をしゃべる若いコ達が増え、本来の方言が消えているのです。』