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竹内研究室の日記 RSSフィード Twitter

2017-01-15

中央大学 竹内研ではAI・機械学習に関するソフト・ハードの研究開発に従事する方を募集します。

竹内研では機構助教・研究補助員の公募を行うことになりました。

分野はAI・機械学習のソフト・ハードの融合領域です。

関心のある方は、ぜひ応募の方、宜しくお願いします。

以下、公募内容です。

●公募対象: 機構助教・研究補助員(1名)

●所属: 中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科 竹内研究室

●勤務地: 中央大学 理工学部 後楽園キャンパス(東京都文京区春日1-13-27)

●研究分野

1.脳型LSI(ニューロモルフィックLSI)

2.機械学習を高速・低電力に実行するAIアクセラレータ

3.AI/機械学習のアルゴリズムとプロセッサ・メモリ・ストレージなどのハードを融合したApproximate Computing

4.データの価値に応じてデータを保存するコグニティブストレージ

5.1000年記憶メモリと誤り訂正符号技術(ECC

 以上の1〜5のうち、1つまたは複数の研究に従事する。

 ハード・ソフトの境界領域の研究のため、専門外の方の応募も歓迎します。

 本人の希望・適性に応じて業務を決定します(上記の全てをやる必要は無い)。

●プロジェクト

NEDO「IoT時代のCPSに必要な極低消費電力データセントリック・コンピューティング技術の研究開発」プロジェクト、またはJST CREST「デジタルデータの長期保管を実現する高信頼メモリシステム」プロジェクトに従事。

●着任時期: 2017年4月以降できるだけ早期

●任期: 1年毎に更新。最長5年

●応募資格

2017年3月31日の時点で博士の学位を有する方あるいはそれに準ずる方。博士の学位が無くても産業界での経験がある方も歓迎します。

●応募期限

2017年3月31日必着。

詳しくは以下のwebページにアクセス下さい。

https://jrecin.jst.go.jp/seek/SeekJorDetail?fn=4&id=D117010437&ln_jor=0

2017-01-03

あけましておめでとうございます

本年もどうぞ宜しくお願いします。

昨年から研究室の方向性をよりソフト、AI関係の研究にシフトさせて来ましたが、それをやり遂げるのが今年になります。

変わるかどうかを迷っている場合ではなく、いかに素早く変われるかが問われている勝負の年になりました。

古い分野にしがみついてジリ貧になるくらいならば、積極的に新しい世界に打って出た方が良い。

どうせ倒れるならば、のけぞってではなく、前のめりに倒れたい。

私自身としては今年はなんと50歳になってしまいます(ウンザリ)。変化が早い最先端の研究分野でそんなオッサンが新しい分野で価値を出せるかというところですが、オッサンはオッサンなりのやり方で変われることを証明したいと思います。

加齢は誰にでも訪れるものです。年を取ると若い時と同じやり方では通用しなくなる。

上の世代の方を見ると、50代、60代になっても新しい分野を切り拓いて活躍し続ける方もいれば、過去に素晴らしい実績を残しながら残念ながら研究者として全くダメになってしまう人もいる。

両者を分けている理由は正確にはわかりませんが、間違いなく差があるのは、やる気。

年をとっても活躍されている方は例外なく、年とともにエネルギーが増えていくように傍から見えます。

一方、ダメになってしま人は、過去の実績にすがりついたり極端に新しいことに取り組むことを拒否したり。一言でいえば、やる気がないように見える。

ならば、情熱さえ持ち続ければ、オジサンでも活躍できる場所はあるのではないか。

幸い新しいアイデアを考える力はまだ衰えていないと自分では思っています。学生にも恵まれており、自分が方向性さえ出せれば、新しい分野でも十分勝負になると思っています。

新しい分野に出ていくために、いろいろな方にご指導頂くことになるかと思いますが、どうぞご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願いします。

2016-12-25

自分の限界よりも、ほんのちょっとだけ頑張ってみる

クリスマスですね。大学生のころ、まだ研究室が立ち上がったばかりで自前で高額な装置を持てず、東大の駒場リサーチキャンパスにある先端研に実験装置を使わせに頂きに行っていました。学生の間では「出稼ぎ」と呼んでいました。今の駒場リサーチキャンパスは建物も建て替えられとても立派ですが、当時は生産研が移転する前でした。クリスマスは、人気のない寂れた建物の中にポツンとあるクリスマスツリーのライトアップを見ながら徹夜の実験。いったい何をやってるんだろう・・・と思ったものでした。そういった経験も今の自分にきっと役に立ってるんでしょうね。

ところで、大リーグ マーリンズのイチロー選手は毎年この時期に地元の愛知県で少年野球の大会を主催しているそうで、「第21回イチロー杯争奪学童軟式野球」での挨拶がちょっとした話題になっています。

21回も続けていることは素晴らしいし、そこからドラゴンズの田島選手、ベイスターズの関根選手とプロ野球の選手まで誕生しているとは凄いですね。

イチロー選手の挨拶を一部引用させて頂くと、

「今年メジャーリーグで3000というヒットを達成することができました。こういうことがあると、たくさんの人から褒めてもらえます。そして、イチローは人の2倍も3倍も頑張っていると言う人が結構います。

でも、そんなことは全くありません。人の2倍とか3倍頑張ることってできないよね。みんなも頑張っているからわかると思うんだけど。頑張るとしたら自分の限界…自分の限界って自分で分かるよね。

その時に自分の中でもう少しだけ頑張ってみる。ということを重ねていってほしいなというふうに思います。」(イチロー杯、大会長挨拶全文「自分の中でちょっとだけ頑張ってきた」より引用)

いきなり2倍、3倍と大きな目標をたてるのではなく、ちょっとだけ限界を超えてみる、そしてそうした努力を継続する、ということでしょう。

無理やり数値化すると、1年で10%成長できたとすると、10年で1.1の10乗になるわけですから2.6倍にもなるのです。1年で10%の成長を20年間続けたら、6.7倍に。

もちろん、継続的に努力し続けるのは難しいし、年々成長が難しくなるし、スランプになることもあるでしょう。

こうやって計算することは簡単でも現実は難しい。

自分に厳しく、限界を超える努力を続けられる点がイチロー選手が「天才」である理由でしょう。

その一方、凡人の私たちにもやってできないことではないかもしれない、とも感じます。

事実、私たちの生活を支える、エレクトロニクス・コンピュータはムーアの法則という「継続的なちょっとした努力」によって進化してきました。

ムーアの法則とは、集積回路LSI)を年々小さくすることにより、18ヶ月(1.5年)ごとに集積度(LSIに搭載されるトランジスタの数)を2倍にするというものです。

これは18か月ごとにトランジスタのサイズ(一辺)を約30%小さくすることに相当します。縦・横両方の方向に30%小さくすれば、0.7x0.7で面積は約半分になりますので。

ムーアの法則は物理法則ではなく、技術者コミュニティ・産業界の指針、目標です。

18ヶ月というと1つのプロジェクトを行うにはちょうど適切な期間で、その間に30%だけトランジスタのサイズを小さくしよう、そしてそれを継続しよう、というものです。

これならば凡人の自分たちにもできるような気がしてしまう。野心的過ぎず、簡単過ぎないちょうど良い目標だったと思います。

そしてムーアの法則こそ、イチロー選手が言う、「ちょっとだけ限界を超えよう、その努力をずっと続けよう」だと思いませんか。

こうしてエンジニアたちが継続的に「ちょっとだけ限界を超えてきた」努力の結果を見てみましょう。

私が生まれた年、1967年から40年後の2007年までのLSIの進化を見るため、1967年のメインフレーム(大型コンピュータ)IBM 7094と2007年のノートパソコンを比べます。

・CPUの性能:0.25MIPSから4000MIPSへ「16000倍向上」

・メインメモリ(DRAM)の容量:144KByteから1GByteへ「6900倍向上」

・価格(2003年当時の物価に換算):2億円から20万円へ「1000倍安くなった」

つまり、コストパフォーマンスでいえば、40年間で約一千万倍向上したわけです。

これは年々約50%向上(1.5の40乗が約一千万)したことになります。

ムーアの法則は数多くのエンジニア、研究者が達成したことですので、単純にイチロー選手のような個人の業績とは比較できません。

ただ、いきなり「40年で一千万倍にせよ」と言われたら達成できたでしょうか? むしろ、毎年ちょっとだけ向上させる、ということならばエンジニアもできるような気がする。そして、激しい競争と市場の拡大により「ちょっとした向上」が何十年も継続され、結果として凄まじいばかりの業績を成し遂げてしまったわけです。

こうした事例は実はいろんな分野であるのでしょうね。

新年になると一年の目標を立てる方も多いと思います。あまり過剰な目標にするよりは、ちょっとだけ今までの自分を超えてみる。そしてそれを毎年続ければ、10年後、20年後にはとんでもなく成長しているのではないでしょうか。

2016-12-11

ムーアの法則の終焉により、エンジニアにとってもゲームのルールが変わった

先週、電子デバイス分野のフラグシップの学会であるIEDM(International Electron Devices Meeting)に参加してきました。

以前のIEDMと言えば、トランジスタの微細化の話ばかりでしたが、ムーアの法則が終わりつつある現在、発表される論文の分野が随分変わりました。

医療向けのセンサであったり、機械学習を高速化・低電力化する技術であったり、脳の機能を模擬した脳型LSIであったり、多種多様な応用に向けたLSIの技術が発表されました。

ムーアの法則が続いていた時には、トランジスタを小さく作る、高速化することでCPUを高速化・高集積化したりメモリを大容量化するなど、共通のゴールに向かって世界中の技術者が凌ぎを削っていました。

そうした技術開発もまだ残ってはいますが、それに加えて今では各人がそれぞれ自分が決めたゴールに向かって走り出していると感じます。

IEDMで会った大学の研究者の多くが研究分野を変えていました。分野を変えなければ、研究費を確保することが難しかったのでしょうね。

分野を変えてうまくいった人だけが生き残り、(旅費を工面して)学会に参加できているのかもしれません。

知り合いの研究者と会っても、「どうしてお前、そんな研究やってるんだ?、全然違う分野なのに成果を出して凄いね」、「いやうまくやっているように見えても実際は大変でね・・・」といった苦労話になります(もちろん英語で)。

世界の半導体産業の競争の中で凋落した日本に居ると、半導体デバイスから研究分野を変えるのは、当たり前です。

そうでなく、半導体産業の競争に勝ったアメリカや台湾などでも、ムーアの法則が終焉することで、ゲームのルールが変わってしまったのです。

その結果、技術者・研究者も分野を変えざるを得なくなった。

例えば、元々CPUなどロジックLSIの専門家だったエンジニアがメモリの研究に移り、そしてメモリスタなどのメモリデバイスを使った脳型LSIの研究に移る。

ムーアの法則が続き、将来の技術のロードマップを描けていた頃は、研究開発も縦割りに細分化され、その道のスペシャリストとして専門分野を極めることが技術者・研究者にとって重要でした。

ところが今では、自分が持っているコアとなる強い技術を活かせるゴールを探し、目標を定める。そして、ゴールに到達するために、ハードのみならずソフトの開発も行ったり様々な分野の専門家を巻き込み、プロジェクトを運営する能力が重要になっています。

ロードマップができていない新しい分野では、単に画期的なデバイス・ハードを作っただけでは、最終的なユーザーに使ってもらえません。

新しいハードを使いこなすソフトやインタフェースの規格を自ら作ったり、ソフトの研究者を巻き込むことが必要になります。

新しいアプリケーションを目指す場合は、まさに違った土俵に登る必要があります。例えば医療向けのLSIを開発するのであれば、実験を行うにしても個人情報保護やセキュリティ、倫理面など様々な問題を克服しなければいけません。

ムーアの法則の時代では直線を速く走る能力が必要だったのに対し、ポスト・ムーアの時代では、障害物競走、あるいは道なき荒野を自ら切り拓き、サバイブする能力が必要になった、と言えるかもしれません。

日本の半導体産業では、経営がマズかったから負けたけれど技術では負けていなかった、というようなことも言われます。

それも間違えではないのでしょうが、ムーアの法則の終焉は、私たちエレクトロニクスのエンジニアにとって、ゲームのルールが抜本的に変わることを意味していると感じます。

こうした変化をプラスに考えると、巨額な投資が必要な大規模な組織戦から、比較的小規模な投資の個人戦、エンジニアの個性や能力がそのまま結果につながりやすくなった、と言えるかもしれません。

集団で研究開発することが苦手だったり、大組織の中に埋もれていた個性的な技術者・研究者にとっては朗報かもしれませんね。

2016-11-13

AIで再び活気が出てきた半導体と立ち遅れる日本

ここ最近の科学技術で盛り上がっている分野と言えばAI(人工知能)でしょう。新聞を見れば見出しにAIと書いてないことは無いくらいですし、碁や将棋でAIがプロに勝ったことなどもあり、「AIが人の仕事を奪う」といった議論も良く聞きます。

ただ、AIは大容量のデータを検索したり画像を認識するといった特定の分野では人間以上の能力があっても万能ではありません。

例えば言語の認識(自然言語処理)では人間のようにAIは文脈の意味を理解しているわけではありません。

人工知能「東ロボくん」 東大を断念

という記事にも書かれているように、AIでできることの限界も明らかになって来ました。

そもそも、東大合格を目指した「東ロボくん」プロジェクトは、AIの限界を明らかにするためにやられているのではないですかね。

こうしてそろそろAIに対する過剰な期待もなくなり、ブームも終わる事でしょう。

その一方、半導体業界ではAIが流行し始めました。

AIのアルゴリズムは日進月歩ですが、ある程度アルゴリズムが決まってくると、次は実用化に向けていかに高速・低電力・低コストにAIを実現するか、というところが勝負になって来ます。

今までソフトによって実装されていたAIの機能を専用の半導体のハードウエア(AIアクセラレータ)で実現することにより、高速化、低電力化しようという研究が最近とても盛り上がってきているのです。

こうしてソフトが盛り上がった後に、市場が拡大にするにつれて専用のハードウエア(LSI)が登場する、というのはAIに限らず良くあることです。

先週、東芝からプレスリリースがあった、「ディープラーニング(深層学習)を低消費電力で実現する脳型プロセッサを開発」もそういったAIアクセラレータの一つです。

会計問題で世間を騒がせた東芝ですが、次の事業に向けて新しい技術が出てきたことに私もほっとしました。

また、昨年はグーグルがAIのアクセラレータを発表して注目を集めました。

米Googleが深層学習専用プロセッサ「TPU」公表、「性能はGPUの10倍」と主張

自社のサービスのために使うとはいえ、グーグルが半導体業界に参入してきた、とも言えます。

ディープラーニングでは膨大な量の積和計算を行う必要があります。この積和計算は人間のニューロンにおいて、他のニューロンのシナプスから入力した刺激を、ニューロン同士の結合の強さに応じて受け取ることを模擬したものです。

現在使われているAIではこの積和計算をGPU(グラフィックス・プロセッサ)などの従来のデジタル回路で実現しています。

一方、AIアクセラレータでは、積和演算などのAIの計算に最適化したデジタル回路で実現するもの(おそらくグーグルのTPUもこのタイプ)、先ほどの東芝の発表のように、アナログ回路あるいはメモリ技術を活用するものなど様々なLSIが提案されてきています。

こうしてAIによって半導体・LSIの回路設計分野が再び活気を取り戻していますが、残念なことに日本の影が薄い。

エルピーダメモリの破綻やルネサスエレクトロニクスの経営難などにより、日本では半導体に携わる人は産業界だけでなく大学でも肩身が狭い立場です。

半導体分野から他の分野に移ったエンジニア・研究者も多いのではないでしょうか。

しかし、一度技術が失われてしまうと、再び重要になったからと言って、急に技術を立ち上げ先行者に追いつくことは容易ではありません。

私自身も最近は(かつての専門の)LSIの回路設計の研究をトーンダウンさせていました。

しかし、技術は失われると取り戻すことは簡単ではないので、細々ではありますが、回路設計の研究をずっと続けてきました。

このように評論している場合ではなく、既に遅きに失しているかもしれませんが、私もAIアクセラレータの研究に参入しようとしています。コアとなるアナログ技術やメモリ技術は自分の得意分野とはいえ、既にブームになってしまっている今更の参入ですから相当大変です。

事業や産業構造は激しく移り変わり、選択と集中が良しとされる社会ではあります。しかし、こうして再び半導体の研究が活性化すると、時代が変わっても捨ててはいけない技術というのはあるのだと思い知らされました。

現在の日本の大学ではLSIの回路設計に携わる研究者は随分減ってしまいました。

時代が変わっても何を維持すべきか、判断は難しいところですが、私自身は回路設計をやめないで細々とでも維持してきて本当に良かったと思っています。

AIへの応用という、再び注目される応用がこんなにすぐに出現するとは予想できませんでしたが。

2016-10-30

11/4(金)-6(日) 中央大学白門祭で竹内研の一般公開を行います。後楽園キャンパスにお越し下さい!

今年も早いものでもう11月になりますね。来週の週末、11/4(金)-6(日)に中央大学白門祭で恒例の竹内研の一般公開を行います。是非、後楽園キャンパスにお越し下さい!

公開場所は2号館8階2844号室(プロジェクト室)と1号館地下1階1034号室(実験室)です。アクセスマップは研究室のHPをご覧ください。

現在のIT革命を牽引してきたのはトランジスタの微細化ですが、微細化のスピードが減速し、いわゆるムーアの法則が終焉しつつある今、微細化に頼らないアルゴリズムやアーキテクチャの革新が求められています。その一つがAI(人工知能)になります。

竹内研では、

・AIを利用する

・AIのアルゴリズムに適したコンピュータを作る

・AI自体を作る

という3つの方向からAIの研究に取り組んでいます。まあ、AIという言葉の定義自体が曖昧ですが。

白門祭ではAIも含めた最新の研究動向をご紹介したいと思います。

2016-10-20

女性も進路に迷ったらとりあえず理工系に進んでおけば良いのでは

ハフィントンポストにインタビュー記事が掲載されました。

実はいいことづくし。 これからの時代に「女子が理工系に進むべき」7つの理由

IoT(Internet of Things)と言われるように、流通・金融・医療・農業など様々な業界にITが使われる時代になりますので、どんな仕事をするにしても、ITの理解は必要になります。

もっともIT・技術だけで食べていくことは難しくなっているので、技術だけやっていれば良いわけではないです。ただ、若い時には理工系で数学や物理などの基礎的な知識や技術を学ぶのはキャリアのスタートしては悪くないのではないでしょうか。

私は30歳を超えてからスタンフォード大学に留学してMBAコースで金融や経理などビジネスの基本を学びました。

技術だけでは実際のビジネスで勝ち残るのは難しいわけですが、留学した時にも学ぶ順番としては、頭のやわらかい若い時には(年をとってからでは理解が段々難しくなる)理数系を学んでおくのが良いと感じました。

MBAコースの学生は社会人として企業などで実務経験がある人ばかりですが、MBAに留学した時、同級生の業界は様々でしたが、出身学部は2/3以上が理系でした。

これは「とりあえず若いうちは理工系で学んでおこう」ということなのでしょうね。

IoTの時代では、理工系の学部に進学したからと言って、みんながメーカーに就職する時代でもなく、就職先も(かつては文系と思われた)様々な企業に広がっています。

ですから就職先とそのために必要なスキルを分けて考えても良いのではないでしょうか。

2016-10-09

大学の研究室で学べることは何か

大学の進学先を迷っている高校生や卒論の研究室を考えている大学3年生のみなさんにとって、研究室はよくわからない場所でしょう。

研究室は教員によって千差万別でしょうから一般化して「これだ」という事は難しい。ここでは(理系の)大学の研究室で学べることは何かについて、私なりの考えを書いてみます。

学生のみなさんが将来の進路を考える上で少しでも参考になれば良いのですが。

研究室とは、学生が教員、先輩や後輩とチームを組み、世界トップの研究成果を出すという目標に向かって、プロジェクトを計画、実行し、その成果を発表するところ、と私は思っています。

どうやって新しい分野を開拓し、厳しい競争の中サバイバルしていくか、を研究の実践を通じて学ぶわけです。

理系では大学院の修士まで進学する人が多い。学部4年の卒業研究の時から同じ研究室に在籍すると、合計で3年間、研究室で過ごすわけです。

3年の時間があれば、いわゆるPDC(Plan Do Check)サイクルを何回かまわし、試行錯誤しつつも、(多くの場合は)世界初の成果にたどり着くことが可能になります。

もちろん綺麗ごとばかりではなく、失敗したり、悩んだり、人間関係の摩擦があったり、教員や先輩・後輩と試行錯誤するプロセスにこそ、大学の研究室の価値があるのではないか、と思っています。

以上に書いたことは当たり前、と思う人も居るでしょう。

一昔前の理系、特に工学部の研究室では、特定の産業に対して、専門知識を持った人材を提供する、という側面があったかもしれません。今でもそのような研究室もあるでしょう。

ただ現在のように技術も産業構造も急速に変化する時代では、多くの産業・事業が入社してから定年まで持続することが難しくなってきています。ですから、大学の研究室で学んだ知識で一生食べていくのは難しい。

研究室で専門知識・スキルを取得することはもちろん重要ですが、それだけでなく、変化する時代を先取りしていく力を身に付ける事こそ、研究室での教育として大事だと考えています。

知識そのものは陳腐化しても、新しい分野を開拓していく手法・プロセスというのは案外、変わらないものです。

狙った分野の状況を分析し、自らの状況(実験施設や資金、スキル)を考えた上、どこに攻めどころがあるか探り、勝てる戦略を立てる。

そして戦略に基づいて研究を実行し、成果を英語を使った発表を通じて世に知らしめる。

もちろん現実の研究はそんな綺麗事ではなく、なかなか思った成果が出なかったり、やっとの思いで成果が出ても、すんでのところで競合相手に先を越されたり。そんな経験のすべてが血となり肉となるのではないでしょうか。

企業でもOJT(On-the-Job Training)が行われますが、企業と研究室の違いは、営利目的・教育目的という面だけでなく、規模にもあると思います。

大学の研究室は企業に比べればちっぽけな組織です。指導教員や先輩とひざを突き合わせるような近い距離で世界のトップを目指す。

私も卒業研究と修士の3年間を通じて、日々の過ごし方からアイデアの生み出し方、時には生みの苦しみなど、良いことも大変なことも含めて、世界トップを目指すとはどういうことかを学ぶことができました。

研究をするためには資金が必要ですから、資金集めの苦労もあります。そういう指導教員の姿を間近に見ることができたのは、かけがえのない経験でした。

もちろん、こういった大学の研究室の価値は在学中は気付きませんでした。

企業に就職して、組織に入って初めて、ディシジョンメーカーと新入社員の自分とは随分距離が遠いのだなとわかりました。

そして、あんなに濃密に指導教員や先輩とお付き合いできたのは、実はすごく貴重な経験だったのだと気付かされました。

重ねてになりますが、これだけ技術や産業構造の変化が激しいと、知識もすぐに陳腐化します。大学の時に学んだ知識だけで、その後何十年も過ごすことなど不可能です。大学を卒業してからも学び続けなければいけません。

私自身も研究室で学んだ個々の知識よりも、先生方や先輩の考え方、生き様から学んだことの方が、今の自分の血や肉となって残っていると感じます。

ここに書いたことを実践するためには指導教員が(苦しみながらも)ハンズオンで世界の土俵で戦い続けていることが大事です。

最後は自分へのカツになってしまいましたが、進学先を迷っている学生のみなさんに少しでも参考になればと思います。

2016-09-10

年をとって身に染みる、「好きなことを仕事にしよう」という若者へのアドバイスの大切さ

最近のAIブームは凄いものがありますが、多くの本が出版されている中、甘利俊一先生の「脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす (ブルーバックス) 」はとても良かったです。

技術的な内容に加え、AIの研究が現在に至るまでの歴史が書かれており、とても勉強になりました。

そして何よりも驚くのは、この本を書かれている甘利先生が80歳であるという事実です。

本では甘利先生の今までのご自身の研究や生き様を総括された上で、今後やるべき研究について述べられています。

伝え聞くところによると、今でも現役で研究をされているそうで、失礼ながらご年齢を考えると「ばけもの」です。

実は私は東大工学部の応用物理(略して応物、学科としてはその中の物理工学科に私は所属)の出身です。甘利先生も応物ですので、同じ場所で修士も含めると3年間を過ごさせて頂きました。

しかし、当時の自分は感度が悪く、「甘利先生って変なことをやっているな・・・」くらいの認識でした。

恥ずかしながら、一度も甘利先生の講義を選択せず、今から考えると貴重な機会を自ら捨ててしまっていたわけです。

大学を卒業してから20年以上たって、今更、甘利先生の仕事をご著書で勉強するとは思いませんでした。学生の時に講義を取っておけばよかったのに・・・

さて、このような(失礼ながら)「ばけもの」のような研究者は甘利先生以外にもおられます。

「50代のオジサンは使えない」という特集が雑誌にのるように、年を取るにつれて役に立たなくなってしまう人が多い一方、何歳になっても仕事の第一線で活躍されている方はいます。

大学でも、定年になる時まで研究の第一線で活躍される方は少なくありません。

研究や技術以外の世界でも、そんな方はおられますよね。

功成り名を遂げているのに、遮二無二頑張り続け、業績を挙げ続ける方は、なぜそこまで頑張るのだろう、と私も若い時には不思議に感じていました。

忙しすぎて、階段から落ちたり、何かにぶつかって怪我をしたり、ものをなくしたり。そんなに無理しなければいいのに。

このように高齢になっても頑張り続け、成果を出し続ける方のモチベーションは何だろう?、と若い時には不思議に思っていました。

自分も年を取るにつれて少しわかってきた気がするのは、年をとっても遮二無二頑張り成果を出し続ける方はきっと、その仕事が本当に好きなんだと思います。

ワーカホリックのように長時間没頭していても苦にならない。

技術者や研究者に限らないかもしれませんが、年を取っても価値を出せる人は、好きな事、得意な分野で、若いとき以上に馬車馬になって働いているのではないでしょうか。

自分も年を取るにつれ、新しい事を学ぶ効率や集中力は落ちてきていると思います。

若い人と同じ土俵で競ってはひとたまりもありません。

当然、過去の経験に根差した、できるだけ若い人と競わない土俵を選ぶわけですが、それでも若い時以上に頑張らないと、生き残れません。

40才を過ぎても活躍しているスポーツ選手は、若い時以上に練習をしているようですね。42歳でも現役を続け、「投手が安打を放った最多連続年数」という記録まで持つ、プロ野球の横浜ベイスターズの三浦選手のインタビュー記事からの引用です。

「肉体的な衰えも進行している…それは毎年あるよ。もう30代半ばから、ずっとある。だから、こうやって練習するんだよ。球場に来る時間も(年々)早くなって、準備する時間がどんどん長くなっている。」(ハマの番長が語った“引き際の美学”より引用)

スポーツ選手ほどではないにしろ、エンジニアや他の仕事でも同様ではないでしょうか。

急速に変わる技術や環境についていくには、若い時以上の努力をするのが当然で、過去に実績がある人でも、油断して努力を怠ったら、引退や失職に追い込まれるのは、スポーツ選手だけではない。

また、自分もそうですが、年を取るにつれてこだわりが強くなり、好きな仕事しかやりたくない、この仕事は嫌だとなりがちになります。

それが周囲の環境と合わなければ、ただの「使えないおじさん」になるわけです。

ですから、若い時に好きな仕事を見つける、そして年を取るにつれて、その仕事を徹底的にやる。これしか年をとって生き残る道はないのではないか。

一方、若い時にそれなりに活躍していたのに、年をとってダメになった人もたくさん居ますよね。

なぜこの人はこんなになってしまったのか?、と言われる人。

そういう人は好きな事、没頭できる仕事を見つけられなかったんでしょうね。

サボって見えますが、ある意味で気の毒です。

結局のところ、年と共に時間を掛けて頑張らないと、若い人に負ける。若い時以上に頑張るには、長時間没頭しても苦にならない好きな事を仕事にしないと、もたない。

就職活動の時など、若い人に向けて「好きなことを仕事にしよう」というアドバイスがありますね。

実は若い時に好きな仕事を見つけられないと、年を取ってから厳しいよ、というのが実際にオジサンになった感想です。

2016-08-25

50代のオジサンでも必要とされるためには

50代のおじさんへの風当たりが強い。日経ビジネスでは、「どうした50代! 君たちはゆでガエルだ」という特集が組まれ、「環境の変化に気づかず、危機意識が薄い…50代に未来はあるか」と手厳しい。

あるいは、鴻海がシャープを買収したことで社長になった戴氏は、「あまり仕事をしないで、遊んで給料をもらっている人は修理しないといけない」(引用:産経WEST)と述べている。

これも中高年の管理職への警告でしょう。

50代と言っても現場でバリバリに働いて、プロとして尊敬を集めている方も居るし、マネージャーや経営者として組織を切り盛りしている方もいるでしょう。

問題は、何となく年功序列で昇進して中間管理職として過ごしてきたオジサン。

かつての日本の大企業のように組織が長く存続すれば、「使えないオジサン」と陰口をたたかれながらも雇用は維持され、人生としては逃げ切ることも可能でしょう。

ところが、最近は企業が生き残るためには、不採算の事業を切り売りすることは当たり前。以前でしたら、不採算部門の人員は他の部門で吸収しようとしたでしょうが、今では事業とともに人も切り売りされる時代です。

事実上、終身雇用が難しくなっている時に、50代で突然仕事を探さなければならなくなる。

転職できたとしても、元の会社よりも小さなところに移るケースが多いでしょう。そこでなかなか活躍することができない。

こうした50代の問題は、雑誌に取り上げられるほどですから、色々な企業・組織で起こっているのでしょうね。

ところで大学の研究室は人材の再生工場のような面もあります。大企業をリストラなどで辞めざるを得なくなった方を研究開発プロジェクトの中で採用し、大学での研究を踏み台にして、再び企業で活躍して頂く。

大学の研究室はちっぽけな組織ですので、大企業とは全く違います。そうした大企業出身のオジサンがうまくいく場合も、いかない場合もあります。

うまくいかない典型的なケースは、「なぜこんなことを自分がしなければいけないのか」となる場合。

中小企業もそうでしょうが、小さな組織では、誰もが多くの分野をカバーしなければいけません。

また、大企業でしたら間接部門の人がやってくれる仕事も自分でやらなければいけないことも多いのです。

それができない。

プライドもあるのでしょう。

「こんな仕事は自分にふさわしくない。この組織はダメだ。」という発想になると、いくら他の能力があっても仕事になりません。

細かい事務仕事をやろうとしなかったり、途中で事務仕事を投げ出したり、いわば仕事の入り口で躓いてしまうオジサンも相当数おられます。特に大企業で地位や実績のあった人ほど。

小さな組織に移ったならば、小さい組織の仕事のやり方に自分を合わせる必要があるのです。

とはいえ、現場で必要とされるパソコンやITのスキルは若い人には到底かなわない。

熟練したスキルや素晴らしいリーダーシップがあれば良いのでしょうが、そんな人は少数ですし、そもそもそんな人は「使えないオジサン」などとは言われません。

問題は、大企業で現場から10年以上も離れ、何となく中間管理職をやっていた方。

50代以上のオジサンの転職で成功例と思える方は、プライドを取り敢えず捨て、数十年前、自分が担当として仕事をしていた時のことを思い出し、大昔の経験やスキルを磨きなおすことで、もう一度現場で必要とされるようになりました。

50代の方が現場で働いていたのは20年以上前だとしても、案外、若い時に必死で身に付けたスキルは蘇るものです。

私の研究室にいた方でも、企業から大学に移って数十年ぶりに現場の仕事をやり、技術を磨きなす。そして、何よりも「自分は技術ができるのだ」という自信を取り戻し、再び産業界に戻って活躍されている方もいます。

私自身も40代で「使えない」と言われてしまう世代です。現在の50代が直面する厳しい現実はまさに明日は我が身。

いつでも現場に戻れること、泥臭い仕事もやり続けることこそが、生き抜く術なのかなと思っています。

逆に過去の実績にすがり続けていたり、自分を良く見せることばかり考えていたり、地位のある人との関係ばかりを求めているオジサンは、一時的にポジションが得られても、すぐに仕事ができないことがバレて、長くはもちません。結局、行き場がなくなっているように感じます。

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