送り火の事

 朝、リンと散歩へ行こうとすると、リンが水色のボールをくわえている。
 昨日、父と遊んでいた桃色のボールの色違いらしい。リンに、ボールふたつももらったのか?と聞いてみるが、しっぽをぱたぱたと振るばかりだった。目が笑っているようにも見えた。
 今日も土手の方まで足をのばして、土手で少しだけボール遊びをする。
 僕が投げると、リンがすかさず取りに行って持って帰ってくる。世間で言うところの「とってこい」という遊びだが、どちらかというと「投げてくれ」のような気もする。
 リンはこの遊びが余程気に入った様子で、普段は大人しいのに、この時ばかりは妙な角度に前足を上げてみたりジグザグに走ってみたりと、随分はしゃぎ回っていた。
 ひとしきりボール遊びをして満足したのか、帰り道では普段通りに戻っていた。
 あとで父に、お礼を言っておこうと思う。


 祖父母が、今日送り火を済ませたら、静岡に帰ると言う。
 夕方、迎え火を焚いたのと同じ場所で、送り火を焚く。
 煙を見送りながら、祖母が、ゆうべ曾祖父の夢を見たと言った。二階で、資料の整理をしたり、本を読んだりしていたのだという。懐かしくて嬉しかったと言って笑っている。
 二階は、二部屋の間を仕切っている襖を開け放つと、一部屋になる。
 妹が、ひいお爺ちゃんの部屋は二階だったの?と聞くと、二階はお弟子さんが来た時に使っていたのだという。今、座敷兼客間にしている部屋が、当時の曾祖父の仕事部屋だったそうだ。
 気がつくと、祖母が僕の方をじっと見ている。どうしたの?と聞くと、お前も遠慮して奥の間に引っ込んでないで座敷で寝起きしてもいいんだよ、と言う。
 広すぎて落ち着かないし、座敷は真っ先に朝になるし、と答えると、祖母は可笑しそうに笑って、実はあんたたちのひいお爺ちゃんも同じ事を言っていたのだと教えてくれた。
 つまり、知らないうちに僕は、曾祖父が寝起きしていた部屋で寝起きしていたらしい。
 ゆうべの二階の物音は、祖母の記憶だったのか、それとも曾祖父だったのか。
 お盆だからそういうことにしておくのもいいかも知れない。
 

 祖父母を、妹と一緒に駅まで見送りに行く。
 今度、静岡にも遊びにおいで、と言われた。