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2009年12月14日

ハナヤマ キャストパズル ‐ レヴュー集 1(ネタバレなし)

 折角アフィリブログがあるのだから、本を紹介するだけではもったいない! というわけで、思いつきですが、ハナヤマのキャストパズルシリーズをレヴューしてみることにしました。もともとぼくは、パズルでは「迷路」と「知恵の輪」には目がない方で、いろいろな知恵の輪を集めていたりします。なかでもキャストパズルシリーズは、美しいデザインと玄人をも唸らせる難易度で、自信をもって紹介することができます。かの天才パズラー、故・芦ヶ原伸之氏のプロデュースによるところが大きいのでしょう。

 まだ手に取ったことのない方は、ぜひ一度手に取ってみてください。コレクターの方は、次に購入するもののご参考にどうぞ。

キャストキー(CAST KEY; Level 1)

知的立体パズルゲーム キャストキー

知的立体パズルゲーム キャストキー

 過去最速で解いたもの。エスカレーターに乗りかけながら箱から出して、次の階に着いたときにはもう解けていた。もともと売り場で目だけでだいたいの解き方は分かっていたのだが、一点、気になる過程があって脳内シミュレーションがうまく行かなかった。それで購入したのだが、箱から出した瞬間仕組みを理解できた。なるほど、箱にどう入れてあるかもパズルの一部なんだな、と……。

 でも、とても気に入っている。知恵の輪らしい知恵の輪で、弄んでいると飽きない。解き心地が小気味いい。解き方のデザインも含めて、洒落た、しみじみしたデザインだなと思う。ポケットにいつも入れておきたい感じ。

 ちなみに、明白すぎて誰も指摘しないが、組み方には二通りある。

キャストフラグ(CAST FLAG; Level 1)

知的立体パズルゲーム キャストフラグ

知的立体パズルゲーム キャストフラグ

 手旗信号なのですね。あまり難しいとは思わないが、面白い動きをすると思う。この行きつ戻りつ感は、キャストパズルならでは。まあ入門篇というところかな。

 ちなみに、ぼくが生まれて初めて購入したキャストパズルがこのキャストフラグでした。小学生だったと思う。解けるまで十五分ぐらいかかっていた。

キャストオーギア(CAST O'GEAR; Level 3)

知的立体パズルゲーム キャストオーギヤ

知的立体パズルゲーム キャストオーギヤ

 キャストパズルシリーズではおなじみのパズルデザイナー、オランダのオスカーの作品。氏の作品は、数学的とでも表現すればよいだろうか、迷路タイプ*1、理づめタイプのものが多い。このオーギアもそのひとつ。

 立方体状の迷路を進んでゆく動きには魅せられる。これは凄い。こんな動きを、よく考えつくものだと思う。かなり精度の要求される構造になっていて、ぐるぐるぐるぐる、動きを眺めるだけで飽きない。……ただ、どうしても、迷路タイプの宿命とでもいうか、ハズすまでの行程が単調で、退屈してくるのである。まあ動きだけで100点だと思っておく。

キャストデビル(CAST DEVIL; Level 4)

知的立体パズルゲーム キャストデビル

知的立体パズルゲーム キャストデビル

 個人的に、キャストパズルのレヴェル 4 を代表する作品だと思っている。傑作のひと言。

 キャストパズルには珍しい、ワイヤー構成の知恵の輪で、難易度が高い。まさに「悪魔」的な魅力のある作品だといえる。ハズし方を知っている人は目をつぶっていてもハズせるが、知らない人には五里霧中という感じだろう。形状からは何のヒントも与えられず、どこから手をつけてよいのか分からない。直感だけの勝負になる。シンプル・イズ・ベストとはこのことだと思う。心酔わせる一作。

 なお、芦ヶ原氏が翻案したという「悪魔の爪 Devil's Nail」も所有しているが、どこをどう翻案したらこんな見事な作品になるのやら、サッパリ分からない。やはり芦ヶ原氏は天才である。

 ちなみに、二組購入すれば輪っかにすることができる*2

キャストバロック(CAST BAROQ; Level 4)

知的立体パズルゲーム キャストバロック

知的立体パズルゲーム キャストバロック

 キャストパズルシリーズで、ぼくが一番好きな作品。これは芸術である。

 こんな構造をどうやって考えるのだろう。とにかく美しい。ハズれるまでの行程も、ハズれる瞬間も、何から何まで感動的で、何度でも組んではハズしてみたくなる。キャストパズルに興味がない人でも、この作品だけは解いてほしい。バロック音楽、特にバッハのフーガが好きな人間としても嬉しいかぎり。もっとも、難易度は高い。

キャストスパイラル(CAST SPIRAL; Level 5)

知的立体パズルゲーム キャストスパイラル

知的立体パズルゲーム キャストスパイラル

 一見すると不可能物体、でもちゃんとハズれる。これまた直感だけが勝負。個人的に、ちょっと番外篇っぽいイメージがあるが、それはハズすというよりバラバラにするという感じだからか。無限に続く螺旋階段を思わせる造形美は素晴らしい。ただゲームランクは Level 4 ぐらいが適当なのではないかと思う。

 このスパイラルがそのままでは通らない壜の中で組みあげて、さらに不可能物体らしくみせる遊びはお約束。

キャストチェーン(CAST CHAIN; Level 6)

知的立体パズルゲーム キャストチェーン

知的立体パズルゲーム キャストチェーン

 よく練られた作品。部品ひとつひとつの小さな違いを見分けることができたなら、ハズし方の見当はつくだろう。だが、その形にどうやってもってゆくか? というのが、この作品の見どころ、楽しみどころである。ある意味で実にキャストパズルらしい、ありえない行程を経る必要がある。ゲームランクに恥じない難易度であると思う。

 ただ、動きがカタいのがどうにも。ちょっとイライラする。

    ○

 第二弾は気が向いたらやります。

(以上)

*1:知恵の輪用語で「迷路タイプ」というのは、どういう動きが可能であるかは比較的ハッキリしていて、どういう経路を辿るのかを考えさせるようなものをいう。最古のものとして「九連環」があるが、これについては、個人的には「ハノイの塔」系と呼んで分けたい気がする。

*2:パチモン(パズルリングシリーズ)と正規品で輪っかにすることはできた。正規品同士でも可能だと思うが、試していないので確言はできない。

2009年12月10日

ネトゲ廃人 芦崎治

ネトゲ廃人

ネトゲ廃人

もうひとつの「現実」を知るために

 暇つぶし用に購入したが、暇つぶしにはなった。このぐらいの分量なら新書で出してほしいと思ってしまうが、まあ赤の表紙がキャッチーであることが売りあげに貢献しているのでしょう。

 本書は、ネットゲームに依存する人々(ネトゲ廃人)をテーマとして取りあげた、おそらく国内初の本。内容は、大部分が実際にネトゲ廃人だった人への取材から構成されている。「ネトゲ廃人」という用語はいいとしても、この言葉で呼ばれる人々がどのような生活を送っているのか、どのようにネットゲームに依存しているのか、その実態はあまり知られていないものだと思うし、本書がネトゲ廃人たちへの取材を通じてその実状を明らかにしたのは意味のあることだと思う。とりわけ、ネットゲーム依存症がれっきとした社会問題であるということ、ネットというもうひとつの「現実」がこれほどまで現実世界を侵蝕しはじめているということについて、認識を与えてくれる一冊である。

 本書は、とにかくネトゲ廃人たちへの取材がおもしろい。こんなにおもしろいとは思わなかった。本当にさまざまな人が登場し、ひとりひとり違うネトゲとの出会いやネトゲへの依存が語られてゆく。女性への取材も多い。いかにネトゲというものがおもしろく、一度はじめたら止められないものなのか、それは本当はやったことがないと分からないことなのだろうと思うが、それでも本書を読んでいると、なんとなくイメージできてくるから不思議である。正直、薬物依存の本を読んでも同じぐらいの体験談は載っているのだろうとは思うが、ネトゲが薬物と同じぐらいの依存性を持っているということだけでも、充分に衝撃的である。「これほどまで」と感じてしまう。

 こういう人々が存在しているのだということ、存在しているだけでなくこの瞬間も増え続けているのだということに、もうひとつの「現実」がもはや他でもない「現実」であるということを思う。

 人類は、ゲームを創造した。ゲームの面白さを知った以上、もう誰も後戻りはできないのだ。(p.201)

 この書き方が、本書を読んだあとでは、まったく大袈裟に感じられなくなってくる。ネットゲームを「現実からの逃避」として理解してしまっては、何も解決しないのだろう。もうこれが「現実」なのだ。そこに人が居て、そこに人が生きている。そこから出発しないといけないのだと思う。

 ただ同時に、本書を読むかぎりネットゲーム特有のものとして感じられる「精神性の低さ」にもまた、注意してしかるべきだろうとは思う。普通のゲームとネットゲームとが違うところは、ネットゲームとはまさしくコミュニケーションのツールだということで、だからそこには現実のコミュニケーションに失敗した人々がコミュニケーションを求めて群れ集っているだけにも感じられる。普通のゲームには、もっと「精神性」らしきものがあるような気がする。

(#30 2009年12月8日読了)

2009年11月6日

不完全性定理 ゲーデル

ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)

ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)

圧巻の「解説」

 こないだ前原昭二『数学基礎論入門』を読んだので、折角だからとゲーデルの原論文にも手を出してみた。

 本書は2006年の刊行で、岩波文庫のラインナップとしてはかなり新しい部類に入る。ゲーデルの原論文*1の翻訳に、重厚な数学史的解説を附したもの。原論文の翻訳が、訳注を含めても60ページ弱しかないのに対して、独立して読める解説は長大なものであり、300ページほどある本書のほとんどの紙幅を解説が占めている。

 原論文を書評することは、能力的にも分量的にも不可能であるから、ここでは行わない。一点、難易度についてだけコメントしておけば、なんの前提知識もなく読むのは無理、多少は記号論理学を知っている人でも、全体の見通しを立てながら読み進めてゆくことができなければ辛いかもしれない。先に入門書、それもイメージだけを解説しているような入門書ではなく、具体的な証明の手順を解説しているような入門書を一冊読んでおくと、ゲーデルが言っていることの意味をつかみやすくなると思う。構成は、第1節が総論、第2節が第1不完全性定理、第3節が第1不完全性定理の応用、第4節が第2不完全性定理(のラフ・スケッチ)に相当する。正直、ゲーデルの書き方では、第1不完全性定理の証明がややこしすぎて、どこが対角化定理に当たるのやらサッパリだった。第3節は読み飛ばした。

 だが、本書の目玉は何といっても解説である。「まえがき」によると、執筆期間10年、解説が独自の数学史研究をはじめてしまい、ヒルベルトの数学ノートの研究を通じて、彼の数学基礎論に対する関心の背景に新知見をもたらしたという。解説者の林晋氏は前原さんの本の「はしがき」でも謝辞に名前が挙がっていた(当時大学院生)。やたら難易度が高いと風聞する、氏の著書『数理論理学』を、一度読んでみたいところである。*2

 その解説であるが、数学基礎論の歴史的背景を周到かつ丹念に辿っている。記述が時系列順なので、中心的に扱われるのはヒルベルトであり、ゲーデルは最後の方にしか登場してこない。だが、このドラマチックなストーリーの掉尾を飾るものであるからこそ、ゲーデルの登場はひときわ鮮やかであり、不完全性定理の意味をよく味わうことができる。ヒルベルトの無念も理解することができる。ある意味で、数学基礎論の歴史とはヒルベルトの栄光と挫折の物語そのものであることが、この解説を読んでよく分かった。

 なお、解説は、論文の仕組みを説明するパート以外は誰でも読める内容になっている。ただし、飽くまで数学基礎論史の解説として読まれるべきもので、そう読むかぎりは素晴らしい出来であると思うが、不完全性定理そのものの解説を期待してはいけない。数学的解説は高度すぎて初心者むけではないし、不完全性定理の「意味」を説明している部分も、できるだけ厳密に書こうとしているためかイメージがわきにくい。不完全性定理をまったく知らない人が、不完全性定理を知ることを第一の目的として読む本でないことだけは確かである。

【附記1】 先日、参加している哲学討論会で、不完全性定理についての発表を行いました。そのときのレジュメとイラストを、こちらの記事(京都数学研究会ブログ)にアップしてあります。ご興味のある方はどうぞ。あと、書店で一分ほど立ち読みしただけで、このシリーズの他の本も読んだことはないので、無責任な推薦になりますが、下記リンクの本がやたらに分かりやすそうで、なんじゃこりゃと思った。

【附記2】 ものの話によると、近く第6版が出るらしいので、いまから購入を検討されている方は、少し待った方がいいかもね。現行版でも、気になるほどの誤植は一か所しかなかったけど。

(#29 2009年11月4日読了)

*1:クルト・ゲーデル「プリンキピア・マテマティカおよび関連した体系の形式的に決定不能な命題について I」1931年

*2:ちなみに、共著者の八杉満利子氏とはご夫婦であるそうな。

2009年11月4日

ヘルメスの音楽 浅田彰

ヘルメスの音楽 (ちくま学芸文庫)

ヘルメスの音楽 (ちくま学芸文庫)

呼吸する速度で読める〈音楽〉

 1985年刊行のハードカヴァー版(水星文庫)で読んだ。

 本書の内容を要約してみよう。

 A と B と C がある。

 たったこれだけ。そう、たったこれだけなのである。本書の主張するところはおそろしく単純であり、この三項図式の執拗な反復が全篇にわたって展開される。本書は評論集の体裁を取っており、グールド、ケージ、デルヴォー、フェルメールなど、音楽や絵画のいわゆるハイカルチャーを、一見とりどりに論じているようでいて、実は全てが同一の図式の変奏になっている。上の要約では流石に酷過ぎるというのであれば、次のように述べなおしてもよい。

 A と B が対立しており、そのどちらも超えた C がある。

 あとは、A に「条理空間」、B に「平滑空間」、C に「有孔空間」を代入しようが、A に「象徴秩序」、B に「構造主義」、C に「ポスト構造主義」を代入しようが、同じことなのである。要するには、『構造と力』で示された知見を哲学、思想以外の対象にも応用しているだけで、特に新しいことは全然述べていない。このぐらいのことは、『構造と力』を正しく読めていたら誰でも分かると思う。

 しかし、それなら本書には何の価値もないか。そんなことはない。本書は〈音楽〉である。本書そのものが C に代入されている。そしてそれは、確かな「速度」を有している。たとえば、本書の冒頭に収められた「リトゥルネッロ」の書き出しを引用してみよう。

 メタリックな音楽についてかたること。

 だが、「メタリックな」という形容詞はすでにリダンダントだ。いうまでもなく、すべての音楽はメタリックである。(p.2)

 正直、この文章を読んで、ぼくは噴き出しかけた。何なんだこれは、という感じ。「リダンダントだ」って、日本語で言えよと思うし、「いうまでもなく」とか、一体どこら辺がいうまでもないのやら、サッパリである。もちろん「レトリックな」という形容詞がリダンダントになってしまう浅田彰のことだから、全篇この調子であることはいうまでもない。だが、だんだん慣れてくる。慣れてくると、ふと文章の有している途轍もない速度に気がつく。息つく暇もないのである。本書の文章を二度読む必要はない。三項図式は最初から明確であり、いちいち前に戻って書いてあったことを確認したり、文章の意味を吟味したり、そんなことをするのは何よりリダンダントだ。ただ読む。言葉の洪水を、逃走してゆく水銀の、ヘルメスの音楽として聴く。そういう読み方が、まったくふさわしい。

 これを批評と呼ぶのだろうか。詩だと言ってしまうと、なにか違う。小説でもない、エッセイでもない。音楽なのだろうか。少なくとも既存の音楽ではない。だがこれを音楽と呼んでもいい。してみると、浅田彰こそが、真の音楽家であったのかも知れない。

(#28 2009年11月4日読了)

構造と力―記号論を超えて

構造と力―記号論を超えて

2009年10月3日

数学基礎論入門 前原昭二

数学基礎論入門 (基礎数学シリーズ)

数学基礎論入門 (基礎数学シリーズ)

ゲーデルの原証明を辿る

 1977年初版の旧装版で読んだ。

 言わずと知れた名著。ゲーデルの不完全性定理をがっちりと解説する入門書。

 特に基礎知識もなく読んでいるので、お世辞にも読みやすかったとは言えないが、それはゲーデルが証明した内容そのものが難解だからであって、著者に対する文句はない。むしろ、解説はかなり叮嚀である。なにしろ、記号論理学を知っていなくても、記述を辿ってゆけば読めるぐらい(とはいえ、本書を記号論理学の入門書として読むのはおすすめしない。最低でも真理値表ぐらい書けた方がよいと思う)。いずれにしても定評ある入門書であり、不完全性定理の解説書として貴重な存在だから、ゲーデルの理論について勉強したい人は迷わず購入してしまってかまわないのではないだろうか。

 内容は、かなりゲーデルの原論文*1に忠実なものになっている。第1章で形式的体系が与えられ、第2章から第6章までその展開が述べられてゆくが、採用されている形式的体系は「型の理論」であって、これはゲーデルの原論文で用いられたものである。「型の理論」とは、自然数を1階の対象、自然数の集合を2階の対象、自然数の集合の集合を3階の対象……と、集合のタイプを厳密に区別し、「元として含む」という関係を「n+1 階の対象が n 階の対象を含む」という関係に限定して考えてゆくものである。これだけの限定を加えていても、自然数論から解析学まで展開してゆくことができるという。そして、第2章で命題論理、第3章と第4章で述語論理、第5章と第6章で集合論や自然数論と、実際に形式的体系から展開してゆくことが可能であることを示す。

 ゲーデルの不完全性定理についての解説は第7章から始まる。形式的体系を超数学的立場から分析してゆくわけであるが、その超数学的分析の内容自体を再び形式的体系の内部で展開し、その関係自体にさらなる超数学的分析を加えることで示されるアクロバティックな第二不完全性定理(無矛盾な形式的体系は自己の無矛盾性を証明できない)は特に見事である。この辺りの微妙なニュアンスは、よく読まないと分かりにくいが、きちんと注意して読めば各所で大局的視点も提供してくれている。ちょっと完全に理解するというのは難しいことだから、ときどき気を抜いて本書の全体を見通してみることも必要かも知れない。

 なにはともあれ、ゲーデルの不完全性定理に、あいまいではなくかっちりとした解説をつけ、なおかつこれほど懇切に解説した本というのはなかなかないだろうと思う。確かに本書は名著。

(#27 2009年10月2日読了)

*1:クルト・ゲーデル「プリンキピア・マテマティカ及び関連する体系の形式的に決定不能な命題について I」1931年

2009年9月25日

カラー版 ハッブル望遠鏡 宇宙の謎に挑む 野本陽代

写真と文章の配分がみごと

 書店で見かけ、カラー写真が素敵だったので購入してみたが、大正解。とても楽しく読むことができた。

 この本が素晴らしいのは、なにを措いても、とにかく写真の分量が多いことである。だいたい二ページに一ページが、ハッブル宇宙望遠鏡の撮影した天体写真で占められている。全部カラーで、サイズも大きめであるし、鮮明に印刷されているから、写真集としての役割を充分にはたしている。これだけ写真の分量があって、940円の新書というのは安い。写真をながめるだけで、文章を読まないのであっても、お買い得といえるだろう。

 しかし、写真と文章の配分もまたみごとである。天体写真を写真だけで突き出されても、なにが映っているのかよく分からないから、充分に楽しむことができない。かといって、理論書を読むというほどでもないのだから、あまり説明が長ったらしいのも興を殺ぐ。その辺りのことが、よく考えられていると思う。写真を楽しめるだけのベースとなる知識を提供し、あまり長くならないよう一歩退いたポジションから解説している。しかも最前線の研究成果をふんだんに利用している。今年(2009年)8月の出版であるが、今年に入ってから撮影された写真もいくらか含まれている。こういう解説の妙味で、写真のよさがうまく引き出されていると思う。

 内容は、ハッブル宇宙望遠鏡の歴史から始まり、宇宙の謎、恒星の一生、銀河の衝突、太陽系や系外の惑星など、数億光年スケールの大規模構造から身近なところまで、写真と一緒にひろく概説を加えている。写真の下に書かれた「××光年」という距離の表示に注意して読めば、どんな構造がどのぐらいの規模でひろがっているのか、なんとなくイメージすることもできるようになる。

 著者はこのように書いている。

しかし、その成果が科学者のものだけでないことは誰の目にも明らかである。ハッブルが写した天体画像は、宇宙が美しくダイナミックな場所であることを示し、一般の人にも多大な感動をもたらしたからである。(p.36)

 本当にその通り。この本の写真は、なによりもまず美しい*1

(#26 2009年9月25日読了)

*1:ちなみに、本書の写真中でぼくが一番心惹かれたものは、94〜95ページの惑星状星雲の写真だった。

2009年9月5日

檸檬 梶井基次郎

檸檬 (新潮文庫)

檸檬 (新潮文庫)

イメージの反転/浄(きよ)らかな激情

 数年ぶりの再読。

 梶井基次郎は、夭折したこともあって、あまり多くの作品を残していない。しかも、すべて短篇である。そういう事情から、この新潮文庫版でだいたいの作品を読むことができる。なにしろ、書簡などを除いた全集は文庫一冊で収まるぐらいである(文末のリンク参照)。

 梶井が好きだ。梶井が好きで、梶井で一番好きなのはやはり『檸檬』だ。短篇小説の神髄、日本文学上の奇跡ともいえる一作であると思う。この味わいぶかさは、いつ読み返しても変わらない。色褪せない感動を呼ぶ。この「色褪せない」というのは、字義通り、檸檬の「レモンエロウ」が色褪せないのである。ページをひらくと、かなしい鮮烈さ、静かな激情としての檸檬の黄色が匂ってくる。まぶたにありありと浮んでくる。やるせない、ぶつけどころのない感情のもつれが、カタルシスというにはあまりにちっぽけで、あまりに神聖な檸檬という爆弾を求める。この小説で、檸檬の代理をはたすことのできるどんな物体(事件)があったろう。どんな結末をもってきたところで、檸檬を爆弾に見立てるという馬鹿らしさ、馬鹿らしくはあるが冒すことのできぬ神聖さには敵わないだろう。この馬鹿らしさは、あまりに馬鹿らしいために測りがたい「救い」でありえている。檸檬が爆弾であったら! 静寂は瞬時にして激情へと変化する。このイメージの反転は見事であるとしか言いようがない。短篇なればこそ可能な一撃である。

 だから、ぼくが一篇を推すのであれば、やはり『檸檬』ということになる。しかしながら他の短篇も、梶井の〈眼〉だけが凝視することのできる「気づき」と「観察」に充ちあふれている。表現は必要最小限に留められているが、ふかい感動を呼ぶ。『冬の蝿』など、この観察眼がよく表われている。同時に、一種の「永遠癖」とでもいうべき傾向もやはり持ち合わせていて、永遠と孤独のなかに現実を捉える感性はするどい。こういうところは萩原朔太郎に近いと思う。かなりデカダンな私生活を送っていたようでもある。

 蛇足ながら、『檸檬』というと、作中に『檸檬』が引用されている、つげ義春の短篇漫画『近所の景色』も同時に思い出す。梶井とつげ氏の感性にも、近いものがあるという気がする。それは、何気ないものに対しての視線、寂れゆくものに対しての視線、という意味でもそうであるが、『紅い花』に代表される、一瞬の内にパッとひらめくもの(永遠)を捉え、それを鮮烈な視覚効果によって読者に焼きつける手法も、どこか似ている気がしてならない。

(#25 2009年9月2日読了)

梶井基次郎全集 全1巻 (ちくま文庫)

梶井基次郎全集 全1巻 (ちくま文庫)