虎の威を借る狸日記 このページをアンテナに追加

声優&鉄道オタな内科医 信楽狸(しがらきたぬき)が気の向くままに綴ってます。
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2010-05-09 川越児玉往還(3) 塚越宿〜用土

路傍の花@小川町中爪

「ここを歩く日がくるかどうかは分からないが」などと書いてから1週間あまり、その時は意外にも早く訪れたw


ただ、川越以北はそれまでと違って公共交通機関が減ってくるので、そうそう簡単に「疲れたから次の駅で引き返そうか」とはいかなくなる。特に菅谷宿〜小前田宿は、往還から離れて遥か遠くにある鉄道の駅に向かうバスが時々ある程度で、ここは一気に歩き切らねば後が面倒臭い。


そういった都合から体力と時間を温存すべく、ほぼ往還と同じルートを走るバスがある川越札の辻〜坂戸市戸宮交差点はバスを利用する事にした。


歩くに当たり、こちらの道筋説明等が分かり易かったので参考にさせて頂いた。

戸宮交差点〜塚越宿〜石井宿

川越を発ったバスは、最初の宿場である塚越宿の800m手前の坂戸市戸宮交差点で若葉駅方面へ進路を変える為、ここで下車する。このバス停で乗り継げば石井宿の手前までは行けるが、高々1.2kmの為にバス停で30分待つのはイヤなので、歩き始める。


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バスを降りて早速、道端には狭山茶の畑が。


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11:39、そうこうしているうちに塚越宿に入る。もともと大名行列が通らなかった川越以北の往還の宿場には本陣が無かった上、現代になって幹線道路や鉄道のルートから外れた場所が多いせいか、街並みは至って地味で、知らなければ元宿場町とは気付きにくい。


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塚越宿の北の端でバス通りから斜め左に外れるが、石井宿に入る手前の橋が架け替え工事中。

あまり余計な回り道はしたくなかったが、20m程上流に歩行者用の仮設通路がありホッとする。


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石井宿に入った所にある供養塔群。この先、川越以南とは比べ物にならない頻度で供養塔や庚申塔の類を目にする事になる。


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石井宿の街並み。すぐ南の塚越宿と交代で務めたというが、こちらも割と地味。

石井宿〜高坂宿

2km程度は道なりに県道256号を行く。水処理センターの横で一瞬右に逸れるが、ここにも地蔵が立ってるのですぐ分かる。


石井宿を出て最初の信号を右前方に行く小道が、島田の渡しに続く道である。

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島田は正式な宿場ではなかったが、これまでの塚越や石井に比べたらよほどそれっぽい街並みで、このように立派な門構えの民家も残っている。


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小道の突き当たり、石仏群の脇から越部川の土手に上がり、甲州街道の八王子からやってきた日光脇街道と土手上で合流し、元渡し場へと下る。


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現在は木製の橋が架かっているので、これを渡り、坂戸市から東松山市に入る。

田畑の間の道を行き、横断歩道の無い国道407号を決死のダッシュで渡ると、高坂宿に入っていく。

高坂宿〜菅谷宿 18:06

12:30、石井宿から39分で高坂宿に到達。


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宿場南端の地蔵尊と、宿場中心部にある六地蔵。いずれもすこぶる保存状態が良い。


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高坂宿の街並み。ここまでのと比べればまだ旧宿場らしいかなぁ― という程度。


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島田で併合した日光脇街道と、宿の北端で分かれる。


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こちらは随分読みやすい道標だと思ったら、「忍」ではなく「行田」と彫られている。それなりに新しい物のようだ。


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東松山橋を右に見ながら県道344号に出て、東武東上線の踏切を渡った辺りで畦道に下りる。左が県道、中が往還、右が松山陣屋(現東松山市街地)へ向かう道である。後二者の分岐点にある石標には「ちちぶ 小かわ」等の地名が見て取れる。


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都幾川沿いの低地を行く。途中でワンボックスカーが来たが、それだけで道幅いっぱいで歩行者でさえすり抜ける余地がないので、全力で道脇に避けたw


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道なりに県道に合流し、400m程で再度右へ。かつての天神河原の渡しに下りる土手から、草に埋もれかけた石段を上り、唐子橋で都幾川を越える。ランニング中の学生からママチャリの女性まで、歩道もそれなりに交通量が多い。


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橋を下りて最初の小道を左に入り、関越道の下をくぐると、渡し場から来た往還に復帰できる。

そのまま道なりに進み、山田屋の所で県道344号に四たび合流してからは、5kmほど県道を行く事になる。唐子の集落に入ってからは、歩けど歩けど地名すら変わらない。この日の最高気温は熊谷で28度。13時過ぎという時間帯もあり、空腹を抱えながら単調な道をひたすら歩くのが流石に厳しく感じられたが、とにかく菅谷までは休憩ナシで行こうと決める。

菅谷宿〜奈良梨宿

14:13、高坂宿から1時間43分で菅谷宿に到達。国道と交差する上唐子北交差点の手前で、「←菅谷館跡」という看板を見た時はホッとした。


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国道を渡るとまもなく嵐山町に入り、程なく菅谷宿だ。ここは東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩3分という事もあってか、現代でも賑わっている。

しかし、宿内や駅前にラーメン屋やとんかつ屋はあってもコンビニは無く、これからまだ日差しの下を歩こうという時に味の濃いものは避けたいので、東上線の踏切を渡った先にあったローソン嵐山町むさし台店で昼食休憩を取る。


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ローソンを出て200m、斜め右の旧道に折れて志賀の集落に入ると、このように土蔵を備えた民家から集合住宅までが雑多に見られる。こちらは特に「志賀宿」等とは呼ばれていないようだが、塚越・石井と同様、菅谷と交代で宿場を務めたそうな。


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志賀集落の北端。モロに「庚申塔」と書かれた庚申塔も珍しい気がするw

ここで県道296号に復帰した後、途中3度ほど側道に逸れながらも、基本的にはこのダラダラと上る道を奈良梨まで辿る事になる。


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その途中、県道から少し外れた所にあった庚申塔。ここは上記の3ヶ所の側道には含まれていない。実際にこの道筋を辿ってみても、民家の敷地に分断されて進めない。

川越児玉往還が拓かれる前から、この辺りには鎌倉へ向かう古道があり、所々で往還と交わったりしながら並行していた。ただ、往還は車道として整備されたものの、古道は今では随所で分断・消滅しているらしく、もしかしたら鎌倉古道の一部かもしれない。

奈良梨宿〜今市宿

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志賀から4.2km、民家の疎らな街道筋を上ってきて、右側沿道に郵便局が見えたので、「もしや」と思いつつ歩を進め、「奈良梨」という交差点名が見えた時は嬉しかった。


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古い街道沿いには神社仏閣がごまんとあり、いちいち寄っていてはきりがないのだが、この八和田神社は川越児玉往還を歩いた人の記事でしばしば見受けられるので、休憩がてら寄り道する事に。


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八和田神社の大杉。境内からでも写真に収まるという事は、土佐大豊のアレに比べたらだいぶ小さいのだろうが、それでも相当なもの。

県道に復帰してから左斜めに延びる上り坂に入ると旧宿場筋である。


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15:48、昼食と寄り道の時間を除けば、菅谷から1時間05分程度で奈良梨宿に到達。旧宿場らしからぬ街並みが多い川越以北の往還だが、ここに至っては沿道が半分農地と化している。

もっともこの静けさが、廃れた宿場の“夢の跡”的な雰囲気を醸していて逆に良い。


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春だなぁ…


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志賀からずっと往還の東側を流れていた市野川を渡った所で県道から左に逸れ、畦道に入る。

冒頭に紹介したサイトに「雀を脅す爆音が足下ではじける」とあったので、戸宮でバスを降りて以来、初めてイヤホンを取り出して耳を保護したが、何も起こらなかった。


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県道に復帰する際、若干難易度の高い場所がw

ここは普通に越えられるのだが…


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流石にこれはどうしようもないので、この山を迂回する県道を歩くと、


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先程の山の上でちゃんとした道路として復活した往還が、今市地蔵前交差点で県道を横切るので、左折してこれに入り―

今市宿〜赤浜宿

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16:23、奈良梨宿から35分で今市宿に到達。真昼間に歩いた前の2区間が103分・65分とかかってるので、涼しくなり始めた時間帯の35分はとても短く感じられた。旧宿場筋に自販機コーナーがあったので、ここで11分間休憩する。

宿場北側のリミットには薬師堂と供養塔が建てられており、「寛政二庚戊歳十一月吉日 當宿講中とある。


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薬師堂から450m程度で斜め右の旧道に入る。


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男衾小中学校の裏手を通り、竹林の間を抜けた所に北柏田交差点があるのだが、これが曲者である。

県道を渡った先に、いかにもまっすぐ続く道があるのだが、これは鉢形城跡へ向かう道。私は一旦ここに入りかけて、道の形が地図と明らかに違う事に気付き、太陽の位置で方角を確認して正しい道筋に復帰した。

竹林を抜けた所が県道にほぼ直角に突き刺さる形になっているので錯覚を起こすが、冷静に判断したい。

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やがて道幅は狭くなり、県道に合流するまで進む。

赤浜宿〜小前田宿

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出雲乃伊波比神社の前で県道81号に出る。17:12、今市宿から49分で赤浜宿に到達。

往還はこのまま600m程西進した後、北に進路を変えて赤浜の渡しに向かって下って行くが、今では花園橋を渡らないと対岸に行けない都合上、すぐに右折して県道296号に復帰する為の間道を進む。


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花園橋の上から見た赤浜の渡し。川越を出てから荒川の支流を20本程度渡ってきたが、ここで遂に本流を渡る。


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橋を渡って寄居町から旧花園町に入り、何となくこの道かなぁという感じで歩いていると、


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点在する庚申塔がその正当性を証明してくれる。


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深谷市と合併した今も、所々に「花園町」の表記が残っている。

「地下道を通れ」と書いてあるのだが、その地下道が見当たらないので、これまた高坂の時同様、決死のダッシュ。(x

後で、このすぐ西側に地下道があった事に気付く。往還からだとやや死角になっていた。


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国道140号のバイパスを渡ってから250m程の区間は、商業施設や畑で往還が消滅しているので、東側の道を進んで復帰する。

復帰後300m程度で、熊谷から来る秩父往還と合流するが、その合流点近くにこのような祠が。何だか分からないが、富士山巡礼の安全を祈願したものだろうか?


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合流点を振り返った所。左が秩父往還熊谷方、右が歩いてきた川越児玉往還。

秩父往還で雁坂峠を越えるにせよ、川越児玉往還で南下するにせよ、この地域から富士山を目指す旅人にとって、ここは要衝だったのだろう。

小前田宿〜用土

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17:53、赤浜宿から41分で小前田宿に到達。


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花園郵便局のすぐ先で、先程一緒になった秩父往還と分かれ、川越児玉往還は右へ進む。


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秩父鉄道の踏切を越え、坂を上ると、


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深谷市武蔵野の気持ち良い直線がある。


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菅谷から付いたり離れたりしてきた鎌倉古道も、この辺りは往還と同じ道筋を取るようで、沿道にこんな説明板があった。


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寄居町用土に入って間もなく、一際デカい道標が。中山道深谷宿方面へ向かう道との追分らしい。


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道標から500m程でJR八高線を横切る。その名も「鎌倉街道踏切」。


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1955年に寄居町と合併するまで存在していた用土村の道路元標は、用土郵便局から往還を挟んで斜向かいの、用土五区公会堂敷地内にある。

道路元標というと、東京日本橋や大阪梅田新道が有名だが、こういった一地方の、しかもほとんど使われなくなった道標が現存しているのは面白い。


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18:27、用土三区の旧道から広木宿方面を見た時、5月という時期が良かったのか、ちょうど沈む夕日がかぶった。

終点・藤岡宿まではあと17km。いつか再訪する事を信じ、この日はJR用土駅から帰路に就く事にする。

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