憲法と社会

2018-06-12

代議士先生  (第182回)


 現時点で、私は辻政信という人に個人的な恨みはない。伯父がマリアナで戦死したころ、彼は重慶インパールに夢中だたはずで、直接の関係者ではない。それにしても、多くの戦史に出てくる彼の所業は、とっくに死んでいる人なのに(正確には行方不明だが)、一々私の気に入らない。

 以下、辻は呼び捨てにする。長嶋茂雄手塚治虫のように、敬意と愛着を込めて呼び捨てにするのではなく、その正反対。だから、辻が好きな人は、このブログは読まない方がいいです。精神衛生上よくない。


 辻の名を強く意識したのは、もう二十年くらい前だと思うが、半藤一利「ノモンハンの夏」を読んだときだ。特に、青字で次に転載する箇所は、今を生きる全日本人にも読んでほしい。この「辻的なもの」が、今の日本に蔓延りつつある。「第二章 関東軍作戦課」より。

 そして、ここに関東軍司令部の第一課(作戦)参謀辻政信少佐(36期)が颯爽と登場してくる。辻参謀といえば、戦後も昭和二十九年の暮れに議員会館の一室で会ったことがある。元陸軍大佐・陸軍作戦参謀のエース殿は、代議士先生になっていた。源平時代の比叡山の荒法師を思わせる相貌、炯炯たる光を放つ三角眼で、先生は得意の日本防衛論をまくしたてた。

 「まずは自衛隊のいまのような傭兵的性格を是正し、日本的自衛軍をつくり、編成、装備、訓練に根本的改正をくわえねばならぬ。そのためには憲法を改めて祖国防衛は、国民の崇高な義務であることを明らかにし、自衛隊員の精神的基礎を確立せねばならない。そのことを抜かしてなんの国防が成るというのか」



 戦争を放棄し武力を持たないという、思えば物騒な憲法をつくる破目になった敗戦の当事者が、このありさまだ。立候補する辻も辻だが、引き立てたのは自由党(当時)の吉田茂で、何より不可解なのは、辻が繰り返し当選していることだ。あの完敗、そして、甚大な被害に遭っても平気な連中がいたのであり、その子孫がいま議員会館あたりにいて、そっくり同じことを主張している。




(おわり)




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気のせいか最近わが家の上空には、大きなヘリコプターが無闇に飛び交う。
2018年5月18日撮影)

























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