正岡子規と「坂の上の雲」の感想文

寺本匡俊 1960年生 東京在住

花旅団  (第112回)

 子規のメモから第二師団の話を始め、これが長くなったのは、途中「東北でよかった」旨の発言をした薄馬鹿下郎(失礼)の閣僚が出たからだ。もうお仕置きは受けているので、ここでは程々にして本日、結びの一番。

 遼陽に次ぐ沙河の会戦においても、黒木の第一軍に東北の師団がいて良かったのだ。文庫本では第四巻にある。遼陽と沙河の間の時期、総参謀長児玉源太郎が、判断と思考の能力をうしなってしまったようになって、出張先の旅順から戻っている。よほどのショックだったのだろうと思う。


 このため、一旦は奉天に後退したロシアが沙河方面に南下してくるという凶報が届いた際、児玉さんともあろうお方が即断即決できなかったらしい。松川敏胤参謀から主戦論が出ているが、なかなか結論がでない。

 ところで、その作戦会議は理由不明だが、第一軍の司令部にて開催されていた。黒木の参謀で福田雅太郎中佐というお人が、児玉に食い下がる場面が秀逸である。このとき、巻末の地図でも確認できるが黒木軍は、もっとも敵に近い位置に布陣し気勢を上げている。


 ここで不戦論となれば、戦略的優位を手放し、士気にも影響するとみた福田中佐は、児玉大将に対し「それでも国家存亡の大任を背負っておられる参謀総長ですか」とやった。なお、司馬遼太郎の本名は、同姓で福田さん。なんとなく感情移入しているような気もする。

 やってみるもので、児玉はようやく元気を取戻し、「おぬしゃ、けんかを売る気かっ」と椅子を蹴って立った。さすがは総参謀長、そこで持ちこたえ「あす命令を出す」と決意したが、福田さんは、なぜ今日ではないのかと叫んでいる。

 両者の間に入ったのは、「坂の上の雲」ではそれほど出番がないのだが、日本陸軍きっての情報将校、「豪傑で鳴った少将福島安正」だったというから、迫真の場面である。後に福島さんは、福田の血相は軍刀を抜きかねないほどのものだったと述懐していなさる。


 第一軍の最右翼は、本渓湖という地名のあたりで、敵将シタケリベルクの大軍を一手に引き受けている。それも例の老兵ぞろいの後備混成、梅沢旅団が正面にいて、しかもそのわずか「一個大隊」(たぶん後に出てくる島村大隊だろう)が、孤立無援状態にある。

 旅団長の梅沢道治は、「すでに老人」という紹介を受けている。戊辰戦争時の奥羽戦線の生き残り。仙台のご出身である。黒木為腊がいた薩摩兵と戦っているはずである。この仙台藩が降伏したため、松島で待機していた榎本武揚蝦夷に去り、最後の輪王寺宮も降参した。


 梅沢旅団長は、「いくさの匂いがわかる」と書かれている。何でも、風が運ぶらしい。名前負けせず、なかなか風流ではないか。しかも、「君見ずや、花の梅沢旅団じゃないか」というサノサ節を、どうやら自作自演し自軍で流行らせつつ、守るも攻めるも迅速果敢である。

 梅沢さんが「ひとりで、のこのこ」最前線に敵情視察に出かけたという逸話もこの上なく面白い。みれば敵が前進してくる。歩哨に後方への伝令を命じたが、あいにく梅沢旅団の薫陶を受けてしまっており、直属の上司の命令がなければ動かないと頑張る。

 「梅沢はその言いぐさをよろこび」といっている場合かどうか知らないが、旅団長は自ら交代して歩哨となり、伝令を走らせた。梅沢少将は全旅団で、例の孤立した大隊を救いに行く。次は黒木が小倉師団を丸ごと派遣し、守備兵まで出して梅沢旅団を救いに行く。


 仙台師団はその左手にいて、西部戦線に巻き込まれている。そこの担当だった野津道貫が、第四軍まとめて夜襲をしたというのもすごい。仙台の師団ごとの夜襲でさえ「奇蹟」だったのだ。早くも記録更新である。夜襲は成功し、隣の奥軍も正面の「敵軍を撃破して、以後軽快な運動に移った」。

 黒木軍の苦戦が続いているが、仙台師団の仁平宣旬少佐は、「私はここで死ぬ」と全軍の部下につたえ、白兵突撃して生き残った百人で攻撃目的地を占領した。沙河の会戦は、かくのごとく活劇のようである。


 第一軍の乱戦にとどめを刺したのは、宮様の騎兵隊であった。このとき、好古が左翼、この宮様の閑院宮載仁親王が率いるもう一つの騎兵団が黒木軍のいる右翼であった。

 閑院宮載仁親王は、上野公園の銅像小松宮彰仁親王や、最後の輪王寺宮北白川宮能久親王の実の兄弟である。無数に兄弟姉妹がいるのだ。宮さまは馬に機関砲を載せて急行し、敵軍を急襲した。

 彼らの名は、文庫本第七巻の「退却」にも出てくる。最後の最後まで勇ましい。退却したのはロシア軍で、奉天から鉄嶺に逃げ、黒木軍はこれを追撃し、仙台第二師団が鉄嶺城を、梅沢師団が鉄嶺駐車場を占めた。鉄嶺。好古の臨終に出てくる地名である。




(おわり)






根津神社 梅に目白
(2017年2月19日撮影)



















































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