おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

サダキヨの引っ越し (20世紀少年 第875回)

 下巻159ページ。急用があってヴァーチャル・アトラクション(VA)をパンチアウトしたケンヂは、一仕事終えてVAに戻って来た。時代設定は1970年の夏、出迎えてくれたのは夜の神社で会ったことなどを覚えていたケンヂ少年で、どこに行っていたのと不思議がっている。

 質問には答えず、まだ間に合うかなとケンヂは言った。そして少年のシャツの背を乱暴にひっつかみ、行くぞと言いながら歩き出す。この夏の過去のケンヂ少年は何かと忙しかったのだが、VAではこの闖入者との付き合いも重なって更に大変だ。

 
 二人がたどりついた先にトラックが止まっており、どうやら引っ越し荷物の搬出中である。佐田家の転居は以前にもどこかで絵が出てきて、この家の様子とは違ったような記憶があるのだが、探したのに見つからなかった。まあいい。ヴァーチャルだ。

 お別れして来いとケンヂは用件を伝えている。命じられた少年は「え?」と訊き返しているが、大人のほうは「早く!!」とハエでも追い払うように急かした。車が出てしまったら手遅れなのだ。


 サダキヨは「あ」と言った。ケンヂは「よお」と得意の挨拶をしてから、「あれ、引っ越しちゃうのか?」と驚いている。この二人は円盤の墜落直後に短い会話を交わしているが、少年時代の記録では「ズルはだめだよ」だけだったかと思う。

 だがケンヂは「何で言わなかったんだよ」とおかんむり。もう一人のナショナルキッドを除けば、誰にも言わずに転校したらしいサダキヨであった。いくら夏休みの間とはいえ淋しいお別れである。しかもこれから向かう先でも様々な試練が待っているのだ。


 ケンヂはすぐに気を取り直し、「向こう着いたら手紙くれよな、サダキヨ」と声を掛けた。サダキヨが頷き、ケンヂは得意そうだ。サダキヨも基地の仲間に入りたかったならドンキーと同じように、この相手に一言かければよかったのだが。

 それなのに、こっそり基地を覗きに行き、さらに変な奴に行きがかり上、友達になってくれるかと頼んでしまったのが運の尽き。しかも、その相手は後にコイズミから、そんなの友達じゃないと断罪されている。どこまで知っているか分からないが、大人のケンヂはサダキヨを少しでも救いたかったのだろう。


 サダキヨは「あのさ僕達 友達...」と言いかけた。途中で厳しそうな母親に「清志、早く乗りなさい」と呼ばれてしまって後が途切れたが、この発言は多分お願いではなくて確認なのだろう。見送りに来てくれたし、手紙も書いてくれと言ってくれた。これが友達でなくて何であろうか。

 大人のケンヂはサングラスを外しながらサダキヨに、「おまえ、もうお面とれよ」と最後の挨拶をした。彼の姉に取れと言われたときとは違い、サダキヨは少し恥ずかしそうにお面を外す。二人のケンヂはご機嫌だ。


 二人の少年は「じゃあ」と我らの世代ではお馴染みの別れの挨拶をして、走り出したトラックを追いかけながらケンヂが手紙の件の念を押す。「うん、絶対。じゃあ、またね」と窓から叫ぶサダキヨの声も顔も明るい。彼はこれから作者の待つ府中に行くのだ。

 ちょうどそのころ現実のICUでは、医師がご臨終ですと告げ、サダキヨと叫ぶカンナやヨシツネたちの前で彼は静かに息を引き取った。この物語の登場人物で、これほど穏やかな最期を迎えた者はいない。サダキヨは浦沢さんにとって何らかの意味を持つ人物なのだろう。


 みんな泣いているがオッチョだけは沈痛な顔をしているだけで涙を見せない。彼が見て来た多くの絶望と比べたら大往生と言ってよかろう。マルオが「ケンヂは?」と訊き、原っぱで見送ったオッチョが「ヴァーチャル・アトラクションだ」と答えた。

 ここでもケンヂはマルオに「バカ野郎が」と言われている。ちゃんと看取ってやれってんだというのがその根拠だが、マルオは知らずや、ちょうど同じころ変則的だが、ちゃんと見送ってやっていたのだ。


 最期の言葉をかける役割はドンキーの葬式のときと同様、ここでも人情豊かにケロヨンが演じている。「見ろ、こいつ。何だか笑ってるみたいだ」とケロヨンは言った。サダキヨの波瀾万丈の人生は仮想空間でも現実社会でも幸せな終わりを迎えた。

 このブログも3年近くなるので、サダキヨとのお別れは何だか寂しいな。VAでは引っ越しトラックがケンヂの町を去っていく。「行っちゃったね」とケンヂ少年。「ああ」と同意してから「さてと」とケンヂは大切な用事を切リ出した。



(この稿おわり)




我が家のメダカとドジョウ(2014年4月16日撮影)



 

 会えなくなるねと、右手を出して
 さみしくなるよ、それだけですか
 むこうで友達 呼んでますね

              「春なのに」  柏原芳恵



































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