おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

グラン・トリノ 【後半】  (第1150回)

 前回からの続きです。そんなことを思い出しながら映画を楽しむのだが、やがて変事が起きた。しつこく付きまとうギャングに腹を立てたコワルスキー老は、そのうちの一人に、「これ以上、タオに手を出すな」と警告したのだが、寄る年波のくせに手を出して、こてんぱんに焼きを入れてしまう。

 相手はこの脅しを逆手にとって、タオではなく姉のスーに、やってはならないことをした。タオは元軍人の家に行き、一緒に殺しに行こうと吠える。育て過ぎたか。かつて「その動物のマークは何?」とライターの模様を訊いたとき、第一騎兵師団にいたことを話している。最強のコンバットだ。


 さて、私は映画サイトのコメントを読むのが結構好きで、誰とも意見が合わないときなどは、特別に嬉しい。この映画の主人公は、人種差別主義者だと書いている人が少なくないが、私がいたころのアメリカ人や、今の一部の日本人より、コワルスキーは遥かにまともな、自由と平和を尊重する者である。

 世の中が変わっていくのについていけなくて、周囲のせいにしているだけだ。私自身もそうだから分かる。

 アメリカにいたころ、何度も街中で「チノ」、「チノ」と嘲笑されたし、「ジャップ」と言われてティーン・エージャーの白人連中に石を投げられたし、たまに高級店にいったりすると、他へどうぞ、とやんわりお断りされたりしたものだ。これでも、カリフォルニアはまともな方だと聞いた。


 ちなみに、ミスター・コワルスキーが日常的に親しくしているらしい白人といえば、イタリア系の床屋さんと、アイルランド系の土建屋ケネディーさん。コワルスキー自身は、ポーランド系。これら、イタリアン、アイリッシュ、ポーリッシュらはWASPからみると、二軍の白人であるらしい。映画ではユダヤ人を小馬鹿にしているので、端からアカデミー賞に御用はない。

 ここでは人種は問題になっていない。むしろ、上手くなじめない二人の息子の家族より、スーとタオの姉弟たちのほうが身近になった。観ていて、水上勉の言葉も思いだした。子供と老人は仲が良い。社会から除け者にされているから。


 姉弟の被害を知り、これからも待ち受けている危険を見据えたとき、コワルスキーは作戦を考えた。結論を出したとき、彼はソルジャーに戻る。まず、ヒゲをそり、さすがに軍服でうろつけない事情があるので、初めてオーダー・メイドでスーツを仕立てた。

 ヒゲと軍服については、太平洋戦争のガダルカナル戦の初戦で、斃れた日本兵たちは綺麗にヒゲをそったばかりで、新しい軍服を着ていたと海兵隊員が語り残している。その海兵隊も、ダガルカナルに向かう船中でヒゲをそっているシーンが、「ザ・パシフィック」か「シン・レッド・ライン」に出てきた。


 まだ、為すべきことが残っている。敬虔なクリスチャンだった奥様の遺言にあった約束。教会に行って懺悔してほしいという苛酷な要求であった。神父さん役は、よく探し出したものだが、ルネサンスのころの宗教画に出て来そうなお顔そのものだ。実に久しぶりらしい懺悔の最後は、息子たちとの間に溝ができてしまったままだという切実なものだ。

 彼は亡き妻を、世界一のワイフだと語っている。戦争で心身共にボロボロになって帰って来た人たちの厳しい戦後の生活は、日米ともに実録にも創作も、たくさん出てくる。アメリカでは増え続けている。

 そんな彼を支え続けてきたのが、写真しか出番のないミセス・コワルスキーだ。多少、子や孫が不出来なのは仕方がない。そう何もかも、完璧に出来る訳がない。その彼女の最後の願いも叶えた。


 あとは、敵を当面のところ撃退するための「完全犯罪」をこしらえないといけない。先方はマシンガンなぞ持っているから、タオは連れて行っても死ぬか、人殺しになってしまうので、地下室に閉じ込めた。

 武器は口の悪さと、煙草一本。私だって怒りに燃えたクリント・イーストウッドが、目の前で内ポケットに手を突っ込んだら、何が出てくるか即座に分かる...。「生と死が何たるものか、彼に教わった」と神父さんは葬儀で述べ、「この子も知ったのだ」とタオに確かめている。

 ギャングたちも当面は臭い飯だろうが、初犯ならいずれ出てくるだろう。姉弟は、いずれまた自分の人生を自分で守る算段をしなければならない。幸いそのお手本と、立派な車を隣家の頑固爺いは残していってくれたのだ。タオも、犬の次は、娘を乗せて走ろう。そして姉を守ってくれ。





(おわり)




一説によれば、万葉集で「花」といえば、桜より梅のほうが多いらしい
(2018年3月2日撮影)









 Nothing's wrong.
 Who's gonna drive you home,
 tonight?

   ”Drive”  The Cars








































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