アケガタ

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2011-02-27

異端、逸脱、規範

携帯電話のご使用はお控えください

「携帯電話の使用はお控えください」というアナウンスが電車の中で聞かれるようになって久しい。あまりに慣れすぎてしまって、はじめはそんなアナウンスも、ポスターもなかったことを忘れがちである。しかし、これらは「電車内での携帯電話の通話」が問題になったから作られた。それはつまり、「電車内での携帯電話の通話」を問題だと思う人がたくさんいたということである。電車内で携帯電話を使って話す人を見たときの不快感、苛立ちは、鉄道会社のルールを守らないことへの苛立ちだけではない。ルールは、人々の問題意識を後追いしたに過ぎない。

電車内に満ちる多数の人間は、互いに儀礼的な無関心を示す。誰かをジロジロ見るのは不躾な行動とされる。ただ居合わせただけの人、同じに空間にいるだけで一緒に居るわけではない人、こういった人との快適な関係は、相互無関心である。しかし、携帯電話の通話も、あるいは化粧も、周囲の人間への無関心のあらわれだとするならば、なぜそれらが取り立てて不快なのか。

それが「儀礼的」なものではない、字義通り傍若無人な振る舞いだからではないだろうか。他者を尊重するために「無関心」を示すのではなく、他者の存在そのものを認めない「かのような」行動が、少なからざる人々の不快感を呼んだということになる。

「他者を尊重するための無関心」という規範を浮き彫りにするものは、実はまさに私の隣で携帯電話で話している彼/彼女である。周りの様子を窺いつつ、「すいません、今電車に乗ってるんです。かけなおします」と言っている彼/彼女もまた、前者に比べて不快感が少ないというその事実をもって、私に私の中にある規範を思い出させる。

ということを考えていたら、少しは腹の虫もおさまる。

国家、個人、共同体

ひろゆきホリエモンの対談が様々な反応を惹起していて興味深かった。

「国を必ず守らなきゃいけないってなんかヘンだよね……」ホリエモンとひろゆきが、“国防”を語る -週プレNEWS

はてなブックマーク - 「国を必ず守らなきゃいけないってなんかヘンだよね……」ホリエモンとひろゆきが、“国防”を語る - 週プレNEWS

「俺は、“流出がいいか悪いか”ということよりも、もっと上の問題“国を守るべきか、守らないべきか”を議論したかったんだよ。要は“国ってなんなの?”ってこと。“国を守りたい”って思ってるのは“国に頼ってる人”なわけで、国に頼ってない人は“別に関係ねえや”って思ってるわけでしょ。ほかの国で暮らせばいい。でも、みんなは“国を守らなきゃいけない”って言う」と堀江氏。

それに対し、「国を守るために戦うっていうのはどうかと思いますけどね」と同調するひろゆき氏。「戦争になるって想定すべきじゃない、無血革命みたいな形で譲渡されて、人が死なないんだったら、(他国に国土を譲渡しても)いいんじゃないの? みたいな気持ちはあります」

堀江氏も「武力衝突がなければ、譲渡してもいいと思う」と重ねる。

「他国に明け渡した場合、日本人が今まで積み重ねてきたものや暮らしがなくなるっていうわけじゃないでしょ? 俺が会社をM&A合併・買収)しても、組織はだいたい残すじゃん」(堀江氏)

http://wpb.shueisha.co.jp/2011/02/25/2809/

堀江は、国家と個人の関係を、対等な契約関係として捉える。国家は伝統や文化と分かたれ、純粋に統治機構を意味する。国民は国家に従い、税を納め、国家は国民を保護する。それが保証される限り、日本国独立国ではなくなって「他国に明け渡した場合」でも、「日本人が今まで積み重ねてきたものや暮らしがなくな」らない限り、問題はない。たとえそれが中華人民共和国による統治であったとしても、である。もしもそれで問題があるなら「ほかの国で暮らせばいい」のである。

堀江はたいていの日本人よりは金持ちだし、ひろゆきもそうだろう。だから彼らは本当にそう思っている。私的財産と自由を保障するならば、彼らの帰属は日本国である必要はないのだと。

これに対する反応は「我々はここにいるしかないので、ここを守る」をはるかに超える反発が多かった。中でも目についたのは、チベット等、人民中国によって武力制圧された地域の境遇を引き合いに出して、堀江やひろゆきの発言を「平和ボケ」したものであるという批判だった。確かに、中国政府が我々に優しくしてくれる可能性はあまり高くない。少なくとも、日本政府以上に我々を大事に思ってくれる可能性は極めて低い。せいぜい国内のごく少数の毛沢東主義者―もはや中国から見ても邪魔者でしかない―やカルト宗教弾圧してくれるくらいしか期待できない。

しかし、この批判は、彼ら二人が自由と財産が守られることを前提としている以上、本質的な批判にはならない。仮に中国人が自由で民主的な国家を建設し、先進国に劣らない人権状況を誇るようになっても、逆に日本国がそれに劣るようになった時、なお中華人民共和国日本自治区の住民になることを拒否する理由が必要である。

「君雖不君、臣不可以不臣」、ここにいる

堀江やひろゆきの発言への感情的反発の原因は、「持てる者」への嫉妬や階級的怒りや、「平和ボケ」への侮蔑によるものだけではない。彼らの「共同体への忠誠心」のなさに対する反発であると指摘できる。彼らは意図せず、国家と個人の関係には、合理的で自由選択可能な契約関係だけでなく、もっと不合理で人格的な紐帯が存在することを再確認させてくれた。理論上はシステムにすぎなくとも、現前の国家はやはり一個の共同体なのだ。

「君、君たらざれば去る」のではなく、「君、君たらずといえども、臣、もって臣たらざるべからず」と言い切る忠誠心こそ、堀江とひろゆきの問題意識から完全に抜け落ちている点である。去ることができない、去ることを選択しなかった個人は、共同体と運命を共にするしかない。それ故に共同体をより良きものにしようとするし、共同体を守るために命を投げ出すことが正当化される。そして忠誠の対象であった君主を諌めるために、時として激しい「諌争」を行うことを厭わなかった武士たちの忠誠心と同じく、この忠誠心は、絶対服従や奴隷根性を意味しない。忠誠心ゆえに体制と敵対することは十分にありうる。まったく合理的でない情熱や愛が、合理性の塊である統治機構としての国家を支え、変革のダイナミズムを生み出し、時として不逞なる叛徒を生み出すのだ。

そう考えると、彼ら二人にはこう言えばよかったのではないかと思う。「結構、この国は私のものだ」と。

はいはい、「忠誠と反逆」「忠誠と反逆」

って言い返されると返す言葉もありませんが。

2008-09-28

[]中山国交大臣の発言について

中山国土交通大臣の無価値というよりもっとひどい何かというほかない発言、たとえば学力テストの成績と地域ごとの日教組の「強さ」がどう相関するかについては、私はあまり興味がない。彼の的外れな戦後教育批判もどっかで読んだような内容だし、政治家としての言語能力を疑わせるに十分な「単一民族」発言*1もまあ、私が和人だからかもしれないけど、「えっと、何度目?」という感想しか持たない。ただし、成田空港問題と「ゴネ得」については少し触れておく。

住民の根強い反対もあり整備が遅れる成田空港。今後の施策、整備の考え方を問われ「ごね得というか戦後教育が悪かったと思いますが、公共の精神というか公のためにはある程度は自分を犠牲にしてでも捨ててもというのが無くて、なかなか空港拡張もできなかった」と、住民の対応を批判した。

http://www.asahi.com/politics/update/0925/TKY200809250311.html

三里塚闘争は、途中で新左翼セクトが入り込んだことばかり強調される傾向にあるが、もともとは農民の自律的な反対運動だった。じゃあ農民はどこから来たのか。大部分は満蒙開拓団員、つまり国が約束した「王道楽土」建設のために海を渡り、すべてを失って帰ってきた人たちだった。それに加えて終戦時本土にいたために帰るべき郷里を失った沖縄出身者がいた。この時期、深刻な食糧不足と外地からの大量復員によってもたらされた極端な雇用不足に悩んだ政府は、昭和20年11月9日「緊急開拓事業実施要領」を閣議決定した。「終戦後ノ食糧事情及復員ニ伴フ新農村建設ノ要請ニ即応シ大規模ナル開墾、干拓土地改良事業ヲ実施シ以テ食糧ノ自給化ヲ図ルト共ニ離職セル工員、軍人其ノ他ノ者ノ帰農ヲ促進」することが目的だった。三里塚の開拓の場合、同地に存在した御料牧場を開放して開拓がスタートした。すべてを失った人たちが、それでも、いやそれゆえに全力で邁進した農業がうまく行きかけたとき、空港建設計画が農民たちの前に突然降って湧いた。これで話が拗れないと思うほうがどうかしている。しかしそれが「ゴネ得」を狙ったものだと、大臣はいう。「ブルータスは高潔な男だ」

国策で人生を棒に振って、もう一度国策に従ってやり直しを図った人たちは、国策に従って土地を差し出して「公のためにはある程度は自分を犠牲にしてでも捨て」なければならなかったらしい。事前交渉どころか説明すら存在せず、補償内容まで未定の状態で計画が発表されたとしても、それに反対するのは「公共の精神」に欠ける振る舞いだと信じているなら、中山大臣の「公共」という言葉は、おそらく現代日本のいかなる辞書にもその典拠を求めることができない概念である。ひょっとしたら、中国共産党幹部とだったら話が合うかもしれないが。

(追記)

試みにWikipediaで三里塚闘争で検索したらおおよそ似たようなことが書いてあった。虚脱。虚脱したついでにふっと思い出したのだけれども、この問題に以前言及していた。

人口問題 - アケガタ

三里塚闘争は高度経済成長における(政策主導の)労働人口の移動とセットだといっても良いのかもね。

*1:彼の中では「日本民族」というのは中国の「中華民族」みたいな少数民族を包摂して同化させるレトリックだったりして。こわっ

2007-11-30

[政治][ニュース]私は誰に水をかけられれば良いか

守屋元防衛事務次官の御息女がかなりパワフルだという話

ページが見つかりません - ZAKZAK

痛いニュース(ノ∀`) : 守屋容疑者の長女、自宅に群がるマスコミに怒りの放水攻撃→流血騒ぎに - ライブドアブログ

まず思うのは、この問題が完全に防衛省から切り離されるだろうこと。守屋氏の生臭さを知っていたはずの人たち、一緒に飲み食いした人たちは皆一安心である。防衛省は以後ダメコンに傾注しておればこれ以上の損害は出ないだろうと思う。額賀元長官の首が吹っ飛んでも防衛省の知ったことではない。自民党がなんとかすればよい。おかげさまで野党に提出を求められた直後に資料が紛失したり*1商社を介した兵器輸入全般に漂うアヤシサをメディアが取り上げることもなくなった。世は全てこともなし。

嗅ぎ回るのをやめたメディアはとりあえず群れるので*2、いつもどおりのつまらない上に醜悪な報道が始まる。全てはわかりやすく、全ては視聴者が読者が「やっぱり」と頷けるように。ことにワイドショーはこの方向に流れ易い。事務次官の専横というのはそれこそ文民統制上の大問題なのだが、制服組と内局をあわせて「軍部」だと当のメディアが思ってなさそうだから、多分スルーされるんだろうなあ。ならばよし、報道陣は水でも催涙ガス弾でも食らうがいい。ところで私たちは水をかけられなくても大丈夫?

わかりやすい図式は意図の有無に関わらず誰かを利し、誰かに不利益を与える。後者の面が露骨だったのは

香川の3人不明事件の「可愛そうな山下さん像」をあわてて垂れ流す醜悪さ

歴史的にみて、仮に捜査が行き詰っていたら、あせった警察が「三浦和義」をしょっ引く可能性は十分にある。そういう点でも無用心だった。ワイドショーを筆頭に、報道は被害者の家族のネガティブな情報を提示したり、粗暴な(と見えなくもない)言動を繰り返し流した。さるタレントがブログで、

『あれは絶対父親の仕業だよ!』

『父親がいい!あんだけテレビで証言してるけど、実は犯人でしたって捕まるのが見たい!』

という義務教育の大切さを改めて痛感させられる発言をし、休業することになった*3。彼女は愚かではあったけれども、メディアがロス事件や松本サリン事件から学んだことを教えてくれた。悪い意味で。それを欲望したのは客であってメディアではない。そして客からしてみるとメディアが欲望させたのであって彼や彼女が欲望したわけではない。ワイドショー的な報道において、客とメディアは共犯関係になる。休業に追い込まれた彼女は特赦がもらえなかったけれども、それは単に彼女が「芸能人」だったからにすぎない。メディアの客は普通の人々、つまり自分を善人ではないにせよ悪人というほどでもない、結構気の良い奴だと思っている人々だ。

メディア批判は受け手を批判するところから、つまりは内省から始まらなくてはあまり意味がない。メディア批判がわかりやすい構図(「悪いメディア」)に陥れば、それは結局わかりやすい構図を差し出すメディアと同じ知的怠慢を生み出す。かつて記者だった辺見庸は「メディアをうて」と言った。ならばこうも言わねばならない。自らをうて、彼をうて、思惟せよ。

*1:防衛省が紛失した形にして現場に泥かぶせなかったのは内局のなけなしの良心かな?

*2:他所が得てない情報を欲するならみんなと同じ場所には行かない。みんなが行くところにいくのは他所が得ている情報を逃さないため。必要なことだが、ここから賞は生まれない

*3:バートレット大統領なら「我が国の公教育の全面見直しをせねばならないぞ」というかも。あるいは「モートン、高校に行って勉強しなおしなさい」

2007-11-12

[]思想分析してみた

http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20071026/p1


思想解析的な脳内メーカー



思想解析的な脳内メーカー

ををををを!渡辺昇一が72パーセント!渡辺先生はいわば脳にとっての水!渡辺昇一先生にきれいな言葉をかけると脳がきれいになります!

orz

嘆いていても仕方ありません。今日から右派トンデモ+右派+グラムシ+アルファの人としてがんばって行きます。

こうですか?分かりません!(><)

南京事件はサヨク占領軍と日教組とフランクフルト学派国民党および中国共産党の仕掛けてきた情報戦であって、自由貿易と相互依存とかはよく分からないけどとにかく対米従属と命が大事ばかりで衆愚に陥っている戦後民主主義は良くなくて、これらを克服して機動戦(蜂起)から市民社会におけるヘゲモニーを緩やかに確立することを目指す陣地戦的な戦術に移行することが求められているのです!トライアングルフォーメーションアルファーー!*1

専門家の助けと家族の理解が必要だね、間違いなく。

*1:『エンジェル伝説』における黒田清吉と子分の必殺技。三人で一人をボコボコにするだけ

2007-10-29

[]みんな同じだとそれでも言い募る

yoko-23aさんがまたきました。

勝利宣言させてあげるといったので、きっとそのためにやってきたのでしょう。ほんとうはあなたへの返答ではないのですが、あなたへの返答の形式をとりましょう。

あれ、ここにも続きがあったんですね。

Tezさんに共感する方々の顔ぶれははてな常連の古風な左翼リベラルの人が多いですね。それから、はてなの左翼のみなさんが大好きな罵倒タグはやめたほうがいいと思いますよ。左翼の品位に関わる問題ですから。わたしがはてブをはじめたときに、罵倒タグをつけている人を追うといつも左翼の人ばかりだったので(たまたまだったのかもしれませんが)、「またか」と思った記憶があります。はてなの左翼の方は「死ねばいいのに」タグとか好きな人が多いんですよ。あまりにも必死なので、はてなが、ネット上における、日本の左翼の最後の牙城なのかなと思ったくらいです。ただ本エントリーのおかげで、罵倒タグや左翼の匂いが感じ取られるタグを削除・変更した人も沢山いるんじゃないでしょうか。

あなたの「はてなの左翼」がどういう存在だろうと、私の承知するところではございませんが、あなたの「経験」は大変興味深いです*1この世には「チョン」というタグがあるんですが、きっとあれも左翼の仕業でしょう。あなたはどこまでも自分の実感を信じておられれば良い(内心の自由)と思いますが、私の目に付くのはむしろあなたの必死さですね。勝利宣言させて差し上げると申し上げましたのに、心外です。ところで自分のかかわった問題がきっかけになって、世界が少しでも変わったように見えるのは少し危険な兆候です。十分な休養をとられませ。

ああ、そうそうなんでレイシストの理不尽な罵倒への批判を相対化しようと思ったんですか?あなた絶対に答えませんよね。

それはともかく、例によってこちらの問いには意地でも答えず質問攻めですが

質問の質が低いのは結構耐え難いですね。答えを求めない質問はたいがいそうですが。

中国人韓国人―この際中国韓国でも結構―が、あなたの世界では完全に統合された顔のない一個の存在なんです。

なんだか大発見をされたかのように仰いますが、日常生活においてすべての人がそうやっていることではありませんか?

あなたは日常生活をする上で常に「個人」「個人」の区別を常に意識して生活されているのでしょうか?

あなたはアメリカ社会問題を語る上で、「アメリカ」という表現を使わないということですか?

ユダヤ人の問題を語る上で、「ユダヤ人社会」という表現を使わないということでしょうか?

なてなの左翼のみなさんが大好きな「日本的なるもの」タグがあるように、「中国的なるもの」「韓国的なるもの」「アメリカ的なるもの」もありますよね。集合差より個体差のほうが大きくても、集合には「傾向」があります。国家研究や国家比較の研究がなされたり、本が売れたりするのもそのためでしょう。

同じ日本国内でも、やはり「大阪的なるもの」「東京的なるもの」という「傾向」はありますよね。

今回の動画の件も、「2ch的なるもの」ということで問題視されたのではないですか?Tezさんのお友達にも「だから2chは〜」と言ってはばからない人は沢山いるのではないでしょうか?

Tezさんが仰るように、集合のネガティブな「傾向」を個人に向けてしまうことにより、集合のネガティブな「傾向」とは全くかけはなれた集合の中の一個人が損害を蒙り、差別につながるというのは事実です。

そして、それをみんな日常生活の中で多かれ少なかれやっている。「東京の人は冷たい」と言ってみたり、「日本人はユーモアがない」と言ってみたり。どこまでが「差別」で、どこまでが「差別ではない」という明確なラインはなく、発言する個々人の良心と、その言葉を聞く側の解釈に委ねられていると思います。

そして発言に対するブレーキが究極的に働いた場合、「議論すら許さない」という言論封殺の域に達するのではないでしょうか。

誰も大発見はしていません。だからあなたは全くもって予想通り期待はずれなんだと申し上げたではないですか。このコメントは予想外に期待はずれです。ある社会で広く共有される考えや思潮というのは観測可能です。またある社会のあり方に起因する問題というのも観測可能です。そんなこともわからないんですか?

しかし、国家研究や体制の研究では、研究を進めるうちにある社会や集団がどんどん複雑なものであることが明らかになることはあっても、「中国・韓国は反日」という一面的な評価に収束することはありえません。学者でなくとも、「そこにはいろんな人がいる」なんてのは誰にでも気づける話であり、了解しうることです。したがって、あなたの見つけ出した「傾向」には、雑誌の一行豆知識欄と同程度の価値があります。特別に同じレベルの知識を教えて差し上げましょう。「日本人は食事の際に箸を使う傾向がある」。ちなみに私の朝食はパンです。

あなたのタグクラウドですが、そこから見出しうる「傾向」は明白で、あなたは他者や世界を知ろうとしているのではない。恣意的に敵の姿を「確認」しているんです。流通している中国や韓国についての情報量から考えて、そのように考えて間違いは…ない…は…ず…!まさかあなた電通マスコミと民主党が情報操作をしていて、自分はネットを通じて真実を集めているとかメディアリテラシー高めの信念をお持ちですか?そうでしたら入らぬ節介でありました。お詫びします。

また「2ch的なるもの」ですが、私は2chであれニコ動であれ、システムの問題―頭の悪いレイシストども*2を抑圧 *3する手段がない、もしくはそういう連中が逃げ込める場所であること― を指摘することはあっても、ユーザーをひとまとまりの集団とみなしたことはないです。何回いえばわかりますか。

ところで、「Tezさんが仰ったように〜事実です」ですが、そんなこと言ってましたっけ?私は集団の「ネガティブな「傾向」」などという曖昧なものを議論に入れていなかったはずですけど。私は歌を歌った人をその民族的出自をもって罵ることを批判しましたし、それを容認する気がありません。けれども、それは彼女が「よい朝鮮人」だからではありません。アウシュヴィッツやベルゲンベルゼンは、そこに収容された人が「よいユダヤ人」だったから非難されていると思いますか?この辺、あなたの誤読はとても興味深いですよね。いろんなことを示唆してくれます。

最後のパラグラフは無意味です。んなこたあとっくに承知してますよ。それは私が差別と断じた個別の行為を批判するのに何の影響も及ぼしません。私は「お前の行(言)動は受け入れない」と言います。正義の味方じゃないんで、いつも行動するわけではないですがね。わたしはこの事件を典型的な人種間憎悪扇動とみなしたし、その根にあるのはレイシズムだとみなしたのです。それは人間の尊厳を根底から否定するものであるがゆえに、私にとって到底容認できるものではないわけです。個別具体的な例についてそれが人種差別・レイシズムに当たるかどうかは議論されるべき―こういった議論によって社会的に受け入れられない行動は拡大してきました―ですが、人間の尊厳や基本的人権についての人類の経験の蓄積から離れて、「人種差別は絶対悪か」などといったたわけた議論に参加するつもりは毛頭ございませんのであしからず。差別かどうかは内心の自由にとどめて、糾弾するなと言うことでしたら、そら無理ですな。

そもそも私は差別一般を論じていたのでしょうか。

いいえ、もちろん全く違います。あなたが批判されたのは「人種差別は絶対悪か」を問うたからではありません。明白なるヘイトスピーチ―あなたもそれと認めていたわけですが、あれはヘイトスピーチとは言い切れないとあなたが議論を始めても私は今更驚きません―に対する批判に対して、「ロリオタ」の醜悪さを取り上げてあなたはなんと言いましたか。次には打って変わって(私はこの転回は意味不明だと思います)多くの人にとって罵倒でしかない(馬鹿に向かって馬鹿というのは…という問題はあるものの、差別とは認められない)言葉を取り上げて、あなたはなんと言いましたか。私の最初の批判に対して、あなたはなんと言いましたか。あなたは「同じ」と言いました。あなたは「同じ」だと言ったんです。そして、相対化は常にその目的が問われます。

レイシズムは確かに醜悪です。「ロリオタ」も醜悪だから同じだとあなたは言うかも知れないが、美醜と善悪は、あーた、全然別の問題じゃありませんか?さっき見たら最初のエントリのコメント欄で表現の自由云々と仰ってましたが、ポルノアニメだのエロ漫画だのと人種間憎悪扇動との悪質度が同じだと考える人はそれこそ私の友人には一人もいませんけれども。

そしてある人をその発言や行動の内容ゆえに罵倒することを、ある人をその民族的出自ゆえに罵倒することをあなたは「同じ」だと言ったんです。

発言を罵倒するのは発言を許せない、愚劣だと思うからです。民族的出自を罵倒するのはある民族を許せない、愚劣だと思うからです。

こう考えない限り、相対化は不可能でしょう。他の人はいざ知らず、私はあなたを馬鹿だとは思いません。そう考えると「いい朝鮮人」なのにかわいそう、というあなたのエクスキューズは、何よりも説得力がある、大変ステキなエクスキューズでございました。よい文章はいつもいつも多くのことを示唆してくれるものです。まさに、あなたの文章がそうです。

そしていま私はある深い感慨を持ってあなたのコメントの末文を眺めるのでした。ある種の人たちはみんな言うんですよ。

そして発言に対するブレーキが究極的に働いた場合、「議論すら許さない」という言論封殺の域に達するのではないでしょうか。

言論の自由は、発言を許される権利であり、発言内容を受け入れてもらう権利でも、それによって批判を受けたり反論されない権利のことでもありません。私はまさにその権利を行使しているところですが、どうかしましたか?

そうそうyoko-23aの主張のうち正しい部分が一個あった

死ねばいいのに」は左翼専用というような指摘を受けたが、これは半分くらい当たってると思ったので記述を直した。主犯はid:buyobuyoさんとid:umetenさんとかだと思うけど。ヘイター専用タグは[アサヒる][特定アジア][チョン][チャンコロ][朝鮮総連・同部・日教][ウリナラクオリティ]とかすごい一杯ある。これは田中哲弥が人間は嫌いなものや憎むべきもののことになると好きなものより表現力が豊かになるという話をインタビューでしておったのをおもいださせる。その意味で言うとこのお二方は[タグ]表現において少し工夫が足りないかもしれない(スンマセン)。

私はだからと言って民族や人種を一色に塗りつぶして罵倒する人間と、第何番目のコメントをしたものは死ねばいいということ、かかる主張をしたこの人間は死ねばいいということとを同じ穴の狢とは呼ばない。まして顔はともかく声は聞こえる一人の人間、私と同じ言葉で歌っていた人間の人間性を正面から一方的に侮辱した連中などとは。

何か統一された存在として「はてな左翼」があるとして、それが嫌われようとどうしようと、あまり気にならない。許せないのは、「はてな左翼」―くどいようだが往々にしてyoko-23aさんの観念でしかないのだが―ごときでレイシズムを相対化しようとしたことだ。彼女は、全くそれに答えない。

このコメントをつけたのは他にも、y_arimさんも自分の気に食わないことや人には暴言を吐いてることを知っていたからと、はてなで児童ポルノ議論だけはやたらと表現の自由を主張する人が異常に目だっていたためです。

(わたし自身も暴言を吐くことはよくありますし、y_arimさん自体は優しい心を持ったいい人だと思います)

わたしは2ch便所の落書きだと思っていますよ。口汚い言葉で罵る書き込みは多いです。ただ、はてなと2chを見ていて、それほど大きな差はあるのかなと思うんですよ。「死ね」なんていってる人ははてなにもごろごろいますよね。政治的な意見が違うエントリーに対しては徹底的な中傷を行っているのははてはも同じではないですか?特にはてなは、いわゆる左翼的な意見の人の声は大きいですし、彼らの群れをなしたかのような暴言は目立っているとわたし自身は感じています。ただ、彼らにも彼らなりの主義主張があってそれを一生懸命世の中に問うているのだから、わたしと意見が違うからといって「○○さん死ね」なんて思いませんし、○○さんらの発言に気づかされることもあります。そして、わたしはわたしのなりの意見を発言しているつもりです。

なあ、もっと意味のあることを言ってくれないか?

「左翼的な意見の人」のお下品な表現と同じレベルでお下品なだけだと思ったのか、あれを。あなたが左翼よりお上品なのはわかったが、あなたには善悪を弁別する能力が本当にあるのか?あなたの中では美醜と善悪さえも区別されていない。buyobuyoさんやumetenさんが使った[死ねばいいのに]の中に今回少女に向けられたものと同質の悪を見出したのかどうかをこの一連のすべてのエントリでくどいほど問うてきた。あなたはそれにきちんと答えていない。日本も韓国も、左翼が日本を嫌っていようと日教組が中国共産党の手先であろうと、韓国のナショナリストがあなた同様海の向こうの人間を憎悪の対象にしようとも、そんなことは私にはどうでもいい。少女をかわいそうだと思うかどうかさえもこの際どうでもいい。

私の問いに答えろ。あなたはこの事件を相対化しようとしたが、それはなぜだ。

私の問いに答えろ。あなたは自分が相対化のために持ち出したものが、どうしてこの事件と釣り合うと考えたのだ。

私の問いに答えろ。

追記であります(20071030)

なるほど。あなたがそう答えたことは了解しました。お答えいただきありがとうございます。ちなみに統合失調症を使ったのは不適切でした。よってあの表現は取り消します。元エントリには注を付け足す形で訂正したく思います。統失は風邪と同じとは言いませんが、治療可能な病気であり、統合失調症への社会的偏見を強化するのに加担するに等しい振る舞いでした。

「あなたの答えは用語の不正確が多いように思われます」というべきでした。先のあなたのお答えに対する返答というか感想も同様です。

*1:はじめこの部分にはhttp://www.so-net.ne.jp/vivre/kokoro/psyqa1087.htmlへのリンクがはってあった。しかし統合失調症は治療可能な身体の病気であり、yoko-23a氏の発言と統合失調症患者の発言とを同列に並べることは、統合失調症患者への偏見を強化するのに加担するに等しい行動であるこの比喩は明らかに不適切であるので取り消す。統合失調症患者はレイシストでもナショナリスト―オーウェルがパトリオットと区別した意味において―でもない。統合失調症に苦しむ方々やその御家族にお詫び申し上げます。

*2:大変ですyoko-23aさん、「はてな左翼」が「ヘイトスピーチ」をしています

*3:大変ですyoko-23aさん、「はてな左翼」が言論弾圧をたくらんでいます