2012-03-30 路傍伝道者に捕まる(笑)
道を歩いてたらなんと、路傍伝道者に捕まってしまいました(笑)
ほほう、私は一般市民に見えるのか?それはいいことだ!(笑)
ちなみに私は未信者とかノンクリスチャンとか、さらに略してノンクリなどという表現法が大嫌いなので、一般市民という表現法を使います。
「この世の人」なんて表現は論外です!そういう「上から目線」やめたまえ!
不良クリスチャンならではの使命を自覚しているので(笑)クリスチャンから一般市民に見られて伝道されるというのは喜ぶべきことなのです!
もう一度、声を大にして言いますが、
不良クリスチャンにしかできないことがある!
不良クリスチャンたちよ、立ち上がれ!
そして真面目なクリスチャンたち、お互いに協力しましょう!
私は真面目なクリスチャンも好きですよ!
路傍伝道していたのは私より少し若いと思われる男性でした。
つまり、真面目なクリスチャンが不良クリスチャンに伝道する形になります。
私は一般市民を装い、相手の話に真剣に耳を傾けます。
(自信をつけさせなきゃね・・・)
しかし、トラクトに「○×聖書バプテスト教会」という文字を見つけると私の態度は豹変してしまいました(笑)
「これってBBFですよね?」
路傍伝道者もビックリです。
「どうしてそんな言葉を知ってるんですか?」
ちなみに、聖書バプテスト教会はあちこちにあるんですが、バイブル=バプテスト=フェロシップを略してBBFとなるんです。
私は自分もクリスチャンであることを明かすと路傍伝道者は嬉しそうでした。
今度こういう機会があったら、その場でクリスチャンになったフリしてサービスしちゃおかな?(笑)
信仰告白のお祈りを導いてもらった後、コンビニ行ってミネラルウォーター買ってきて、人気のないところで「洗礼して下さい!」なんちゃって(笑)
彼が躊躇したらイエス様みたく「今はそうさせてもらいたい」(笑)
滴礼になっちゃうけど、本当は以前に教会で全浸礼やってるから問題ないでしょ?
聖霊のバプテスマ?いやいや、バプテストじゃそんなことやらんでしょーが!?(笑)
きっと彼には良い体験になり、教会で喜んで証しすることでしょう(笑)
もっとも私が行った教会は最初のバプテスト教会を除くと、路傍伝道あんまり推奨してなかったかな?
もっと良い方法があるって言ってたっけ?
バプテストの人ってよく路傍伝道やるのかな?
2012-02-21
ダニエル書9章の研究(1)
ダニエル書11章については以前に研究テーマとして取り上げました。
記事はダニエル書11章の研究(1) - トマスの日記。
今日は9章24節以降の研究です。
9:24あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終らせ、罪に終りを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。
9:25それゆえ、エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週あることを知り、かつ悟りなさい。その間に、しかも不安な時代に、エルサレムは広場と街路とをもって、建て直されるでしょう。
9:26その六十二週の後にメシヤは断たれるでしょう。ただし自分のためにではありません。またきたるべき君の民は、町と聖所とを滅ぼすでしょう。その終りは洪水のように臨むでしょう。そしてその終りまで戦争が続き、荒廃は定められています。
9:27彼は一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。また荒す者が憎むべき者の翼に乗って来るでしょう。こうしてついにその定まった終りが、その荒す者の上に注がれるのです」。
9:25それゆえ、エルサレムを建て直せという命令が出てから…
つまり紀元前445年3月14日が起点となります。
だから春が近づくと、ダニエル書9章が気になってくるわけです(笑)
ユダヤには日本の正月のようなものが2つあり、一般的には秋の「新年」が重要視されていますが、それは政治暦としての新年です。
預言を解釈する上でより重要なのは春の「新年」すなわち宗教暦としての新年です。
そして、
9:25それゆえ、エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週あることを知り、かつ悟りなさい。
メシヤが来た日というのはエルサレム入城を意味し、それは復活祭の1週間前の日曜日です。今年はそれが4月1日にあたります。
9:27彼は一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。
仮に今年の4月1日が「最後の1週」(7年間)の出発点とするならば、「携挙」と「堅い契約」が同時ということはあり得ないから、当然そこに「不定期間」が入るはずです。
なぜなら「携挙」は一種の大量失踪事件であり、昨年の東日本大震災が1000年に1度の未曾有の災害とするならば、携挙はそれこそ6000年に1度の(?)大事件です。
よって、携挙から「堅い契約」までの不定期間はどれくらいなのか、そしてどんなことが予想されるか、これから色々と推理してみたいと思います。
2012-01-29
「カナの婚礼」をもう一度考える
今まで何回も、そして何気なく読んできた「カナの婚礼」の記事に、ある日突然大きな感動を覚えた経験があります。
2:1三日目にガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれた。
2:3ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った、「ぶどう酒がなくなってしまいました」。
2:4イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」。
2:5母は僕たちに言った、「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」。
さてさて、4節は新改訳では「女の方」と訳されており、聖書朗読のCDではその言葉が非常に冷たく響くんですが、一般的に言って、自分の産んだ子供が「あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。」なんて言い出したらどんなことになるでしょうか?
ケンカ?親子断絶?それですめばいいけど虐待、最悪の場合は殺人にも発展しかねません。
私自身、この4節には深い意味があるらしいということは何となく感じることができても、それが何なのか?と言われても答えられません。
少なくとも子供がすねて「お母さんなんて知らないよ〜だ!」という意味でないことは確かだと思います(笑)
マリアも十分には理解できなかったのかもしれない。
でも次の節、
2:5母は僕たちに言った、「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」。
う〜ん、やっぱりすごいなあ!偉大な人(神ではありませんから)だなあ!
と、最近になって感動をおぼえたという話でした。

