小宮山研究室(2)〜化学の目で、テロメアの謎を解く〜

 小宮山研究室では他にも魅力的な核酸の化学を展開しています。ひとつは、今年2009年、ノーベル医学生理学賞の対象となったテロメアの研究です。


小宮山眞教授

 生物のDNAは、細胞核の中でただ長々とのたくっているわけではなく、ヒストンと呼ばれるタンパク質に巻きつき、一定の形を取っています。これが染色体で、ヒトの場合大小交えて計46本が存在している――というのは、みなさんよくご存知と思います。
DNAは極めて細長い分子ですが、当然末端が存在します。この末端は、他に見られない特殊な構造をとっており、これが「テロメア」と呼ばれるものです。

通常、ウイルス感染や化学物質によってDNAが切断されて末端部が露出すると、それを修復・切断する酵素が働きます。しかしこれらの酵素は、正常な末端であるか、何かの事故で露出した末端であるか見分けをつけてくれるわけではありませんから、正常な末端もそのままではこれらの酵素によって余計な分解・修復を受けてしまうことになります。こうした作用を防ぐための構造が「テロメア」であるわけです。靴ひもの端には、ほつれを防ぐためのカバーがかぶせられていますが、テロメアはそれに似た役割を果たしています。またこの部分では、DNA二重鎖の一方のみが伸びており、ヒトの場合、TTAGGGというグアニンをたくさん含んだ特徴的な配列が何度も繰り返されています。


ヌクレオチドの一つ、グアノシン。枠内部分がグアニン。

テロメアとガン

この「DNAのしっぽ」は、実のところ生物の運命を考える上で大変重要です。それはこのテロメアが、細胞増殖制御の鍵を握る存在であるからです。細胞分裂のたびにDNAは複製されますが、テロメア部分は全てはコピーされず、少しずつ短くなっていきます。テロメアが限度以下に短くなってしまえば、それ以上細胞は分裂できません(ヘイフリック限界)。つまりテロメアが細胞の分裂回数を決め、ひいては生物の寿命にも大きな影響を与えていると考えられるのです。

しかし現実には、このヘイフリック限界を超えていつまでも分裂し続ける細胞があります。端的にいえば、無制限に増殖するガン細胞がその例です。例えば研究用に用いられるHeLa細胞は、1951年に子宮頸ガンで亡くなった女性から採取されたガン細胞ですが、今でも世界中の研究室で分裂増殖を繰り返しています。
この謎を解いたのがC. W. GreiderとE. H. Blackburnらです。二人は、短くなっていくテロメアを伸ばす働きを持つ酵素「テロメラーゼ」を見つけ出し、この功績によって今年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。 通常テロメラーゼは生殖細胞など特殊な細胞でのみ発現していますが、ガン細胞はこの酵素を「悪用」し、テロメアを延ばすことで自らを延命しているというわけです。実際、ガン細胞の9割でこのテロメラーゼが発現していると見られています。
逆に言えば、テロメラーゼはガン細胞にとってのアキレス腱になりえます。テロメラーゼは正常細胞ではほとんど発現していませんから、テロメラーゼの働きをブロックすることで、副作用の少ない優れたガン治療が実現する可能性があります。

テロメアの謎を追う

テロメア研究に対しては今年ノーベル賞が出されましたが、その謎解きがすっかり終わったわけではありません。分子レベルでテロメアの構造を読み解いて行くべく、小宮山研では徐岩特任助教を中心にパワフルに研究を進めています。


徐岩特任助教

例えば小宮山研では、テロメア部分にはG-quadruplexと呼ばれる独特の環状グアニン4量体が繰り返し現れ、串団子のようにつながった4重鎖構造が形成されていることを、AFM(原子間力顕微鏡)を用いて初めて発見しています。DNAといえば2重らせんというのが常識ですが、末端にはこんな構造も存在しているのです。



G-quadruplex。金属イオンを取り込み、グアニンが4つ環状に水素結合した独特の4重鎖構造。
(Bioorg. Med. Chem. 2006. Nature Protocols 2007.


連続的に4重鎖構造を形成する高次構造(Angew. Chem., Int. Ed. 2009.


        
また、テロメアは前述のように細胞分裂の鍵を握っていますが、それ自身はDNA末端の分解を防ぐための単なる構造物であると思われていました。ところが最近になり、このテロメアDNAがRNAに転写されているという意外な事実が明らかになりました。生体が伊達や酔狂で「RNAテロメア」を作っているはずはないと考えられ、何らかの生物学的機能を担う可能性が指摘されています。
小宮山研では現在、この謎に挑み始めています。すでに、RNAテロメアは通常のDNAテロメア同様G-quadruplex構造を形成することを、世界で初めて突き止めています。

ヒトテロメアRNA4重鎖構造(J. Am. Chem. Soc. 2008.


最近では、DNAとRNAのハイブリッドテロメアも、同様な構造をとることを確認することにも成功しました。DNAとRNAを単純に混ぜたのでは、DNA -DNAのペア、RNA-RNAのペアなどもできてしまって分離が難しくなります。徐岩助教らは「クリックケミストリー」と呼ばれる反応を活用し、DNA とRNAを混ぜたときだけ両者が結合するようにしてこの問題を乗り越えました。これらの研究は、Nature asia materials誌やAngewandte Chemie誌で重要トピックに選ばれるなど、世界の先端を行くものです。

ヒトテロメアDNAとRNA分子がハイブリッド4重鎖構造(Angew. Chem. Int. Ed. 2009.

テロメアの化学

こうした「テロメアの化学」は、どう役に立つ可能性があるのでしょうか?ひとつには、ガンの新たな治療法に結びつく可能性があります。前述の通り、多くのガン細胞はテロメラーゼによって短くなったテロメアを伸長することで、いくらでも増殖できるように変異しています。そこで、これらのテロメア形成技術と、前回述べたDNA鎖切断法などを組み合わせ、ガン細胞のテロメアを特異的に切断・破壊してしまえば、ガン細胞はそれ以上増殖できなくなるはずです。小宮山研ではすでにこの手法でガン細胞を死滅させることに成功しており、副作用の少ないガン治療への道が拓かれ始めています。


グアニンリッチなDNA鎖とセリウムを組み合わせ、テロメアを切断する(J. Am. Chem. Soc. 2009

Blackburn・Greider・Szostakらに対してノーベル医学・生理学賞が与えられたことでもわかる通り、今までのテロメア研究は主に生物学分野側からのものでした。これに対して小宮山研究室の手法は、テロメアを「分子」として捉え、原子のレベルでその化学反応を追いかけるというアプローチです。こうした手段から今後何が生まれ、何が見つかるか。進展を続ける「テロメアの化学」は、核酸のサイエンスに今後も新たなステージを切り開いていくことになりそうです。